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【ウメ種】勇者を辞めた勇者の物語  作者: ウメ種【N-Star】
第一章
30/71

第三十話「勇者と魔族と人間と3」


「あー……またロシュワから怒られるな」


 フューリィから王都へ魔物が侵入したと聞いてから、俺は王城から家のある住宅地の方向へ最短距離を利用して駆けていた。

 民家の屋根を蹴り、屋台を足場に大通りを越え、立地の条件など無視した最短距離。

 腰に吊った水袋の数は二つ。

 昨晩が何も無かったので少し離れたけれど、失敗だったなと反省。

 こんな事なら離れない方が良かったと思うと同時に、昨日の夕方と夜、そして今。

 何が違うのかと、駆けながら自問。

 屋根を蹴る音に反応してか、大通りから空を見上げて俺に気付いた何人かが声を上げたが、応える余裕も無い。

 空には沢山の黒い影。

 昨日の夕方と同じ、ハーピーが別の魔物を運んでいるのが見て取れる。

 ただ、数が多い。昨日とは比べ物にならない。

 そしてそのハーピーが落ちている場所は、どう見ても俺の家がある辺り。

 ……考えるだけで憂鬱だ。またご近所さんから苦情が来る。


「はあ……どうにもこうにも、仕事に縁が無いね、俺は」


 溜息を吐きながら他の家より少し屋根が高い家を蹴って加速。

 少し力加減を間違えて木造の一部が欠けてしまったが……まあ、屋根だし気付かないだろうと心の中で謝罪するに留めておく。

 そうしてようやっと見えてきた我が家は――なんというか、穴が開いていた。

 それはもう、遠目でもそうとはっきりわかるくらい大きな穴が、三つほど。屋根に二つと壁に一つ。

 昨日の事を思い出すと、大方、またハーピーが突撃したんだろうとすぐに思いつく。


「……はあ」


 また溜息。

 溜息を吐いただけ幸福が逃げると言ったのは誰だっただろう。

 何となく思い出した一句を小声で呟くと、別の家の屋根に着地。同時に、腰に吊っていた水袋の一つを左手で握る。


「にゃろう」


 ふつふつと心中に湧いた――こう、言葉にするなら簡単で、個人的な感情からするととても複雑な……まあ、あれだ。

 怒りに口にする言葉、言語すらなんだか危うくなりながら水袋の口を切る。


「人んちの屋根に大穴を空けてんじゃねえっ!」


 誰に文句を言えばいいのか分からないが、どうしようもなくなって大声を上げてしまった。

 下にある大通りから好奇の視線が向いたような気がしたが、気にしない。

 一気に屋根を蹴ると、丁度王都の結界を突き破って侵入してきた焦げたカタマリを一蹴。炭化して脆くなっていたハーピーの死体を粉微塵に砕き、その内側で守られていた小柄な子供を連想させる小鬼を蹴り抜く。

 革のブーツ越しに筋繊維を裂き、骨を砕き、内臓が破裂する感触を抱きながら、その死体を足場に空中で体勢を整える。


「ったく、多いなっ!」


 文句を口にして眼下へ視線を向ける。

 見慣れた街並み。家屋の並び。

 ただ幸運なのは、俺の家以外には被害らしい被害が無い事だろう。隣の家ですら、庭が荒らされた程度。窓ガラスは割られていないし、壁は無事。屋根だって大穴は開いていない。

