18ねこ イベント初バトル
通路を進んで数分。最初に異変に気づいたのは、いつも通り俺だった。
「……前方に何らかの気配あり。数はもうちょっと近づかないとわからんが、多いのは間違いない」
その言葉を受けて、三人が表情を引き締める。
彼女たちはいずれも既に臨戦態勢だ。アカリは【カプリコーン】を降ろして紫電をまとっているし、ご主人とMYUはその全身を黄金のオーラで覆っている。
俺ももちろん、【ヴァルゴ】を降ろして中空にいる。その背中には、紙装甲の俺を護衛するためみずたまが乗っている。重さはほとんどない。
そして。
「……来る!」
ほどなくして、俺たちは人型の群れと遭遇した。
それはいずれも一見すると本当に人間に見間違えそうだが、顔がのっぺらぼうだ。一体それでどうやって周囲を認識しているのかと言いたくなる。おまけに全裸だがその肌は白一色で、かつ局部などのパーツもなかった。
だが、それぞれが様々な武器で武装している……いや、違うな。それぞれの両手が武器になっているんだ。昔の両手がドリルで埋まっているロボットみたいだ。
とりあえず、人間ではないことは間違いない。では生き物なのか?
それを確かめるべく、俺は一気に天井近くまで舞い上がるとそいつらを順繰りに【鑑定】していく。
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名無し イビルホムンクルス・ソード Lv35
称号 イベントモンスター
守護神 ニャルラトテップ
守護星 人馬宮
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名無し イビルホムンクルス・スピア Lv35
称号 イベントモンスター
守護神 ニャルラトテップ
守護星 人馬宮
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名無し イビルホムンクルス・メイス Lv35
称号 イベントモンスター
守護神 ニャルラトテップ
守護星 人馬宮
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名無し イビルホムンクルス・アロー Lv35
称号 イベントモンスター
守護神 ニャルラトテップ
守護星 人馬宮
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総数はさておき、種類的にはこの四つか。弓矢を構えているやつ以外は、全員が二刀流(両手が武器そのものだから、この表現が正しいのか微妙だが)というのは完全特攻目的なのか、防御力に自信があるのか。
いずれにせよ、防御力にまるで自信がない俺にしてみれば、ソロではどうにもならない相手ということは間違いないな。
……しかしホムンクルス、ねぇ。マッドな科学のにおいがぷんぷんしやがるな。
「……イビルホムンクルス各種! 守護神は全員ニャルラトテップ、守護星は全員人馬だ!」
「はいっ!」
「任せたわ!」
「おっけー!」
そして俺の宣言に前後して、互いの前衛が激突した。
アカリの錫杖とイビルホムンクルス・ソードの剣……いや手? がぶつかり合って、金属がこすれ合う音がこだまする。しかし彼女は相手の勢いをいなすと、相手を足払いで蹴倒して中衛へ飛び込んでいく。
今アカリが降ろしている【カプリコーン】の能力は、主にスピードアタッカーだ。キッズの頃に比べるとその傾向はより先鋭化しており、誰も敵陣に切り込んで行くアカリを追い切れていない。
その状態の場合、一体の敵にかかりきりになるより超高速で動き回って敵陣をかき回すほうがよい、と判断したのだろう。次から次に敵が倒れていく。ライフゲージはいずれも残っているが、それをゼロにするのは他のメンバーの仕事というわけだ。
……すれ違いざまに敵たちに一撃を入れながら縦横無尽に動き回る姿は、やはりお嬢様と言った雰囲気とはかけ離れているが。時おり放たれる雷撃がそれに拍車をかけていて……なんというか、鬼か悪魔の姫君と言われても違和感がない。悪魔っぽい羽が背中にあるから余計だ。
その手前では、ご主人とMYUが暴れている。二人はいわゆるステゴロで戦っているわけだが、武器を持った相手にまったく怯まないのはさすがと言うべきか。
