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【ウメ種】勇者を辞めた勇者の物語  作者: ウメ種【N-Star】
第一章
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第七話「少女の依頼3」

 周囲を見渡す。

 何処までも続く草原と、遠くに在る街道を歩いている旅人達の姿。彼らは日差しの熱から頭部を守る為に厚手のフードを頭に被り、荷物を積んだ馬の手綱を手で引きながら歩いている。


 あとは森とか山とか青空とか。……まあ、あれだ。探し物の手掛かりになりそうな物は何も無い。


「そう簡単には見つからないわね」


 長い髪を風に揺らしながら、カルティナが言った。

 その片手には、得物である鞘に収まったままの刀という風体。メイド服と刀というアンバランスな見た目には慣れたけど、やっぱり何かが変だと思う。


 それでも似合っていると感じるのだから、美人っていうのは何を着ても似合うという元の世界の言葉も頷ける話だ。


 カルティナの言葉に、依頼主であるジェシカ嬢ちゃんが肩を落としたが気にしない。

 分かっていた事だ。この広い草原で、どこに落としたのかも分からない装飾品を探すなど一筋縄ではいかない事くらい。

 魔物に追われた際に落としたという事だし、記憶に齟齬が生じている可能性だってある。


 膝下まである高い草を掻き分けて探すというのも面倒だなあ、と頭を掻いて思案。


「勇者様は魔法を使えると聞いているのですが、ユウヤさんも使えたりするんですか?」

「うん? ああ、魔法ね。使えるよ、魔法」


 そう言って、頭を掻く手に少し力を込めた。


 魔法。

 勇者が使える異能。


 この世界へ召喚される時に『星の意思』へ触れる事で、知覚した『意思の属性』を使えるようになるというか、何というか。


 説明というか、言葉にするのが難しい。これは感覚的なものなのだ。

 風の意思に触れれば風の魔法を、土の意思に触れれば土の、火なら火の魔法を使えるようになる。


 意思に触れるとはどういうことか?

