21ねこ 強制送還
帰りの道すがら、俺たちは誰からともなく一つのルールを設けた。イビルホムンクルス・コピー・スペシャルとは戦わない、というものだ。
連中はこちらを完全コピーしてくるから、敵として戦うだけでも厄介だ。それなのに、倒したらとんでもない置き土産を残してくれる。そんなやつと戦うのは、はっきり言って旨味がなさすぎる。
それに、コピーさせられたプレイヤーかどうかの判別もできない。この状態では、もしかすると意図せずプレイヤーキラーをしてしまう可能性もある。
というわけで、スペシャルとは徹底的に戦わないことにした。
まあ、あの増援のやつ以外では見たことがないから、そうは言ってもそもそも実行される可能性はかなり低い。されないに越したことはないし、今後とも御免こうむる相手だけどな。
とはいえ、ここはダンジョン。スペシャル以外のホムンクルスは普通に出現する。帰路、何度か普通のホムンクルスと干戈を交えることもあった。
「ふう。MYUが抜けても意外となんとかなるもんだな」
「敵が少なければ、だけどね。あの大部屋のときみたいに、大量の敵に襲われたら厳しいんじゃないかしら」
「そうですね。数が多いということはそれだけで十分脅威だと改めて思います」
二匹のホムンクルスが消滅するのを確認して、改めて歩き出す。
一体一体はそこまで強くないんだよな、こいつら。タフではあるが、攻撃に殺意……というか、意思? を感じないと言うか。こう、あんまり激しいことをしてこないんだよな。
「まあでも、ここまで来たら入り口まであと少しね。このまま何もないことを祈りましょ」
「はい」
「……ご主人、それはフラグと言ってな……」
「ナナホシったらミュウちゃんみたいなこと言うわね」
俺はため息を隠せなかったが、ご主人はさっぱりと笑うだけだ。
杞憂で終わればいいんだけどな。こういうのは、なんだかんだで回収されるのが世の常なんだよ。
いや、別に期待してるわけじゃないぞ。マジで。面倒ごとはごめんだ。
……と思っていたら、大群と遭遇することなく入り口まで戻って来てしまった。
そんなバカな……と思っているのは俺だけのようで、アカリもご主人も特に気にする様子はない。
「入り口の前に数匹いるわね。あれを倒したら出られるから、最後と思ってがんばりましょ」
「はい!」
「あいよ、了解だ」
いつものようにふわりと空中に浮かびながら、ご主人に応じる。
そのときには、既にアカリもご主人も前に飛び出していた。うちの前衛はまったく頼もしいものである。
「数は……ソード、ハンマー、ノーマルコピーが一匹ずつか」
援護のため【ホーリーショット】の弾幕をばら撒きながら、ひとりごちる。
このダンジョンで一番厄介なのは、現状コピースペシャルが不動の一位だが、二位は実のところアローだったりする。やはり遠距離攻撃は厄介なのだ。
しかし今回遭遇した群れは、近距離攻撃しかできないやつばかり。この程度の連中は時間がかかるだけで、恐るるに足らない。もっと高レベル帯のエリアに行けばまた別だろうが、少なくともこいつら相手に苦戦する要素はゼロだ。
「きゅっきゅーい!」
その証拠に、みずたまも最初から地上で前衛として突撃している。
あいつも俺ほどじゃないが耐久力に難があるから、普通なら俺の背中から戦闘開始するんだが。今回の相手は、そうする必要もないということだ。
うむ……みずたまの水球攻撃でコピーが派手に吹っ飛んだ。
しかしライフゲージはほとんど減っていない。ダメージよりノックバックを狙ったか。周りで戦うご主人たちが、一度に相手取る数を減らす方向で動いたようだ。
これでアカリとご主人は二対二。【鑑定】で見るに、レベルもアカリたちが上だから二人はもう大丈夫だろう。
「みずたま、加勢するぞ」
「きゅっきゅいっ!」
というわけで、俺はみずたまを手伝おうとしたのだが、何やら首を振られてしまった。
まさかこのマスコット、タイマン張るつもりなのか。確かにノーマルコピーは、コピースキル以外は脅威じゃないが……。
「え、いらない?」
「きゅいー!」
そう思って問い返したら、再度首を振られた。
違うのか。ううむ、俺はテイマーじゃないからモンスターの言葉はわからんぞ。どうしろって言うんだ?
と思っていたら、何やら大げさな身振りとともに攻撃を繰り出すみずたま。振りだけで、スキルも何もないただの一発でしかないんだが……いや、待てよ?