二人は互いの背中を常に守りつつ、息の合った立ち回りで相手からのダメージを最小限に抑えている。その動きは往年の戦隊で見たものとほぼ同じで、特撮のアクションで得た技術が確かなものであるのがよくわかる。
ちなみに彼女たちが身にまとう黄金のオーラは【太陽術】の一つ【サンズパワー】で、見た目から察して頂けると思うが自己バフだ。ぶっちゃけてしまうと、どこからどう見てもどこぞのZ戦士。髪の色は変わっていないが。
一方俺はと言えば、後衛から飛んでくる矢の間を縫うようにしてかわしながら、魔法を準備だ。
いくつかかわしきれないものもあったが、そこは背中に乗ったみずたまが対処してくれる。どうやっているのか不明だが、水球を放って矢を撃墜してくれているのだ。
おまけにあの水球は高い粘性による行動阻害効果とノックバック効果を併せ持っており、矢の迎撃ができなくても群れの中に飛んでいけばそれだけで十分と言う代物だったりする。序盤の雑魚モンスターとはとても思えないいい仕事っぷりだ。
……さて、準備完了だ。反撃と行こうじゃないか。
「【ヘヴンレイ】――」
俺の眼前に魔法陣が浮かび、一条の白い光が放たれる。それは後衛の真ん中あたりに着弾するや否や、白い爆発を起こしてイビルホムンクルス・アローたちを飲み込んだ。いくつものライフゲージが、ぐぐっと減っていくのが見える。
ふっ、これで終わりじゃないぞ? 俺の眼前には、なおも魔法陣が残っているのだ。もう一発、行くぜ!
「――ダブル!」
再び閃光が飛び出す。先ほどと同じく敵陣後衛に着弾すると、白い爆発が起きる。
広範囲攻撃魔法スキル、【ヘヴンレイ】。その連続魔だ。うむ、我ながら上手くいった。
魔法使いとなったことでスキルにかなり幅を持たせられるようになったのだが、俺はどうも威力の調節より詠唱速度の調節のほうが向いているらしい。特に威力の強化は苦手で、バ〇ン様ごっこはまったくできないのが悔しい。
しかし逆に連続発動や同時発動は得意で、フレ〇ザードごっこは夢ではない。まあ、【ヘヴンレイ】級の魔法を五発同時の実現はまだだいぶ先だろうし、仮にできても攻略の序盤でそんな大盤振る舞いはしないけどな。
「ここまで来れば、あとは……」
準備するスキルを【ホーリーショット】に切り替える。最初に覚えたこのスキルは、弱い代わりに俺でも威力の調節がわりとできる便利な魔法として、今やとてもありがたい存在になっている。
「目指せ得点王!」
威力を絞った【ホーリーショット】を、先ほどの攻撃で弱ったイビルホムンクルス・アローたちに向けて連射する。というか、乱射する。イメージはマシンガンだ。
あいにくと狙撃は得意じゃないのだ。手数でのゴリ押しと言い換えても可。
と、そろそろ遠距離攻撃手は全滅したかな? ここまで来れば、あとは俺一人でもいいだろう。
「よしみずたま、ご主人を助けてさしあげろ」
「きゅっ」
俺の言葉に応じて、みずたまがぴょんと飛び降りた。そのままご主人を背後から狙っていたイビルホムンクルス・メイスの顔に着地すると、そいつの顔面を身体で包み込む。
生物なら窒息は避けられないだろう。口すらないホムンクルスに効くかは謎だが……別にこれでトドメをさそうとしているわけではないからいいのだ。みずたまの目的は、ご主人への攻撃を逸らすことだからな。
ついでに言えば、みずたまの本領はここからだ。ほら、彼が覆った部分が焼ける音と煙を発している。
スライムといえばやはりこれ、強酸だ。元祖スライムはこういうのが怖い強敵だったらしいな。
「ナイスよみずたま!」
そして次の瞬間、みずたまの強襲で乱されたホムンクルスの攻撃を、ご主人が華麗に回避。さらには振り向きざま、顔めがけてハイキックを放つ。そこにはみずたまもいるが、彼はヒットの直前にさっと離れた。
直後、腐食して焼けただれたホムンクルスの顔に、ご主人の足が直撃する。そこではアカリの雷撃とはまた異なる黄金の輝きがスパークしており……インパクトと同時に、それが一気にホムンクルスの全身に走って硬直する。
そして数秒後……ホムンクルスの身体は砂のようになって崩れ去った。同時に、そいつのライフゲージも砕け散る。お見事だ。
え、山吹色のウンタラカンタラ?
