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【ウメ種】勇者を辞めた勇者の物語  作者: ウメ種【N-Star】
第一章
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第二十五話「夜の一幕」


「親父さんにご飯を作っているとは聞いていたけど、料理が上手なんだな」


 カルティナとは違う味付けの料理に舌鼓を打ちながら、俺は用意されていた晩御飯を食べていく。

 場所はリビング。

 いつものカルティナと二人で食べる静かな夕食とは違う、三人で食卓を囲んで会話を交わしながらの食事。

 なにせ、カルティナってば会話を振ってもはいとかいいえとか、必要最低限の返事だけしか返さないことが多いし、続いても一言二言で終わってしまう。

 その点、ジェシカは笑顔を浮かべて明るい声で会話を続けようとしてくれる。

 これが何となく、こっちまで明るい気持ちになって話を振る事が出来るというか。こういうのを『話し上手』と言うのだろうか。

 ちなみに、テーブルの上に並んでいる夕食の内容はパンにクリームシチューのようなスープとサラダ。

 シチューの中には均等に切り分けられた野菜と鳥肉。余った野菜で作られたサラダ。

 パンは市販のものだが、まあ普通。

 さっきまで王都の外を歩いていたからかシチューの濃い味付けが食欲をそそる。

 カルティナやジェシカよりも一回り大きな皿でお代わりをして腹を膨らませると、大きく息を吐いた。


「ごちそうさま」

「お粗末様です」

「…………」

「……どうかしたか?」


 カルティナが、なんだか不機嫌というか、納得がいかないような雰囲気を出していたので聞いてみる。

 なんというか、その視線がじっと俺を見ているのだ。


「私の料理をお代わりしたことなんてなかったと思って」

「……そうだっけ?」


 いつもと同じ表情だけど、こう、怒っているのだろうか。

 いつもより少し憮然とした声のように聞こえた。

 だってお前、栄養第一とか言って味は二の次なんだもん。

 ……とは、とても言えない。

 せっかくカルティナのような美人が料理を作ってくれているのだ、文句を口にするなんてバチが当たってしまう。

 ……それに、ちゃんとありがたいから完食しているし。

 そんな声を出されても困るのだけど……と思っていると、俺とカルティナのやり取りが不思議だったのか、俺から少し遅れて食事を終えたジェシカが丁寧に空の食器を重ねてから小首を傾げた。


