20ねこ 本番
戦闘は、思っていたより滞りなく終わった。途中、ある程度数を減らしたところで祭壇から増援が出て来たりもしたが、危なげなくすべて倒しきることができた。
だが、問題はそのあとだった。
『どうすればこれ、治るのでしょうか?』
みずたまと共に梁の上へ避難している俺の目の前に、チャット用のメッセージウィンドウが表示されている。より正確に言えば、パーティチャット用のものだ。
ただし俺は、文字は打たず普通に声だ。
「すぐ思いつく可能性としては……一つ、時間経過。一つ、特定のフラグを立てる。一つ、ダンジョンから出る。一つ……死ぬまで治らない、辺りかな……」
高みの見物とばかりに梁の上に鎮座する俺のその言葉に、眼下で絶賛拘束中のイビルホムンクルスの一体が慌てた様子でおたつき……しばしのちにチャット画面に書き込みが上がる。
『治らないのは困ります! このままでは喋れないですし……!』
「だよなぁ」
俺はため息をついて、改めて下を見た。
そこには、三体のイビルホムンクルスがそれぞれ白い鎖で拘束されている。鎖の正体は、俺が放った【神聖魔術】の一つ、【ホーリーチェーン】。見ての通り対象の動きを止める妨害系のスキルで、見事三体を封じることができたわけだが……。
うん。
これな、あれなんだ。アカリと、ご主人と、MYUなんだ……。
なんでこんなことになったかと言えば、それは先の戦闘の最後。増援で出て来たイビルホムンクルス・コピー・スペシャルとかいうやつが原因だ。
その名の通り、少し前に戦ったイビルホムンクルス・コピーの恐らくは上位種に当たるスペシャル。それが全部で三体出て来ていたのだが。
こいつら、よりにもよってファイナルアタック(死に際に放つ技のことだ)で自分の姿を押し付けて来たんだよ。この結果俺以外の三人がその餌食となり、イビルホムンクルスにされてしまったというわけである。
スペシャル自体も、コピーしたこちらの能力をスキルレベルまで再現してくるというかなり厄介な敵だったが……よりによって死に際でこれほど面倒なことをしてくれるとは思っても見なかったよ。
スキル効果も上位互換のようで、今のご主人たちの状態は【スーパースキャン】でも見破れない。さらに上位技である【ハイパースキャン】ならあるいは、と思うが……ないものをねだっても仕方がない。
おかげで当初は仲間割れになった。いきなり仲間が敵になり、襲いかかって来たのだから無理もないだろう?
MYUがあわやというところで気づき、「今……あなたたちの頭の中に……直接話しかけています……」してこなかったら酷いことになっていただろう。
彼女が言うには、思考はそのままだが身体は勝手に動いてしまうらしい。
おまけにホムンクルスには口がないから、それに変身させられた三人は言葉で説明することもできなかった。そりゃあ仲間割れになるというものだ。
しかしMYUがたまたま【念話】という、テレパシーで会話するスキルを持っていたおかげで事なきを得た。
ただし暴れられると困るので、ひとまず拘束して、それからチャットとネットは使えると気づいて今に至る。梁の上にいるのは、いつ拘束が解けてもいいよう念のためだな。
ちなみにみずたまも俺と一緒だ。こいつもホムンクルス状態だと攻撃対象になるようで……しかしテイマーのご主人とは何か魂的な繋がりがあるのか、変わり果てたご主人に切なそうに鳴いていたのがやけに印象的である。
その辺りも含めて、なんというかなるほど守護神ニャルラトテップって感じである。さすが邪神どもの知恵袋はやることがえげつない。
『これ、最大の問題は他のプレイヤーとの遭遇よね』
ご主人の書き込みが来た。俺もそう思う。
俺たちが他のプレイヤーと接触した場合、間違いなく遠慮会釈なくぶっ飛ばされるだろう。俺だけは免れるかもしれんが、どっちにしても歓迎はできない。
説明すればいいだろうと思われるかもしれないが、どこまでの人間が信じてくれることか。掲示板で情報が出回るようになればまた話は別だが、調べた限りまだこれに関する情報はほとんど出回っていないんだよなぁ。
今もみんなで掲示板を巡回しているが、それらしいものは出てこないし。
「これあれかなー。最悪のケースだと、死んでも治らないって可能性も否定できないよねぇ」
「それはマジで最悪のケースだな。ゲームである以上は、最低でも死んだらステータス異常は治ってほしいぞ」
