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【ウメ種】勇者を辞めた勇者の物語  作者: ウメ種【N-Star】
第一章
28/71

第二十八話「勇者と魔族と人間と1」


「珍しいな。何年ぶりだ、ここに顔を出すのは」


 王城の一角。出入口よりも中庭に近い場所に、そこはある。

 王都を守護する騎士団。その詰め所。剣や槍が壁に飾られ、いくつかの木製の机が置かれた場所。

 中央に大きな木製のテーブルが置かれ、まだ若い、下級騎士が大テーブルの上に書類を広げて作業をしている。

 その奥には個人用の机が二つ。

 一つは書類などの荷物は置かれているが人は座っておらず、もう一つには見覚えのある……狼を模した兜をかぶった騎士の姿。

 居るのは、三人。中央の大テーブルに男女合わせて三人と、部屋の奥に坐する副団長の男。

 先日も顔を合わせて副団長の男が俺を見るなり、呆れたように溜息を吐きながら口を開いた。

 屋内だというのに鎧どころか兜まで纏った完全装備。そこから覗く瞳は真っ直ぐと俺を見て、逸らされる事はない。

 鎧兜は白銀。外套は白。清廉と潔白を表す、この国を象徴する色。

 王国騎士団、副団長のフューリィ。僅か二十八歳でその立場まで上り詰めた才能ある若手で、以前に何度か共闘した間柄だ。

 ……仕事中は室内でも兜を脱がない変わり者だが。


「少し聞きたい事が出来たからな。昨日の事だ」

「その前に。どうやってここまで? 見張りの兵士や貴族に見つかったら追い出されるだろ、お前」

「……そこまで嫌われてないっての。多分」


 コホン、と咳払い。

 突然現れた俺を警戒してか、三人の騎士が椅子を倒す勢いで立ち上がった。

 殺気立っているというほどではないが、敵意はむき出し。ここまで嫌われると、逆に分かりやすくて清々しくもある。

 まあ、原因は考えるまでもなく俺が突然現れたことだろう。

 『勇者』を辞めた異世界人。

 王城に入ることを禁じられた俺が守衛に見つかることなく騎士団の詰め所に現れたのだ、普通の騎士なら警戒するのが当然か。


「そんなに警戒するなよ。王族が住んでいるお城なんだ、有事の際の抜け道くらいあるさ」

「……なんでそれを、お前が知っているんだ。まったく」


 肩を竦めると、離れた場所から溜息が聞こえた。多分、呆れられているのだろう。


「まあ、あれだ。騎士団とか貴族とかには言えないような、真っ当じゃない仕事も受けた事があるってだけだ」

「ソレを俺の前でよく言えるな」


 そう言うと、若い男性騎士が腰に帯びていた剣へ手を伸ばす。それを目で追ってから、再度フューリィへ視線を向けた。

 全身から力を抜いて、奥に座る顔見知りの騎士へどうにかしろという意図を込めた視線を向けると、また溜息を吐かれてしまう。


「それに、神出鬼没っていうのは格好良いだろう?」

「知るか。お前の格好付けの為に、秘密の抜け道は存在していない……お前らも、ここで剣なんか抜くなよ?暴れたら俺が怒られる」


 剣が抜かれる直前、その機微を感じ取ったフューリィが男性騎士を制止してくれた。


「ですがっ、元『勇者』――一般の人間に侵入されたんですよ!?」

「嫌われてるね、俺」

「嫌われていないつもりだったのか、お前は」


 多分に呆れを含んだ言葉に肩を竦めると、警戒している三人へ笑顔を向けてみる。

