第二十七話「朝の一時2」
シャツに袖を通して、厚手のズボンを穿く。
服の上には厚手だけれど風通しの良い上着を羽織り、手には獣の革で作られた手袋。
同じく獣の革で作られた膝下まであるブーツを履いて、それなりに髪型を整えると完成。
朝食を終えると、久しぶりに『昔の服』に袖を通した。
白と濃い蒼を基調とした服。白は清廉な勇者である証明であり、蒼は俺が『水使い』である事を示している。
最後に着たのは、もう何年前だろうか。
普段は俺もあまり利用しない書斎の奥に押し込んでいた木箱から取り出したソレは十数年前と変わらず豪奢な装飾が付けられ、特に痛んだ様子もない。
そういう魔法が掛けられているのではなく、時折カルティナが外に出して干してくれていたからだろう。
そうして、久しぶりの冒険服の感触を確かめていると、人の気配を感じた。
気配がある方へ視線を向けると、ドアの隙間から見える瞳が一つ。カルティナではない――昨晩家に泊まったジェシカ嬢ちゃんだ。
「なんだ。男の着替えなんか覗いて楽しいか?」
「ち、ちがっ――カルティナさんが、ユウヤさんが書斎に居るって言っていたからっ」
年頃の女の子に『覗き』という単語は色々と恥ずかしかったのか、声を掛けると頬を赤くし大きな声が返ってくる。
着替えも終わったのでドアを開けると、昨日も見た騎士学校の制服姿をしたジェシカ嬢ちゃんが立っていた。
そして、何故かぼう、と。ともすれば魂すら抜けてしまいそうな顔で俺を見上げてくる。
「どうかしたか?」
「……わあ」
そんな俺を見て、ジェシカ嬢ちゃんが感嘆の声を上げた。魂が抜けてしまいそうな顔から一転して、満面の笑みが浮かぶ。
なんというか、目が輝いているようにも見える笑顔だ。
「ん?」
「初めて見ました。それ、ユウヤさんが『勇者』として活動していた時に着ていた服ですよね?」
「ん――もう何年も前だけどな」
その真っ直ぐな視線が気恥ずかしくなって、襟元が苦しいふりをして身動ぎをしてしまう。
そんな俺をどう思ったのか、しばらく俺を頭のてっぺんから足の先まで眺めた後、ジェシカ嬢ちゃんが不思議そうに首を傾げた。
どこか小動物……リスのような印象を受ける仕草だ。
「おめかしをして、どうしたんですか?」
「……おめかし」
女の子らしい表現だなあと苦笑して、咳払いを一つ。
「王城に顔を出すからな。それらしい格好をしないと偉い人から怒られるんだ」
「『勇者』なのに?」
「元だし……いくら偉くなっても、こういう身嗜みを整えるっていうのは大切なんだよ」
面倒臭いけどな、と言うとジェシカ嬢ちゃんが微かに笑う。
どうやら、自分の境遇にそれほどの緊張や後ろめたさのようなものは感じていないらしい。
魔物を惹き付ける体質……昨日の状態を見るとあながち笑い話とも思えないが、一晩休んでそれを顔に出さないくらいには落ち着いたようだ。
最後に、書斎の入り口付近に立て掛けていた外套を上着の上から羽織ると、書斎から出る。
こちらは、表地は白色で裏地は赤となっている。
この白色が旅をしていると目立ってしまう。森の中や洞窟の中、それどころか街道を歩いていてもこんなに明るい色の服を着ている人はそう多くない。
勇者の証明である『白』なのだから当然なのだろうが、目立つ事に慣れていないと中々に着るのに勇気が必要になってしまう服だった。
「それじゃあ、俺は出掛けるけど……カルティナは?」
「お庭に。洗濯物を干しに出ていますよ」
「相変わらずマイペースな……まあ、いいや。今日はずっと、カルティナからあまり離れないようにな」
「はい」
そう話しながら玄関へ向かうと、丁度、玄関のドアが開く。
すぐに、ドアの向こうからカルティナが顔を覗かせた。
「今から行くの?」
「ああ。遅くても昼には戻るよ」
「じゃあ、またジェシカと一緒に昼食を用意しているわ」
「そうしてくれ」
