11ねこ ボスどころじゃないボスバトル
そこがボス戦の場所……俗にボス部屋と呼ばれる場所ということはすぐわかった。
何せ奥へと続いていただろう道をふさぐ形で、巨大な花が鎮座ましましていたからな。
そのサイズは人間のゆうに数倍はあるか。朽ちかけた大樹のような姿なのに、生々しく蠢く土気色の身体。毒々しい赤と、限りなく黒に近い赤がまだらに入り混じった花弁。おまけにそれらの中央には、いかにもなんでも溶かしそうな液がこぼれ出ている穴。
なんていうか、光の巨人を呼びたくなるグロテスクさだな……。リアルでこんなやつと遭遇したら、SAN値をチェックする前に普通に死にそうだ。
全体的な雰囲気としてはラフレシアが一番近いと思うんだが……いや、こんなのと一緒にしたらラフレシアに失礼か。
それはまあいいんだが……問題はその周辺にも、小さいながら似たようなモンスターがたくさんいることだ。
こちらのサイズは良心的。それでも人間と同じくらいあるから、モンスター以外の何物でもないわけだが……。
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名無し ヒュージマンイーター Lv19
称号 レイドボスモンスター
守護神 ニャルラトテップ
守護星 天蝎宮
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名無し スモールマンイーター Lv3
称号 ボスコモンスター
守護神 ニャルラトテップ
守護星 白羊宮
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名無し スモールマンイーター Lv8
称号 ボスコモンスター
守護神 ニャルラトテップ
守護星 宝瓶宮
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以下、スモールがたくさんのいっぱい。
そんな連中が、こちらに殺到してくる。はっきり言ってキモい。
「ナナホシさん、どうですか?」
「巨大マンイーターの守護神はニャルラトテップ! 守護星は天蠍宮!」
「だそうです!」
「ってことは……蟹、魚の前衛は基本攻めていいですが、ダメージを負ったら無理はしないように! 後衛はガンガン魔法で攻めていいです!
逆に獅子、水瓶の前衛はタンクもしくはデコイとしてヘイトの管理を! 後衛は回復やサポートメインでお願いします! 牛の人はまず相手との相性を調べるように!」
「取り巻きは守護星がバラバラです! でも大きさが近いやつは大体同じになっているように思えます!」
「なるほど……生まれた時期で決まってる感じでしょうか? とはいえやることは変わりません。MYUさん以下遊撃担当の方は、予定通りまず取り巻きをお願いします! 行きますよ!」
『おうっ!』
リーダーの指示の下、全員が一斉に動き始める。俺たちもそれは変わらない。
「んじゃ、俺はいつも通り上から支援する」
「はい、よろしくお願いします。私も前に出ますね!」
「ああ、健闘を祈る! 行くぞ、【ディペンディング】・【ヴァルゴ・キッズ】!」
「はい! 【ディペンディング】・【サラマンダー】!」
アカリとそう言葉を交わすとともに、俺たちは同時にスキルを発動させる。
直後、空から純白の光が俺に降り注ぎ、俺の中に聖なる力がみなぎっていく。
毎度のことだが、【巫術】発動時のこの全能感は何とも言えない。じじいの血を吸った直後の某吸血鬼の気分ってのはこんなもんだったのかな、と思ったりもする。最高にハイ! ってやつだ。
まあ、【ヴァルゴ・キッズ】自体がおとなしい性格の妖精なのか、すぐに落ち着くんだが。それでも彼女と一つになった瞬間の言い知れぬ感覚は、合体依存症でも起こしやしないかちょっと心配になる。
まあ、それはともかく。
憑依が完了するのを感覚で理解するとともに、背中から鈴の鳴るようなかすかな音が届く。
それは翼が展開した音。光を放つ純白の翼が今、俺の背中で広げられているのだ。
「とうっ!」
そして翼と身体を躍動させた俺は、アカリの身体を滑走路にして上空へと舞い上がる!
