第三十三話「勇者の在り方3」
「どうやってここに――魔物が周囲を囲んでいるはずだが」
「お前が言ったんだろうが。理性の無いバケモノって」
餌を目の前にお預けをされたらそれしか見ない。音を出さないように気を付ければあっさりと通してくれるのだから、ある意味で簡単に扱える。
そうして追いつけば、ジェシカと話している不審な男の姿。
身を隠して聞いていれば、冥途の土産とでも言わんばかりに語ってくれるし……だから、分かってしまう。
聞くまでも無い事なのだろうけど、それでも一応聞いてしまうのも様式美か、道理か。
「一応聞くが、この子に掛けた『魔法』を解く気はあるか?」
「ふん――その剣、貴様……『ユウシャ』か」
「質問に質問で返すなよ、クソ野郎。魔物を引き寄せる……いや、感情を漏らす魔法か。――解けるのか?」
「ふは――そんな事よりも、自分の身の心配をするべきだな」
ガサ、と。草木が揺れる音。そして、太陽の明かりで満ちていた場所に無数の影が出来る。
確認するまでも無い。
ジェシカの体質に惹き寄せられた魔物だ。
この男――魔族の言葉が本当なら、今のジェシカは魔物が好む府の感情を多量に漏らす極上の餌。
しかもその現実を知って感情が不安定だとしたら、今まで以上に魔物を引き寄せてしまうのかもしれない。
追いかける際に殺したのはごく一部。むしろ、時間が経てば経つほど周囲から集まってくるだろう。
「ジェシカ、大丈夫?」
俺から少し遅れて合流したカルティナが、ジェシカに手を貸しながら助け起こす。
差し出された手を握る少女の手は震えていて、ここに逃げ込むまでどれ程怖くて心細かったのか……それだけで理解できたような気がした。
「怖かっただろう? もう少し待ってろ――すぐに終わらせるからな」
「よく言う――相も変わらず『ユウシャ』は大言壮語を好むよな」
男の容姿は、分かり易い。
カルティナもそうだが、魔族の男女はどっちも美形だ。エルフよりも、個人的には綺麗だと思う。
人形のような容姿に、白い肌。
人間離れした美。十人中、八か九人は、綺麗だと答えるだろう。残りは特別な嗜好の持ち主だ。
けれどその美はとても冷たくて――表情は硬い。
カルティナがそうであるように。
高い位置に座ってこちらを見下ろしてくる男も、表情は笑っていても目が笑っていない。
張り付いた笑み。この状況が楽しいというよりも、『笑顔を真似した表情』という言葉の方がしっくりくる。
そんな表情よりも尚分かり易いものは――その背。先ほどまでぼろの街頭で隠されていたその背には大きな翼があった。
蝙蝠を連想させる翼だ。そして、爬虫類などに見られる尻尾……魔族の象徴。
そんな男に剣の切っ先を向けながら、息を吐く。
「もう一度だけ言うぞ、この子に掛けた『魔法』を解け」
「お前は――殺したいヒトを殺すために編んだ『術式』に、解き方など付属するのか?」
それが答え。
同時に、四方から魔物が殺到。
ちっ、と舌打ち。
ジェシカを見ると、彼女は自分の体質――この現状がもうどうしようもないとでも悟ったのか、その表情を蒼くしてしまっている。
感情が落ち着かなければ魔物を引き寄せてしまう……それが狙いか。
取り敢えず魔族の男から視線を逸らして反転すると、今来た道を戻り……邪魔だったゴブリンやオークを水の剣で微塵に刻む。
一息で四閃。体を刻んで怯ませてから、最後に首を落として殺す。
「カルティナ、ジェシカを守れ」
「わかったわ」
「ゆ、ユウヤさんは!?」
大きな声を上げたジェシカの手を引いたカルティナが来た道を駆け出すと、そんな二人を先に行かせて、背後から迫っていたコボルトの胴を断ち切る。
浮いた上半身を剣で貫き、投げつけてオークの足を止める。
「はっ――たしかに、理性の欠片も無い」
仲間を殺されたというのに、大半の魔物は俺を無視してカルティナ達を追いかけていこうとする。
俺など眼中にない。目の前の敵より『良い匂い』がする女を優先する。
命の危機より、自分の欲望。
それは『バケモノ』ではなく『ケダモノ』だ。
俺を無視して背を向けた魔物の、無防備な背を切り裂いて絶命させる。
申し訳ないが、彼女は囮だ。餌だ。
この数を正面から止めるなど不可能だし、なにより疲れる。面倒臭い。
ならもっと簡単に、単純に。
餌を撒いて、その餌に夢中になっている間に殺す。
ジェシカの足は遅いけど、森の草木は魔物の足も鈍らせる。追いつかれてもカルティナが相手をするから、こちらは向こうを気にする事無く目の前の魔物を殺していける。
それに、『ここ』には使えるものが沢山ある。
「そらよっ!」
数種の魔物が固まって行動していれば巨木を切り倒して下敷きにし、木の枝を足場にして空から迫るハーピーを引き摺り落とす。
地の利を生かせない魔物は格好の的でしかないが――それでも数が多いというのは厄介だ。
こちらが殺すよりも、増えるスピードの方が早い。
これでは、カルティナが一緒とはいえ流石に延々と守り続けるのは不利か……。
そう思いながら、腰にある水袋――その二つ目の口を開ける。
「チッ」
舌打ちと共に、足場にしていた木の枝から飛び退く。一瞬後、木の枝が弾け飛んだ。
