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10ねこ 疑惑の存在

 結局、ギルドを出たのは夕方近くになってしまった。リーダーがどうも熱狂的なMYUミュウファンだったようで、随分と粘っていたのがいけない。他の人にみっちり搾られていたから、これ以上は言わないが。


 とはいえ予想通り、これから挑むマップの出現モンスターが変わることは確定した。森のダンジョンだから、昼と夜で出現モンスターの種類やレベルが大きく変わるんだよな。

 難易度? もちろん今から挑んだほうが難しいですが何か?


「場所は森なので、死角からの不意打ちには皆さん気を付けましょう」

「先導はぼくがやります。【夜目】のサポートスキルを持ってますから」


 MYU相手に大ハッスルしていた人……もとい、リーダーの言葉の直後、一人の青年が挙手と共に一歩前へ出た。二人とも真顔だが、直前まで喜色満面で握手会に並んでいたので威厳はない。

 彼に続く形で、別のパーティからも挙手があった。立候補者は全員軽装かつ【夜目】持ちということらしいので、全員斥候役として相応にやってきた人なのだろう。


 翻ってうちはといえば、斥候は基本俺の仕事だ。俺の視界は範囲が広く、匂いや空気の流れにも敏感だからな。

 それに、これも猫と言う生まれだからだろうが、俺はスキルなしで普通に夜目が利く。だから役割をはっきりさせる意味でも、その手のスキルはアカリはほとんど持っていない。

 ただし【罠探知】のようなスキルは、俺も持ち合わせていない。いずれは取る予定だが、そこはスキルポイントとの兼ね合いである。この手のゲームの醍醐味とも言うが。


 そんな状態なので、俺は斥候役としてはいささか中途半端だ。今回は人も多いし、素直に本職に全部任せてしまおう。


「出ないんですか?」

「船頭多くして船山に上るって言うだろ。今回は大人しくしておくさ」


 アカリの肩の上いつものポジションで、ひらひらと手を振りつつ答える。

 実際、俺がいなくても斥候は十分回るだろう。アカリも納得したようで、リーダーの指示に従ってユニオンの前のほうに陣取った。


「それでは出発しましょうか!」


 リーダーの声にみんなが応じて、俺たちは歩き出す。


「あーっ、待って待って、待ってくださーい!」


 ところがそこに、聞き覚えのある声が飛んできた。その声に、全員が思わず後ろに振り返る。


 そこにいたのは、なんと先ほどまで突発握手会をしていたMYUその人。全員が様々なリアクションを取ったが、その中身は驚愕で共通していた。


「今からシナリオ行くんですよね? ウチもユニオンに入れてもらっていいですか?」

「え……えええぇぇぇーっ!?」


 誰の声かはわからないが、そんな悲鳴に近い声が上がった。


 無理もない。あのMYUと一緒のパーティを組めるとか、ファンとしては卒倒ものだろう。

 俺なんて驚きすぎて絶句したくらいだ。いやまあ、その理由は間違いなく他とは違うわけだが。


 勘弁してくれよー、まさか同じユニオンになるなんてないだろうと思っていたのに。これじゃあますます迂闊なことができなくなるじゃないか。


「え、あの、え!? い、いいんですか!? 自分たちのユニオンで!?」


 リーダーが驚きながらも前に出た。うろたえている……ように見えるが、あの目は違うな。心の中で全力のガッツポーズをしている目だ。


「はい、ぜひお願いします。見た感じ、皆さんウチと同じくらいのレベルっぽいですし!」


 一方のMYUはと言えば、満面の笑みを浮かべてそう言った。

 当年二十五歳になるはずの彼女だが、その様子は高校生どころか中学生と言っても過言ではないくらいあどけない。芸能人には時に年齢を超越した人がいるが、彼女もそういう人種なのかもしれない。


「わ、わ、わかりました! MYUさんがそうおっしゃるのなら、喜んで!」


 そして深々と頭を下げるリーダー。


 うん。知ってた。

 ファンなら彼女の申し出を断るはずがない、ってことくらいは。


「あの、えーっと、周りに人が見えませんが、MYUさんはひょっとしてソロですか?」

「ええ、そうなんですよ。普段ならカナちゃんと一緒なんですけど、今日はお仕事で無理だー、って。なので今回のシナリオは困っててー……」

「なるほど! 一人では進められないですもんね!」

「はいー。あ、そんななので、一人で大体のことはできます。戦闘の時は遊撃担当にしてくれると、一番動きやすいですかねー」

「わかりましたぁ!」


 再度、リーダーが深々とお辞儀。

 そうして仲間として迎えられたMYUは、普通の女の子と変わらない様子でメンバー一人一人に挨拶をしていくと、前衛近くに立った。具体的に言うと、俺たちのすぐ後ろだ。


 ハハッ、悪いことは重なるもんだな! まったくどうしてくれようか!


