第四十二話「旅立つ前に」
「という訳で、少しの間だけカルティナを休ませたいんだが……いいか?」
「いきなり言われても困るが、まあ偶には休暇も必要だよな」
フューリーから仕事の依頼を受けた翌日。
友人でありカルティナが勤めている酒場『赤毛の雄牛』亭の店主、ロシュワへそう告げると、特に反対される事無く同意を貰う事が出来た。
まあ、ここで断られたら何とかして後日に埋め合わせをするという流れで納得してもらおうと思っていたので少し拍子抜けしたけれど、よかったよかったと息を吐く。
「今後は、出来れば一月か一週間前には教えてくれると助かるがな」
「しょうがないだろ。言われたのが昨日だし」
そう言って、俺の隣に座る二枚目――晩飯を食べていないからか、勢いよくミートパスタを食べているフューリーへ視線を向ける。
「いやいや。魔物討伐の依頼をしただけで、海が見える街へ休暇に行くように言ったわけじゃないんだけどな」
「そりゃそうだ」
「……俺が悪いの?」
「お前が悪いだろ」
「えー……」
と、久しぶりに男三人が集まったので、バカ話をしてみる。
取り敢えず謝っておくと、ロシュワはふんと鼻を鳴らして俺の前にあった空のグラスへ新しく水を注いでくれた。
まだ人の賑わいが無い早朝。酒場の中も同様で、客は俺達だけだ。
……男三人での会話というのも華が無いなあ、と。
「それにしても羨ましいもんだ。カルティナさんの水着姿を見られるなんて」
「いやいや。アイツ、水着なんか持ってないからな」
そもそも、泳げないだろ。海にアスピドケロンなんて怪物が居るんだし。
あと、見ても楽しくないだろ、胸、無いし……と失礼な事を考えたら嫌な予感がしたので、心の中で謝っておく。まあ、いつもの悪乗りという事で。
そのアスピドケロンを追い払ったあとは泳げるだろうけど、カルティナが海に興味を示すだろうか。
……景色が綺麗程度は思うかもしれないが、アイツが水着を着る光景が想像できない。
そもそも、下着同然の薄着に興味を示さないような気がする。
「そこで買ってやるのが男の甲斐性ってやつだろ、ユウヤ」
「相変わらず、仕事の時じゃないと妙に口が軽いな、お前は」
僅かに興奮した口調になったフューリーに、ロシュワが呆れた声を向ける。
昨日からこの調子なんだと言うと、一緒に溜息を吐いてくれた。
「しかも、酔って帰れないからって家に泊まっていくし」
ちなみに寝たのは俺の部屋。物凄くイビキが煩かった。
……顔は良いんだけどなあ。
私生活というか、仕事じゃない時のフューリーを知ると、周りの女性は離れていく。
騎士団副団長というフューリーに憧れて、けれど酒癖が悪くて女に手が早い、酔って口説くのはいつもの事となれば、憧れで近付いた女性が逃げるのも当たり前なのか。
友達というか、知人をやっている程度の付き合いなら「また馬鹿だなー」と笑いながら相手を出来て、楽しいんだけどな。
「世話になったな、ユウヤ」
「おかげで寝られなかったっての……煩くて」
「昨日、ウチで飲んでいる時から煩かったからな」
「はっはっは。いつも騎士団で色々と我慢しているんだ、偶に羽目を外すくらい、良いだろ」
お前の場合は外し過ぎなんだよ、と。ロシュワと揃って、また溜息。
そんな俺達を尻目に、パスタを食べ終えたフューリーは小さくゲップをする。きたない。
「ふう、食った食った。相変わらず料理が上手だな、ロシュワ」
「お前に言われてもなあ」
一気に口の中へ掻き込んだという印象の食べ方だったからか、その言葉にロシュワは不満そうだ。まあ、勢いというか、美味そうに食べていたとは思うけど。
「しかし、アマネだったか。また随分と懐かしいな」
「何だロシュワ。知っているのか?」
「覚えていないお前の方がどうかしていると思うけどな――アマネ・キサラギ。この異世界へ来た時から何かと話題になった魔法使いじゃないか」
