27ねこ 再編成
「はー……」
俺は凹んでいた。前世、中学二年生がもっとも荒ぶっていた中学二年生のときに使っていた黒歴史を掘り起こされたから……ではない。普段からこいつはバカだと思っていた明人にカマをかけられ、それに見事ひっかかったからだ。いや、まさかこいつに頭脳戦ができるとは思っていなかった……。
盛大なため息とともにうなだれた俺だが、もはや手遅れなわけで。
「聞きたいことは色々ありますが……」
「あー、うん……そうだな、そうだろうけど、とりあえずそれは後回しにしてだな」
口元を隠しながらも全然隠し切れていないドヤ顔に、こいつ顔面引っ掻き回してやろうかと思いながらも、大人の心で自制して明人と向かい合い、
「「心の友よ!」」
開き直りながら、そのまま抱擁を交わした。こういうところは以心伝心のままらしい。
まあ、今の俺は猫なので、抱擁というか胸元で抱きかかえられる感じになったわけだが。
「いやいやいや、まさかとは思いましたが本当に北斗とは思わなかったですよ!」
「お前はまったく変わってないみたいで安心したけどな!」
皆さんお忘れかもしれないので念のため言っておくが、北斗とは俺の前世の本名である。黒川北斗がそのフルネームであった。
「北斗も変わってな……いやめちゃくちゃ変わりましたね。変わりすぎです、なんですかこのトリートメントも完璧な毛並みは! 何がどうなってこんな……こんな……ファー……ブルスコー……ファー……」
「ぬわーっ、やめろバカ! においを嗅ぐな汚らわしい!」
「自分と北斗の仲でしょう?」
「野郎にされる趣味なんぞねーよ! というか、冷静に考えて野郎が野郎の腹に顔埋めてにおい嗅いでる絵面はやばいだろうが!」
「……!」
「そういえば確かにみたいな顔してんじゃねーぞ!?」
「まあそれはそれとして、この毛並みは捨てがたく……」
「捨てとけ!! ええい離れろ、せっかくご主人が整えてくれたパーフェクトな毛並みが崩れる!!」
「あふん」
明人が生粋の猫派というのは知っていたが、これほどとは……。少し今後のつきあい方を考え直す必要がありそうだぞ!
とりあえず軽く顔を引っ掻いて脱出してみせたわけだが、SWWではフレンドリーファイアができないのでダメージにはならない。いやこのダンジョンならできるけど、あれも正確にはホムンクルスにされてるときの話だからな。
「やれやれだよ、まったく……」
「バカなぜよ龍馬……」
「それは俺のセリフだけどな!?」
「いや使いやすいのでつい」
いかん、こいつと会話すると話が成立しない。まったく話が進まないじゃないか!
……でもなんというか、これだけぼこすかツッコミを入れまくるのも久しぶりすぎて、言い知れぬ快感があるのは否定できない。打てば響くというか、俺が響く打ち方をしてくるというか。一つツッコミを入れるたびに、なんだか身体まで活性化してきたような気さえしてきた。俺はヤバい病気かもしれんな。
それに明人のほうもそれを楽しんでいる節があって、いつもより三割り増しくらいでツッコミどころが多い気がする。それはそれでどうなんだ。
「で、だ。いい加減本題に入りたいところなんだが……」
「奇遇ですね、自分もそう思っていたところですよ」
「ああ、奇遇だねぇ。あたしもぜひ入りたいもんだね」
ようやくボケとツッコミが落ち着き始めたと思って切り出し、明人も応じた直後にクロが割り込んできた。明人と同時にそちらに顔を向ければ、いつの間にかメンバーを元の子猫組に戻したクロがいた。
そしてそれを認識すると同時に、子猫に殺到される俺である。
「ええい離れろ小僧ども!」
「え……何それ羨ましい……自分も猫になりたい……」
「不便だぞ? ……ええい散れぇい!」
後半は昔取った杵柄でかなり凄んだ声を出したので、一応離れてくれた。
「とりあえず、当面の危機は去ったわけだがね」
「「ウィッス」」
そのまま、有無を言わさぬ調子でクロが口を開いた。その立ち居振る舞いに、思わず姿勢を正す俺たち。
「そっちの……えーと、なんかメガネを二重にしてるあんた」
「@です」
「ん゛っふ」
安直すぎるネーミングに俺は思わずむせたが、クロはそれは興味を示さず話を進める。おかしな名前のプレイヤーはMMOにはつきものだから、どんな珍妙な名前であってもNPCがそれに言及することはないのだ。する状況もなくはないけどな。
まあでも、どっちにしたって〓白信の昇悪魔サタニエル〓よりは何億倍もマシだよね!