――【ヴァルゴ・キッズ】の能力は、いくつかある。魔法攻撃力にプラス補正があったり、聖属性を強化したりと、プラスになるものばかりだが……中でも特異なものに、【浮遊】がある。そう、翼を用いて空中位置に留まれるようになる、というものだ。
これは状況を問わず非常に便利かつ有用で、特に対空攻撃手段を持たない敵が相手だとそれは顕著だ。
まあ、実のところ第一段階であるキッズだと、本来十数センチ浮かぶくらいがやっとで、今言った通りシステム的にも【飛翔】ではなく【浮遊】でしかないんだけどな。
しかし、俺は猫だ。人間に比べて圧倒的に軽い。デブ猫でもない。
そのおかげで、恐らくは序盤では手に入らないであろう空中移動手段を実現できている、というわけだ。その分便利すぎて、これ以外の妖精を使えていないんだが。
「さて……まずはサポートからだな」
敵の攻撃がまず届かないだろう高さまで上がってから、眼下を見下ろしひとりごちる。
「ええぇぇーーいっ!!」
「今日も派手にやってんなー……」
そこでは、炎に包まれたアカリが同じく炎に包まれた錫杖を振り回して無双ゲーみたいな暴れ方をしていた。ついでに言えば、彼女の臀部からは服を無視して太く赤い尻尾が生えていて、身体つきもややたくましくなっているように見える。
うん……普段の態度からはとてもあの暴れ巫女がアカリとは思えないが、ここ一週間ずっと前衛を任せていたら、いつの間にかあんな風になっていたんだよな。彼女、俺が思っていたよりずっと好戦的な面があるらしい。
リアルに何か悪影響が出ていないことを祈る。もし出ていたら、親御さんは俺を一日モフる権利でなんとか許してほしい。
そんな彼女が今降ろしているのは、魔法都市クレセントでこなしたエクスで得た新しい妖精で、その名も【サラマンダー】。お察しの通り、物理系に寄ったステータス補正がかかる炎の妖精だ。
今回のボスは巨大マンイーター……つまり植物のボス。おまけに守護神は、炎の支配者と敵対するニャルラトテップ。もう燃やしてくださいと言っているようなものだ。
「よしたまった……【マジックエンハンス】!」
俺の宣言と共に、白く輝く魔法の光が後衛のメンバーに降り注ぐ。【神聖魔術】レベル10で手に入る補助魔法。まずは手堅く、魔法攻撃力を底上げというわけだ。
次は前衛に向けて、防御力を上げる魔法を使おう。チャージチャージっと。
……ちなみに、俺もクレセントの滞在中に【サラマンダー】をゲットしている。ただ、【ヴァルゴ・キッズ】の使い勝手が良すぎてあんまり使ってやれていない。
彼らにもレベルの概念があるみたいだし、そこはちょっと申し訳ないところではあるが……おっと。
「リーダー、メンバーが少し左に偏っています! 右側が押され気味です!」
「了解!」
こうやって上から戦闘を俯瞰しつつ、情報を提供できるし、正直仕方ないよな。【サラマンダー】は物理攻撃に主に補正がかかるという特性上、俺との相性もあまりよろしくないから余計だ。
うむ……今チャージしている魔法は、押され気味のところに投下するか。
「【ガードエンハンス】!」
名前通り、物理防御力を上げる魔法だ。これでダメージもかなり抑えられるだろう。
次は……っと、後衛メンバーのバフとデバフは一通り済んだか。なら、俺も攻撃に参加するとしようか。
ふふふ、制空権がないことを嘆くがいいぞ!
なんて思っていると、どこからともなく聞き覚えのある音楽が聞こえてきた。ノリのいいアップテンポ、子供でもわかりやすいメロディーライン……。
「ってこれ、オンミョウジャーの主題歌じゃね?」
何事かと思って音の出どころを探すと、それはMYUであるらしかった。彼女はどうやら、戦闘中であるにもかかわらず、音楽に合わせて歌っているようだ。
だが、それが伊達や酔狂ではないことはすぐにわかった。彼女の歌が響き渡ると同時に、俺の身体を淡い燐光が覆ったのだ。同時にただでさえ色々とみなぎっている全身に、さらに力がみなぎってくるのを感じる。マジかよ。
だがそれは、眼下のメンバーもみんな同様らしい。
歌……歌で何らかの効果を発揮するスキルというと……。
「そうか、【歌唱術】!」
歌を歌うことで、それが続く限り様々な支援効果を仲間全体に発生させ続ける魔法系スキルだ。デメリットがかなり大きいが、使い続けられるならそのメリットはかなり大きいというロマンあふれるスキルになる。
具体的にその中のどの技が発動してるのかはわからないが、【歌唱術】は事前にダイブカプセルに取り込んだ音楽データを利用する。そして技は音楽のタイプを選ばず好きなものを使えるから、雰囲気は合わないがマイナーコードの悲しい曲でパワーアップさせることも可能だ。
MYUはその曲に、自分もなじみ深い曲を選んだんだろう。確かに戦隊の曲はわかりやすくて盛り上がる。バフ技にはうってつけだろう。
歌唱力自体は、飛び抜けてうまいというわけではない。平均より上ではあるだろうが、もっとうまい歌手はいくらでもいると思う。MYUはあくまで声優、俳優であって、本職の歌手ではないのだからそこは仕方がないわけだが。
とはいえ昨今の声優は歌の仕事もあったりするし、MYU自身もキャラソンを何枚か出していたはず。そんな彼女の歌声は、人を魅了するには十分だった。
こういうところもスキルの効果に影響するのだろうか? 実際に目にするのは初めてだし、いろいろ情報を得ておきたいな……。
…………。
いや、待て。待て待て、なんかチャージ速度が上がっていないかこれ。
……うん、気のせいじゃないな!? 明らかにいつもよりチャージが早いぞ!? 確かにこないだ発見した名人式チャージ加速法を使っているが、こんなに早くはならないはずだぞ!?