一人だけなぜか逆さ吊りで拘束されているMYUのセリフに、俺は首を振る。
ゲームバランスを考えれば、絶対治らないと言うことはないと思うが……。連中の守護神がニャルラトテップって辺り、あり得ないとも言い切れないのが怖い。
状態異常かなと思って、俺から状態回復のスキルをかけてみたものの、効果はなかったしなぁ……。
あ、ちなみに彼女は俺と同じでチャットを使っていないが、彼女の場合はテレパシーで会話に参加している。そりゃあ、文字より言葉のほうが早いわな。
「おっ、掲示板に情報来たよ!」
「マジで!?」
と、そこでMYUが放った言葉に、全員が色めき立つ。声を出せたのは俺だけだし、身体を動かせたのも俺だけだが。
「どんな情報だ?」
「うん、解決法と言ってもいいもの……だけど、これあれだなー、さっきほしりんが言ってた可能性の、4つ目だなぁ」
「それって」
『つまり、死に戻ったら治るのですか?』
一拍遅れてのアカリの書き込みに、残念そうに頷くMYU。
なるほど、死ぬまで治らない。逆に言えば、死ねば治るということか。
彼女にならう形でイベント攻略スレを開いてみると、確かにそこにはこの状態の解決法が……怒りとともに書き込まれていた。
「……プレイヤーに襲われて弁明もできないまま、トドメを刺されて死に戻り、か。戻ったときには身体も戻っていた……」
『軽くトラウマレベルね……』
書き込みを読む限り、どうやらホムンクルス状態の死に戻りは通常とは異なり、蘇生可能な時間がなく即刻死に戻るようだ。デスペナ必至ということになるが、誤認されたとはいえ自分を散々に追い詰めて殺してきた相手に蘇生されても、大体の人は冷静ではいられないだろうし、それはそれでいいのかもしれない。
『えぇっ、しかもこれで治るのは自分だけで、自分を倒した人にホムンクルス状態が移ってしまうって……ひどくないですか?』
「スペシャルに変身させられたうえに、ファイナルアタックまでコピーさせられてんのかよ……めっちゃえげつないなおい。しっかりデスペナあるみたいだし、キューブもごっそり取られるところまで含めてめっちゃえげつないぞこれ」
「ニャルラトテップの仕業らしいっちゃらしいけどねぇ」
解決法の書き込みの次にあった書き込みが、そういう内容だった。解決法を書き込んだ人物にまず謝罪を入れているのを見るに、その人を意図せずPKしてしまった人物が書き込んだのだろう。
まあ返答が「ざまぁ」なあたり、人間の負の面をまざまざと見せつけられているような気がするが……。
「およ? 今また書き込みきたよ」
「ホントだ。……って、おい、これマジか?」
MYUに言われてページを読み込み、新たに表示された書き込み。
その内容は今まで見ていたものと同じく、ホムンクルス状態の解決法の提示だったのだが……その内容に、俺は目を剥かざるを得なかった。他のメンバーも、元の身体なら同じようにしていただろう。
なぜなら、新しい書き込みは……。
『ホムンクルス状態でプレイヤーを倒したら元に戻れた。しかもこれをやればホムンクルス状態も伝染しないっぽいし、めっちゃキューブもらえたぞ』
となっていたからだ。その内容に、俺たちはしばし黙り込む。
「あー……なるほどなぁ、だから今回PvPが解禁されたのかー」
最初にそれを破ったのは、やはりというかMYUだった。ホムンクルス状態の白い顔が、妙に人間臭く見えた。
「どう転んでも、プレイヤー同士で戦わせる形に誘導されてるわけか」
「だねぃ。こいつは荒れるぜ……」
セリフはなぜか貫禄の演技だったが、ホムンクルスの状態だと風情も何もないなぁ。
『誰も損をしないで元に戻る方法はないんでしょうか……』
『死に戻りか誰かの抹殺のが圧倒的に手っ取り早いわ……方法はあるかもしれないけど、わざわざ探そうとするプレイヤーはそうはいないんじゃないかしら』
『そんな……』
ご主人の言う通りだと思うなぁ。そしてMYUの言う通り、ものすごく荒れそうである。
まだイベントは初日なんだが、どうなるんだろうか……。
「まあとりあえず、試せることは全部試そっか」
そんな暗くなった雰囲気を吹き飛ばすかのように、MYUがあっけらかんと言った。
『試すって、何をですか?』
「まずは状態異常を回復するスキルを全部試してみるよ。ほしりんのとは違うやつね」
「なるほど、MYUなら俺より効果の高いスキルを使えてもおかしくないか」
『そうね。まずはそこからやってみましょうか』
