26ねこ グッドバイ・ノスタルジア
クロが用いる【使役術】は、その名の通り使い魔を使役する術のため、使役者はほとんどの場合後衛に落ち着く。【従魔術】使いなのにモンスターと一緒に前衛で戦うご主人みたいな人もいるが、それは例外だ。クロはその例外には当てはまらない。呼び出した使い魔を前に出すか、それに乗って戦場を動き回る戦い方をする。
今回もその例に漏れず、呼び出した使い魔に暴れさせる道を選んだようなのだが……問題は子猫たちと入れ替わりに呼び出されたやつだ。色々とツッコミどころはあるが、とりあえずステータスを見てもらおう。
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??? フレイムクリーチャー・オブ・クトゥグア Lv84
称号 クトゥグアの眷属 クロルティの使い魔(仮)
守護星 白羊宮
守護神 クトゥグア
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……俺は今、能面のような顔でそいつを見つめているのだが、なんというかこう、無性に正気度をチェックしたくなるのはなんでなんだぜ。
そいつを端的に言えば、猫の形をした大きな火の塊が暴れている、となるだろうか。姿に関してはたぶん、使役者であるクロの影響だろう。さながら妖怪火車って感じだが、雰囲気としてはただの暴走トラックだ。なぜか執拗に殺到してくるホムンクルスどもを、やはりなぜか執拗に轢きまくっている。
たぶん、互いが互いの信奉する神の敵対陣営だから無駄にハッスルしてるんだと思うが……それにしたってやりすぎじゃないですかね。
さっきからドッカンドッカン炎が吹き荒れまくってるんだよ。音もエフェクトも今まで見た中でも最高クラスにド派手だし、なんならこれ、この部屋普通に火事ってませんかね?
「クロちゃん先輩……俺のライフごりごり減ってるんスけど?」
「そりゃあ周りが燃えてるからねぇ」
「なるほど? 味方のスキルではダメージ受けないけど、それで引き起こされた環境ダメージは防げないってことスかね? ハハッワロス」
笑えねーよ!!
全滅してた人たち、おかげで蘇生スキルかける前に全員が死に戻っちまったじゃねーか!!
ライフゲージがゼロのときに攻撃される……俗に言う死体蹴りをされると、ダメージに応じて死に戻りのカウントダウンが早まるんだよこのゲーム!!
そのカウントダウン加速が環境によるスリップダメージでも発生するとか、そこまでリアリティにこだわらんでもいいだろうよ、これゲームなんだから!!
……アッやっべ、俺もライフゲージがそろそろやばい! ダメージ源が周りの炎なら、サラマンダーを憑依すれば無効化できるはずだ。このゲームの属性強化は、特に記述がない場合防御面も込みだからな。
……よし、目論見通り。
「で……何か言うことあるんじゃないスか、クロちゃん先輩」
白い天使の翼が消え、燃え盛る炎をまとった爬虫類的尻尾を代わりに獲得しつつ、俺は横にジト目を向ける。
この地獄絵図を生み出した元凶ともいうべきババアは、それを受けてため息をついた。
「いやはや、実を言うとあれ初めて使ったんだよねぇ」
そしてお座りの姿勢を正しながら、妙に殊勝な様子で言う。
なるほど、確かに試してみたいことがあると言っていた。あれの性能を確かめたかったのか。それがまさか、周りに甚大な被害を及ぼすような厄モノだったとは、さすがのクロも見抜けなかったということか。
個人的には、クトゥグアの眷属という時点でこうなる可能性は十分あったように思う。だってニャルラトテップとタイマン張れる邪神だぜ、クトゥグアって。その眷属がまともなわけないだろう、常識的に考えて。
……と、プレイヤーなら言えるわけだが、このゲームにおける世界設定では連中はどういう立ち位置なんだろう。その認識がプレイヤーと異なっていたという可能性はあるんじゃなかろうか。だとしたら、一概にクロを責めるわけには……。
「やっぱり所詮は邪神の眷属かねぇ……」
「おまっ、その言い方わかってたんじゃねーのかババァ!?」
このババア、未必の故意じゃねーか! 有罪待った無しだぞこんちくしょうめ!