ふうん、と。
ロシュワの話では、そのアマネという勇者が召喚されたのは六年前。その時から、何度か一緒に仕事をした事がある……らしい。
申し訳ないが、全く覚えていない。
だって、日本人なら『アマネ』っていう名前も珍しくないし、一緒に仕事をした勇者だって何人も居る。
……酷い話かもしれないが、その全員を覚えているなんて難しい話だ。
カルティナみたいに、ずっと一緒に居たわけでもないのだし。
そんな俺を見て、ロシュワとフューリーが揃って溜息を吐いた。
「あれから三年……二年か? また綺麗になったんだろうな」
「くっ。手紙でしか遣り取りをしていなかったのが悔やまれる」
「お前は何を悔しがっているんだ……」
「だって、二年前であの美人なんだ。今ならもっと美人になっているはず――一目見たいと思うのは男の性だろ」
なんか盛り上がってるなー……ロシュワの後ろに音も無く立っているサティアさんを見ながら、残っていた水を、音を出しながら啜る。
どうやら当時の事をよく覚えているらしい二人は『アマネ』という勇者の事で頭がいっぱいのようだ。
ロシュワの方は単純に興味が湧いた程度なのだろうけど。
だって、コイツが奥さん一筋なのは誰だって知っている事だ。きっと、何年経っても浮気なんかしないだろうという確信がある。
それはさておき。
「あなた、そのアマネさんというのは誰かしら」
「…………」
うーん。二日ぶりに聞いた声だけど、サティアさんってこんなに冷たい声を出していたかなあ、と。
若干、現実逃避気味に視線を逸らすと、丁度仕事着であるメイド服に着替えたカルティナが店の奥から出てくるところだった。
目が合う。
「おお、カルティナさん。今日も麗しい――」
「昨日も聞きましたし、朝も聞きました」
「それでは――」
「仕事中ですので、お酌は出来ません」
「じゃあ――」
「フューリー様も、今日はお昼から仕事なのでは?」
いつも以上に平坦な声で、畳みかけるようにカルティナがフューリーの言葉を遮る。他人行儀な『様』付けには、流石のフューリーも固まってしまった。
一言で言うと、物凄く面倒臭そう。視線も氷点下もかくやと言わんばかりに冷たく感じる。
「ユウヤ、なんだか物凄く怒っているみたいだぞ」
「いつも通りだろ」
こんなもんだ、コイツは。
そう言って残っていた水を飲み干すと、立ち上がる。
「それじゃあカルティナ、明日から出掛けるからな。ちゃんと休みの分も働けよ」
「ユウヤこそ。ちゃんとジェシカと二人で荷物纏め……出来る?」
「子供じゃないんだから」
その言葉に、ロシュワが声に出して笑う。
「はっ――尻に敷かれてるな」
「お前ほどじゃねえよ」
隣で拘束するように腕を組んでいるサティアさんを見ながら言う。
うーん。羨ましい。
嫉妬でも、ああやって美人から抱き付かれるっていうのは男からすると羨ましいもんだ。
……そもそも、嫉妬してくれる女性が傍に居ないから、余計にそう思ってしまう。カルティナはあれだし。
アマネという女性の名前が出てもいつも通り。
まあ、名前だけだし。あと、カルティナが嫉妬するなんて、それこそ水着を着た姿と同じくらい想像できない。
……悲しいなあ。
「それじゃあな、ロシュワ、フューリー。仕事を頑張れよ」
「お前も働け」
耳に痛いとおどけて言いながら、酒場をあとにした。
それにしても――アマネ、アマネ、と。
何度かその名前を口の中で反芻する。本当に覚えていない。思い出せない。
美人らしいし。会うのが少しは楽しみではあるか?
あとは、魔物を追っ払うのをどうするかだが――そう難しく考えない。
実物を見る前から難しく考えてもどうしようもないのだ。どうしようもないなら、見てから慌てればいい。
その程度の考えだ。
そのくらい、簡単に考えていいのだ。俺の人生。なるようになる。――そのくらいで。




