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【ウメ種】勇者を辞めた勇者の物語  作者: ウメ種【N-Star】
第二章
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第五十八話「決意」

 長い時間をかけて港町まで泳いで戻ると、港から事の成り行きを見守っていたらしい何人かの漁師が待っていてくれた。

 ああ、いや。そのうちの数人には見覚えがある。

 俺を船で運んでくれた船員も、あれからずっと待ってくれていたようだった。


「無事だったのか……?」

「そりゃあ、もちろん」


 あの程度で死ぬかよと呟きながら防波堤までたどり着くと、手を借りて上がる。

 石造りの港。落下防止に木材で柵が組まれ、湾内には出発した時と変わらず数十隻の船が動かされる事無く留まっている。

 魚を捕る為に作られた船が使われる事無く波に揺られている光景は、なんとも寂しいものだ。

 ふとそう思いながら、海水が滴る前髪を掻き上げた。


「……すまなかった。死んだと思っていた」

「いいよ。俺も三回くらい死んだと思ったから」


 生きている方が奇跡だと笑いながら言って、コキコキと首を鳴らす。


「おかえりなさい、新藤さん」


 どこかバツの悪そうな漁師たちを掻き分けて近付いてきたのは、天音だ。


「おう。ちゃんと無事だったな」

「まあ、助けてもらったし……」


 その声が沈んでいるように感じるのは、こっちも俺より先に戻った事を気にしているからなのかもしれない。

 先に逃げろってちゃんと言っていたから、気にするような事でもないと思うが……人の生き死にが掛かっていたのだから、気にしてしまうのか。


「あんまり気にするなよ。あの時は逃げなきゃ船が沈められていた場面だ」

「でも」

「お前はよくやったよ。満点の行動だった」


 その肩を軽く叩いて歩き出す。そんな俺の後ろを、待っていた船員たち、それと天音が付いてきた。


「帰ってきたばかりで申し訳ないんだけど――どうにかなりそう?」

「あー……ありゃあ、無理だ。正攻法じゃどうしようもない」


 なにせあれだけの巨体だ。せめてRPGのゲームよろしく雷とかの弱点があればいいのだが、あの強靭な鱗に守られていたら通用しないだろう。そもそも、俺も天音も雷の魔法は使えない。

 打撃も全然効いていなかったし、頭上から殴って海に沈めるのが限界だった。

 唯一反応したのは眼球を狙った攻撃だったが――。


「目を狙っても触手に邪魔される。俺一人じゃ、あれはどうにもできん」

「二人なら?」

「お前は水の上に立てないだろ? 船の上じゃ逃げる場所が限定されるし、そもそも沈められたら終わりだ」


 そうなったら見捨てるか守るかの二択。どちらにしても、足手纏いにしかならない。

 なるほど、と思う。

 確かにあんな、攻撃の通用しないバケモノに狙われたら町を捨てるしかない。

 ……そっちの方が、はるかに楽だ。


「それより、食い物を用意してくれ」

「え?」

「魔力を使い切って疲れた。宿で風呂に入ってくるから、飯の用意を頼む」

「それはいいけど……」

「腹が減っていたら頭が働かないし、気分が滅入る」

「頭が働かないって――まだ戦うつもりですかい、旦那?」

「誰が旦那だ」


 そんなに親しいつもりは無い。

 歩いている間に天音が差し出してきたタオルを受け取って顔を拭く。そこでようやく、一心地吐けた。ああ、疲れた。


「……当たり前だろ。今まで誰も、どうにもできなかった魔物だが、何とかしてくれって頼まれたんだ――何とかするさ。なあ、天音?」


 俺がそう言うと全員が黙り、驚いた顔をして俺を見ていた。

 ……なんだか物凄く、自分が変な事を言ってしまったのかと気にしてしまう。コホン、と咳払い。


「なに、見捨てていいの?」

「そいつぁ困る……困るが、何とかできるんですかい?」

「さあな。取り敢えず、風呂に入ってさっぱりしてから腹一杯飯を食って、それから考える」


 その前に、飯を食ったら少し寝るかな、と。

 呟くと、びしょ濡れの肌着を引っ張られた。そういえば、濡れて邪魔だったから上着は海の真ん中で捨てたんだったか。

 ……カルティナから怒られるかなあ。


「どうした、天音?」

「危ない、わよ?」

「今更だろ。魔物を相手にするんだ、危なくない方が少ないさ」

「そういう話じゃなくて――さっきだって、死んでたかも」

「だなあ」


 ありゃあ危なかった。海中に沈んだし、触手で叩かれたし。空中から海面に叩き付けられた時は、正直なところ、数秒くらい記憶が無い。

 後でジェシカに話してやろう。びっくりした表情を楽しむのだ。


「一人なんだよ? 私は海の上で戦えない。町に居る他の勇者も、カルティナさんも」

「俺は戦える」


 だから戦う。


「戦えるのが一人しか居ないからって見捨てるのか? 俺は嫌だね」


 鋭い目付きを僅かに伏せて、天音が俺から視線を逸らす。

 もしかしたら、俺を呼んだ事に負い目を感じているのか……?