 これが難しい。


 なんとなく、なのだ。


 地球から突然『訳の分からない空間』に召喚され、そこで『形の無いナニカ』に身体が包まれる。

 それが『星の意思』。


 この世界に『勇者』を召喚する概念。形の無い、俺達は総称で『意思』と呼んでいるけど、そもそも『ソレ』と意思の疎通が可能なのかも分からない。


 ただ、告げられる。与えられる。一方的に、こちらの意思や困惑など関係なく身体に直接流れ込んでくる。

 触れた意思の属性による異能を授けられた事。そして、その力を以て戦う事を。


 だから俺達は魔法を使えるけど、『どうやって魔法を使っているのか』を説明する事が出来ない。


 だってしょうがないじゃないか。使い方だけが一方的に流れ込んでくるのだから。


 火の魔法は熱と爆発を。土の魔法は植物の成長や地中にある岩や鉱石を操って武器にしたり。


 それは基礎的な事で、より鮮明に、より深く意思に触れた者はそれだけ強力な魔法を行使できる……と思う。応用は使い手次第という奴だ。


 ちなみに、俺が触れたのは水の意思。

 聞こえたのは水のせせらぎ。触れた意思は冷たくて、けれどもどこまでも透き通っていて、触れただけで身体の芯まで染み入ってくるような……そんな感覚。

 その感覚に従って現実の水に触れれば、その水を自在に操れる。


 それが、『勇者』の魔法だった。


 あと、ファンタジーにありがちな全員が魔法を使えるというわけではない。

 魔法を使えるのは『勇者』と、言葉を介する『魔』――俗にいう、『魔族』だけである。

 エルフもドワーフも、もちろん人間も魔法は使えない。


 まあ、魔法の説明はさておき。

 その『魔法』だって、ここ数か月はまともに使っていない。精々が井戸から水を汲むのが面倒になって、大気中の水分を凝縮して飲み水にした程度だ。


 魔法とは、ゲームであるような攻撃や回復の手段ばかりではない。

 生活を便利にし、傍に無いモノを創り出す事が出来る異能でもあった。


「ああ……魔法で簡単に探せないかって事ね」

「え、っと……はい。どうでしょうか?」


 まあ、魔法を使えない人の考えそうな理由だなあ、と。

 魔法は万能とか、そんな考え。


「ごめんな。俺の魔法、探し物には向いていないんだ」

「え? でも……ロシュワさん、ユウヤさんは探し物が得意だって……」

「ん」


 最後に大きく伸びをして背筋を伸ばすと、草むらに膝をつく。

 王都を囲む高い壁を一望できるくらいには離れた場所。


 目印にしていた三本木に来るまで馬の足跡を追って移動したが、目的の物は見つからなかった。


 だとしたら、落とした後に拾われたと考えるのが妥当だろう。そして、街道から外れた場所に落ちているモノを拾うモノなど限られてくる。


「そういうのは、どっちかっていうと風か土の魔法を使える人が得意かな」


 風の流れを読んで落ちている物を知覚したり、大地の振動を感知したり。探し物がナマモノだったら、火の魔法が使えれば熱源を察知する事も出来るとか。

 水でも同じような応用が出来るのかもしれないけど、俺は思い付かない。


 そんな事を考えながら足元の草を掻き分けて、馬の蹄痕を探す。


「遠乗りしたのは昨日だっけ?」

「あ、はい」


 目印の三本木の傍にはたくさんの足跡があった。

 人や馬、獣に――馬とも人とも違う足跡。


 魔物に追われたというジェシカの話を思い出しながら、靴を履いていない足跡を探す。

 裸足で外を歩く人が居るはずもなく、魔物の足跡はすぐに判別がつく。ここから離れる馬の蹄痕を追う裸足の足跡など、そう多くない。


 その中から、比較的新しい……足跡の沈み具合などで判別して、その跡を追う。


「こっちだ」


 よく、カルティナやロシュワはこうやる俺を見栄えが悪いという。

 顔や服は土で汚れるし、体制が悪いから腰も痛くなる。地面に伏せている姿は他の人達からするとまるで誰にでも頭を下げているようだし……なにより、『勇者』が地べたに張り付くというのがよろしくないらしい。