今朝食べた食事の味を思い出しながら返事をする。
子供の頃から親父さんの為に食事を用意しているというだけあって、ジェシカのご飯は美味しかった。
カルティナも、そんなジェシカと一緒に食事の用意をするとなると無茶はしなかったようで、今朝の食事はとても平和だったのだ。
「それじゃあ、行ってくる。何かあったらロシュワの所に行っとけ。アイツなら匿ってくれるから」
「わかったわ。行ってらっしゃい」
「気を付けて、ユウヤさん」
気を付けるのはジェシカの方なんだけどなあ、と思いながら家を出る。
……出ると。
「あ、やっと来た」
「うわ。お兄ちゃんがちゃんとした服を着てるよ、パム!?」
「……朝の挨拶も無しか、チビ助ども」
「チビじゃないよ!?」
取り敢えず、なんでか家の前で待っていたパムとベリドの二人にそう言っておく。
流石にちびはカチンときたようで、パムが詰め寄ってきたが頭を押さえて遠のけた。
「それで。何してるんだ、お前ら。学校は?」
「今から行くところー」
「カルティナさんに朝の挨拶をしたら、ユウヤお兄ちゃん、今日はお城に行くって言ってたから待ってたの」
「暇人か」
この様子だとジェシカの事は知らないのだろう。いくらカルティナでも、そこまで喋らなかったようだ。
まあ、単純に俺を待っていただけかもしれないけど。
「ねーねー、兄ちゃん。お城ってどんなところ? やっぱり、美味しいご飯とか、綺麗な宝石とかが沢山あるの?」
「宝石と飯が一緒に出てくる辺り、やっぱりまだ子供だよな」
なんとも微笑ましい気持ちになって呟くと、二人がムッとした顔になる。
そんな顔の二人を置いていくように歩き出すと、二人も俺と並ぶようにして歩き出した。
「その服、格好良いね。なんか強そう」
「なんだよ、その感想は」
からからと笑って、外套の裾を持ったベリドの頭を軽く叩くようにして撫でてやる。
「ま、学校ではあんまり無茶するなよ。怪我なんかしたら痛いからな」
「分かってるよ」
「はーい」
ちょうど酒場――『赤毛の雄牛』亭の前まで来ると二人と別れ、店内へ。
朝食時も過ぎて客がほとんどいない店内で、不愛想とも取れる巨漢がカウンター裏でジャガイモの皮向きをしていた。
ドアが開く音に反応して、顔を上げる。
「おう、ユウヤ。どうした、そんな恰好をして」
「いや、これから少し王城の方へ顔を出しにな」
「なんだ。何か悪い事をして呼び出されたのか?」
「人聞きの悪い……ジェシカだよ。なんでも、この前探し物の依頼を受ける前の日。変なヤツを見掛けたらしいんだとさ」
「変なヤツ?」
その人物の特徴を伝え、それが何者か分からないか騎士団の方へ聞きに行くと伝えると、手に持っていたジャガイモと刃渡りの小さなナイフを置いて、ロシュワが立ち上がる。
見上げなければならないほどの巨躯が、ふむ、と呟いて野太い指を顎へ添えた。
「傭兵連中からは聞かないな……それより、昨日の夜は何も無かったな」
「徹夜か?」
「まさか。いつでも起きられるように、少し気を張っていただけだ。サティアに何かあったら事だからな」
「はいはい」
こんな時にまで惚気なくていいっての。
呆れて溜息を吐くと、ロシュワが鼻を鳴らす。
「それで。変な奴を見掛けたらしいってのは、どういう事だ?」
「そのままだ。必死に逃げていたからその辺りはうろ覚えでな、思い出したのも昨日の夜だ……でだ。王都の周りで魔物が襲ってきても逃げ出さない、ボロ布を纏った旅人を見た人が居ないか調べてくれ」
「……また何か、妙な人間みたいだな」
「人間かどうかも分からんがね」
そこまで言うと、無言でロシュワが手を差し出した。
……その差し出された手に、銀貨を一枚乗せる。手が引かれなかったのでもう一枚乗せると、ロシュワは雄牛を連想させる顔に不格好な笑みを浮かべて頷いた。
「まいどあり」
「ったく」




