17ねこ イベント開始!
先日の地震により崩落した地点から、旧時代の遺跡が見つかった。かつての魔王が用いた拠点の一つと思われる。
遺跡の内部はまだ防衛機構が機能しているようで、魔物と思われる存在も確認されている。
おまけに遺跡が見つかった地点は、王都セントラルの目と鼻の先。今後問題が起こる可能性を考えれば、座して見ているだけなど到底できることではない。
ゆえに勇者諸君、特別指令である。見つかった旧時代の遺跡に赴き、内部の調査と魔物の殲滅をなしてもらいたい。
魔物の殲滅については、旧時代の魔物は例外なく「エルダーキューブ」を落とすとされているので、それで判断する。
より多くの「エルダーキューブ」を持ち込んだものには、報酬も用意している。頼んだぞ、勇者たちよ!
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「……わりと緊急事態じゃねーか」
いよいよ始まった、SWW初のイベント。その配信が始まり、まずはとばかりにフレーバーテキスト的なムービー(騎士団長の演説という設定だった)を見た俺の第一声がそれだった。
喩えて言うなら、東京23区内にある日突然ダンジョンができたようなものだろ? リアルで起ころうものなら怖すぎるわ。
「セントラルの中が色々と雰囲気が変わっているのは、細かいわね」
「騒然としているのは、やはりゲームの中としては緊急事態という認識なのでしょうか」
イベント開始地点ということで久しぶりにセントラルまで戻ってきた俺たちは、街並みを歩きながら言葉を交わしていた。
プレイヤーの増減で多少の変化はあれど、セントラルは「最前線から最も遠い場所」という設定上、比較的穏やかな街だったのだが。今はあちこちを兵士や武装した勇者が歩き回っていて、さながら戦時下のようだ。
そして正式にクエストを受注するために入ったギルドも、大量の勇者でごった返していた。
「うひゃー、こりゃまた大賑わいだねぇ」
「立錐の余地もないとはこのことね……」
俺の耳には、攻略に関する打ち合わせや、パーティを募集する声がたくさん届く。ついでに、出張所が他の場所に数カ所設けられているという声も聞こえる。
「広場や教会にも臨時の受付があるみたいだから、そっちのほうがいいんじゃねえかな」
「んだねぇ。ウチらがここに突入して騒ぎになるのもなんだし、場所変えよっか」
という感じで、複数の地点を自発的にたらい回されたので、スタートダッシュには遅れた感がある。
この辺りはなんというか、リアリティにこだわりすぎてプレイ感を損ねている気がするなあ。ゲームなんだから、そこはもうちょっと割愛してもいいと思う。
……ということをぼやいたら、MYUに拾われた。
「貴重なご意見ありがとうございます、ってね」
「……どういたしまして」
何はともあれ、手続きを終えた俺たちは改めてイベントダンジョン……「古の邪神殿」に向かうのだった。
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今回の限定イベントは、ゲーム的に言えば広大なダンジョンを攻略するという内容になっている。そこに見敵必殺推奨と、プレイヤー同士で戦闘可能というオプションがつく。
ストーリーラインはムービーにあった通りだが……目的である調査と殲滅を達成できなかった場合どうなるのかについては、言及されていない。
あくまで限定イベントの中だけのこととして、通常のシナリオとは分けて処理されるのか。それとも通常のシナリオにもなんらかの影響がおよぶのか。そこのところは気になるところだな。
ちなみに難易度に関しては、崩落した地点は複数あってそれぞれが入り口になっているが、場所ごとに違う強さの敵がいる地点にたどり着く、という設定で区分けがされている。
ただ、実際のところはパーティごとに毎回ランダムで変わるようだ。掲示板のイベント用スレッドには、ほぼ同時に突入したパーティが消えたといった情報が先発組によって書き込まれている。
ダンジョン自体はすべて繋がった一つの広大なマップで、どの難易度の区画でも中で合流できる可能性なども考察されているが……この辺りは追々だろうな。
そしてこの間も少し触れたが、入場区画の判定基準はパーティの平均レベル。あれからご主人のレベリングも済み、現在俺たちは大体50前後でほぼ横ばいの状態になっているので、俺たちは問題なく中堅どころの位置に配置されたはずだ。
俺たちの初期位置は、宗教施設というにはいささか趣が物騒な場所だった。というのも、そこらへんに壊れた武具が散らかっているのだ。まるでここで激戦があったかのような雰囲気だ。
