第三十九話「カルティナの場合」
「そういえば」
器用にフォークを使って野菜炒めを食べているジェシカが、ふと顔を上げて聞いてきた。
運動して汗を掻いたからか着替えて、今は普段着という姿。
白のハイネックのような上衣に青い膝丈のスカートという格好は落ち着いている雰囲気が感じられ、朝のように気持ちが焦った様子は見られない。
身体を動かして少しは気持ちが晴れたからだろう。まあ、落ち着いた様子が見られるなら、運動に付き合ったのも悪くなかったと思う。
「うん?」
「カルティナさんも……その、王都で暮らす事になったばかりの頃は色々と大変だったんですよね?」
「話したっけ?」
「その……家で話していると、偶にそういう話題に」
「……まあ、アイツが自分から話しているなら、別にいいか」
テーブルを挟んで反対側に座るジェシカの質問は、元魔族であるカルティナと魔族を引き寄せる体質である自分――多分、お互いに周囲から受け入れられない立場であると思っての事だろう。
「ユウヤさんは、どうしてカルティナさんと生活しているんですか?」
「俺? そりゃあ、まあ、腐れ縁みたいなモノかな?」
その唐突な質問に、けれどもう何度も聞かれた事なので同じ答えを返す。
聞いてくるのはカルティナが何者なのかを知った人達、ほぼ全員だ。そりゃあ、誰だって魔族と暮らすなんていう奇特な人間が、どうしてその考えに至ったのかを知りたいだろうし。
「腐れ縁、ですか?」
「そう。助けて、懐かれて、王都まで着いてきて――情が湧いた。だから、一緒に暮らす事にした」
「物凄く大雑把過ぎるんですけど」
「そう言われてもな。もう十四年も昔の事なんだ、ほとんど覚えていないさ」
嘘だ。
あの時の事は今でも夢に見るくらいには、ちゃんと覚えている。
けど、それを正直に言うのも少し気恥ずかしいので、適当に言っておく。
「う……」
「もしかしたら、カルティナの変化が何か役立つかもとか、思ったか?」
図星だったのか、返事は無い。
ただ困ったように視線を逸らして、残っていた野菜炒めにフォークを伸ばす。
「まあ、アイツはアイツなりに苦労したよ。本人は苦労だなんて思っていないかもしれないけど」
「……苦労、ですか」
「魔族は料理なんかしない。味覚が無いからな」
「はあ……」
「根本が人間と違うんだ。魔物も魔族も人間を殺す事を第一に考えている。人間だって、魔物や魔族を殺さなければいけないと子供の頃から教わっている。カルティナが人間の中で生活しようとするならそんな人間を納得させなければならない。言葉で、態度で。……一緒に居たけど、その苦労は俺じゃあ想像も出来ないさ」
「あ……」
事実、カルティナが王都で暮らす事になった時は、周囲から激しく反対された。
というか、カルティナを王都から追い出そう――過激な奴は、魔族だから殺すべきだと行動に移った奴も居る。
そしてカルティナは、その感情を受け止めようとした。
人間を知りたいと言った彼女は、人間から向けられる感情すら知らず、だから知ろうとした。
それが悪いとは、一概には言えない。
魔族は敵で、倒さなければならない存在。人類の敵だってずっと教わっていた人達が感じた恐怖っていうのは、きっと俺が想像も出来ない事だろう。
十四年前――カルティナと一緒に旅をして、魔族の全部が『敵』ではないと知る前までは、俺だって似たようなものだった。
魔族や魔物を倒せば賞金が貰え、英雄視される。周囲から特別扱いしてもらえる。
――普通の人間、ただの人、凡人でしかなかった俺には、その扱いはとても心地良いモノだった。
でもそれは、無抵抗な相手を殺してまで得るべきものではないと、思ってしまったのだ。
カルティナを殺したくないと思った。
それが、俺がカルティナと生活するようになった時の感情。その根幹。大元だろう。
「……なにはともあれ。カルティナの事を聞きたいなら、本人から聞いてくれ」
最後に、それだけを言っておく。
多分ジェシカは俺からカルティナに何があったのかを聞きたかったのだろうけど、そういうのは本人から聞くのが筋ってものだ。
