第七十一話「失敗しても後悔なく」
「そりゃあ、お前。大変だったな」
「大変だったよ。だから、飯、奢って?」
「アホ」
久しぶりに見るロシュワの髭面を懐かしく思いながら、そう言いつつも用意してくれた日替わりランチを食べる。
場所は王都、『赤毛の雄牛』亭。
今まで誰も討伐した事の無いアスピドケロンを討伐したという事でそれなりに有名になったのだが、だからと言ってすぐに仕事が増えるはずもなく……戻って数日、相変わらず仕事が無いので昼はロシュワの店でご飯を食べる日々。
俺の周りの連中は、俺が大物を討伐した事よりも、酒場の看板娘的なカルティナが戻ってきたことを喜んでいるようで、俺の扱いはいつも通り『赤毛の雄牛』亭のカウンター席。その隅っこである。……別に悲しくは無いけどさ。
「しかしまあ、ドラゴンと言い、アスピドケロンと言い。お前はよくよく、変なのと縁があるな」
「変なの言うな……俺だって、面倒事は嫌なんだけどな」
「良いじゃないか。日頃は真面目に仕事しないお前が、人様の役に立ってるんだし」
「ひでえ言い草だな、おい」
二人揃って笑いながら、そんな馬鹿話を続ける。
あの後、俺達はすぐに港町を出た。
理由は簡単だ。町に被害が出たから。それも多く。あと、やれる事が無くなったから。
アスピドケロンが浅瀬を暴走したおかげで海底の地形が変わってしまったと漁師は文句を言っていたし、船の多くはアスピドケロンが接近した際に発生した津波に巻き込まれて大破。
津波はそのまま街の中まで侵入して多くの家屋を巻き込み、町の半分を水浸しにしてしまった。
なにより、大地の被害が尋常ではない。
大地は割れ、その影響は街道にまで及び、いつ二次崩落が発生するか分からないからアスピドケロンを討伐した近辺は通行禁止。
港町アルストレラから出る旅人は遠回りをする必要があるし、それにより運搬に支障が出てしまったという事。住居や漁船を修復するための木材を確保する事も難しく、その被害は甚大。
観光の名所だったらしい崖の傍の変な地形も崩れてしまったしで、港町としては大赤字と言ったところ。
……まあ、いくつかの救いの一つは、その被害を出したのが『俺一人』と扱われた事か。
元英雄の新藤裕也がまた無茶をして、町一つを駄目にした。そんな感じである。
ま、別に、人から嫌われるのは今更だ。
助けてと呼んでおいてその扱いなのだから少し悲しくなってくるが、住む場所を壊された人間は誰かを憎まなければやっていられない。
そうやって俺を憎んで、生きる気力を無くさないでくれるなら、別に憎まれてもいいやと思う。取り敢えず、あと数年はアルストレラには近寄れないだろうなあ、と。
思うのはそれくらいである。
もう一つは、アスピドケロンの暴走時に現れた魔物は、その全部がアスピドケロンに喰われるなり海に落ちるなりして死んでしまった事。
この魔物による被害は、微々たるものだったらしい。
「ああ、ここに居たか」
そんな感じでロシュワと話していると、聞き慣れた声。
顔を上げると、そこには室内だというのに鎧兜を纏った完全武装の男――フューリィが立っていた。
ウエイトレスをしているカルティナに目を向けない辺り、やっぱり仕事のオンオフが激しいよなあと改めて思う。
「家に居ないから、遠回りをしたぞ。あと、ジェシカさんが昼食を用意して待っていたが」
「……あ、昼は要らないって言うの、忘れてた」
「最低だな、お前」
ロシュワの言葉に反論できず、水を飲んで誤魔化す。
用意してもらった昼食は、もう七割がた食べてしまっていた。……まあ、いっか。家に帰ったら、ジェシカのご飯も食べよう。
「あと、居ないなら居ないで教えてくれると助かる」
「……どうやってだよ」
相変わらず、偶に無茶苦茶な事を言う奴だ。そう思って軽く睨みつけると、兜の下からくぐもった声。多分、笑ったんだと思う。
「ほら、今回の報酬だ」
そのまま、腰に吊っていた革袋を昼食の横に置いた。
ガチャ、と重い音。その音に、店内の喧騒が僅かに静まった気がする……耳が良いな、皆。
「それと、お前を訪ねてきた人が居るんだが」
「あん?」
革袋の中身を確かめようかと手を伸ばすと、それに届くより早く次の言葉。
フューリィは俺の返事も聞かずに後ろへ向かって手招きをした。
「こんにちは、新藤さん」
「ありゃ、天音。なんでお前がここに?」
そこに居たのは、港町で活動しているはずの勇者、如月天音。
旅装束――というか、胸元の空いたシャツに厚手のズボンと暖かい港町に居た頃と変わらない服装の上から外套を羽織っただけという格好は、よく見ると結構きわどい。
そこまで見ると、天音の鋭い視線が、殊更鋭くなったような気がした。
「なんでお前がここに?」
「仕事が無くなったのよ。アスピドケロンは居なくなったし、貴方を呼んだのは私だから冷たい目で見られるしで」
「そりゃあ大変だったな」
「まあ、大きな問題を片付けてくれたから、私は感謝しかないけれど」
そう言って、天音が俺の隣の席に座った。
即座に、カルティナが冷えた水を持ってくる。……こいつ、聞き耳を立てていたな。まあ、別に何も悪くないから問題は無いけど。
「相変わらずここで働いているのね、カルティナさん」
「ええ。ご注文は?」
「新藤さんと同じものを」
「了解しました」
そのまま厨房へ消えていくカルティナ。それを目で追って……ぽつ、と天音が小さな声で聞いてきた。
「ジェシカさんは、あれからどう?」
「元気だよ。まあ、なんとかしようと思っての行動だし、誰も文句は言わないさ」
実際、あの場面でジェシカが動かなかったら、アスピドケロンは港町に突っ込んでいた。そうなれば、被害は今回の比ではなかったはずだ。
それを考えれば、アイツがやった事は、何一つ悪くない。
むしろ、安全だろうと思って連れて行った、俺の方が悪い。……といっても、納得できないのが若さなのか。
「ま、時間が解決するさ。俺もカルティナも、アイツが悪いだなんて思っていないし……お前はどうだ?」
「私もよ。彼女が魔物を一か所に集めてくれなかったら町になだれ込んでいた可能性が高いし、あのまま町に居たらアスピドケロンが町中に突っ込んでいた。なにより――彼女は命を賭けてくれた。被害は大きかったしけが人も出たけど、死者はゼロ。あの被害で、それは奇跡だもの」
だなあ、と。
そう口にして、ランチを食べ終わると席を立つ。
「あら、待ってくれないの?」
「ジェシカが家で昼食を用意してるんでな……」
「ふふ、優しいのね」
「お前ほどじゃない。ちゃんと、さっきの言葉は伝えておくよ」
「……やめてよ、私のキャラじゃないのに」
はは、と笑って『赤毛の雄牛』亭を出る。
きっと、さっきの天音の言葉を聞けばジェシカも気持ちが軽くなるだろう。
何も間違っていない。
お前は最善を尽くしたんだ。
俺やカルティナだけの言葉じゃない。あの場で、お前に関わった人は皆がそう言っているのだと。
だから、落ち込む必要はない。家に引き籠る必要はない。
失敗しても、良いのだ。
怖がらなくていいのだ。
やりたい事をやり、出来る事をやればいい。
それが『生きている』ということなんだから。
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