「ていうか、多少なりとも予測できてたなら仮とはいえなんであんなの使い魔にしたんだよ!? 明らかに制御できてないじゃん!!」
「そりゃあんた、クトゥグアの炎がホムンクルスどものコピー能力を解除するために必要だからに決まってるだろうよ。じゃなきゃあ、あんな危ないやつなんか使い魔にするもんかい」
「だからってあんな危険物をホイホイと……って、いや待て、あんた今なんつった?」
「あんな危ないやつなんか……」
「そこじゃねーよその前だ! ベタなツッコミさせんな! どういうことだよ、あの炎がコピー能力を無効化するだと!?」
「言葉の通りさね。ニャルラトテップと敵対するクトゥグアの炎は、彼奴の力への抵抗力があるんだよ。その効果を打ち消すんだ。互いに打ち消しあう、ってのがより正しいがね」
クロが目を細めて、小さく首を振る。そして、「このダンジョンじゃあそれができなきゃ危険すぎる」と付け加えた。
……言われてみれば、掲示板でそんなような報告があったな。あれは確か、「クトゥグアの種火」とかいうアイテムだったか。それを使えばコピーされたプレイヤーを元に戻せた、とかなんとか。
ああ、そういえばクトゥグアのクリーチャーを召喚獣にしたって報告もあったっけ。そいつを出してる間は、ホムンクルスからスキルを受けていないとか……。
……なるほど。なるほどなるほど、つまりこのイベント、上位に食い込むためには何かしらの形でクトゥグアの協力を得ることが必須なんだな。そんな気はしていたが、確証を得たって感じだ。
しかしそうなってくると……どこに行けばいいんだろう。このアホみたいに広いダンジョンの中をさまよい歩けと……?
「お、ちょうどいいのが来た。論より証拠だよ」
「あん?」
あれこれと考えを巡らせていたら、クロに肩を叩かれた。そのまま彼女が指差すままに顔をそちらに向けたところ、
「……うおおおおあああああ!?」
燃え盛る炎に全身を絡め取られたホムンクルスが、一直線に俺へ吹っ飛んで来るところだった。
大慌てで真上に跳び、すんでのところで大惨事を回避した俺だったが……今の俺に翼はないので、真上に跳べば真下に落ちるのは当たり前だ。
今なら火でダメージはほぼゼロだから、問題なのは飛んできたホムンクルス。こいつに着地するのはちょっと遠慮したい……って、ん?
なんかこいつ、全身からさも消滅しますと言いたげな光の粒子を放出……してると思ったら、直後人間の姿に戻った。
なるほど論より証拠ってことね、はいはい……じゃなくてっ!!
「ウソだろっ!?」
いやね、うん。現実って、たまに小説よりおかしなことするよね。
なんで……なんで明人、よりによってここでまたお前なんだよ!? もうないはずの股間のあれがなんかヒュッてしたわ! どういう因果だこんちくしょう!
「ぅぐえ」
「あっ、スマン」
そして呆然としながら落下していた俺は、そのまま勢いよく明人の顔面(メガネの上である)に着地することになった。爬虫類化した尻尾が股間を直撃するというオマケつきで。
でもまあ、明人だしいいか。どうせこのゲームじゃプレイヤー同士のこういうことでダメージ出ないし。
「クロちゃん先輩、もうちょい早く言ってほしかったスわ……」
「カッカッカ、間に合ったからいいじゃあないか」
「いや俺は間に合ったけどよ……」
まったく気にしてない風に笑うクロに、俺はがっくりと肩を落としながらため息をついた。
……そして、両前脚の間にあった明人の右目と目が合った。
ヤベェ。マジでどうすんだこれ、会話不可避じゃねーか。咄嗟になんて言えばいいんだよ。助けていつもセンス抜群な返しだらけのハリウッド!
「……あー、その、なんだな。スマン」
「いや、猫に踏まれるのは稀によくあるから問題ないです」
ああ、そういやこいつも猫飼ってたっけか。俺が死んだとき、既に結構な歳だったかと思うが……まだ生きてるのか?
いや、うん、そんなことよりまずはここをどこう。結局気の利いたセリフは何も浮かばなかったな。咄嗟じゃそんなもんだが。
「いやー参りました、ホムンクルスのコピー能力は本当に厄介だ」
そして俺がどくと同時に、上半身を起こす明人。ついっとメガネを押し上げる仕草は、相変わらず気取っちゃってる感満載だなお前。三十路になってまで何やってんだ……。
……って、いや待て、お前なんで二重にメガネ着けてんの? バカなの? いやバカなんだけど。
もしかしてあれか? メガネごとアバター作った? そのうえでメガネ系のアクセサリー装備してる?
ええと……うん……。
ツッコミたい……! ものすごくツッコミたい……!
でもまだしないほうがいいんだろうな……! 今ここで全力でツッコんだら、初対面の相手にいきなりぶちかますちょっとアレなやつだ……! マンガとかにはよくいるけど、現実でそれはちょっと……!
「どうしました?」
「いんや、別に何も」
慌てて首を振る俺。振りつつ、視線はできるだけ明人の顔以外を見るように努める。
あのルックスは危険だ、心の準備なしで見たら絶対ツッコんでしまう……!
