23ねこ 一匹の朝
「うにゃああああ!!」
明人やめろァ!! 公衆の面前で俺の死因を暴露してんじゃあないッ!! 特定されるだろうがぁッ!!
そうでなくともバナナで圧死とか、クッソ恥ずかしい死に方してるってのに!! これ以上不特定多数にそんな死に方吹聴しないでくれ!!
いや既に当時結構なニュースになって、まとめサイトで散々な取り扱い方されてたけど!
時間差でもう一度、とか嫌すぎるわ!!
……しかしもはやどうしようもないので、俺はしばし悶えたのちに諦めることにした。
「ううううう……」
そうしたら、自分でも驚くくらいの渋い声が喉の奥から出てきた。もちろんこの場合は落ち着いた趣があるとかの意味ではなく、不愉快だったり不満だったりのほうである。
くそう……せっかく忘れかけてた前世最大の黒歴史を思い出させやがって……。ゲーム内で会ったらもう一度PKしてやろうか明人のヤロウ。
俺はそのままモニターの前にぺたんと突っ伏し、けれど恨み節はそのままに、映し出されている掲示板をじろりと睨みつけた。
週が明けて、月曜日の朝。SWWの限定イベントが始まって既に二日が経過しており、ようやく攻略の糸口が明らかになってきたのか、掲示板に様々な情報が上がり始めているようだった。
だから周りの経過はどんなものかと起き抜けに掲示板を確認していたんだけどなぁ……まさか過去からの刺客に見事な不意打ちを食らう羽目になるとは。
俺が何かしたか? 善良な猫として慎ましく生活していただけなのに……なんでよりによってこんな……こんなのってないよ、あんまりだよ!
「にう……」
まあ、明人も悪気があってのことではないってのはわかるけどさ。
書き込みの内容からもそれは伺えるし、何よりあいつとゲーム内で接触してからこの書き込みがなされるまで、それなりの時間が経過している。あいつはあいつで、思うところがあったんだと信じたい。そうだと言ってくれ、マジで。
「……どうしたの、ナナホシ?」
と、そこにご主人がやってきた。俺がいきなり奇声を上げたものだから、心配してきたんだろう。
先ほどまで朝食の片付けをしていたからか、ほのかに洗剤の匂いが漂って来る。朝食の殺人的香りを避けてパソコンと仲良しこよししていた俺には、心底ほっとする匂いだ。
なので俺はネットブラウザとは別に、最近常時起動しているソフトに向けてタイピングした。ちょっとだけ爪を出して、優しくキーを押すのがコツだ。
『なんでもない』
入力を終えてエンターを叩けば、打ち込まれた文章がシステムに読み上げられた。動画サイトなどでたまに聞く例の声が、のっぺりと響く。ゆっくりボイスと言えばわかる人も多いかな?
要するに、文章読み上げソフトだ。俺と意思の疎通をはかるため、ご主人が導入した。おかげでパソコンの前にいるとき限定だが、リアルでもご主人と会話できるようになっている。かがくのちからってすげー。
ま、どうしてもタイムラグは出てくるが……そこは仕方ないだろう。さすがにリアルじゃSWWの中みたいには行かないものだ。
「本当に? かなりすごい声だったけど……」
『だいじょうぶ』
まさか前世の死因の話をするわけにもいかないので、この件に関しては伏せざるを得ない。すまない、ご主人。
というわけなので、露骨に話題を逸らさせてもらおう。
『それよりそろそろでなくていいのか?』
「あっ、うん、急がなきゃ!」
俺の指摘を受けて、思い出したとばかりにご主人はばたばたと部屋を出て行った。
何を隠そう、今日はご主人はお仕事なのだ。サラリーマンではないから月曜でも休みなこともあるご主人だが、残念ながら今日は仕事らしい。
前もって聞いていた話だと、今日の仕事は国営放送が昼間にやっている生放送バラエティだとかなんとか。ロケ地は東京と神奈川の帰属問題とも言われる某市だったか。
……おっと、そろそろ準備ができたかな? 見送りに出るとしよう。
「ナナホシ、悪いんだけどそこのバッグ取ってくれない?」
「にゃ」
玄関で靴を履きながらご主人が言うので、二つ返事で引き受ける。さほど重いものは入っていないから、俺でも問題ない。
はいよご主人。
「ありがとう!」
ごろごろごろ……。
「えーっと、今日はあんまり仕事入ってないから、夕方には戻ってこれると思うわ」
「にゃあ」
「SWWは……ほどほどにね? またレベル差開くのも悔しいし、何より緊急停止機能が動いても困るしね」
「……にゃあ」
善処します……。
「なんか間があったわね……まあいいんだけど。それじゃナナホシ、行ってくるわね」
「にゃーん」
