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【ウメ種】勇者を辞めた勇者の物語  作者: ウメ種【N-Star】
第二章
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第四十七話「裕也と天音」


 案内されたのは港町の外れ……先ほど俺達が馬車で通った街道を町で挟んだ反対側にある岬。

 町の中心にあるギルドから歩いて三十分ほど。

 結構な距離を歩いたように思うが、そこから見える景色の綺麗さはそんな疲労を一時だけ忘れさせてくれる……そんな美しさがあった。

 切り立った崖と突き出した岩場――と表現したらいいのだろうか。小高い丘の海側が波で削られ、削られ、削られ、土は落とされ、岩だけが残った……まるで自然に出来た槍。

 幅は大人が五人は並べるくらいに広く、足場も厚い。ちょっとやそっとの衝撃では砕けないだろうけど、そこから下を見ると長い年月で削られてできた剥き出しの岩場に叩き付けられる波が見え、足が竦みそうになる。

 崖から落ちないようにと柵が作られ、ここから見える景色を楽しむためにベンチまであるのは、ここが港町アルストレラでも有名な名所と言われる場所だから。

 そういえばそんなところもあったなあ、と。記憶へ朧に残っていた情報を思い出し、ほう、と息を吐く。

 ベンチの多くは石造りだが、いくつかは木製。けれど、木製のベンチのほとんどは海風で痛んでしまっていた。

 なんとなく、その木造のベンチが気になって指で触れると、やはりと言うか見た目同様にボロボロ。少しの刺激で壊れてしまいそうだ。


「物騒な場所だな。落ちそうで怖いぞ、ここ」


 切り立った場所だからか海風が崖に沿って舞い上がり、まるで下から嵐が吹き上げているような錯覚。

 ともすれば、風に煽られて柵から投げ出されてしまいそうなほどの強風が吹いている。


「あら。そういうのとは無縁だと思っていたわ」

「怖いもんは怖いさ。人間なんだし」


 俺が言うと、天音は鋭い目付きを柔らかく細めてクスクスと笑った。

 以前に仕事をした事があるらしいが、この女性の中での俺はどういう位置づけなのだろう。敵意を感じる訳ではないが壁があるように思うし、かといって親しみを感じる訳ではない。

 そう考えていると、天音は怖がる様子も無く槍のように突き出した岩場を歩いて進み、その先端まで難なく辿り着いた。


「時間帯で変わるけど、夕方くらいにここへ来ると、丁度いい感じなの。魔物が現れる前までは恋人達がよく来るデートスポットだったし」

「ふうん」


 俺には無縁だなあ、と。呟くと、天音が声に出して笑った。

 どうやら、目付きは鋭くて鋭い雰囲気を感じるが、それほど難しい性格ではないらしい。

 その楽し気な笑い声に胸を軽くしながら、そのデートスポットへ到着。そこから目を細めて海を見ると、確かに素晴らしい景色。

 遠くに在る水平線、太陽の光に煌めく海、頬を撫でる海風の涼しさと波の音を耳に感じる。

 アルストレラの近海にはいくつかの無人島があり、大小様々なそれが作り出す影が海に映っている光景も幻想的だ。

 日本では見る事が出来なかった湾状に作られた港町も眼下に見る事が出来、まるで一枚の絵画の中に居るような錯覚に囚われそうになる。

 悪くないと、出不精の俺でもそう感じるくらいに綺麗な場所だ。


「弁当でも持ってきて食べれば、美味いだろうな」

「そうね。作りましょうか?」

「ま、仕事が無事に終わったらと言う事で」


 どこまで本気か分からない軽口に、少し困る。

 二十そこそこだろう綺麗な年下の女性からいきなりそんな事を言われても、嬉しいよりも困惑が先に立つってもんだ。


「それより、問題のアスピドケロンはどれだ?」


 アスピドケロンは背に亀のような甲羅を持ち、それが遠目には小さな無人島にしか見えない。

 何故ならアレは動かない。身体が巨大過ぎて大陸に近寄れず、遠洋に出た船を襲う事でしか人間に手を出せない。

 だから生まれて何年も、何十年も、もしかしたら何百年だって――船が近付かない限り動かない。

 結果、背中の甲羅には波や海鳥が運んできたゴミが蓄積して土台となり、仮初の大地を形作る。記録にしか残っていないが、何百年と生きたアスピドケロンの背中に森が出来ている個体もあるそうだ。