それ以上は言わないほうが身のためだぞ?
それはさておき。
みずたまはその後、素早く動いてご主人やMYUに並んで戦い始めた。その見た目とは裏腹に、体当たりやストンピングなど、かなりグラップラーな戦い方で。
その威力はバフがかかったご主人たちには及ばないのだが、少なくとも俺の数倍はあると思う。タイニースライムは普通あんな威力出せないが、要するにレベルの暴力というやつだ。
あと、ご主人自身がテイマーのくせして前衛で暴れる人だから……それを見習ったみずたまは、肉弾戦関係のスキルレベルが高いらしい。ペットは飼い主に似るというのは本当のようだ。
「……よくよく考えるとこのパーティ、前衛だらけだな。後衛俺だけじゃね?」
役割分担の結果だし、別に嫌とは思わないが。マスコット枠のタイニースライムより物理で負けているのはさすがにちょっと悔しい。
……と、そうこうしているうちに場が静かになった。後半から俺も掃討に参加していたが、前衛組の制圧力には勝てないな。人数差を抜きにしても、ご主人とMYUのヒーローコンビが群を抜いて強すぎる。アカリもかなりの戦果を挙げているとは思うんだが、比べてしまうとどうしてもな……。
ともあれ俺はふわりと地面に降りてみずたまを回収すると、アカリたちの下に移動する。
「お疲れー」
「いえーい」
「ナナホシさん、みずたまさんもお疲れ様でした」
「うん、アカリもな」
「きゅきゅぅ」
軽く言葉を交わしながらメニューを出す。
所持アイテムの項目を開いて……と。
「キューブのドロップは……今ので45個か。トドメをさした数でいうと、たぶんいつも通り俺が一番低いだろうが……」
「あたしは58個だわ」
「ウチは60」
「私は53個ですね」
「あ、うん、やっぱトドメをさした人間により多くドロップする仕組みかな?」
それぞれの申告を聞きながら、今回のイベント報酬について考える。
回復アイテムなどの、比較的安価で交換数に制限のない報酬はともかく、レアリティの高い報酬の最低値は確か500個だったはず。それを考えると……。
「……まだまだ先は長いな」
全員が同じ結論に達したみたいで、みんな……特に周回は苦手と言っていたMYUが苦笑した。
「相手によって落とす量が変わったりするのでしょうか?」
「だとしたら、いつもの戦い方だとドロップが偏るわよね……なんとかならないかしら」
「そうだなぁ……いわゆるメタルな感じの連中がいればいいんだが……」
チラッ。
「さあどーかなー。こーなってくると、プレイヤー同士の戦いが解禁されてる分過激なことになるかもねぇ」
ちっ、引っかからないか。
「元戦隊としては、あんまり強奪目的では戦いたくないわね。世間のイメージもあるし」
「私もちょっと気が引けます……」
ご主人とアカリは真面目だなぁ。
「俺はそのうちそんなことは言っていられなくなると思うぞ。MYUの言う通り、過激なことに走るやつは絶対出てくると思う」
「……まあ、それはね」
「はい……」
「そこは振りかかる火の粉だけ払えばいーんだよー」
MYUは適当だなぁ。いや、今回はどちらかと言うと俺も彼女寄りの意見だが。
「それにこのゲーム、対人戦要素は少なかった分VRでのプレイヤーキルのノウハウまだ確立されてないだろうし、しばらくは大丈夫なんじゃなーい?」
「だといいんだけど。……ま、そのときはそのときか。少なくともあたしとミュウちゃんが一緒にいて、ナナホシやアカリちゃんまでいる状況で負けるなんてそうそうないだろうし」
「……油断は禁物だぜ、ご主人?」
「それは……そうね。うん、気をつける」
「んだね、ウチもそこは気をつけなきゃだ」
「ですね。私もできるだけ周りには気をつけます」
とりあえずで意見が一致したところで、俺たちは再びダンジョンを進み始めた。
はてさて、お次はどんなやつが出てくることやら?
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ダンジョンと敵がそれっぽいだけで、ニャル様は別に絡んでこないのでごあんしんください。