「それじゃ、改めまして参りましょう!!」

『おうッ!!』


 だが俺の心境など、この状況では意味がない。ユニオンの半分くらいが降って湧いた幸運に大歓喜する中で、反対意見など言えるはずもなく。

 俺は緊張全開の大根役者の面持ちで、目の焦点を全力で外し続けていた。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



 ある程度進んで、問題の森に入った俺たち。イベントが起こる場所は森の中心付近で、ユニオンを維持してそこまで行けばボス戦が始まることになる。


 その道中は順調そのもので、死に戻りはおろか大したダメージを受けた人すらいない状況だ。

 それはやはり、人数がいつもの数倍ということが大きい。数は力とはよく言ったものだ。

 あと、俺たちとレベル帯が近い人が多いユニオンを選んだから、パーティ全体が強いというのもあるか。普段の俺なら苦戦必至な相手でも、みんなと一緒なら怖くない。おかげでだいぶ楽をさせてもらっている。難易度難しいとはなんだったのか。


 ただ、その中でも特に活躍めざましいのは誰かと言えば、やはり彼女ということになるだろう。


「せいやー!」

「さすがですMYUさん!!」


 今もまた、その人物によってモンスターが沈んだ。

 もちろんその人物とはMYUで、目にもとまらぬ神速の正拳突きがモンスターを一撃で粉砕したのだ。


 そんな彼女をメンバーたちが称賛するのだが、彼ら彼女らを腰巾着と言ってしまうのは失礼だろう。

 何せMYUの戦闘力が明らかに突出していて、周り……特に後衛の出る幕がほとんどないのだから。あれで本当に俺たちと同じレベル帯なのか疑問だよ。いや、【鑑定】した限り俺より10近く低いんだけどさ。


 本人が言うには、


「戦隊やってた頃にアクションは叩き込まれましたから! 今も鍛錬してますから!」


 ということらしい。


 確かに彼女のデビュー作は、五行戦隊オンミョウジャーである。そこでのアクションと演技が評価されて、声優のみならずアクション俳優とスーツアクトレスを兼業しているので、彼女だけ戦闘力が高いのもむべなるかな。

 要するに彼女は、戦闘に関するプレイヤースキルが圧倒的に高いのだ。その分モーション系のサポートスキルは一切使ってないのだろう。つまり、サポートスキルは余すことなく強化系で埋まっているはず。

 プレイヤースキルに優れる人とそうでない一般人との差は相当なものになるだろう、というのは各所で言われてることだが……まさかこれほどの差が出るとは。


「MYUさんすごいですね……アクション俳優さんって、みんなああなんでしょうか?」

「いや、あれはさすがに別格じゃないかな……」

「天才ということでしょうか?」

「かもしれん。デビュー作のオンミョウジャーでも、新人なのに明らかに他の役者より動けてたしな。後半は自分の役のスーツアクトレスも普通にやってたし。おかげであの戦隊はレッド……ああ、主人公のアクションシーンが霞んじまっててなぁ」


 レッドをやった人も、決して悪くはなかった……どころか歴代でもトップクラスだったんだが。


「……って、すまん。わからん話だったな」

「いえそんな。知らないことを知れるのは楽しいです」

「……アカリも大概聖人君子だよな」

「またそんな……褒めたって何にも出ませんよ?」


 少なくとも、美少女のかわいい照れ顔は見れるがな。

 まあそれは言うまい。言うことでもないだろう。


「セーフポイントが見えてきました! 間もなくボスエリアです!」


 おっと、そうこうしているうちにもうそんなところまで来たか。


 セーフポイント。セーブポイントではない。このゲームはオートセーブだからな。


 ではここがどういう場所かというと、モンスターが出現しない場所、と言えば一番わかりやすいだろうか。つまりは、安全に休憩やログアウトができる場所だ。街がそうだが、ダンジョンなら大体はボスエリアの前にある。

 セーフポイントの見た目は場所ごとに色々違いがあるが、このダンジョンのは大きな木々に囲まれた広場のような場所だ。かなり広いのでキャンプファイヤーでもしたくなるな。森の中でそれはまずいだろうが。


