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【ウメ種】勇者を辞めた勇者の物語  作者: ウメ種【N-Star】
第二章
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第六十九話「決着 前編」

「こいつ、また速く――っ」


 海底に乗り上げて進むことに慣れたのか、徐々に港町へ向かって進むスピードが速くなっていくことが分かる。

 悪態を吐いてどうにかしなければと焦るが、しかしすぐに対策を想いつける訳も無い。

 こっちは多少頑丈で水を操る魔法を使えるだけの、人間の延長線にしかいないのだ。何でも出来るチートキャラじゃない。

 魚の目尻辺りで鱗に掴まりながら、少しずつ近付いてくる港町。

 ただ、その変化……というか、何故このアスピドケロンが我武者羅とも言える突撃をしているのかは、何となく分かった。

 海から見える大地――港町アルストレラの向こう、平原と、低い丘。そこに黒い点がいくつも見える。

 魔物だ。

 種類までは分からないが、大量の魔物が港町に向かっている。

 大型は居ないようなので町を囲む壁があれば魔物の侵入は防げるだろう。けれど、それを分かっていても人間……特に戦う術の無い子供は魔物を恐れてしまうもの。

 それは理性ではどうしようもない本能。

 そして、ジェシカも――魔物を怖いと思ってしまったのか。


「――ったく」


 自分の馬鹿さ加減に呆れてしまう。

 何が守るだ。

 もし魔物が現れればこうなる事など、簡単に分かったはずなのに。それでもアスピドケロンを早く片付ければ、すぐに落ち着くと思っていた。

 それよりも、町の連中が感じている精神的な疲労によって外の魔物が集まってきた。

 不運と思うか?

 ――それすらも思考の片隅に置いて考えなければいけなかったのだ。

 まったく。


「自分の甘さに泣けてくるな」


 だからといって、今更どうする事も出来ない。

 今は海の上に居て、こっちにも脅威が存在している。むしろ、その脅威はもうすぐ港町へ突っ込もうとしているのだ。

 そうなれば、今までとは別の意味で、港町が終わる。物理的に破壊されて。

 そうなる前になんとかしないといけないが……。


「――――」


 こっちは海上を爆走する大魚を止める術すらない。それどころか、振り落とされないように鱗にしがみ付いているのが限界。

 まさか片目を潰してもこっちを無視して進むだなんて、考えてもいなかった。

 もはやこうなってくると、このアスピドケロンが目指している相手だろうジェシカに人気のない所まで移動してもらうのが最善手なのだろうが、それを伝える術がない。

 今頃、怖がって宿屋に閉じこもってるだろうなあ。カルティナも、その方が安心できると考えているだろうし。

 ……そう思っていると、少し、アスピドケロンが進行方向を変えたような気がした。

 まっすぐに港町へ向かっていたはずなのに、その角度が変わったというか。


「ん……?」


 気の所為じゃない。

 少しずつ、でも確実に。アスピドケロンが進む方向が変わっている。少し時間が経つと、そうと分かるくらい変わっていた。


「これなら――っ」


 アスピドケロンの猛進で上がる飛沫、それを集めて両腕に纏う。

 鱗に張り付くのは、足。足にも水を纏わせて、鉤爪のような形にして鱗に引っ掛けた。落ちないように身体を固定すると、両腕に纏わせた水に形を与えた。

 鞭だ。一本の鞭。

 それをアスピドケロンの牙に巻き付けて、全力で引っ張った。

 この巨体に俺一人の力なんて微々たるもの――というか、全く意味の無い事なのかもしれない。

 それでも、少しでも港町に被害が出ないよう、せめて突撃の直撃だけは防ごうと考えたのだが――。


「お、おぉ!?」


 自分でも予想していた以上に、アスピドケロンの進行方向が変わる。港町からその外れ、先日、天音と一緒に行った町外れの観光名所だったか。

 目立つ、自然に出来たというには不自然な、波に削られて出来た高い崖と、そこにある槍のように突き出た岩の足場。

 まだ港町に近い場所へ向かっている、けれど徐々に突撃の範囲から街が外れていく。同時に、町周辺で何が起こっているのか、見る事が出来た。

 草原の一部を覆う程度には多量の魔物。魔物が現れた事は何となく分かっていたが、まさかあそこまで多いとは思っていなかった。

 あれじゃ、カルティナ一人じゃどうしようもない。

 天音ってどれくらい戦えただろうかと思ったが、記憶にあるのは何年も前の情報だ。昔よりは戦えるのかもしれないが――あれだけの数となると、どうだろう。

 最終的には勝つだろうけど、その前に街に侵入されるか。あとは、町の自警団やら傭兵やらがどれだけ働くか。どっちにしても、海の上に居る俺にはどうしようもない。

 せめてこの魚が――。


「く、ぅぅうう……ま、がれえ!!」


 酸欠で視界が霞む。服の下で僅かに膨張した筋肉が悲鳴を上げ、それでも力を抜かずにアスピドケロンの頭を左に引っ張る。

 徐々に、徐々に、少しずつ方向が変わっていく。確実に、変わっていく。

 まずい、マズい、拙い。

 それでもその巨体が曲がるには時間が必要で、海上で大きく曲がったアスピドケロンの身体――その尻尾が港町に波を送る。

 港に泊まっていた大型船のいくつかが波の勢いに押されてそのまま街中へ流される。建物を破壊し、避難していた人達を飲み込む。

 石で補強された港をあっさりと破壊し、それだけに留まらず海水は更に奥へ進んで街を蹂躙していく。

 通り掛かっただけでこの被害。直撃していれば、本当にただの一撃で町が破壊されていたかもしれない。

 そして――そうなると、分かってしまう。理解できてしまう。


「うお!?」


 この馬鹿魚、止まる気配が無い。

 このままだと半身が海に浸かったままのアスピドケロンより少し高い崖に、正面からぶつかってしまうことに。

 だが、そうと分かっても今更どうしようもない。


「ええい、ままよっ」


 顔を引っ張る力は緩めない。少しでも港町から外れた場所まで引っ張って、そこでぶつけるしかない。

 これだけの巨体だ。大地にどれだけの傷を与えるか想像もできないし、その衝撃がどれだけ町に被害を出すかなんて予想も出来ない。

 だから少しでも遠く、少しでも離れた場所に――。

 最初は遠いと感じていた崖が、瞬く間に接近してくる。アスピドケロンと大地。比較する対象が異常過ぎて遠近感が完全にマヒしかけている事は自覚していたが、こうやって物に近付くとこの異常さを無理矢理認識させられる。

 すさまじい勢いで崖が近付いてくる。

 小さな人間からすると厚い壁と壁が正面からぶつかるような威圧感――だけど、アスピドケロンはそんな事を意に介さない。

 自分の方が頑丈だと認識しているのだ。理解しているのだ。

 突っ込むスピードは僅かも緩むことなく、ただ、俺は次の瞬間には訪れる衝撃に耐えるために身を硬くする。

 両手両足でアスピドケロンに掴まり、振り落とされない事だけを考える。

 ――そして、巨大魚は大地に正面から衝突した。


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