気の破片と一緒に、握り拳大の岩の塊が視界に映った。飛んできた方向へ視線を向けると、翼を広げて空中に在る魔族の姿。
「貴様の命を狙っている魔族を殺すより、あのニンゲンが大切か『ユウシャ』!」
「当然だろうがっ」
空中で体勢を整えると、先程開けた水袋から水を取り出して左手で握る。
右手の水を剣から鞭へ変えると、丁度視界に映ったハーピーへ絡みつかせて落下を防ぎ、いまだ空中に在りながら魔族を視界に収める。
そうしている間に、下では数えるのも億劫なほどの魔物がカルティナ達を囲もうとしているのが見えた。
襲わないのは、獲物を前に舌なめずりをしているからか。
「貴様ら『ユウシャ』は私達魔族を殺す事こそが本能だろう? 私達を殺し、私達を生み出す『王』へと辿り着く――それこそが至上の命題だろう?」
「くだらねえなっ」
言い捨てて、鞭を操ってハーピーの首を落とす。そのまま自然落下――丁度、落下地点に居たオークの頭蓋を蹴り砕くと、その死体でゴブリンを数匹まとめて押し潰す。
そのまま魔物達の集団の只中へ着地。鞭を双剣に変えて両手に剣を握ると、傍に居る魔物の姿も確認する事無く、手あたり次第に切り裂いてく。
「多いな、くそっ。どんだけ張り切って『魔法』を使いやがった、この野郎!」
「『ヒト』が集まる場所を混乱させられるようにさっ」
上空からの攻撃。顔を上げると木々の僅かな隙間から届いていた太陽の光が完全に断たれ、頭上には巨大な岩の塊が視界いっぱいに映る。
咄嗟に横へ飛ぶと、傍に居た魔物達が数匹、その攻撃に巻き込まれて潰れてしまった。
こっちもそうだが、『魔法』というのは強力だ。
自然の力を借りるのだから当然なのかもしれないが――威力を出そうとしたら周囲を巻き込んでしまう。
それが敵であれ――味方であれ。
「カルティナ、気を付けろよっ」
「分かっているわ」
その、いつもは感情が分かり辛いと毒づいてしまう冷静な声が、今は心強い。
カルティナの刀で切り飛ばされたオークの頭部がこちらへ飛んできたので、咄嗟に反応してサッカーボールよろしく魔族の男を狙って蹴り上げるが避けられてしまった。
代わりに、再度上空から何か堅いものが降り注いだ。それを、足元にあった魔物の死体を蹴り上げて、盾にして防ぐ。
小石の雨――先ほどからの攻撃で薄々感づいてはいたが、確信する。
「石礫――土使いかっ!」
「さあ、ここには沢山の武器があるぞ、水使いっ」
言うと同時に、雹よろしく無数の岩が降り注ぐ。
『勇者』が使う『魔法』と同じ……この大地、この星からその力を借り、異能と変える『魔族の魔法』。
ただ、魔族が『勇者』と違うのは――。
「相変わらず、デタラメっ!」
魔族が『魔法』を使う度に周囲の自然が悲鳴を上げる。
『星の意思』に触れたからこそ理解できてしまうその声は、大地の悲鳴。星の苦痛。
『勇者』が星の力を借りるなら、魔族は星の力を吸い上げる。
無理矢理。際限無く。
見る間に周囲の草花が萎れていき、木々の緑葉が地に落ちる。地面は乾き、空気が濁っていく。
星が弱っていく。
これが、『星』が『勇者』を呼ぶ理由だ。
魔族が『魔法』を使い続ければ『星』が死ぬ。だからそうなる前に、『勇者』に魔族を殺させようとしたのだ。この『星』は。
実際、『勇者』が人を守る必要などありはしない。
ただ、同じ人間だから、特別な力を得たから。
理由は様々だろうけど、『感謝されたいから』人を守っているというのが正解だ。
何故なら――この世界に長く居れば、いずれ気付く。誰だって、そこに思い至る。
――魔物や魔族が人の負の感情から生まれるのなら、人が居る限り魔物や魔族が滅ぶことはないのだから。
「この野郎、好き勝手にやりやがって!」
オークの巨体を盾にして石礫の雨をやり過ごそうとするが、オークの身体の方が先に穴だらけになってしまう。他の魔物や巨木でも同様だ。
水と土。
相性が悪すぎる。
水はその無形を利用して受け止めたり捕らえたりする事に長けていても、質量を防ぐ事には向いていない。
相手はそれを知っている。
これだから、頭の回る魔族は嫌いなのだ。魔物のように、力任せに正面から挑むなんてことをしない。
無数の石礫を降らせながら、魔族が近寄ってくる気配が無いのは俺が焦れて動くのを待っているからだろう。
こうして魔物の死体に身を隠している間に、他の魔物はカルティナ達に迫っている。あの数に襲われたら、いかなカルティナでも無事では済まない。
ああ、ちくしょう。
「ほんと、人一人を助けるだけでも――」
死体の影から飛び出し……絶句。
「これで終わりだ」
即座に三つ目、最後の水袋を開いて中身を急いで取り出す。
視界に映るのは三つの巨大な塊。周囲にあった、朽ちた砦跡。転がっていた石柱や石壁を浮かせたのだ。
石――質量攻撃に特化した土使いらしい、デタラメな攻撃。
「潰れろ」
「やり過ぎだ、馬鹿野郎!!」
水袋三つ分の水を合わせて、水の膜を作る。あれだけ巨大では受け止める事などできずに押し潰される――水の膜で少しでも衝撃を逸らすための咄嗟の行動。
というよりも、僅かな延命を願った本能の賭け。
周囲が黒く染まる。視界一杯に巨塊が映る。
「殺し合いに『やり過ぎ』などあるものか」
――俺は問答無用で押し潰された。