 そうして、島と勘違いして近付いてきた人間を襲う。

 巨大な体躯の割に動きが鈍い魔物と言う印象だが、さて。

 俺が聞くと、天音は腰のベルトに吊っていた単眼の望遠鏡を手に取って伸ばし、遠洋を見た。

 木材と金属で作られた、海賊が使いそうな単眼望遠鏡だ。


「ん、やっぱりまだ動いていないわね――向こう、見てみて」


 その望遠鏡を渡され、天音が見ていた方向を見る。

 そこには望遠鏡を使ってもやっと見える距離にある、小さな島の姿。


「小さっ。島って言うより、漂流物かなんかだろ」

「動き出したらそうも言っていられないけどね。海面から出ているの、ほんの一部だから」

「……やっぱり大きいのか?」

「物凄く。大型の船が二隻纏めて丸呑みにされたし、船で近付けば動いた時に出来る波で戦いにもならなかったわ」


 そういえば、一応戦ったのか、コイツ。


「勇者が十一人掛かりでも無理だったか?」

「甲羅どころか鱗も硬すぎ。爆発や雷撃、刃物の類で殺すのは無理ね」


 望遠鏡を畳んで返すと、天音は疲れたように溜息を一つ。

 実際、疲れているのだろう。声に力が無い。


「船が飲み込まれるところを見たから漁師達も尻込みして船を出してくれなくなったし、他の勇者達も勝ち目が無いからってすぐに帰っちゃったし」

「他に誰も居ないのか?」

「技術職の『勇者』が三人。前衛を張れるのは誰も――私も、剣を使うより後ろから魔法を打つのが得意だし」


 技術職って言うと、武器を作ったり、道具を作ったり――異世界の知識を利用して技術を発展させる連中の事だ。

 異世界から召喚されているので身体能力は高いが、戦闘の経験値が低いので大物相手は難しい。

 本当に、身体を動かすより頭を働かせるほうが性に合っている『勇者』の事である。


「んで、俺か」

「『何でも屋』をしているんでしょう?」

「なんでも仕事を受けるけど、何でも出来る訳じゃないぞ」

「フューリーさんから『何でもする』し『何とかする』って手紙に書いてあったけど」

「……あの野郎」


 俺にだってできる事と出来ない事があるんだぞ、と。

 まあでも。……本当に背中が島みたいなんだなあ。

 浅瀬の所為で港町に近付けないから安全ではあるけど、遠洋に出られなければ港町の稼ぎは半減以下。このままでは町として成り立たない。

 海が近いから農作物も育ちにくく、内陸部よりも移送費などの関係もあって農作物で稼ぐのは難しい。

 ……そうなれば、町が死ぬ。人が暮らせなくなる。

 過去、何度かアスピドケロンは港町の近くに現れている。その度に人は街から離れ、別の場所に港町を作る。

 確か、一番新しいのは王都の北側にある港町だ。

 三十年ほど前にアスピドケロンが現れ町を移転したとかなんとか。残った町は廃墟のような状態らしい。

 それでも、その三十年前のアスピドケロンはまだその港町の近くに存在しているというのが問題だ。

 餌である人間が居る場所を見付けたら、餌が近付いてくるまで何十年でも待つ事が出来る。

 なんとかしようとすれば船ごと丸呑みにされ、何もしなければずっと動かない。……面倒な魔物である。


「さて、困ったな」

「新藤さんでも、どうしようもない?」

「……いんや。俺が困ったのは、船を出してくれる漁師が居ないってところだよ」


 まあ、このくらいの強がりは言わないとダメだろう。

 多分、本当に頼れる仲間が居なくてわざわざ王都に居る俺を名指しして呼んだんだろうし。


「取り敢えず、頼めば船を出してくれるかもしれない漁師を紹介してくれ。実物を見てみないとどうにもならん」

「ええ。そっちは私が――船は二、三日の内に用意するから、それまでは身体を休めていて」

「あいよ」


 景色を楽しんだのは最初だけ。どうにも重苦しい雰囲気になりながらデートスポットらしい場所を後にする。


「ごめんなさい」

「ん?」

「無理を言って」


 その言葉に苦笑して、わざとらしく肩を竦める。


「気にしなくていいさ。この世界では自分の好きなように生きる、嘘はあまり吐かない、そんな風に生きるって決めているんだ」

「あまり、なのね」

「あまり、だ」


 元の世界では出来なかった生き方だ。きっと、多くの勇者がそうであるように、俺も『自分に正直に生きる』。

 少しだけ、昔を思い出す。

 人から頼られる、尊敬される――そんな生き方が楽しかった頃を。

 皆から頼られるのは重荷だけど、一人二人から頼られるくらいなら――まあ、丁度いい。


「変わらないね」

「なにが?」


 その優しい声音は天音の物だろう。

 だろうというのは、今まで感じていた雰囲気や鋭い視線からは想像できないくらい柔らかな声だったから。それこそ、別人と思うくらい。

 そちらを見ると……やっぱり視線は鋭いまま。


「新藤さん。私がこの世界に来たばかりの時とは雰囲気が違うけど、考え方はそのままだから」

「そうだっけ?」


 はて、と。

 何かが記憶に引っ掛かる――なんだったか。


「それじゃあ、町に戻りましょう。晩御飯、美味しい所を紹介するわ」

「あ、ああ」


 こう、もう少しで何かを思い出せそうだったような気がしたけど、その何かを思い出す前に歩き出した天音の後を追って、俺も町へ戻った。


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