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【ウメ種】勇者を辞めた勇者の物語  作者: ウメ種【N-Star】
第二章
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第五十話「依頼の理由」


「さて、今日は何をするかなあ」

「わあ!?」


 港町に来てから三日目。

 朝は、昨日と同じようにこの声から始まる。

 なにせ高級宿屋とはいえ、借りているのは一部屋。カルティナはともかく年頃のジェシカが着替える際には気を遣わないといけない。

 どういう風にかと言うと、部屋の外に出てドアの前で待つ。

 ……俺の金で部屋を借りているのに。そう思うけど、こういう場合は女性優先である

 まあ、カルティナはあまり気にしていないが、普通の感性を持つ女の子なら恋人でもない男が居る部屋で着替えなんて嫌だろう。

 というか、同室で寝泊まりしている事を容認しているだけでも凄い事だ。

 こっちは単に、金を出してもらっているから我慢しようというだけだろうけど。

 着替えを見られたくないというのは当然の羞恥心であり……どうしてその辺りを考慮して別々に部屋を借りなかったのかという疑問すら湧く。

 カルティナに聞いたら一緒の家で暮らしているからという答えが返ってきたが。……その辺りの機微にはまだまだ疎いよなあ、と。廊下にある窓から外を見ながら思う。

 快晴。今日も良い天気。

 煌めく海の向こうには、魔物の背中がよく見える――まったく嬉しくないけれど。


「子供の着替えなんか見ても、何も思わないから」

「それはそれで、こう……」


 なんだかモゴモゴと尻すぼみに喋るジェシカ。女としてのプライドが傷付いたとか、そんな感じなのかもしれない。

 ドア越しの会話なので、最後の方は本当に何も聞こえなかった。


「大丈夫よ、ジェシカ。ユウヤ、胸の大きな女性が好きだから」

「朝一番に変な事を言うのはやめてくれないか」


 まあ、小さいよりは大きい方が好きだけど。第三者から言われると滅茶苦茶恥ずかしい。

 着替えている女性陣の声をドア越しに聞きながら顔を手で押さえると、肩を落として溜息を吐く。


「あら、何をしているの?」


 そうして女性陣の着替えが終わるのを待っていると、不意の声。

 廊下の奥――階段を上って声を掛けてきたのは、先日見た昔馴染みの顔。如月天音だ。


「おはよう、新藤さん」

「ああ。おはよう天音」


 挨拶をして、その視線が借りている部屋のドアに向く。


「ああ、着替え待ち」

「そういう事。んで、そっちは?」

「お仕事よ。船を借りたから、これから出られる?」

「随分と急だな」

「この問題を早く解決したいからって、今朝頼んだらすぐに用意してくれたわ」


 まあ、船を出せないとなると漁師としても商売あがったりだろうし、早く何とかしてほしいっていう一心からだろう。


「でも、漁師連中は船を出すのを怖がっているって話じゃなかったか?」

「ええ。だから、頼んだのは四件目」

「そりゃあ、お疲れ様――」

「あら、誰かと話していると思ったら、アマネだったの」

「きゃあ、カルティナさん!?」


 今度はドア越しではなく、きちんとした声がドアの方から。

 視線を向けると、見慣れたメイド服で胸元を隠したカルティナがドアを少し開けて顔を覗かせていた。

 ――着替えの途中なのは明らかで、白い肌になだらかな細い肩、そして黒い下着の肩紐が余計に肌の白さを際立たせている。

 これが知らない女性なら望外の幸運に瞬きする事も忘れるかもしれないが、相手はカルティナである。……まあ、うん。


「まだ着替えてないのか。早くしてくれ」

「おはよう、アマネ」

「え、ええ。おはよう、カルティナさん――後、ジェシカも」

「ぁー、ぅ……カルティナさん、早くドアを閉めてくださいぃ」

「分かったわ。それじゃあ、アマネ。もう少し待っていて頂戴」


 チラリとドアの奥、部屋の中へ視線を向けると、ジェシカがベッドのシーツで身体を隠していた。

