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【ウメ種】勇者を辞めた勇者の物語  作者: ウメ種【N-Star】
第二章
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第五十一話「出発」


「あのう、ユウヤ様」

「ん?」

「あっしら、船は出しますが――その、申し訳ねえですが、こんな船だ。あんまり近づくと、暴れられただけで沈んじまう」

「ああ、分かってるよ。離れた場所まで連れて行ってくれたら、後はこっちで何とかするよ」

「そうですかい」


 というやりとりがあった後、天音が借りた船は無事に出港した。

 港には船員たちの家族や、同僚達の姿。そこにはカルティナとジェシカの姿もあった。

 巨大魚アスピドケロンをどうにかしてほしいと思っている町の人達だ。

 天気は良好。風も追い風、沖へ向けて一直線。

 木造の船だ。漁を目的とした造りではなく、移動する為の中型船。記憶にある、和船のような造り。

 船員は十人にも満たない少数で、沖まで行ってすぐに戻るという事で話をしているそうで荷物も少数。

 船が軽いから船足は早く、目的としているアスピドケロンの背中――海面から少しだけ顔を覗かせている島にも見える甲羅が単眼望遠鏡の中で少しずつ大きくなっていく。

 そんな中型船の上で、帆を広げて一息ついた船員達がつかの間の休息をとっている。

 その船員達に混じっていた天音が、聞いてきた。


「連れてこなくて良かったの?」

「誰を?」

「カルティナさん。心配していたみたいだけど」

「そうか?」


 借りていた単眼望遠鏡を返しながら呟くと、ムッとした顔をされた。

 普段がキツめの目付きをしているからか、それだけで睨まれているように感じてしまうのは天音の雰囲気が少し尖っているように感じるからだろう。


「いや、危ないし」

「カルティナさんなら戦力になるじゃない」

「……なるかあ?」


 そりゃあ、翼を切り落としたとはいえ元は魔族であるカルティナの身体能力は人間を越えているけど、それは身体能力の話だ。

 魔力を集める翼を失った事で『魔法』は使えないから、大型の魔物が相手となるとアイツは人間の傭兵とそう変わらない。

 ……その辺りの事は知らないのだったか?


「アイツ、魔法は使えないぞ?」

「知ってるわよ。でも、剣技だけでも大したものじゃない。居てくれると、もしもの時に安心できたのに」

「そんなもんかねえ」


 デカブツが相手だと何を出来るとも思えないけどと呟いて、船には詳しくないのでせめて邪魔にならないようにと人通りの少ない場所へ移動して、並べられていた真水が入っている樽の上に腰を下ろす。

 それに倣って、天音も隣の樽へ腰を下ろした。

 視界の先では数人のセーラー服姿の船員達が風の向きを計ったり、帆の向きを調整してまっすぐ進むように動いているのを並んで眺める。

 どうやら天音も、俺と同じで操船の技術は無いようだった。


「そういえば、お……王都から出た後は、何をしていたんだ?」


 俺達と別れた後は、と聞こうとしたが自意識過剰過ぎかなと気になって言い方を変えて聞く。

 天音は俺が返した単眼望遠鏡を伸ばすとそれを覗き込みながら、んー、と少し考える仕草をした。

 海風に長い黒髪が揺れ、広がる。

 後ろにある青い空と海とは対照的な髪の色は景色によく映えて、まるで綺麗な一枚絵のようにも感じられた。


「北とか南とか、各地を転々と――しばらくは偶に聞く魔王っていうのを探していたけど、見付けられなかったし」

「ふうん」

「そういえば、新藤さんって魔王に一番近付いたとか――何見てるの?」

「いや、真面目に頑張ってたんだなあ、と」

「普通だと思うけど――いつかは地球に帰りたいし」


 横顔を眺めていた事を咎められたような気がして視線を逸らしながら嘯くと、天音が地球の名を出した。

 多分、本心だろう。

 いや、この世界に居る勇者――地球から召喚された人達の殆どは、そう思っているはずだ。

 なにせ元々住んでいた世界。家族や友人が居るのだから、当然か。


「魔王を倒しても、元の世界に帰れる保証なんて無いけどな」

「……私、新藤さんのそういう所は嫌い」

「ん?」

「新藤さんって、地球に帰りたくないの?」


 その言葉に一瞬だけ思案して、苦笑。続いて首を横に振る。


「どうだろうな」

「……まあ、私もこの世界で長く生活し過ぎたし。愛着もあるけど」


 だなあ、と。気の無いふりをしながら、けれど、しっかり同意する。

 長く生活し過ぎた。長く生き過ぎた。

 愛着が湧いた。郷里の念がある。

 ――それに、だ。


「今は帰れないなあ」

「……そう」


 カルティナが居る。ジェシカが居る。――自惚れだろうが、俺が居ないとダメな奴らだ。俺を必要としてくれている二人だ。

 アイツらを放って帰れない――元の世界に居場所が残っている可能性だって低い。それに、元の世界に俺を必要とする人が居るのかも怪しい。

 十何年も経っていれば、両親だって俺の事を死んだと思っているだろうし……そう考えると、今更戻ってどうするんだという気持ちだってある。

 だったら面倒事や約束なんかを全部片づけて、それから帰る――帰りたいと思う。

 せめて、最後くらいは両親に無事を伝えたいという感情くらいはあるから。

 まあ――そのくらいだ。


「ま、十年以上も帰れなかったら、お前もこんな風になるさ」

「……なんかヤだなあ」


 ようやっと、そこで天音が疲れたような感じだったが、再会して初めて笑顔を向けてくれた。

 次いで、溜息。


「そうなったら、この世界で結婚して、家庭を持つ事になるのかな」

「ぷっ――」


 今までの会話の流れからすると突然な言葉に、つい吹き出してしまった。

 それを咎めるように、天音の表情から笑みが消える。


「私にだって、人並に将来への希望とか、結婚願望とかあるんですけど?」

「そりゃそうだ。誰にだってあるわな、そりゃ」

「なに。新藤さん、結婚とかはくだらないって思う人?」

「別にそんな事はないけど」


 さて。三十を過ぎたおっさんを好きになってくれる人なんて居るだろうか。

 カルティナはどう思っているか分かり辛いし、ジェシカは年が離れすぎて娘みたいな感じ。

 ――他に選択肢が無い所が悲しい。


「まあ、良い出会いがあれば……結婚出来たらいいなあ、くらいは」


 というか、なんでこんな話になっているのだろう。

 微妙な気恥ずかしさを感じて、天音に向けていた視線を船の上へ。俺達が話している間も働いていた船員達は、こちらを気にしていない。

 これから大型船二隻を『飲み込んだ』魔物の傍へ寄るのだから、緊張と恐怖でそれどころではないのだろう。


「そろそろか?」

「ええ、少し離れているけど――」

「んじゃ、後は俺の仕事か。何かあったら助けてくれ」

「やれるだけの事はやるわ」


 それだけを話して、慌ただしく動いていた船員達の方へ声を張る。

 船を止め、いつでも逃げられるようにして待機。

 ――さあ、仕事の時間だ。



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