『MYUさん、すいませんがよろしくお願いします』
ご主人とアカリも賛同する。
それを見て、早速とばかりにMYUが声を上げた。
「そんじゃいっくよー」
直後、彼女の身体から黄金の輝きがあふれ、周囲を満たしていく。
あれは……恐らく【太陽術】の回復スキル、【サンシャイン】かな。ライフだけでなく、状態異常も回復するというかなり高性能なスキルだ。状態異常回復を専門とするスキルより回復できる状態異常は限られているが、それでも同時に回復できるのは大きい。
しかしその効果はと言えば……。
「……ダメそうだな」
「だねぇ。まあこれは治療できる数少ないし、そんな気はしてたよ。次いくよー」
落ち込んだ風もなく、次のスキルを発動させるMYU。今度は、淡い緑色の燐光が……言い方は悪いが粉塵のようにもわっと広がった。
これは……俺が使ったスキルの上位スキルだな。確かシンプルに【ハイパーキュア】だったか。
うん、俺はまだ覚えてない。やはりMYU、とんでもない力を持っているんだな。というか、下手したらレベルとか偽装してたりして……。
などと思っている間にも光は広がり続けたが……特に何も起こらないままやがて消えた。
……あ、いや、何も起きてなくはないな。MYUを拘束していた鎖が消えた。バインドに効果あるんだなこの魔法。
「……じゃねえ! おいみずたま、動くぞ!」
自由になったMYUが、しかし状態異常のせいでプレイヤー……俺を襲うという行動を強制されて襲いかかって来た。慌ててみずたまと一緒に場所を変える。
あの状態だと、意図してMYUがスキルを使わない限り遠距離攻撃ができないから大丈夫……じゃないんだな、これが。
そこらに転がっているものを投げてくるのだ。今だと、ちょうどアカリやご主人が投擲されてくるだろう。いろんな意味で安心はできない。
そして予想通り、投擲道具にアカリが選ばれた。MYUは無造作にアカリを掴み上げると、そのまま振りかぶって……。
「【ホーリーチェーン】!」
投げる、直前でなんとかスキルが間に合った。MYUの足元に魔法陣が現れ、そこからせり出て来た鎖によって彼女の身体はがっちりと固定された。
「ふう……危ねえ、間に合った」
「ナイスほしりん!」
『あ、ありがとうございますー』
彫像だったらなかなかの芸術点になりそうなポーズで、MYUからテレパシーが飛んでくる。
アカリは……うん、なんというかすまん。かなり厳しい姿勢になっているが、ここはゲームの中で、頭が天地逆さまでもそれで気分が悪くなったりはしないだろうから、しばらく我慢してほしい。
『今のやつもダメだったみたいね』
「んだねぇ。でもまー神聖系がダメなのは、ほしりんが見せてたしこれも期待はしてなかったよね。次、次」
と、そんな感じでMYUは次々とスキルを発動していくが……結局、彼女たちが元に戻ることはなかった。
途中何度も拘束が解けたMYUに襲われ、アカリとご主人が数回虚空を身体で切り裂いたが、その甲斐はなかったようだ。
そして特に成果が上がらないまま、およそ三十分。
「参ったなー、これもダメかー。となると、最後の手段しかないなー」
あまり参ったようには見えないが、ともあれMYUがそう言った。
「仕方ない。システムの力が強いというか、それだけ上位の状態異常になっているんだろう」
『そうです、MYUさんは悪くありませんよ!』
「あはは、ありがとね」
俺とアカリが励ますが、MYUの口ぶりは相変わらず軽い。
まあ、ゲームだしな。かといって、日頃から明るい彼女が落ち込んでいる姿は想像できないのも事実だが。
『ちなみにミュウちゃん、最後の手段ってどんなの?』
「自爆系ー。自分が死ぬのと引き換えに、パーティを完全回復させるっていう」
「メガ◯ルかぁ」
『そんな、そこまでしていただくわけには……。それに万が一効果がなかったら……』
「逆に考えるんだ。死んじゃってもいいやと考えるんだ」
『ええ!?』
「や、だってこれゲームじゃん。本当に死ぬわけじゃないんだから、気にすることじゃないよ」
「ライフで受けるってか」
「そーそ。プレイヤーのライフなんて、ゲームじゃ一番気軽なコストだよー」
『な、なるほど……』
まだ躊躇う様子を見せるアカリに、「もちろんリアルだったらやらないよ」と付け加えて、MYUが笑った……と思う。
……やらないかなぁ? なんか、リアルでも今みたいな軽いノリで自爆してもおかしくない気がするのは俺だけか?