「で、えーと、今はどういう状況でしょう?」
「バ……クロちゃん先輩がクトゥグアのクリーチャーを出して暴れさせてる。あれの炎にはニャルラトテップの力を打ち消す効果があるらしくてな、それを食らったお前は元の姿に戻れて今に至る。こんな感じだ」
「なるほど。説明感謝です」
と言いつつ、あぐらをかく明人。普通なら咎められてもやむなしだが、もう戦いは終盤で、明人が今からできることはないだろう。だから俺はもちろん、クロも特にそれについて言及することはなかった。
「クロちゃんさんですね。いや本当に助かりました。おかげでデスペナ食らわずに済みましたし」
「金百万でいいよ!」
「マジですか……安いですね」
「……今まで色んなバカを見て来たけど、即払うバカは久しぶりだね」
「いやいや、命拾いしたと思えばこれくらいは」
「少しは躊躇しな! あんたの今の装備全部ひっくるめてもせいぜいが三十万だろう!」
そしてそのままクロとダベり始める明人。クロは気難しいほうのNPCなんだが、相変わらず物怖じしないやつだな。
まあ、あれはコミュ力なんていいものではなく、強いて言うならボケ力とでも言うべき闇の力なんだがな……。
明人のあれ、大体素なんだよなぁ……、ババアがツッコミに回るってなかなかないぞ。
まあババアは意図的に常識を破る黒ボケキャラだからな、白ボケキャラの前じゃツッコミに回らざるを得ないのかもしれないけど。
一方俺は、その横顔を色んな意味で複雑な心境で見ている。とりあえず早く正体を明かしたい。そしてそのうえでメガネについて一言もの申したいところなんだが、さてどうしたもんか……。
やつの顔は記憶にあるリアル明人そのままで、なんだか無性に懐かしい。メガネもリアルのままだろう。デザインは俺が死んだ時期から変わって、ワイヤーフレームの細身のやつになっているが。
だが何より目を引くのは、その上からさらにかけられたもう一つのメガネだろう。こちらはアンティーク感のある銀縁メガネで、ちょっと重そうだがその分渋さが光っている……。
……って、いやいやいやいや! だからなんでお前、真顔でメガネオンザメガネできるんだよ! おかしいだろ!
腹立たしいことに、それでもなお妙に様になっているんだよなぁ! 元々日本人離れしたイケメンだからだろうが、世の中ってまったく理不尽だよな!!
……まあでも、今のところ緊急停止機能が働く様子はない。さすがに二回目ともなれば、身体に影響が出るレベルの衝撃はないらしい。
別の意味では常に衝撃にさらされているわけだが……かろうじて俺は冷静だ。まだ。うむ。
「……なんだ、どうかしたか?」
と、気づけば明人が俺を見ていた。どうやらクロとの会話は終わったらしい。
俺ができるだけ目を合わせないようにしながら声をかけると、待っていたとばかりにすぐに返事が来た。
「あなたはもしや、大天使お猫様ですか?」
「そう呼ぶやつもいるらしいな」
「やはり。ちなみにお名前を伺っても?」
「あー……ナナホシだ」
明人の問いかけに一瞬迷ったが、こいつにはやっぱり正体は明かしたい。バカなやつで、一緒にいると疲れることも多いが……それでもやはり、前世の時間の多くを過ごした友人であることには違いないしな。
というか、元々は前世の友人たちとの繋ぎを得たくてSWWをやっていたのもあるわけだし……このチャンスを逃すわけにはいかないだろう。
というわけで、隠さず名乗った。さて、こいつはどう出るだろうか?
いきなり核心に迫ってくるだろうか。それとも何も気づかないままか。あるいは、探りでも入れてくるか……?
なんて考えていると、明人は目を見開いて……それからゆっくりと、死のノートを拾った天才と渡り合ったどこぞの名探偵みたいに体育座りっぽい体勢になりつつ、両膝にそれぞれの手を置いた。
その様を見て、俺は思わずフレーメン反応を起こした。
え、おま……そのポーズ、いまだにやってんの? 三十にもなって? ウソでしょ?
いや、確かに俺が死ぬ少し前……確か三年くらい前にも普通にやってたと思うけど、二十歳過ぎたころからさすがに人前ではやらなくなってたじゃん!?
まさかとは思うけど、三十路にして中学二年生が悪化を……!?
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
明人はそのまましばらく何か考え込んでいるようだったが……やがて名称不明のファイヤーキャットがすべてのホムンクルス轢殺したちょうどそのタイミングで、重い腰を上げるかのように再び口を開いた。
「ときに†黒解の堕天使ルシフェリオン†氏」
「バカ野郎明人テメェ! その名は二度と口にすんなって言っただろ!?」
……って、あ゛。
ここまで読んでいただきありがとうございます・
実を申しますと、今回の話を書き始めるまで明人の性格まったく決まってなかったです。
悩んだ結果、なんか自分でも今後このテンションを維持できる自信がないくらいおかしなやつになった気もしますが、それはそれとしてこれ以上のキャラもいない気もするので、もうこれで行きます!
そういうわけなので、掲示板回の彼の発言は今回の投稿に従う形で修正しておきました。なお、SNSでの発言はネタ発言ということで、例外扱い。