……いやでも、そうか、これが【歌唱術】の効果なのか? 取る予定のないスキルだったから気にしていなかったが……もしかして、結構な壊れ技なのでは?
……あー、でも攻撃を食らったらそこで全部キャンセルされるし、歌っている最中は他の技が一切使えないから、壊れとまではいかないかな? 誰かがしっかり守りきらないと、効果を実感するには難しいか……。
MYUは歌って踊りながら戦っているが、あれは彼女の卓越した戦闘センスがあってこそ成り立つ荒技だろうし……。
「んんんんん!?」
なんて考えていたら、次の瞬間思わず変な声が出た。
なぜかって、【歌唱術】のデメリットを思い浮かべながら今後のことに想いを馳せていたら、当のMYUがそのデメリットを無視して、歌いながら別の技を発動させたからだ!
スキル発動のエフェクトとともに、彼女の身体から黄金色に輝く光球が放出され、上空へ浮かび上がる。それは俺をも通り過ぎ、この場全体のみならず、森全体をも見下ろすような高空に達すると、ぐんと膨れて巨大な光球となった。
直後、それは春の陽光のような暖かい光を放ち始める。同時に、今まで以上に身体が軽くなって、何やらみなぎってくる。俺はまだ限界を超えていなかったと言うのか……!?
「じゃなくて! もしかしてこれ【サンズオブサンズ】か!? 【太陽術】の最上級スキルじゃねーか!?」
全ステータスを爆発的に上昇させる……と言われている技だ! まだ覚えたプレイヤーはいないと言われる技で、高レベル帯のNPCが一度だけ使ったと報告がされているだけのはずなんだが!?
「って、それも異常だけど、なんで【歌唱術】と併用できるんだよ!? しかも上から見てて、やっぱりチャージゲージ見当たらなかったぞ!?」
あまりにもありえない事態に、俺は思わず叫ぶ。
録画していて正解だよこれ! 今後のゲーム環境に、一石どころか何十個も石が投じられるレベル!
実際、驚いてるのは俺だけじゃなく……って俺だけ!? またか! 一体何がどうなっているんだ!
いや、確かに状況を上から冷静に見ていられたのは俺だけだろうが! にしても、みんなもう少し何かあるだろ!? 特にMYUの後ろにいる後衛の人たち! 君ら絶対見えてるだろ!?
「あーもう、知らん! 【ホワイトアローレイン】!」
なんかもう、あれこれ考えるのもめんどくさくなってきた。
色々とかなぐり捨てた俺は、とっくの昔にチャージが終わっていた魔法をぶっ放す。
その魔法が明らかにいつもの数倍はあろうかという規模だったのは、MYUのバフのおかげなんだろう。なんか地面にクレーター級の穴がぽこじゃかあきまくったんだが、威力上がりすぎだろ……今の俺、どれだけ強化されているんだ……。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
・サラマンダー
自然を司る四つの元素のひとつ、火の化身とされる妖精。爬虫類の姿をし、火を主食にすると言われる。
サラマンダーの【ディペンディング】中、【物理攻撃力アップ1】、【火属性強化1】、【追加攻撃(火)付与1】、【物理防御力アップ1】のサポートスキルが、プレイヤーのものとは別枠で自動付与される。
進化はしない。ただし特定の素材アイテムを様々使うことで、ある程度プレイヤーの意思に沿った成長、スキル構成に育てることができる。一定の条件を満たせば、自動付与のサポートスキルを強化、増加、あるいは入れ替えなども可能。
※【巫術】を用いることで人格に変調をきたしたり、合体依存症を発症したりなどということはいっさいありませんので、ごあんしんください