『ミュウちゃんなら現実でやってもあたし驚かないわよ?』
俺だけじゃなかった。
MYUと仲のいいご主人ですら言うんだから、もしかしたらもしかする。まあ、そもそもリアルに魔法なんてあり得ない話だが。
「まーまー、リアルの話は置いといてー。準備できたので、ミュウ行きまーす」
ご主人の軽口を軽く流して、出し抜けにスキルを発動させるMYU。
今の会話の中で準備をしていたのだろうが、相変わらずとんでもないスキル構築の速度と精度だ。
……などと思った瞬間、俺は光に飲み込まれた。文字通り光の中に取り込まれ、まったく何も見えなくなる。要するにまぶしい。
それがおよそ10秒ほど続いただろうか。次第に収まっていくまぶしさに、おっかなびっくり目を開けて……。
「アイルビーバーック!」
「そういうのは溶鉱炉でやってくれ」
「最後にツッコミありがとー!」
サムズアップしながらゆっくりとその場に沈んでいくMYUの姿が視界に飛び込んできたので、思わずツッコんでしまった。
ただその身体は人のものに戻っており……しかし頭上のライフゲージは空で、さながら吸血鬼が灰になるように崩れて行くところだった。
……大丈夫なんだよな? ただの演出だよな、あれ?
「ミュウちゃん……ありがとね、すぐ迎えに行くから」
「はい! 宿屋まで迎えに参りますので、少々お待ちください!」
おっと。バカなことやってる場合じゃなかった。
二人の声が聞こえたということは、ホムンクルス状態が解けたということだろう。
声のほうへ目を向けてみれば果たして、そこには消滅したMYUにそれぞれのリアクションで対峙するアカリとご主人がいた。
「きゅっきゅー!」
「あ、おいみずたま、この高さだと落下ダメージ受けるぞ!」
ご主人の姿をみとめた瞬間、みずたまが梁から飛び出した。そして我慢できないとばかりに、ご主人の胸の中に飛び込んで行く。
「みずたま! ごめんね攻撃しちゃって! 大丈夫だった? 怪我はない?」
「きゅーきゅー!」
降って来たみずたまを受け止めたご主人が、みずたまに頬ずりする。その様子は、さながら固い絆に結ばれた主従の再会とでも言った感じだ。
感動的なシーンだな。落下の衝撃でライフゲージが両者ともに半分近く減っていることを除けばだが。
俺もやりたいところだが、できない。いかに猫の俺とて、この高さから飛び降りれば落下ダメージは避けられない。
そして紙装甲の俺は、それだけで死にかねない。なので【空中ジャンプ】を駆使して足場を複数伝い、順当に降りる俺である。出遅れた感はしょうがないだろう。
別に悔しくなんてないからな! リアルじゃ俺が独り占めしてるからな!
と思っていたら、代わりとばかりにアカリに抱き上げられた。
「ナナホシさん、ご無事で何よりです」
「それは俺のセリフだよ。問題なさそうだな」
「はい、おかげさまで。ご迷惑をおかけしました」
「気にすんな、こういうのもゲームならではだよ」
いつもの定位置、彼女の肩に乗りながら、笑ってみせる。
「ナナホシもありがとね。助かったわ」
「どうってことないさ」
そこに落ち着いたらしいご主人が手を伸ばして来た。みずたまはいつのまにか、彼女の頭の上にいる。あちらも定位置に着いたようだ。
優しく頭を撫でられ、ごろごろと勝手に声が出る。うむ……さすがご主人は俺のポイントを熟知しておられる。到底抗えない快感がそこにある。
『やっふーみんな元気ー?』
と、そこにMYUからチャットが飛んで来た。
三人がそれぞれ、問題ないことを告げる。
『それはよかったー。ウチのほうはいつも通りの死に戻りって感じ。しばらくは動けないかな』
返信はそういう風だったので、ならばと俺たちは一度ダンジョンから出ることにした。キリもいいし、今後のことも話し合いたいし、ということで。
しかしホムンクルスどもを造ったであろう邪神様は、簡単には帰してくれないのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
すいませんめっちゃツクー(ry
いやあれなんです、棚卸とかもあったんですよ・・・(げっそり