「そういえば……今晩は私が食事の用意をさせてもらいましたけど、カルティナさんも料理ができるんですよね」

「ええ」

「…………」


 助け船を出したつもりはないのだろうけど、カルティナの視線がジェシカのほうを向いた。

 まあ、今度作ってもらった時は「美味しい」くらいは言おうかな、と思った。


「今日はごめんなさい」

「いいんですよ」


 俺が外に出ていた間に何かあったのか、カルティナがジェシカへ謝ると、ジェシカは気にしないでと胸の前で両手を小さく振った。


「何かあったのか?」

「私がお風呂の用意をしている間に、ジェシカに夕食の順二をお願いしたのだけど」

「私が全部、一人で作ってしまいまして」

「ああ、だから今日は全部美味かったのか」


 ……またカルティナの視線が俺の方を向いた。

 コホンと咳払いをして、俺はその視線に気づかないフリをしてジェシカのほうを見た。


「そういえば。ウチに泊まる事、親父さんは何か言っていたか?」

「あ、いえ。父にも私の噂は届いていたみたいで……その、心配されました」

「そうか」


 俺は結婚した事はないし、子供と一緒に暮らした事も無い。

 だからジェシカの親父さんがどれだけこの子を心配しているのかは想像する事しかできないけど……きっと、本当に心から心配しているんだろうな、と。

 彼女の沈痛とも感じられる表情を見ながら、早くこの件を解決しようと思った。

 あと、よくよく思い出すと学校の校長からジェシカの噂の依頼を受けていたし、その報酬も貰いたい。

 こんな時に金の話かと思うが、生きていくにはお金が必要なのだ。しょうがない。ウチ、貧乏だし。


「それで聞きたいんだけど、他に何か気になる事はあるか?」

「気になる事、ですか」

「一応、さっき王都の外に出てゴブリン相手に髪飾りが原因か調べてみたけどアイツら全然反応しなかったし……髪飾りが違うってなると、他に手掛かりがないからなあ」

「……そう、ですよね」


 ジェシカが、返した髪飾りを指で触りながら呟く。

 地面に髪飾りを置いて魔物を集めてみたけど、髪飾りには見向きもしないで俺に襲い掛かってきたから、髪飾りが原因とは考えられない。

 だとすると、やっぱりジェシカ本人が狙われているのだろうという考えにしか至れないのだが……そうなると、何が原因で襲われるのかが分からない。

 少しでもヒントが欲しいと思って聞いてみると、ジェシカは顔を俯けて考え込んでしまった。


「直前に何かに触れたとか、変なものを見付けたとか」


 食後のお茶をカルティナに用意してもらって、ジェシカに最近何か変わった事が無かったか聞いてみる。

 それで何か思いついたら簡単なのだが……とのんびり構えていると、顔を俯けていた彼女がおずおずといった様子で顔を上げた。


「その、一つ」

「ん?」

「馬で遠乗りした時、魔物に追われたのですが……」


 それは聞いていたが、どうやら続きがあるらしい。

 そこで言葉を切ったのは、それが本当に関係しているか不安だからだろう。


「なんでもいいよ。言ってくれ」

「街道に、人が立っていたんです」

「……ん?」


 いや、それくらい普通だろうと視線を向けると、訥々と、思い出しながらジェシカが説明してくれる。


「私と友達が魔物に追われている時に、その人だけ、逃げずに街道に立っていた……ような?」


 言われて、ふむ、と指を顎に添えて視線を天井へ向ける。


「逃げずに?」

「えっと、必死だったのでよく覚えていないんですけど……ずっと、逃げずに街道に立っていた気がします」

「ゴブリンに追われている人を見て、助けも逃げもしない……か」


 確かに変だな、と。

 ただ、その記憶も曖昧なようで、思い出したはいいけどジェシカもその記憶が正確かどうかは自信がないようだ。

 けど、ヒントにはなる――かもしれない。


「一応聞くけど。その友達はこの前キマイラが現れた時は、襲われていないのか?」

「多分……騎士学校の授業の時は、真っ先に王都に逃げ込んだそうですし、今日の夕方も襲われていたら私と一緒に噂になっているかと」

「たしかになあ」


 そこまで聞いて、椅子に座ったまま腰を伸ばす。

 食事の後に堅苦しい会話を続けていたから、関節が凝っていた。


「ところでジェシカ」

「はい?」

「その友達だけど、胸の大きさはどれくらいなんだ?」

「…………はい?」

「ユウヤ?」


 ジェシカは何を言われたのか理解できなかったように固まり、カルティナの方は……こちらが思わず凍り付いてしまいそうなくらい冷たい視線で俺を見ていた。


「……いやな。堅苦しいことばかり話していたから、こう、場を和ませようかという小粋な冗談というやつだよ、カルティナ?」

 それと、もしかしたら胸の大きさも関係あるかもしれないだろう、と小声で言い訳をしてしまう。

 だって、カルティナの目がもう……。


「ユウヤ……」