「……もしかして、トドメは任せたって言いたいのか?」
「きゅいきゅいー!」
人間なら首がもげそうな勢いで頷かれた。
「なるほど、そういうことなら任された」
「きゅいっ!」
というわけで、スキルを起動する。今回は一撃の威力重視で……そうだな、【ホーリーカノン】で行こうか。【ホーリーショット】の上位技だ。
と、そうやって安全圏でチャージしながらみずたまの戦いを見ていると、改めてなるほどと思う。
どうもみずたまは、相手のコピー能力を発動させないように、威力は低いが連発できる攻撃を中心に戦っているようだ。
ただこのやり方だと、敵の決め技は来ない代わりにみずたま自身も決め技を放つタイミングがない。そこでトドメは俺に、ということか。
確かにノーマルコピーは、コピースキルさえ使わせなければかなり脅威度が低い。いい判断だと思う。
というかみずたま。いきなり突撃した姿とは裏腹に、案外慎重な性格なのか。気が合うな、俺も石橋は叩いて渡る主義なんだ。
「よし行くぞっ!」
「きゅーい!」
俺の声に続いて、みずたまが一声鳴く。同時に水球攻撃を連発し、そのノックバック効果でコピーを突き放していく。
そして敵との距離がそれなりに広がったタイミングで、
「【ホーリーカノン】!」
スキルを発動だ!
スキルとしての【ホーリーカノン】は、ショットのおよそ3〜5倍の威力を持つ。放たれる弾丸も、ふた回りくらい大きい。
加えて念のため、威力を上げてぶっ放した。威力調整は苦手な俺だが、それでもできる範囲で上げたのだ。相手のライフは既に半分近いし、属性相性も合わせてこれでいけるだろう。
そして、その推測は正しかった。ノックバック直後でほとんど動けていなかったコピーは、カノンの直撃を受けてそのライフゲージを消失する。
そのまま撃破のエフェクトとともに姿が消え……。
「は!?」
なかった。
俺は思わず、目を丸くして硬直する。視線はただ一点に釘付けになっていた。
そこには、撃破のエフェクトとともに全身を大きく変えていくコピーの姿。それは、その姿は――。
「……明人?」
気づけば、俺の口から彼の名前が飛び出ていた。
そう、現れた姿は……RPGらしくファンタジーナイズされていたが……その顔は、間違いない。死んでも忘れなかった幼馴染の顔だった。
しかしそれが信じられなくて、認めたくなかった俺に……あくまで現実を叩きつけるかのように。
消えつつあった目の前の青年の顔が、信じられないものを聞いたような顔をして――。
「――明人ッ!」
次の瞬間、闇に侵食されるようにして消滅した。直前で駆け出した、俺のすぐ目の前で。
その消え方は、まさにVR技術の極致を感じる実に生々しくおどろおどろしいもので……本当にあいつがすぐ目の前で消滅してしまったような、そんな気がして。
「――ッ!?」
心臓が、激しく跳ねた。
そしてその直後……けたたましいアラームとともに、俺の意識は現実に引きずり上げられた。
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「み゛ゃあ゛あ゛ぁぁッ!? ぎゃふっ!?」
現実に戻ると同時に、色んなショックで身体が跳ね起きる。
そしてダイブカプセルの天井部分に勢いよく頭をぶつけ、俺はその場でぐねぐねと悶絶する羽目になった。
くっそ、痛ぇなこの野郎!
いや、誰も悪くないけどさ! 強いて言えば、あんな意地の悪いイベントモンスターを用意した運営だろうけどさ!
ていうか、ホムンクルス状態ってコピースペシャルの状態じゃないのかよ!? ノーマルコピーは大丈夫だと思ってたのに、全然大丈夫じゃなかったじゃないか!
まさかとは思うが、他のタイプのホムンクルスになる場合もあるのか!?