 すごく嫌そうな顔をされた……分かっていたけど、結構ショックだ。


「あまり挑発しないでくれ。若い連中は血気盛んなんだ」

「いいね。若者はそれくらいがちょうどいい」

「お前は少し、血というか、熱が足りないと思うがな」


 そりゃあ、そうだ。

 全員を救いたいとか、皆を守りたいとか。そういう『勇者らしい』思考はどこかに置いてしまった人間だ。

 『勇者』に理想とか夢とかを持っている人からすると、俺という人間はどうにも癪に障ってしまうのだろう。特に、若い子達には。


「そんな事はさて置き、カルティナさんはどうした。今日は一緒じゃないのか?」

「一緒じゃねえよ。お前と会いたくないからって、今日は留守番だ」

「……何故?」


 自覚が無いのだろう。

 本当に、心から不思議そうにフューリィが聞いてきた。

 というか、兜を着けたまま首を傾げるな。微妙に怖い。


「不思議そうに聞くな。いい歳した大人が首を傾げるな。気色悪い」


 そこまで言って、コホンと咳払い。

 同室の女性騎士二人が苦笑していた。多分、偶に似たような事を持っているのかもしれない。


「そりゃあもちろん、会う度にお前が食事やらデートやらに誘うからだろうが」

「美女に会ったら声を掛ける。紳士の嗜みだ」


 真面目な声で言うな、真面目な声で。

 きっと、兜の下では真顔になっているのだろう。……本心からそう思っているから、逆に女性からヒかれているのだとなぜ気付かないのか。

 ほら、同僚の騎士達が溜息を吐いているじゃないか。ゴツイ鎧兜を着ているのに、なんとも俗世に染まった事を言う副団長である。

 仕事と私生活にメリハリがあるというか、これで鎧兜を脱いだら本当に女性を食事に誘ったり口説いたりばかりだから……けど、俺としては普通の事だと思っているので呆れはするが起こりはしない。

 ……慣れって怖い。


「聞きたい事を聞いたらすぐに帰るよ。居心地が悪いし」

「また『勇者』を名乗れば、誰だってすぐに手の平を返すさ」

「面倒臭い。嫌だよ、今更だ」


 それだけを言って、俺は奥の机へ向かう事にした。

 こんなバカ話をいつまでも続けている時間の余裕はないのだ……話を振ったのは俺かもしれないけど。

 下らない会話で気勢を削がれたのか、さっきまで俺に敵意を向けていた三人の騎士は動かない。


「王都の近くで不審人物の目撃情報はないか?」

「……不審人物?」

「ボロの外套を纏った人型らしい」

「人型ね。さて――カール。住民からの苦情に、そういった物はあるか?」


 カールと呼ばれた灰色髪の青年騎士は、凄く嫌そうな顔を俺に向けてから、室内にいくつかある本棚の中から紙の束を一つ取り出して捲り始めた。

 どうやら、住民からの嘆願が纏めてある書類らしい。

 しばらくして、彼はいくつかに目星をつけたようでその書類をフューリィの机の上に置いた。


「王都の外でとなると、七件、報告が上がっています。四つは先月、もう三つは二週間くらいから」


 フューリィより先に机の上に置かれた書類を手に取ると、それに目を通す。

 目撃されているのは王都の北門から出た先の平原。一か所ではなく数か所で似たような人物が目撃されているようだった。

 先日、ジェシカ嬢ちゃんが髪飾りを落とした場所。そして、騎士学校の生徒達が魔物に襲われた場所の近くも、書類に書かれている。

 ……うーん、と。俺は指を顎に添え、息を吐く。

 流石に出来過ぎか?

