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【ウメ種】勇者を辞めた勇者の物語  作者: ウメ種【N-Star】
第二章
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第四十九話「アマネの昔」


「アマネさんって、どういう人なんですか?」


 港町に着いたその日の夜、風呂を済ませてから部屋でのんびりとしていると、ジェシカがそんな事を聞いていた。

 何とはなしに窓の外へ向けていた視線を室内へ戻すと、椅子に座ってカルティナと二人、チェスを指しているジェシカがこっちを見ている。


「さあ、覚えてない」

「……ユウヤさん」

「あのな。最初に会ったのは六年か四年か前で、最後に会ったのは二年も前なんだ。覚えているわけないだろ」


 むしろ、思い出せたことだけでも褒めてほしいもんだ。

 フューリーは多分、勇者と騎士団という関係で手紙のやりとりをしていたし、ロシュワは客商売をしているからか記憶力は凄く良い。

 それと比べられると、俺としても少し痛くなってしまう……いや、忘れていたのは悪いと思うけど。


「カルティナ、お前は覚えているのか?」

「ええ。ユウヤが一から魔物の殺し方とこの世界での生き方を教えた唯一の『勇者』じゃない」

「へえ……アマネさんって、ユウヤさんのお弟子さんになるんですか?」

「そんな、大層なもんでもないと思うけど――」


 そうだったかな、と。

 思い出したのは、あの子を当時の騎士団長――今はもう亡くなっている人物から託された事。んで、しばらくの間、面倒を見てやった事くらい。


「昔はもっと大人しいというか、物静かな子だったような気がする」

「そうね。本が好きで、昼間はユウヤから魔法の使い方を、夜は遅くまで本を読んでいたわ」

「静かな方なんですね」

「戦いを怖がっていた……だから、国の援助を受けることに抵抗があって、ユウヤの所に預けられたと聞いているわ」


 そうだったかな。

 カルティナの言葉を頭の中で反芻しながら、夜の暗闇で見えなくなったアスピドケロンの背にある甲羅――小さな無人島があったであろう方向へ再度視線を向ける。

 開けた窓から入り込んでくる涼やかな風と、一緒に聞こえる微かな波の音。

 沖合に巨大な魔物が住み付いているだなんて想像できない、静かな夜。

 魔物が居なければ再開できなかったのだろうが、魔物の所為でゆっくりと話す時間も作れなかったとも思ってしまう。

 ……まあ、あの調子じゃ、ゆっくり話しても怒らせてしまうだけだっただろうけど。


「ユウヤは、アマネに優しかったわね」

「そうか?」

「ロシュワはよく、貴方達の事を兄妹のようだと言っていたもの」

「アイツはなんでも大袈裟に言うからなあ」

「ふふ」


 俺の反論をどう思ったのか、ジェシカが面白そうに笑う。それを指摘するのも億劫で、窓を閉めて自分のベッドへ腰を下ろした。


「どうしてロシュワさんは、二人を兄妹だなんて?」

「アマネがいつも、ユウヤの後ろを歩いていたから。何をするにも、どこへ行くにも後を追っていたから」

「仲が良かったんですね」

「そうね。そうだと思うわ――」

「あっ、ちょっと待って下さい、そこは――」


 喋りながらカルティナがチェスの駒を動かすと、ジェシカが待ったを言う。

 すると、言われた通りに駒をいったん引いた。


「その頃は、ユウヤさんとカルティナさんは、もう一緒に暮らしていたんですか?」

「ああ。多分」

「ええ。珍しくその時は、ユウヤが家事を手伝ってくれていたわ」


 詳しくは思い出せないが、カルティナの料理をあまり食べさせたくなかったからだろう。そこだけは確信のようにそう思えた。


「剣の才能は無かったらしいけど、魔法は上手よ。一カ月もする頃には、王都で有名になっていたから」


 ああ、そうだ。王都の外へ出て魔法の練習をしていると、それが噂になっていた。

 新しく召喚された――『炎の魔法』使い。夜でも昼間のように空を照らし、その威容だけで魔物を追い散らす『勇者』として。

 現に、天音が魔法の練習をしていた数か月の間、王都には魔物が近寄らなかった。

 その根幹に存在する人間に対する憎悪よりも、アイツの『炎』に恐怖したから。

 それくらい、強力な魔法を使えたのだ。


「確かにアイツ、まあ、あまりこういう言葉は好きじゃないが……才能はあったな」


 本人は気弱な女の子でしかないのに、何の因果か『魔物を殺す才能』があるのだから――不幸なのかもしれない。


「それで確か、魔法の才能があるって噂が広まってから王都を出たんだったな」

「ええ。私達の世話になる事が悪いからとか、突然言い出して」

「そうなんですか」

「その後はしばらく音沙汰無しで――二年前に王都へ戻ってきた時は、一度だけユウヤが一緒に仕事を受けたわ」


 らしい。そこもあまり覚えていないし、勇者を辞めた後なので仕事の内容も簡単な物だったのだろう。


「きっと、ユウヤさんと一緒に仕事をするの、楽しみにしていたんでしょうね」

「そうか?」

「そうですよ。私も――この体質になってどうしたらいいか分からなかった時に、ユウヤさんが助けてくれるって言ってくれた時は凄く嬉しかったです。アマネさんも、多分同じなのかなあ、って」


 そういうものなのかな、と。

 助けたというよりも面倒を見たという認識があるからか、どうにもジェシカの言葉を素直に受け止める事が出来ない。

 そんな俺をどう思ったのか、ジェシカは「まあ」と一拍置いてチェスの駒を動かしながら口を開いた。


「そんなアマネさんが、再会した時に覚えてもらえていなかったというのは、凄く……その」

「そこから先は分かるから、うん」


 取り敢えず、今度会ったら謝ろうと思う。

 ……全部を思い出せていないので、今謝ってもまた怒らせるか呆れさせてしまいそうだけど。


「どうして謝るの?」

「覚えていなかったし、怒らせたみたいだしな」

「アマネは貴方と話せて、嬉しかったみたいだけど」

「そうかあ?」

「昔はあんなに無口で誰に対しても怯えて目も合わせられなかったのに、今日はちゃんと貴方の目を見て話していたじゃない」


 カルティナは思った事をそのまま言葉にして、チェスの駒を動かしていく。

 また、ジェシカが待ったをかけた。


「あの子がああやって話すのは、喜んでいる時だけよ」

「……お前、よく見てるなあ」

「そうかしら?」


 そうだよ、と。

 長旅の疲れを癒すように、ベッドへ横になる。


「なんか、思い出してきたらやっぱり謝らないとって気持ちになってきた」

「あはは……」

「ユウヤでも、そんな気持ちになる時があるのね」

「……お前、俺の事どう思ってるの?」


 俺だって、ちゃんと他人に対して悪い事をした時は謝るよ。ちゃんと。

 まったく。失礼な同居人である。


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