 けれど大通りへ繋がる道には逃げ惑う人々と、その人々を追う魔物の姿。

 ……人を追っているというよりも、人が逃げる先――『赤毛の雄牛』亭へ向かっているように見える。

 重力に引かれて自然落下しながら現状を確認。逃げ惑う人と魔物の位置、そして大まかな数。

 取り敢えず、自分がやるべきことを認識。


「数を減らすか」


 まあ、そんなもんだ。避難指示とか、人の誘導とか、それより先にまずやるべき事。

 俺の家を穴だらけにしたクソどもをぶちのめす。


「おっと」


 いかんいかん。思考の中でとはいえ言葉遣いが汚くなってしまった。

 咳払いをして気持ちを落ち着ける。

 深呼吸を二回。右手を握ったり開いたりして、左手には水袋から取り出した水を球体にして浮かせる。

 最後に首をコキコキと鳴らして身体の調子を整えると、同時に足場にしていた小鬼が地面に落下。

 赤い絨毯のように血と臓腑が白石で作られた通りを彩った。


「……え?」


 逃げていた一人が、気の抜けた声を上げた。


「おら、さっさと逃げろ」


 その場にいた全員が――逃げていた人も、追っていた魔物も、立ち止まる。

 注目される。

 そりゃあ、いきなり空から人が降ってきたら驚きもされるか。魔物を足場にしていたので俺を中心にして周囲には血が広がっている。


「逃げろって言っているだろうが。食われても知らないぞ」


 食われても――という単語に反応したのか、足を止めていた人達がまた駆け出す。

 それに釣られて動こうとした魔物達に視線を向けると、それだけで魔物は足を止めた。

 ゴブリンにコボルト。二メートルほどの身長がある少し大きい……というよりも太いオーク。

 空から見ていたから分かっていたが、王都近辺では珍しくもない魔物達だ。

 数は、目に見えるだけで三十ほど。道は網目状に広がっているので、他にも『赤毛の雄牛』亭へ繋がっている道はあるが、主力はここに集まっていたのを確認している。

 まあ、ウチからロシュワの店までの最短の道がここというだけだ。

 先日見たキマイラが混じっていたら周囲への被害的な意味で厄介だったが、この程度なら特に問題無い。

 気負いなく左手に持っていた水球を握って潰すと、垂れた水が左腕を覆った。即席の腕甲だ。

 魔物達は素手の者も居れば即席の得物――鋤や鍬、太い木の枝や椅子にガラス片と言った武器を手にしている者も居る。さすがにそれらを素手で受けるつもりも無い。

 水の腕甲が形を成したのを合図に、ゴブリンが、コボルトが、小柄な魔物特有の瞬発力で駆け出す。一拍遅れて、大柄なオークもまた動き出した。

 そこに恐れはなく、目の前の『人間』への憎悪と殺意だけを瞳に宿しての攻撃。

 ギャア、と。耳障りな咆哮。どれの声かは分からないけど、知った事じゃない。

 足の速いコボルトが目の前に来るとその顔面を右手で鷲掴み、捻る。ゴキリという鈍い音とともに頸椎が砕け、ありえない角度までクルリと回る。

 突撃の勢いのまま折れた首を支点にコボルトの死体を回して持ち上げると、ずっと昔に見た合気道よろしく勢いよく投げ捨てて他の魔物にぶつける。

 続いて向かってきたゴブリンは手に木材――多分、どこかの庭の柵を破壊して手に入れた武器を握っていたので水を纏った左腕で受けて、返す右の拳で殴る。

 頭蓋の砕ける堅い感触に顔を顰めるが、動きを止める事無くゴブリンの死体――その首を掴みあげると向かってくる他のコボルトやゴブリンへ投げつけて足を止める。

 蹴りは使わない。数が多いから、片足という不安定な体勢の所を狙われるとどうしようもなくなってしまうからだ。

 極力無駄な労力を使わないように立ち回り、適度に隙をついて一匹ずつ確実に仕留めては、その死体を使って囲まれないように利用しながら数を減らしていく。


「ユウヤ、戻っていたのか!?」

「ふう……あん?」


 最初の十匹を殺し、少し息を乱している間に仲間の悲鳴を聞いて寄ってきた新手の魔物達をみて溜息を吐こうとしたところで名前を呼ばれた。

 その声がした方を見ると、通りの奥――店がある方から数人を率いたロシュワが駆けてくるところが見えた。

 肩には見慣れた、自身の身長程もある大きな戦斧を担いでいる。

 最近は大きな体で小さなグラスを磨く姿ばかりを見ていたが、傭兵としてのロシュワの姿――いつもよりも生き生きとしているように見えるのは気の所為じゃないだろう。

 そうしている間に視界の外から迫ってきたオークの一撃を一歩引いて避ける。

 振り下ろされた石斧は石畳とその武器自体を砕くほどの威力だが、当たらなければどうという事も無い。

 得物を振り下ろして前屈みになり、位置の下がった頭部――その首を、水を纏った左手を手刀に構えて斬り落とす。

 ドン、と。頭部とは思えないような重々しい音と共に肉塊が落ち、少し遅れて鮮血が噴き出す。頭部を失くした身体が倒れ込むと地面に血が広がっていった。

 そうしている間に合流したロシュワたちと協力して、このあたり一帯に居た魔物達を全滅させる。

 殺意に駆られて逃げ出さないので、全滅させるのは簡単だ。

 終わると、三十を超える魔物の死体から流れ出た血でここ一帯は血塗れになっていた。

 近所の住人は落ち込むかもしれないなあ、と。

 周囲の惨状――魔物の血、臓腑、纏っていた服とも呼べないボロ布、体毛。様々なもので汚れた地面や建物に溜息を吐く。

 ……血の匂いを肺一杯に吸い込むが、特に何も感じない。

 どうにも、こういった『死』に鈍感になってしまったのは、魔物とはいえ『命』を殺し過ぎたからか。


「カルティナとジェシカを知らないか?」


 魔物の血や臓腑、体毛が混じって穢れた水の腕甲を解くと、血の上に落ちて汚れを広げた。


「ああ、店の方に居るが……相変わらず出鱈目だな、お前『達』は」

「俺を一緒にするなよ。俺なんてまだ可愛い方だ」

「どこがだ……」

「たったこれだけで、もう息が上がってるだろ?」

「……そうだな」


 そうロシュワが一括りにしたのは、『勇者』という存在だ。俺もそうだが、異世界から召喚された連中というのは身体能力の桁が一つか二つほど違う。

 それは、俺は息が上がっている程度だが、ロシュワをはじめ、この場に集まっている傭兵のほとんどが体のどこかに怪我を負ってしまって仲間から傷の手当てを受けている。


「ま、いいや。落ち着いたみたいだし」


 空を見上げると、王都の結界を突き破ろうとしていたハーピー達の姿は消えていた。


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