 こうもとんとん拍子に話が進むと、疑ってしまいそうになってしまう。


「おい、フューリィ。騎士団はこの件を調べていないのか?」

「無茶を言うな。ただの不審人物――浮浪者かもしれないだけだ。人員を割けるほど俺達は暇じゃない」

「そりゃあ、ごもっとも」


 単に、浮浪者が職を求めて王都を出ただけという事だってあり得るのだから、調べる価値も無いのだろう。


「ま、いいや。ちょっと地図を出してくれ」

「カール」

「……分かりましたよ」


 渋々といった様子でカール君とやらが地図をユーリヤの机の上に広げた。

 王都を中心に描かれた簡易地図――それでも、この世界の測量技術からするとかなり頑張っている地図だ。

 王都周辺には平原が広がっていて、北側には広く深い森。ここは先日、騎士学校の野営訓練で魔物が現れた森だ。

 南側には離れた場所に海があり、西側には岩山と川。そして東側には高い丘陵。

 あとは、平原に点在する村々と、王都や貴族が管理する街とを繋ぐ街道……それ等が記された地図である。

 その地図で不審人物――まあ、本当にただ不審なだけでジェシカの問題に関係あるのかも怪しいのだが――が目撃された場所に目星を付ける。


「ま、その辺りを探してみるか」

「その人物が彼女の体質と何か関係しているのか?」

「さあ……どうだろうな。あの子から話を聞いてみたが手詰まりでね、気になるものを全部当たってみるつもりだ」


 それだけを言って、伸びをする。


「なにせ、どっかの馬鹿が三日以内に何とかするなんてほざいたからな」

「ふぅ――そうだな、馬鹿」


 兜越しの呆れ声に、俺は溜息で返事をして騎士の詰め所を後に……しようとして、ドアの前で足を止めた。


「そういえば、他の連中はどうした?」

「どっちだ?」

「騎士と勇者、どっちも。王都はともかく、城でも見掛けないんだが」


 この詰め所にも、居るのはフューリィを含めてたった四人。

 中庭の訓練場から声が聞こえるでもなく、城内の見張りが増えた様子もない。

 兵士は記憶の中にある人数とそう変わっていないのに、騎士だけが居ない。

 それと同じく、城内に滞在している『勇者』の姿も見えないというのが気になっていたので聞いてみる。


「他の『勇者』達は南だ。港町の近くで魔族の目撃情報があってな。他にも、巨大な魔物の存在も確認されている。騎士団の大半は、団長が率いて東の村に向かった。こちらは魔物の大群に襲われているらしい」

「ふうん」


 だから、騎士学校の生徒が襲われたり、王都に魔物が侵入しても反応が鈍かったのか。

 納得がいった、と息を吐く。


「まあ、俺が言うような事じゃないだろうけど。少しは『勇者』連中を王都に残しておけよ。何かあったら、お前の責任になるんだろう?」

「問題無い。困った時は、どっかの馬鹿が動くだろう?」

「……馬鹿は馬鹿だからな。あまり期待し過ぎるなよ」


 声に出して笑う友人に視線を向けると、カール君以下、この場に居るほかの騎士達の視線が鋭くなった。

 なんで俺を睨むかなあ……。

 今のは俺じゃなくて、同僚を頼らないフューリィが悪いだろ。どう考えても。


「次は金をとるからな、ちゃんと」

「あの場でお前がジェシカさんを渡していれば、俺も報酬をちゃんと渡したさ」

「そーかい……っていうか、名前は?」


 ジェシカの名前は出していなかったはずなので、フューリィがどうしてその名前を知っているのだろうとつい聞き返してしまった。


「父親が城勤めの兵士だからな。調べればすぐに分かる」


 そりゃそうか。

 昨日会った時も騎士学校の噂がどうこう言っていたし、あの時にはもうジェシカの事は調べていたのかもしれない。

 なんだかんだで剣技から情報収集まで、何でも器用にこなせるから今の立場なのだし。


「相変わらず手の早い事で」

「あんな、いたいけな少女に手を出すお前に言われたくないな」

「誤解を招く言い方はヤメロ」


 これ以上話しても世間話で終わるかな、と思って会話を切る。

 今度こそ部屋を出ようとして――コツ、と小さな音。視線を向けると、小さな鳥が窓を嘴で突いていた。

 電話なんてものが無い異世界では、情報伝達に鳥が使われる。

 伝書鳩ならぬ、伝書鳥である。調教して目的地を覚えさせるので、鳥なら何でもいいという考えなのだが。


「ユウヤ、問題が発生だ」

「そうか。大変だな」

「よかったな。閑古鳥が鳴いていた『何でも屋』に、幸運の女神でも住むようになったのか?」

「住んでいるのは無表情で不愛想な同居人だけだがなあ」

「それがいいんじゃないか。あの冷たい表情で見つめられると、こう、背中がゾクゾクする」


 変態か……と俺が呆れているうちに、フューリィは窓を開けて伝書鳥を室内へ入れる。

 その鳥の足に結ばれているのは赤色の紐。反対の足には小さな紙。

 ちなみに、赤い紐が結ばれている時は緊急事態というヤツである。


「魔物が王都内に侵入したぞ」

「……はあ」


 その言葉に、心の底から溜息が出た。

 これは本当に、ジェシカ……王都から追い出されるかもしれんね。


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