「見ろ、天音。周りを」


 その顔を無理矢理上げさせて、声を高くする。


「この港町には沢山の人が住んでいる。俺やお前がこの世界に来る前から、住んでいる人達だ」

「…………」

「人が住んでいるんだ。家があるんだ、家庭があるんだ――爺さんの代から、もしかしたらもっと昔から、受け継いできた土地だ。家だ。……魔物に目を付けられたからって、捨てていい理由にはならない」


 ああ、そうだ。捨てていい理由になんか、ならない。

 諦めていい理由になんかならない。


「お前が俺を呼んだのは知り合いの『水使い』だからなんだろうが、俺に話を持ってきたフューリーの馬鹿野郎はきっと違う。アイツは――」


 俺がどう動くか、きっと理解している。

 バカだから。

 アホだから。

 ――きっと、勝てないと言っても、どうしようもないと言っても、皆が納得するだろう。文句を言われるかもしれないが、それでも最後は町を捨てる事に納得する。

 沖合に巨大な魔物が住み付けば、漁なんてできない。港町としての商売が成り立たなくなる。

 そうなれば、町を捨てるしかないのだ。別の町で、一から、最初から、またやり直すしかないのだ。

 諦めるしかない――それが、現実だ。


「――俺は、嫌だね。諦めるのも、見捨てるのも」


 だから、勇者を辞めたんだ。

 こんな時に『勇者だから』と頼られるのではなく、誰かの為でも何かの為でもなく、自分が納得して――最後まで諦めない為に。

 世界よりも、安全よりも、守りたいと――助けたいと思った自分を貫くために。


「全力で抗ってやる。勝ち目が無い? はっ、悪くない――こちとら最近、『何でも屋』の仕事が全然無いんだ。ここらでちょっと、誰もがどうにもできなかったバケモノを『何とか』すれば、王都に戻ってから仕事が増えるってもんだ」


 そうすれば、毎日カルティナとジェシカから小言を言われなくなるし、懐も温かくなる。

 毎食を外食にして美味い食事にありつける。

 まあ、偶にはカルティナの手料理も食べてご機嫌を取るのも忘れないようにしないといけないけど。

 とまあ。くだらない事を考えて自分を奮い立たせる。


「……死ぬのが怖くないの?」

「怖いに決まってるだろ、バカ」


 いきなり何を言い出すかと思えば。

 その質問を鼻で笑い、軽くその頭を平手で叩く。

 そういえば――昔も、こんな事をしたような?

 また少し昔の事を思い出して、からからと笑う。天音も思い出したのか、両手で叩かれたところを押さえた。うん、昔、確かにこんなやりとりをした。

 理由は分からないけど、俺が天音を軽く叩いて、天音は驚いて頭を押さえて――。


「俺は死なないよ――死ぬのは怖いからな」


 そう言って、止めていた足を動かして歩き出す。

 くそ。慣れない真面目な事を口にして、背中が痒くなる。

 ここで背中に手を回すのも格好悪いしで、無言のまま歩いていると――船が出せないので人気のない港の入り口付近に、見慣れた人影を見付けた。


「おかえりなさい、ユウヤ」

「おう――なんだ、ずっと待っていたのか?」

「ええ、ちゃんと真面目に働いているか気になったから」

「……心配してくれたわけじゃないのか」


 肩を落とす。

 歩いた先に居たのは、何時から――もしかしたら船に乗って別れてからずっと立っていたのか、カルティナの姿。

 周囲を見回すと、ジェシカは近くにあるカフェのような小洒落た店でコーヒー的なものを頼んで飲んでいる。椅子に座って。

 まあ、あれから結構時間が経っているし、立ちっぱなしはキツイだろう。普通の人間には。


「ちゃんと真面目に働いた?」

「この姿を見ろ。海に落ちてまで戦って、最後はここまで泳いできた」

「そう――ちゃんと真面目に働いたのね」

「……少しは労ってくれよ」


 泣くぞ、ちくしょう。

 まったく。


「じゃあ、天音。俺は一旦宿に戻るから、飯の用意、頼むな」

「食事?」

「……お前はジェシカと観光でもしてろ。こっちの仕事はすぐに終わらせるから」

「そうね」


 カルティナはそれだけを言うと、カフェに居たジェシカと合流。ジェシカは何事か慌てているみたいだが、まあカルティナの子守りをお願いしよう。

 ……これじゃあ、どっちが年上だか分からないな。そう思うと、不謹慎かもしれないが笑ってしまった。



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