「結構長い間、一緒に生活しているけど……今でもアイツが何を考えているのか分からない時が多いからなあ」
そういう所は、やっぱり本人に聞くのが一番分かり易いだろう。
決して、説明するのが面倒だからとか、変な事を言ってアイツを怒らせたくないとか、そういう理由ではない。
「だってあいつ、ほとんど笑わないし、偶にある祭りに連れて行っても表情一つ変えやしない。だからって何も考えていないのかって言われるとそうでもないし、俺が気を抜いていると文句を言ってくるし。作った料理に感想を言わないと無言で拗ねるし、ロシュワなんかを使って俺を働かせようとするし……」
「ユウヤさん、それ、文句にもなってない、愚痴です」
ジェシカが、疲れたように呟いた。
そりゃそうだ。
アイツに文句なんてあるはずがない。
美人だし、俺なんかに飯を作ってくれる。味はともかく、そんなカルティナに文句を言おうものならバチが当たってしまう。
家の掃除や洗濯だって毎日してくれる。
――具体的に言うと、もしそんなカルティナに文句を言ってそれをロシュワに聞かれたら……あの丸太のように太い腕で殴られるだろう。本気で。
いくら勇者として身体能力に優れていても、あんな腕で殴られたら顔の形が変わってしまう。
……それくらい、カルティナは、カルティナという人物を知る周囲からは愛されている。
それが、この十四年でカルティナが得た、周囲の信頼だ。
さて、本人はその事をどれだけ理解しているのか。
彼女は時々「人間を知りたい」みたいな事を言っているが、あれはあれでアイツの個性だ。もう、カルティナは『人間らしい』と言えるだろう。
……ん?
「ああ、すまん。話が逸れたな」
「いえ、いいです。ユウヤさんとカルティナさんの仲が良い事が分かっただけでも」
「そうかい。ま、カルティナだって上手くやっているんだ。ジェシカだって大丈夫さ」
俺が軽くそう言うと、ジェシカは少しだけ頬を膨らませて俺を見た。
「もう、他人事だと思って」
「他人事だが、他人とは思ってないよ」
喋ったり考え事をしていたせいで冷めてしまった野菜炒めを口に運んで、しっかりと咀嚼する。
「面倒はちゃんと最後までみるって言っただろう? 俺の自慢は、今までの人生であまり約束を破った事が無い事なんだ」
「……あまりっていう事は、破った事があるんじゃないですかっ」
そのツッコミにからからと笑う。
うん、少しだけ元気が出たみたいだ。
「なに。世の中、約束を破った事の無い人間なんて一人も居ないさ」
「ぅ」
「そこで詰まるという事は、ジェシカもあるのか」
「ゆ、ユウヤさんには関係ないですっ」
どうやら怒らせてしまったらしい。
ジェシカは残っていた野菜炒めを一気に食べてしまうと、汚れた皿を流しへ運んでから自室へ戻っていく。
ただ、口調は怒っていたようだけど、雰囲気や歩き方はそんなに怒っていたようにも感じられない。
多分、また色々と自分で考え込んでしまっているのだろう。
その考えが自分の体質の事なのか、それとも俺のくだらない話なのかは知らないが。
「まっ、身体を動かしたくなったらまた言ってくれ。それと、気になる事があるならカルティナに聞けばいい――アイツ、お喋りが好きだから」
部屋へ戻る背中へそう告げる。
返事は無いけど、やっぱり怒っている雰囲気ではないようだ。
俺がしてやれるのはこの程度。
憂さ晴らしの運動に付き合って、話を聞いて、くだらない話題で気を逸らす。
人助けとはとても言えないだろう。
ジェシカの助けになっているのかは、疑問が多い。
……しょうがないじゃないか。彼女の『呪い』は解けないのだから。
だから俺は、こうやってジェシカが怖がらなくていいように傍に居てやるだけしか出来ない。
元勇者として、魔物や魔族から守ってやる事しか出来ない。
「はあ」
ジェシカが毎日不安を感じているように。
俺だって毎日、これが正しいのだろうかと迷っているのだ――まあ、三十を過ぎたおっさんがウダウダと毎日悩んでいる様は、キモチワルイだけなんだろうけどさ。