 とりあえず休憩ということで、俺はアカリと共にその一か所に腰を下ろす。他のメンバーもめいめい、好きな場所で休み始めた。


「あ、装備に破損とかあったら言ってくださーい。ウチ直せますからー!」


 そんな中で、MYUが小学生みたいに手を挙げながら、笑顔で言った。


「マジすか! お願いしていっすか!」

「あ、俺も!」

「私もお願いします!」

「はーい順番ですよー」


 あっという間に彼女に人だかりができ、彼女の言葉に応じて列が出来上がった。

 これまた握手会みたいになってきたぞ。今回はMYUの好き嫌い関係なしに人が並んでいるから、かなり長蛇の列になっている。


「装備の破損が直せるってことは、【錬金術】取ってるんだな」

「そうなりますよね。やっぱり重要度が高いのでしょう。私もお願いしてきますね」


 列に向かいながら、アカリが言う。

 俺は武器も防具も使えないので、並ぶ意味はない。ボロを出すのも怖いし、彼女の肩から降りて傍観の構えだ。


 それはさておき、【錬金術】は主に生産系に属する魔法スキルになる。素材の作成や精製、装備品の修復がメインだが、装備品の一時強化も可能。さらに、非生物系のモンスター相手には攻撃も可能……と、なかなかに器用なスキルと言える。


 中でも一番重要なのは、やはり装備品の修復だろう。このゲーム、あちこちやたらリアルなのだが、装備品もその例に漏れない。つまり、使い続ければ壊れるのだ。

 それを防ぐために【錬金術】は欠かせない。必須と断言していい。俺も持っている。

 逆にスキルを取っていないプレイヤーは、フレンドかNPCかその手の店か……ともあれ何かしらの形で他人を頼る必要がある。うっかり使い手がいないときにダンジョンのド真ん中で装備が壊れようものなら、大体は死に戻る羽目になるだろう。


 ただ……。


「俺の錬金のスキルレベル、まだ5なんだよなぁ……」


 生産系のスキルでは、使い勝手のいい技ほど後にならないと手に入らない傾向にある。【錬金術】もその例に漏れない。どれも使い道がないわけじゃないんだがな。

 そして装備修復の技である【リペア】の習得レベルは、15。遠すぎる。


「はい次の人ー」

「早くないか……?」


 益体もないことを考えながら、MYUの仕事を眺めていたのだが。俺はふと疑問を抱いてつぶやいた。いつの間にやら、既にアカリまで順番が回っているぞ。

 これは……いくらなんでも早すぎる。確かウィキ情報では、【リペア】の基本チャージタイムは30秒、クールタイムは1分半だったはず。一体どうなっているんだ?


「……っ! 気づかれてる……?」


 俺が首をひねっていると、MYUにウィンクを投げられた。明らかに俺に向けてだった。

 どういう空間把握能力をしているんだ、彼女は。ニュータイプか何かか。


「……んん!?」


 とか思っていながらもなんとなく続けてMYUのほうを眺めていたら、ほとんど一瞬でアカリの装備の修復が完了してしまった。これは明らかにおかしいぞ!?


「ただいま戻りました。MYUさんって本当にすごいですね、あっという間に直っちゃいましたよ」


 いやいや待った待った、そんなあっさり流していいことじゃないだろ!

 だって今、チャージゲージが出なかったんだぞ!? ノータイムで技を発動させるなんて話、聞いたことがない!


 ところがその点を気にしてるのは俺だけのようで、周りはひたすら「すごい」「ぱねェ」の嵐。なんなんだこれ、どうなっているんだ? チャージタイムの件は全員が知っているはずの常識なのに……。なんか全体が思考誘導でもされてるんじゃないのか?


 いやでも、チートとかを使っているようには見えない。そもそも、フルダイブ型VRにチートを持ち込めるかどうかわからないが……。

 何かその手のスキルってことか? サポートスキルにチャージゼロとか? そんなものあっただろうか?


 ……ダメだ、わからない。わからないが、間もなくボス戦だ。それに、俺はあまりMYUの前で目立ちたくない。あんまりことを荒立てるわけにはいかないのが歯がゆい。


 ……とりあえず、そうだな。次のボス戦は動画を撮っておこう。何があってもいいように。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


・五行戦隊オンミョウジャー

日曜の朝にやってるアレ。MYUのデビュー作。当時彼女は大学生だった。

陰陽という概念の設定に従って5人の戦隊が表と裏で2つあって、敵対したり共闘したりとなんやかんやあったあと、最終的に合流して10人で敵組織と戦う。

陰陽師が元ネタなので、変身アイテムはお札という名のカード。カードキャプター的にカードを使って色々する。

ちなみにMYUはブルー役。


なお、この設定を作った時期は最初から9人いる宇宙の戦隊の時期ではなくて、10人になったこともある恐竜の戦隊の時期。

この戦隊をそのまま小説に起こそうと考えてた時期もあったけど、ネタがさっぱり浮かばなかったので見事没に。

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― 新着の感想 ―
装備をしないねこも取るスキルのあたりに汎用性の高さが伺える。 全職に必須レベルのスキルはゲームのバランスとしてはどうかと思うが・・・
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