 慌てていたのか、こっちも白い肩――そして肌よりも白い、純白の下着の肩紐が見えてしまっている。

 眼福眼福。


「――――」


 そう思っている間にドアが閉まり、次いで天音から右足を踏まれた。思いっきり、足の甲を。


「いたい」

「目付きがいやらしい」


 鋭い視線を更に細め、低い声で天音が言った。肩を竦める。


「いや、見てないし」

「目付きがいやらしいと言っただけで、着替えを見ていたとは聞いていないけどね?」

「……それで、俺はこれから魔物退治?」

「退治してくれると助かるけど、出来るの?」


 今なら魔王だって倒せそうだと嘯くと、目の前で溜息を吐かれた。そして、俺の隣に立ち、壁に背を預けてくる。


「さあ。やり合った事が無い相手だし、どうだろうな」

「その未知の相手を見に行くのに、怖がらないのね」


 からからと笑って、その問いに笑みを返す。


「なあに。今まで誰も、倒すどころか追い払う事すら出来なかった魔物だ。無理なら無理でしたって謝るだけさ」

「あのね……まったく。この港町が危ないっていうのに」

「そう言われてもな」


 相手は災害のような魔物だ。人間一人でどうにか出来るようなものでもない。


「それでも、逃げないだけマシか」

「そういう事」


 軽く言うと、アマネは壁に預けていた背を浮かせた。こちらをじっと見つめてくる。

 カルティナより少し低い身長だが、その表情は感情豊か――だと思う。少なくともカルティナよりは分かり易い。


「そう言ってくれると思ってた」

「昔もこんな感じだったか?」

「……だから呼んだの。新藤さんなら、どうにも出来なくても、せめて向き合う事だけはしてくれるって思っていたから」

「買い被り過ぎだ。これでももう、いい歳をした大人なんだ。無理な事は無理だと分かるし、無茶が出来るだけの伸びしろがあるわけじゃない」


 自分で言うのも何だが、自分が出来るだけの現実って言うのを理解しているつもりだ。

 ……世界を救うために召喚された『勇者』だが、世界を救えないという事も知っている。

 だったらせめて、手の届く範囲に居るカルティナやジェシカの為に毎日を生きようと思う。その程度なんだ、俺は。


「新藤さんって、そう言いながら頑張ってくれるでしょ?」

「ん?」

「あのジェシカって子を助けるために無茶をしたみたいだし」

「……無茶って言うほどでもないかなあ」


 多分、先日別れた後に調べたのだろう。なんだかんだで、この世界でも調べものというのは簡単だ。人の口に戸は立てられぬというか、噂というのはどうしても立ってしまう。

 それが、元とはいえ『勇者』関係なら尚更だ。

 ジェシカ。魔族に呪われた、魔物を引き寄せてしまう少女。

 そんな子供を守るために戦った事を調べたと天音は言い、口元を緩めた。


「噂だとダラダラと日常を送っているって話だったけど、なんだかんだで『誰かのため』に戦っているみたいだし」

「そうか?」


 まあ、ご近所さんだったって言うのもあるけど……確かにあの時のジェシカは、俺からしたら他人だったのかもしれない。


「そういう所、嫌いじゃないよ?」

「好き、とは言ってくれないのか」

「まさか」


 朗らかに笑って、暗に否定された。これはこれで、ちょっとショックだ。天音、美人だし。

 しかし、昔と全然違う。

 垢抜けたというか、少女が美女に成長したというか。

 大きく胸元が開かれたシャツから覗く豊かな胸元と、それを包むビキニの水着。薄く焼けた健康的な肌と、細く締まったウエスト。

 港町だからか違和感はないけれど、自分の体形に自信があるからこそ出来る服装のように俺には思えて、やっぱり昔と全然違う。

 昔はもっと自分に自信が無くて、引っ込み思案というか、いつも俯いていた。

 眼鏡が無いから鋭くなった目付きと相まって、強気な印象が先に立つ。


「期待してるわ」

「期待されてもな」


 こっちはしがない中年だからなあと。

 おどけて言うと、天音は鋭い視線を柔らかく細め、小さく噴き出した。


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