「あんた、ナナホシとは知り合いみたいだね」
「ええまあ、二十年来の付き合いで。今回約二年ぶりに再会した次第です」
「なるほどね。魔王が暴れてる昨今だ、そういうのは大事にしときな」
「「ウィッス」」
NPCとはいえ、クロは長く生きたキャラクターとして設計されている。だからか、そのセリフには妙な説得力があった。
何か特別なクエストか何かが発動するようなことがかつてあったんだろうか。まあ、藪をつついたら蛇が出てくる気しかしないから、深く追求はしないけど。
「それで、あんたの他の仲間はどうなってるね?」
「おお、そう言えば」
明人はそこで初めて、全滅した他のパーティメンバーに考えが及んだらしい。いや俺も忘れてたけど、ともあれ明人はぽんと手を叩くと、メニュー画面を開いた。
「……あ、ダメですね。既に全員ログアウトしています」
数秒ののち、明人はそう言ってダブルメガネを手のひらでくいっと持ち上げた。
SWWのデスペナルティは、比較的重いほうと言われている。まあ、ステータスが数値化されていないので具体的には不明なわけだが。
しかしどっちにしてもリアルとゲーム内では時間の流れが違うため、死に戻ったらログアウトし、リアルで少し息抜きして戻って来るとちょうどいい感じでペナルティが終わっていたりする。だから明人のパーティメンバーが既にゲーム内にいなくても、それは別に明人が仲間外れにされているわけでは決してない。
「ふうん、寝てるのかい」
「まあ臨時で組んだパーティでしたから、そんなものでしょう。ちゃんと一言断りのメッセージも来ていますし、特に自分に不都合はありません」
「そうかい。だとしたら、あんたはこの後どうするつもりだい」
「自分はより深いところに行きたいので、ご助力いただければ幸いなのですが……」
「それはちょっと都合が悪いねえ……」
即答した明人に、クロが表情をしかめた。
彼女の今の目的は、あくまで子猫たちの育成だ。ということはパーティから低レベルの子猫を抜くことは原則ありえないわけで、その状態で深層へ向かうのは無謀が過ぎる。
クロが奥に進もうと思えばもちろん進めるだろうが、さすがの彼女でも子猫ばかりで深層に行くのは辛いだろう。レベリングを不適切な場所でやると痛い目を見るのは、RPGのお約束だ。
と思っていたら、渋面のクロが今度は俺を向いた。
「あんたはどうするんだい?」
と聞きながら。
しかしそう言いつつも、彼女はたぶん俺の答えは把握しているだろう。亀の甲より年の功とはよく言ったもので、その手の機微はさすがに老人系キャラとして設定されているだけはあるはずなのだ。
「わかってんでしょ、クロちゃん先輩?」
「そりゃあ大体はね……」
答えになっていない俺の答えに、クロはやっぱりと言いたげにためいきをついた。
「ま、仕方ないか……」
それから少し考えていたようだったが、やがてそう言うと軽く首をひねった。
直後、俺の目の前にウィンドウが現れる。そこに書かれていたのは、クロがパーティから抜けることに同意するか否かの選択肢だった。
俺にとって、ここで明人と行動を共にすることは既定事項だ。何せ一度死んだ俺が、やっと会えた前世の友達だ。こいつに会うことは、SWW当初からの目的の一つでもあったわけだしな。
だからクロには悪いが、よほどのことがない限り彼女とはここで別れようと思っていたんだが……随分とあっさり、しかも向こうから提案してくれるとは思わなかった。
「クロちゃん先輩、いいんスか?」
「再会したのもなんかの縁だよ。そういうのは大事にしたほうがいいさね」
「おおうさすがの説得力……いや、他意はないッスよ!? マジで!」
さすがババアとか思ってないよ! ちょっとだけ!
「あいたっ!?」
「さすがババアと顔に書いてあるさね」
「なぜバレたし……」
年寄りってこういうところ妙に敏いよな、まったく……。
「あいたぁ!?」
「次はないよ」
「う、ウィッス……」
俺知ってる。こういうのを日本語で理不尽って言うんだぜ……!
ともあれこうして俺は安定の極みとも言える強キャラとのパーティを解消し、改めて明人とパーティを組むことになった。戦力差を考えれば不安ではあるが、これはそう言う問題ではないのだ。
というわけで、俺たちとは正反対のほうへ足を向けた(三面六臂の阿修羅みたいなのに乗った)クロを見送りつつ、俺は明人の顔を見上げる。
「まあなんだな、またよろしく頼むわ」
「こちらこそ。北斗……ナナホシがいるならとても心強い」
無駄にイケメン顔でにっと笑う様は、黄色い声を浴びそうではあるが俺には効かない。色々とスルーして大きくジャンプすると、一直線に明人の頭へパイルダーオンする。
「うーむ、いい眺めだ。ご主人とは高さが違う」
「ご主人、ね……その辺りのこと、詳しく聞かせてもらいましょうか」
「そうだな、歩きながら話そう。俺がなんでここにいるのかとか、そういう話をな」
「歩くのは自分だけな気がしますが」
「それ気のせいだと思うから忘れたほうがいいぞ」
「なん……だと……?」
そして軽口を叩きながら、ダンジョンの奥を目指す。
とはいえ、ダンジョンである。ダンジョンといえば敵であり、歩いていれば接敵するのは当たり前の話だ。
というわけで、ろくに状況を話すことなく、角を曲がったところでばったりホムンクルスの群れに遭遇した。明人が歩き始めて秒である。世界が俺たちに厳しい。
「久々に、自分らのコンビネーションを見せてやるとしましょうか」
「誰にだよ?」
ちょっと萎えていたところで、くいっとダブルメガネを押し上げながら明人がもう片方の手で剣を抜いた。
ついつい突っ込んでしまったが、言わんとしていることはわかる。漫画とかゲームとかだと盛り上がるところだよな、ここ!
だから俺も魔法を起動して、白い翼を広げる。
「ツッコミをしておきながらさらっと対応してくれるナナホシ萌え」
「うるせーよ。それより、いつも通りでいいんだな?」
「はい。当てにしていますよ、ナナホシ」
「フッ、任せておけ!」
カッコつけて声を作ると同時に俺は上空に舞い上がり、明人は前に駆け出した。その手が握る剣には、既にスキルか何かによるエフェクトがきらめいている。
「明人、行きまーす!」
「それはロボットに乗ってから言え!」
そして妙にしまらない感じで戦闘は始まった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ちなみに中二時代のプレイヤーネームは示し合わせたものではないので、センスは二人ともどっこいどっこい。