 まるでこれから出荷される家畜を見るような憐みの目だった……ような気がした。


「店長と貴方が友人である理由が、よく分かったわ」

「どういう意味!?」

「店長も突然、意味が理解できない冗談を口にする時があるから」


 その時を思い出したのか、カルティナが溜息を吐く。

 本当に重苦しい、まるで魂すら吐き出してしまいそうな溜息だ。


「そこまで酷くないだろ!?」

「サティアは店長の冗談を面白いと笑うけど、私には理解できないわ……貴方の冗談も」

「…………ごめんなさい」


 なんかこう。

 怒られるよりももっと心に深い傷を負った気がした。……冗談は時と場合と相手を選ぼう。


「えっと、友達ですけど……普通くらいです、たぶん。私より少し小さいくらいかと」

「ユウヤの冗談だから真面目に答えなくていいわよ、ジェシカ」


 ただ、そう言うカルティナの視線はジェシカの胸元に向いていた。

 いや、大きいもんな。それより少し小さいって……最近の子は、本当に発育が良いなあ、と。

 ……あと、お前は小さいというか平らだもんな。

 口にしなかったけど、カルティナから氷のようなどころか養豚場の豚を見るような目で見られた。


「とまあ、冗談はさておき」


 コホン、と一つ咳払い。

 話を聞く限りだと、魔物が優先して襲うのはジェシカだけのようだ。

 だとすると、気になるのはその――逃げなかった人物。

 馬に乗って逃げているジェシカは追ったのに、街道に居た人間には襲い掛からない……というのは不自然だ。

 ……まあ、焦っていた記憶なので何処まで真実なのかは分からないが、少し調べてみる価値はあるだろう。

 それに。


「人、か。どんな服装だった?」

「どんなというか……旅装束? 頭から外套を被っていたと思います」

「ふうん」


 気のない返事をして、視線をカルティナへ向ける。


「なあ。もし、だ。特定の人を『狙われやすくする』魔法っていうのは、あると思うか?」

「分からないわ」


 カルティナに聞くが、答えは否定的。

 解いて僅かに癖の残る長い髪を指先で弄りながら、いつものように黙って話を聞いている。


「カルティナさんも魔法を使えるんですか?」

「知っているだけよ」

「コイツは『勇者』じゃないからな」


 それとなくはぐらかして、淹れてもらった紅茶を飲む。ジェシカ嬢ちゃんはそれで納得したようで、最終的に『勇者や魔族の魔法に詳しい人』と思ったようだ。


「その辺りは明日、王城の方で聞いてくるかね」

「王城、ですか?」

「騎士団には知り合いがいるからな。怪しい奴が目撃されていないかどうか……ちなみに、その外套を被った人ってのは、男だったか?」

「えっと、そこまでは……」


 それもそうか。

 外套を頭から被るっていう事は、顔を隠したいからだろうし。

 ただ……もしその『外套を被った奴』が魔族だった場合、だ。

 魔族は人に似た容姿をしているが、決定的な違い……翼がある。それを外套程度で隠せるのだろうか。

 そう考えたが、隠す方法なんて沢山あるか。それこそ『魔法』を使ったりすれば、簡単に隠せる。


「あ、そのお知り合いって、夕方話していた方ですか?」

「ん? ああ。騎士団の、副団長。昔は王城の兵士だったんだけどな、俺と一緒に行動していたら武功を積んで積んで、いつの間にか騎士に抜擢されて、そのまま副団長なんて立場だよ」


 エリートとはまた少し違う、現場からの叩き上げ。

 だから部下からの信頼は篤い――耳に挟む噂話は良い印象の物ばかり。けれど、ロシュワから偶に聞くとどうにも王城の貴族達とは仲が悪いらしい。

 現場を知っているから、現場を知らない連中とはソリが合わないのだろう。

 先日の騎士学校の生徒が魔物に襲われた時、そして王都に魔物が入り込んだ時。

 初動が遅かったのは、その辺りが関係しているかもしれない。

 勇者が居れば騎士団は必要無い。経費を減らして団を縮小……って話も出ているみたいだし。


「だったら明日は、ユウヤ一人で王城に行くのね?」

「ああ。ジェシカは学校を休んで、カルティナと一緒に居てくれ」

「え、一緒に王城に行くんじゃないんですか?」


 もっともな質問に、肩を震わせて笑ってしまう。

 カルティナには申し訳ないが声を我慢できなかった。……いつもより冷たい視線で睨まれた。


「彼、苦手なの」

「仕事の時は真面目だけど、鎧を脱ぐと女を口説いてばかりだからな」

「……真面目そうな人みたいでしたけど?」


 真面目そう。

 それが答えなのである。

 そして、会う度に愛というか軽口というか、美しいだの綺麗だのと囁いてくるアイツが、カルティナは苦手としていた。

 言葉より態度で。カルティナは、そっちの方が好みなのだ。

 ……口を開かなかったり、相手が美人じゃなく男だったら普通に真面目な男なんだけど。



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