 けれど、こうした方が分かり易いのだ。

 ただ単に見下ろすだけではなく、目と鼻と手の感触を使って探す。

 それは『勇者』という以前に、人間としても見栄えが悪い――『格好悪い』のだろう。


「……あの。なにをして?」

「足跡を追っているのよ。魔物の……追われたんでしょう?」

「へ? え、あ、はい……追われましたけど、魔物の足跡って分かるんですか?」

「魔物は靴を履かないから、見分けるのは簡単らしいわよ? 私は分からないけど」

「へえ」


 返事をしないでいると、カルティナが俺に代わって説明してくれる。


 魔物の痕跡を追う。足跡、そして臭い。

 草の青々とした鼻につく香りではなく、微かに残る血と体臭――獣に似た、けれども野に在る獣よりもどこか『穢れた』臭い。


 獣だって川で身体を洗えば、毛繕いだってする。

 けれどそれすらしない、鼻が曲がりそうな腐った体臭とでもいうべきか。特徴的な臭いだ、けれど鼻を近付けなければ追えない程度の微かな臭い。


 獣人などはこの臭いを追って魔物の住み処を探したりする。この追跡方法も、その獣人から教えてもらった事だった。


 これでも、努力して何かしらの技術を得る事は結構嫌いではないのだ、俺は。


「こういう事をするの、ユウヤくらいじゃないかしら?」

「普通は、ここまでして魔物を追わないからな。……格好悪いだろ?」


 意地悪く言って顔を上げると、ジェシカは三つ編みと片方だけの髪飾りが大きく揺れる勢いで首を横に振った。


「そんなっ。そこまで一生懸命に探してくださって――ありがとうございますっ」

「気にしなくていいのよ。あと、少しユウヤから離れたほうがいいわ。そこだと、スカートの中が見えるから」

「……ねえ。カルティナ? お前、どれだけ俺を信用してないんだよ」


 別に、スカートの中を覗きたくて顔を上げたわけじゃないんだけどなあ。

 ああ、ほら。さっきまで感動していたジェシカの表情が、困ったような表情になっている。

 それに、カルティナから言われた通り数歩後ろへ下がるあたり、きっと彼女の中では俺はスカートを覗く変態とか思われているのではないだろうか。

 だって、スカートを押さえる手に力が籠っているのが丸分かりだ。握った拳が白くなっている。


「まったく。人が偶に真面目に仕事をするとすぐそんなことを言う」

「偶になのが悪いと思うわ、ユウヤ」


 ごもっとも。

 溜息を吐いて上げていた顔を地面へ近づけて、真面目に頭の中で魔物の行動を想像する。


 馬に乗るジェシカと、それを追う魔物。

 彼女は必死に逃げているから、馬の蹄痕の歩幅は広い。対する魔物の歩幅は、馬のソレよりもずっと狭い。すごい勢いで引き離されていくのが簡単に想像できる。


 足跡から、それがどんな魔物なのかは簡単に想像できた。小柄で、身軽。足の大きさと足跡の沈み具合から体長は百三十センチほどで、体重は四十にも届いていない。そして二足歩行。

 数は複数……足の形から、おそらく五体前後。結構な数だが、王都周辺だとしてもそれほど珍しくはない。

 何より、裸の足跡はその魔物が何なのかを教えてくれる。


 コボルト――二足歩行の犬だ。


「しっかし。王都の近くだっていうのに、本当どこにでも湧くな……魔物は」


 魔物は文字通り『湧く』。

 人のように親が居て、子供が産まれるのではない。突然、世界のどこかに『湧き出て』人を襲う。

 土の下から、岩の陰から、川の中から。

 顕れて、すぐさま人を襲い始める。きっと、それは本能。魔物という種の根幹に存在する絶対命令。


 ちなみに、コボルトに限らず魔物の名前は『勇者』が付けている。ゲームやファンタジー小説にありがちなオークやゴブリンなど。馴染みのある名前は覚えやすい。


 そう考えていると、カルティナが「あ」と声を上げた。同時に風が吹いて、その『臭い』を運んでくる。

 獣臭い……魔物の臭いだ。


 その臭いに釣られるようにして顔を上げる。

 距離はまだある、こちらが風下なので向こうには気付かれていない――。


「カルティナ」


 名前を呼んで左手を差し出すと、柔らかい物が乗せられる。水袋だ。

 獣の胃を干して作られた、この世界では特に珍しくもない保存容器。


 草むらの先。ずっと先。そこに、小さな人影。

 人影だけど、人間ではないとすぐに分かる。まず、肌の色が違う。

 緑色。若草に近い、明るい緑色の肌だ。それに、服を着ていない。精々、腰に巻いている落ち葉などを集めて作った簡易の腰巻きを身に纏っている程度。

 身長は小学生低学年くらい。予想していた魔物よりも頭一つ分以上に小さい。

 屈んでいると、草むらに身体の大半が隠れてしまいそうなくらい小さい。そして、そんな体躯とは不釣り合いに頭が大きい。


 何かを喰っているのか、それとも珍しいモノでも見つけたのか。四匹のゴブリンが集まっている。


 ジェシカを追ったらしいコボルトではなかったが、もう丸一日が経過しているのだ。魔物がその場に留まっているはずもないかと溜息を吐いた。


「え、っと。その水袋、どこから……?」

「ないしょ、よ」


 ジェシカの呟きに、珍しくカルティナが僅かに弾んだ声で言った。なんだか、初めて見た人にはいつも同じような対応をしている。

 楽しいのだろうか。


「それより、アレが貴女を襲った魔物?」

「え、っと。たぶん……?」

「違う。追ったのはコボルトだけど……もうこの辺りには居ないみたいだな」


 逃げていたからうろ覚えなのだろう。

 ジェシカの言葉を訂正して、ゴブリンへ意識を向けたまま周囲を素早く見渡す。


 魔物は群れない。精々が同じ種で集まる程度で、違う種が同じ目的のために行動するという事は稀である。その稀な状況は獲物……人を襲う時だったり。


「まあ、足跡を追いかけたから同じ魔物、って言うのも確率は低いだろうけどな。持ってるといいな、落とし物」


 軽く言うと、カルティナが溜息を吐いた。


「持っていなかったら?」

「この辺りを虱潰しに歩き回るか」


 手でジェシカへ下がっているようにと伝え、俺も腰を上げて一緒に下がる。

 向こうが気付いていないのだ、身を隠している必要もない。


「ちょっと?」

「お前は前衛。俺は後衛。うん、いつも通り」

「たかがゴブリンなのに……」


 そう言いながら、カルティナは慣れた動作でスラリと刀を抜いた――。

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