第四十八話「天音という少女」
「あら」
港町へ戻ると、丁度昼食を済ませたのだろう、大通り沿いにある食堂から出てくるカルティナ達と鉢合わせた。
声を出したのは、そのカルティナだ。
いつも通りの無表情のまま食堂の軒先で足を止め、じっとこちらを見ている。
「わっぷ――どうしたんですか、カルティナさん」
「ごめんなさい、ジェシカ」
素直に謝って大通りの方へ出てくると、その後ろにはジェシカの姿。
突然足を止めたカルティナにぶつかったのか、赤くなった鼻の頭を抑えながらこちらを見て――。
「どちら様ですか?」
「また女の子が増えてる……」
疑問の声を出したジェシカと、隣で不穏と言うか的外れと言うか、変な事を言っている天音。
そちらを見ると、見慣れた鋭い目付きを更に細めて俺を見上げていた。
何かを言っているわけじゃないのに、なんで責められているような気持ちになるのだろう……不思議だ。
「お知り合いの方ですか?」
「初めまして、お嬢さん。カルティナさんは、お久しぶりね」
「ええ。久しぶりね、アマネ」
んん?
「知り合い、か?」
首を傾げながら聞くと、カルティナは首肯した。
そのまま歩き出し、その後を追う。相変わらずのマイペースさに息を吐くと、一緒に居たジェシカも苦笑していた
「ええ。以前一緒に仕事をしていたでしょう? 何度か家で食事をしたのを覚えているわ」
肩越しに振り向きながらそう言うと、少し歩く速さを落として天音の隣にカルティナが並ぶ。
身長は、カルティナの方が少し高い。
片方は無口で無表情、もう片方は目付きが鋭くて……なんとも言えない威圧感を感じてしまった。
それはジェシカも同じなのか、金髪の少女は俺の隣に並ぶ。また、アマネの視線が鋭くなったような気がして、ジェシカが半歩、俺に近付く。
「……お前、王都で話していた時に何も言わなかったじゃないか」
「聞かれなかったし、すぐに思い出すかと――その調子だと、まだ思い出していないのね」
「そんなに私、印象が薄かったかしら……」
天音が落ち込んでいた。肩を落として俯くと、長い髪がその表情を隠してしまう。
……んん?
先ほど、岬で話していた時に、頭を過ぎった何か――。
それがまた、少しずつ記憶に浮上してくる。
ああ、そうだ。「雰囲気は違うけど、考え方はそのまま」という言葉。あと、その落ち込む仕草。
肩を落として顔を俯けて、長い髪が表情を隠す。
記憶にあるのは、もっと小柄で、幼くて――眼鏡をかけていた少女。
「ああ、あの時の」
思い出すのは数年前。
この異世界に召喚されて右も左も分からずに怯えていた少女。『勇者』としての異能を持ち、並の男連中よりも優れた身体技能を持っていても、その精神は普通の女の子。
剣を握って殺し殺される世界に怯えて、何も出来なかった少女。
「あれ? 昔は眼鏡をかけてなかった?」
「眼鏡で私を認識していたの!?」
「ああ、ええ……いや、印象がね。うん」
そう。如月天音。
あの時は大きな黒縁眼鏡をかけていた、女の子だ。真面目でおとなしい性格だったと記憶している。テレビとかで見た、文学少女。そんな第一印象だったのを思い出す。
普通は召喚された『勇者』の世話は国がするけど、ゴツイ鎧を着た騎士とかを怖がって城での生活に馴染めず、俺の所に預けられたのだ。
最初は男の俺を警戒していたけど、あの頃からカルティナが一緒に家で生活していた。女同士で仲良くなって、こっちの生活にも慣れていって……二か月くらいで家を出て行ったんだったか。
確か理由は「いつまでも世話になるのは悪いから」。
それで旅に出て、二年くらい前に王都へ戻ってきた時に暫く一緒に仕事を受けて……ああ、思い出した、思い出した。
「うわ、懐かしいな」
「……今更思い出されても感動できないんだけど」
「ユウヤさん……」
天音が鋭い目付きを半眼にして睨み、ジェシカが呆れたというか、可哀想な人を見るような顔をしていた。
「しょ、しょうがないだろ……何年も前の話だし」
「私は覚えていたけど」
「……悪かったよ。ごめんなさい、だ」
降参して手を上げながら謝ると、謝る態度ではないと言わんばかりに天音の視線が更に鋭くなった。
「って言うか、眼鏡は?」
「まだ眼鏡の話? ……この前、仕事で割れたの。お蔭で、周りがあまり見えなくて」
「だから目付きが悪いのか」
「はあ? 目付きが悪いのは、生まれつきです」
低い声がめっちゃ怖かったので視線を逸らす。カルティナはいつも通りの無表情のまま溜息を吐いて、ジェシカが分かりやすく肩を落としていた。
「くぅ」
天音はしばらく俺を睨む――目を細めて見ていたけど、疲れたのか眉間を揉み解した。
それともただ単に、今まで思い出さなかった俺に呆れただけなのか。
「大丈夫か?」
「はあ……せっかく久しぶりに会えると思っていたのに」
「いや、会って話しただろ?」
お世辞にも感動的とは言えない再会だったけど、と言うと足音を立てずに歩み寄ってきたカルティナから背中を肘で小突かれた。
「相変わらず、仲が良い事で」
「どこが?」
また、背中を小突かれた。今度はさっきよりも強く。……これのどこが、仲が良いように見えるのか。
「取り敢えず、思い出してくれてアリガトウ」
感謝の念だなんて僅かも感じられない『アリガトウ』に苦笑すると、天音の視線がジェシカの方を向いた。
「それで、こちらのお嬢さんは?」
「あ、ジェシカ、です。今、ユウヤさんのお家でお世話になっています」
「……外国の人?」
「この世界の人。ちょっとワケありでな、面倒を見てる」
「ふうん」
歩きながらジェシカの事を簡単に説明する。
魔族に呪われた事。魔物を引き寄せてしまう体質になってしまった事。気持ちを落ち着け、安全な場所に居れば魔物を引き寄せないから俺の家で預かっている事。
魔族と戦った時の事を話している途中で、カルティナが足を止めた。
「ユウヤ、ここに部屋を借りているわ」
「お、そうか……」
カルティナがそう言ったのは、この港町でもそれなりに有名な、老舗の宿屋。天音の事を思い出したからか、少しだけ昔の事を思い出す。
昔、『勇者』として旅をしていた時。カルティナがまだ翼を切り落とす前、魔族として俺の後を追いかけていた時。
その時にも、この宿屋に泊まったはずだ。
レンガ造りの建物。最近改装したのか真新しさを感じる外見だが、造りは変わっていない。
「高そうだな」
「部屋は三階よ」
「そっちじゃねえ……」
まあ、いいけどさ。魔族を倒した時にジェシカとは別にジェシカが通っている騎士学校の校長からも少し報酬を貰ったから、余裕はあるし。
折角の気晴らし旅行なんだから、うん。贅沢は、する時にしないと意味が無いのだ。
「じゃあ、天音。船が用意できたら連絡をくれ」
「分かったわ」
ヒラヒラと手を振って宿の中へ。
天音は――眼鏡が無いので、やっぱり鋭い目付きのまま俺達を見送っていた。