名残惜しそうに俺を撫でていた手を離すと、ご主人はドアを開く。
その背中に、最近作ってもらった「行ってらっしゃい」のプラカードを掲げて俺は一声鳴いた。
ばたんとドアが閉まり、がちゃんと鍵がかかれば、家の中は一気に静かになる。
それを確認した俺はいつかのようにベランダに出ると、いつかのようにマネージャーさんの車に乗り込んだご主人を改めて見送ってから一度パソコンの前に戻る。
SWWにログインしたらしばらく使わないから、スリープモードにして、と。よし。
画面が暗転したのを確認して、俺は自身にあてがわれたダイブカプセルに足を向けるのだった。
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というわけでログイン。今日の目覚めは最初の街、セントラルの宿屋だ。
周りを見渡すとそこには、アカリ、ご主人、MYUのアバターがベッドに横たわっているのが見える。
昨日は朝からずっと彼女たちと行動していたのだが、今日はみんな学校なり仕事なりで時間が取れないようでこの有様だ。
「おわ!? っと、とと……お前もいたな……すまんすまん」
ベッドから降りたら、そこにみずたまが寝転んでいて危うく踏み潰すところだった。俺の体重でこいつのライフをゼロにすることは無理だと思うが、だとしても気まずいしやらないに越したことはない。
改めて床に降り立って目を向けると、みずたまは逆さにひっくり返った状態で寝こけているようだった。
このゲーム、ログアウトしているときのプレイヤーは睡眠という状態で機能停止するのだが、NPCはその限りではない。システムそのものだからな。
しかし、どんなものにも例外はある。それがみずたまを始めとしたテイムモンスターのように、存在がプレイヤーと密接にリンクしているキャラクターだ。あと、プレイヤーとパーティを組んでいるNPC勇者もこれに該当する。
彼らはNPCだが、プレイヤーのログインと同時に起床し、ログアウトと同時に眠るのである。
つまり何が言いたいかというと、
「……一人だな……」
ということである。
とはいえ、別に一人でいることが苦というわけではない。そもそも、今までだって一人で行動せざるを得ないことはなんだかんだであった。
というか、ご主人に買われるまではガチで日がな一人ぼーっとしているだけの地獄だったからな、ぼっち耐性はかなり高いぞ今の俺は。
まあ最近は、アカリに加えてご主人やMYUも一緒にプレイするようになっていたから賑やかに過ごしていたが……彼女たちも常に俺とスケジュールが合っていたわけでもないしな。
ではそんなとき、俺がどうやってプレイしていたか? その答えは――ソロプレイだ。
……いや待て、違うんだ。ぼっちで遊んでいたわけじゃない。正体がリアル猫という関係上、プレイヤーと一緒にプレイするのが躊躇われただけで、一人だったわけじゃないんだ。
ソロなのに一人じゃないとこれいかに、と思われるかもしれないが、忘れてもらっては困る。SWWのNPCは、人とまったく同じ挙動ができるのだ。そしてそんな連中とパーティも組める。
そう、NPC勇者だ。俺は一人でプレイせざるを得ないときは、主に彼らNPC勇者と冒険していたのだ。
これは別におかしなことではない。当たり外れの落差があるものの、SWWではNPC勇者だけで攻略を進めることは一つのプレイスタイルとしてほぼ確立していると言っても過言ではない。
もしも強いNPC勇者とパーティを組めて、あまつさえ継続的に組めるようになれたらそれはある種の勝ち組だ。
自分の力じゃないだろと言われるかもしれないが、俺はこれもある種の強さだと思っている。運もあるだろうが、出会ったあともずっと関係を継続させるにはコミュ力という名の力がいるからな。
だから、ゲームそのもののセンスがなくともそっちの力次第ではトッププレイヤーになれる。そういうゲーム設計だと俺は解釈している。
では俺がソロのときにどういうNPCと組んでいるか、だが。
「おや、ナナホシじゃないか。久しぶりだねぇ、元気だったかい?」
「げっ、クロちゃん先輩……お、お久しぶりッス!」
野良パーティ募集のために勇者ギルドに赴いた俺が出くわしたのは、一匹の年老い……もとい、貫禄溢れる白猫だった。
……こんな感じで、主に動物系のNPC勇者です。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
NPC勇者枠は後輩タイプとか貴族とかいろいろ考えましたが、結果的になぜかババアになりました。いや猫なんですけど。