第六話「少女の依頼2」
住宅地から大通りの方へ出ると、今までとは違う活気に溢れる世界が広がった。
外壁一枚を挟んだ外には魔族や魔物が多く存在しているというのに人々の顔には笑みが浮かび、星を救うために勇者が召喚される現状だというのにそこへ絶望の色は僅かも浮かんでいない。
大通りには武器や防具、傷薬や食料品を売っている店ではなく、服飾店や娯楽――ダーツやルーレットのようなカジノ店まで並んでいる。
ちなみに、娯楽店を最初に始めたのは地球から召喚された『勇者』の一人であるらしい。
戦いばかりでなくこういった娯楽……人々の気持ちが沈まないようにするというのも大切な事なのだろう。
服飾――服や装飾品などのデザインにも『勇者』が関わっていたりと、この異世界に『勇者』が関わっていない事などほとんどない……それこそ、数人だが国の王が行っている政治にも口を挟んでいるのが現状だ。
そういう人達とは面識は無いけど、多分地球では政治家のような役職に就いていたのかもしれない。
そんな、人が多い大通りを抜けて北門へ。
王城を中央に据え、東西南北に門を置き、魔物の進攻を防ぐための外壁は高さ数十メートル、幾重にも石を積んで作られているので数メートルの厚さがある。
……大体、ビル五階分くらいの高さだろうか。
勿論、それだけで魔物の攻撃を防ぐ事など出来ない。
どれだけ外壁が厚くても巨大な魔物となると突撃だけで砕いてしまうし、空を飛ぶ魔物には高さなど関係ない。
そうならないように、最初に召喚された『勇者』が王都を囲むように魔法をかけ、強固に強化していた。
もう何百年も昔の話だ。
地球の術師だったらしい最初の『勇者』は、地球の術と異世界の魔法を使って数多の村の一つでしかなかったこの場所に王都を築いた。
聞くところによると、ここは大陸の中心。風水的とか、なんかの意味があるのかもしれない。
「相変わらず人が多いな、ここは。なあ、ジェシカ」
ちなみに、呼び方は当人があまり気にしないということで呼び捨てにすることにした。
少し馴れ馴れしすぎるかとも思ったが、この世界では名前呼びが普通だし、こっちのほうが年上なのでジェシカのほうもそう呼ばれることにあまり抵抗がないらしい。
「そんなに心配しなくても、ちゃんと形見の髪飾りは見つけてやるよ」
「はい――ただ、お父さんに隠し事をしているのが辛くて」
「本当、お父さんが大好きなんだねえ」
亡き母親の形見を探してほしい。
それが、この少女からの依頼だった。
形見は十字架を模した髪飾りらしく、今はその対になるもう一つの髪飾りで右側だけが飾られている状態。まあ、現物がどういうものなのかが分かるというのは探しやすい。
その髪飾りを、馬で遠乗りをしている最中に落としてしまったのだそうだ。
まあ、それをあまり責める事も出来ない。
魔物と戦えるのは、『勇者』だけである。
いや、実際には人だって十分魔物と戦える。剣や槍、弓矢を手に、何度もその進攻を退けている王城に務める兵士や騎士、もっと気軽に依頼できる傭兵のような人たちだ。
ただ、『勇者』は異世界へ召喚された際に身体能力が強化される――もしくは、地球とこの世界では重力とか、何か色々な制約が異なっているのか。
とにかく、戦いの基本となる身体能力が違う。
異世界の住人を凌駕する魔族や魔物、その魔族や魔物と戦える『勇者』。
おかげで、魔物や魔族が関わる依頼は『勇者』へ優先的に回され、特別報酬も出るので金に困る事が無い。あと、年中忙しい。
そんな『勇者』の手が空くまで待てない人は、こうやって元『勇者』である俺のところへ依頼を持ってくる。
もしくは、高い金を払って勝てるかどうか分からない騎士や傭兵へ依頼する。
……まあ、元『勇者』なんて知り合い以外には疎まれるし、ともすれば軽蔑すらされるのだけど。
その辺りは、あまり気にしないようにしている。気にし過ぎても面倒なだけだし。
「それじゃあ、さっさと落とした場所に行くか」
「それが分かるなら、私達の所に依頼しないと思うけど」
「……それもそうだな」
カルティナのツッコミに、軽い返事。そのカルティナは、見慣れた――戦いには不向きとしか思えないメイド服姿に、手には剣が一本。
剣というか、刀。反りのある黒塗りの鞘に納められた、俺が昔使っていたモノだ。
刀はあまりこの世界では普及していないので、使えば目立つという理由で使わなくなったからカルティナに譲ったのだ。
そんな彼女は、人の多い大通りで人にぶつからないよう器用に歩いていた。
「カルティナさんも戦えるのですか?」
「ええ、少しだけど」
「怒らせるとおっかないからな。ジェシカも気を付けろよ」
「――――」
無言のまま肘で脇を小突かれた。
それを見て、ジェシカが笑う。
馬の遠乗りで通った道は覚えているけれど、落とした場所は分からない。そう話した時は落ち込んでいたけれど、今は少し元気になったように見える。