……個人的には、散らかっている武器の破片とかが怖くてご主人の肩から降りたくない。
「……マップ画面がものすごく細かいです。相当広いようですね、このダンジョン……」
周りの確認ののち、マップを確認したアカリが目を丸くした。
言われて俺もマップを表示したが、こりゃひどい。
マッピングされてない部分も込みで表示する「全体表示」だと、今いる地点が細かすぎて何が何だかさっぱりだぞ。
「確かに……これじゃよくわかんないわね。全体表示はやめときましょ」
「この中にボスもいるんだよな? 期間中に見つかるのか……?」
と、ここで情報のお漏らしを期待してMYUに目を向けるが、彼女はにんまりと笑っているだけ。
さすがにネタバレに繋がることは言ってくれないか。何か知ってそうな雰囲気ではあるんたが。
「とりあえず行けるところまで行ってみようよ。まずはこの辺りの敵がどれくらいの強さなのか、キューブのドロップ効率がどれくらいかも調べたいしさー」
「それもそうね。案ずるよりなんとやらだわ」
「動くなら、【巫術】はもう起動しましょうかね。どの子がいいでしょう?」
その問いを受けて、俺は掲示板に検索を走らせる。
何かいい情報は……っと、あるところにはあるもんだな。みんな熱心というか、親切というか。まあ、あまり有益な情報はないみたいだが……。
「掲示板情報だが、今のところ人型の生物っぽいやつが敵で出てきてるらしい。弱点属性まではわかっていないようだから、ひとまずは無難なところでいいんじゃないかな」
「では、一番育っている【カプリコーン】ですかね」
「んだな、雷は軽減されづらいし。あとは敵の守護神が軒並み邪神らしいから、聖属性もありかもしれん。つまり俺もいつも通り【ヴァルゴ】になる。普通屋内だと少し制約を受けるが、見た感じ通路もかなり天井が高そうだしなんとかなるだろう」
周りを見渡しても、天井がはっきりと見えないくらいには高い。邪悪とはいえ神殿を名乗るだけあって、モニュメント的なオブジェが不規則にあったり、等間隔に柱が並んでいたりするのが邪魔だが……壊れているものも結構あるし、なんとか技術でカバーするしかないだろう。
どのみち曲芸飛行には慣れている。俺の今の手持ちの妖精は、【ヴァルゴ】以外軒並み近接戦向けで俺と相性が悪いからな……あまり使う機会がなくて……。
「生物っぽいやつ、か……形はどうあれ、生き物ならあたしたちの得意な相手なんだけど」
「【太陽術】は万能だけど、生物相手のほうが効きがいいからねぇ」
「まあ仮に無機物なやつが来たとしても、ミュウちゃんの【錬金術】ってリーサルウェポンがあるし、そういうのが出て来たらならあたしは大人しくサポートに回るわ」
「んむんむ、そのときはどーんと任せてくれたまへ!」
ああ、そういえばMYUはめちゃくちゃ【錬金術】できるんだっけか。物質の構成を変えてゴーレムなどの無機物系モンスターに限って、敵を素材に変えて即死させるスキルが強いんだよな。
おまけに彼女は俺よりできる魔法使いだ。きっと連発できるに違いない。
元来【錬金術】は多くのスキルが対象に接触しなければならない、というデメリットが存在するが、MYUの本職は【太陽術】による接近戦だ。そこは問題ない。
というか、【太陽術】と【錬金術】の組み合わせって、こと接近戦で言えば隙のないスキル構成だよなぁ。自己バフと対生物特攻効果を多く持つ【太陽術】と、対無機物にのみ超メタとなる【錬金術】だからなぁ。
そこまで考えてのキャラビルドなのかはわからないが、頼もしいことは間違いない。いざとなったら、世界を一度救ったヒーローに助けてもらおう。
「それじゃ方針もまとまったところで、行くとしましょうか。とりあえずはいつもの陣形で、様子見ってことで」
「異議なし」
「わかりました」
「おっけー!」
「きゅきゅっ」
かくして、イベントダンジョンのファーストアタックが始まった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ちなみに主人公の【鑑定】レベルでは見破れませんが、MYUは4つの称号を持ち、そのすべてがランクEX(最高位)です。
ランクEX称号は特別なイベントをこなしたり、リアルでの生まれつきに由来する特別な能力がある人間に授与されるのですが、ステータス補正効果がクッソ高いのでプレイヤースキルと合わさってとんでもない戦闘力になっているわけですね。
ちなみにMYUの場合は生まれつきで1つ、イベントで2つ、クローズドテスター特典で1つの計4つ。彼女ほどではないにしても、ゲームマスターは大体みんなそれくらいの実力者です。