「み゛ゅうう……」
……痛みが引いてきた。となればある程度落ち着いてきて、とりあえずため息が出る。
そのまま何とも言えないもやもやを抱えつつ、しかししばらくできることがないので、改めてカプセルの中でごろりと寝転がった。
天井を仰げばそこには、赤い文字ででかでかと「緊急停止しました」と書かれていた。その下には、二段階ほど小さい文字で「原因:心拍数の異常上昇」と書かれている。
「……みあう……」
まあそうだろうなぁ。自分でもわかるくらい心臓が高鳴ったし。悪い意味で。
というか、現在進行形で心臓が跳ね回っているのがわかる。既に峠は越しているだろうが、それでも通常時より心拍数が高いことは間違いないだろう。そりゃあ緊急停止機能も働くというものだ。
……緊急停止機能。前に少しだけ触れたことがあるが、これはゲームプレイ中にプレイヤーの身体に何らかの異変が起きた際に、強制的にログアウトして現実に引き戻す機能だ。これがないと、プレイ中に災害が起きたりしたときなんかに気づかないまま死んでしまう、なんてこともあり得るからな。機能自体はあって当然と言える。
その起動条件は、外部からの衝撃だけではない。プレイヤーの健康状態も影響する。そう、たとえば心拍数が急上昇したとき、とかな。
つまるところ、俺はモンスターにされていたかつての幼馴染が目の前で消滅するところを見せつけられて、精神的にかなり大きな衝撃を受けたのだろう。それによって心拍数が急上昇して……システムに危険と判断されたんだろうな。
現実じゃなくて、あくまでゲームの中のことなんだがなぁ。あいつにしたって、単に死に戻っただけで実際に死んでいるはずがないし、きっと今はどこかの宿屋辺りでリスポーンしてるんだろうが。
やっぱり現実とまったく遜色ないリアリティと、いきなり目の前に幼馴染が現れたってことがいけなかったか……。
そんなことを考えながら、ぼんやりと天井を眺め続ける。そのうちにも映し出された表示はめまぐるしく変わっているが、これはカプセルが俺の身体を調べてくれていて、その結果が随時表示されているからだ。
ダイブカプセルはプレイヤーの身体的理由で緊急停止した場合、同時にそのバイタルを点検する機能も搭載されている。非常に便利かつ高度な機能で、重要なのは間違いないのだが……それが終わるまで出られなくなるのは欠点だと思う。しばらくはここで缶詰だよ。
「……にゃー……」
暇だ。しかし俺とは真逆に、ゲームの中は今頃みんな大慌てだろう。特にご主人なんかめちゃくちゃ取り乱してるんじゃないだろうか。そのままご主人まで緊急停止されたりしてな。普段の態度から言って、すごくあり得る。
暇なのでちなんでおくと、一つでも問題が見つかってしまうとその時点で救急車がすっ飛んでくるわけなんだが。
俺は猫なんだが、この場合何が来るんだろうな? ペット用の救急車とか聞いたことないが。
「ナナホシ、ナナホシ大丈夫!?」
なんて適当なことを考えていたら、カプセルの外からご主人の声が聞こえてきた。
きっと即刻ログアウトしてきたんだろうな……。嬉しい反面、申し訳ない。単に想定外の出来事についていけなかっただけなんだよなぁ。
『緊急停止対応と、それに伴うバイタルチェックが終了しました。異常ありません』
ほらな。
『ダイブカプセルを開放します』
そしてそのアナウンスと共にカプセル内が消灯し、天井部分がゆっくりと開き……。
「ナナホシ!」
「にあん」
完全に開ききる前に、ご主人に抱きかかえられた。
「大丈夫!? どこか具合悪いの!?」
ご主人はそう言うが、大丈夫だ。問題ない。単に一時的なものなので、そう心配しないでほしい。
……と、言えればよかったんだが。あいにくとここは現実世界だ。ここでは俺は喋れない。
なので、代わりに俺は首を振りながら、ダイブカプセルの蓋を手で指し示した。そこには、直前まで俺がカプセル内部で見ていたのと同じ表示が映し出されている。
導かれるままにそれを見たご主人は、そこでようやくほっと深いため息をついてその場に座り込んだ。
「はーっ、よかったぁー!」
すまんご主人、心配かけて。
そう言うつもりで、彼女に肩ポンする。
「……何もなくてよかったわ。本当にびっくりしたんだから」
「にゃー……」
本当悪かったって。いや、俺はまったく悪くないとは思うが……。
「アカリちゃんも心配してたわよ。あとで連絡入れておかないとね」
「にぁう」
そうだろうなぁ、絶対心配してるだろうなぁ。あいつも大概猫バカなところあるし。
連絡は……ご主人に任せてもいいだろうか。リアルだとこの肉球でパソコンを操作するのは時間かかるし。
「それにしても急にどうしたのかしら。誤作動? でもこれ、届いたばっかりの新品よねぇ……?」
「にゃー」
そうだな、システムは恐らく正常だ。
しかし……言えたとしても、これは言わないほうがいいんだろうな。説明するとなると、俺が元は人間であったということも言わなくてはならなくなる。それは避けたい。
なので、俺はわからないと言うつもりで肩をすくめて見せた。
「そうよね、こんな精密機械のことなんてわかるわけないわね」
「にう」
「でも念のため、今日はもうやめときましょうか。アカリちゃんやミュウちゃんには悪いけど……」
ゲームとリアルの時間経過に差があるから、あれだけプレイしていてもなおまだ日は高いわけだが、たまにはそれもありだろう。
それに、俺としては今すぐにゲームを再開する気にはなれなかった。
またゲームの中であいつに……明人に会ったとき、どういう顔をすればいいのかわからなかったから。
一度心の準備を整えてからにしよう。そう思って、俺は頷きながらご主人の手を軽く叩いた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
遅ればせながら、ネット小説大賞の2次選考通過したようです。ありがたい限りですが、なんかすいません、横でツクールしてたり古戦場してたりして。
いや初めてAクラス来たんですけどみなさんお強いですね・・・。