「さっさと見付けて、今日の晩飯は豪勢にしよう」
「ええ。腕によりをかけて作るわ」
「外食しよう。そうしよう」
カルティナの料理の腕を思い出しながら呟いて、王都の外――大平原へ続く門へと向かって歩く。
人が十人くらい並んでも余裕があるほどの横幅。高さも大型車程度なら余裕で通れるくらいに高い。
扉は鉄製、厚さも一メートルほど。その門には常時十人ほどの兵士が駐在していて、王都へ来た者、王都から出る者に目を向けている。
門を通る際に、何かしら手形のようなものが必要というわけではない。出たい時は出て、入りたい時は入る。
ただ、商人のように大量の物品を運ぶような役職の場合は事前にどのようなモノを運ぶのか、そして門を通る際に荷物の確認が必要といったくらいだ。
食料は貴重なのでそれらを大量に持ち出すのは重罪となるぐらいで、検問ともいうべきものはとても緩い。
それは、この世界にとって害があるのは『魔』であって、人は気を許した仲間。ただ、そこに金が動いているから人の目が向いてしまうといったもの。
まあ、商人の在り方はさておき。
特に荷物のない俺達は素通りで門を通ると、一息吐く。
「それで、馬でどの方向に進んだんだ?」
「あ、こっちです」
ジェシカに案内され、旅人たちが通る街道から外れて膝下まで伸びた草が目立つ平原を進んでいく。
どこまでも続く緑の大地。遠くに見える地平線。
少し視線を逸らせば深い森や小高い丘、雲の上まで続く高い山。
人の手が加えられていない自然。空には小鳥が群れを成して飛び、よく見ると草原の至る所にはオオカミを一回り小さくしたような獣や、地球のソレとは僅かに差異があるウサギ……角が生えていたり、後ろ脚が発達していたりする……が複数。
獣は人が多く通る街道を警戒するように離れた場所に居て近寄ってくる気配は無い。
この異世界へ召喚されたばかりの頃は純粋に美しいと心から思っていた景色も、十年以上も経てばどこにでもあるありふれた景色でしかない。
「獣に喰われてなければいいな」
一応足元を気にしながらジェシカの後を追う。歩くたびに白い外套が揺れ、時折風が吹くと捲れてその下にあるスカートと陽に晒される細い十代の生足。
……そんなのを気にする自分がなんだかとても変態なような気がして、溜息。
カルティナが、そんな俺を冷たい目で見ている。いつも通りの感情の変化が乏しい表情なのだが、まるで不審人物でも見るような目だと思った。
俺が気にし過ぎているだけなんだろうけど。
「確かここから、向こうに見える三本木まで行ったんです」
と、ジェシカが足を止めた。目的地であったらしい三本木を指で示す。
草原の中に三本だけポツンと在る木。目印とするには、確かに良く目立つ。
「それじゃあ、地面を気にしながら行ってみるか」
ただ、問題が一つ。
遠いのだ。
そりゃあ、馬で『遠乗り』だ。近くでは意味が無いというのは分かるのだが、人の足ではちょっとしたピクニックのようなものである。
三本木なんて、ここからだと小指の先くらいの大きさしかない。
距離にすると数キロ――ちょっと気が向いたから歩こうと思うには少々長い距離である
ピクニックはもっと楽しい気分で行くものだと思うけど、景色を楽しむでもなく、足元を見ながら行くのだからいったい何が楽しいのかも分からない――というか、仕事だったことを思い出す。
「こう、あれだな」
「どうかしましたか?」
「ただ歩いて足元を探すだけっていうのも味気無いし、何か楽しみが欲しいところだな」
「仕事なのだけど?」
「仕事でもさ。楽しみがなければ、こう、やる気が出ないじゃないか――主に俺の」
「まだ飽きてないです。ただ、こんなに良い天気で景色の良い外に居るんだから足元ばっかり見ているのも寂しいなあ、と思うわけだよ。俺は」
「そう」
俺の軽口に、カルティナのいつも聞いている気のない返事。
それをどう感じたのか、ジェシカは困ったように俺とカルティナを交互に見た。
「ユウヤさんって、お喋りが好きなんですか?」
「黙っているよりはね。賑やかなのは苦手だけど、静かなのも苦手なんだ」
「私が返事をしないと拗ねるし」
「拗ねません。ちょっと寂しくなるだけですぅ」
変な敬語を口にすると、ジェシカがクスクスと肩を震わせながら笑った。
「面白い方ですね、ユウヤさん」
「だろう? 堅苦しいのも苦手だから、『勇者』だなんだって気にしなくていいからな、ジェシカ」
「は、はあ」
結局それを言いたかっただけなのだが、どうやら『勇者』という肩書きに特別な感情でもあるのか、ジェシカは困ったように曖昧に頷くだけだった。
まあ、雰囲気が少し明るくなったから良しとしよう。
暗い雰囲気で探し物をすると、こっちまで気が滅入ってしまうから。
「口より手と足を動かしなさい、ユウヤ」
あと。やはりというか、カルティナに怒られた。