第二十三話「ジェシカの噂5」
「それで? 啖呵を切ったのはいいが、何か考えはあるのか?」
「はっはっは。あれば苦労しねえよ」
「お前のその行き当たりばったりで勢い任せに突き進む性格は、初めて会った時から変わらないな」
「うるせ」
それは、俺がまったく成長していないと言いたいのだろうか。
『赤毛の雄牛』亭に戻り、ジェシカが落ち着くようにと何か甘い飲み物を頼むと、ロシュワからそんな事を言われてしまった。
ちなみに、店内には俺達以外の客の姿は無い。
先程の騒動で、みんな家に帰ってしまったらしい。もう夕食時だというのに、ウチの『何でも屋』のように閑古鳥が鳴いていた。
俺はいつもの定位置に、その隣にはジェシカが座っている。
カウンターを挟んだ向こう側ではロシュワが今日の稼ぎを数えていて、落ち込んでいるジェシカを元気づけようとサティアさんがその背中を軽く叩いている。
カルティナは、飲み物を用意しにキッチンの方へ消えていった。
「ユウヤは思い付きで行動するから」
「悪かったな」
飲み物を用意して戻ってきたカルティナにまで言われて、テーブルに肘をつきながら息を吐く。
そのカルティナは、ジェシカへ飲み物を手渡すと、何かあった時にすぐ動けるよう彼女の傍に立つ。
「すみません……」
現状を気にしたのか、ジェシカが謝った。
両手でカルティナから受け取った飲み物を持ちながら、顔を俯けてしまっている。
柑橘系の薫り。その匂いだけで胸の奥が何だか軽くなるような、爽やかな薫りだ。
「謝る必要なんかないさ。個人的に、ああいうのは嫌いなんでな」
先ほど、俺たちを囲んでジェシカの体質を糾弾しようとした男の姿を思い出す。
いや、糾弾するような意図はなかったのかもしれない。ただ、ジェシカの体質――この世界の常識では今まであり得なかった『魔物を引き寄せる体質』が怖かっただけなのだろう。
けれど、だからといってこんな子供一人を切り捨てようとするのは……嫌だった。
「――それより、その体質を自覚したのは何時だ?」
思い出してもイライラするだけなので、話題を逸らすためにも問題の核心をいきなり聞くことにした。
残り三日。
時間は残り少ないのだから、無駄に使っている余裕はない。
「ついこの前……あの、ユウヤさんに助けてもらった後です。コボルトとか、キマイラに襲われた後に……友達から指摘されて、そうなのかな、って」
「昔からじゃないのか」
なら後天的な理由――何か、変な事件に巻き込まれたとか。
ふと思い付いたが、それならすぐに気付くか。
「その前って言うと、髪飾り探しの依頼か」
「あ、でも。あの時は特に何も無かったと思うんですけど」
カルティナに視線を向けると、彼女も首を横に振った。
「俺達が見付ける前に、髪飾りに細工でもされたか?」
「細工、ですか?」
「魔物の匂いが滲み付いているとか、なんとか」
それだけで魔物が特定の個人を襲うというのも聞かない話だけど、とは言っておく。
「子供の頃からずっと身に着けているので、変な事はされていないと思うんですけど」
そう言って、二つある髪飾りのうち、俺達と一緒に探した一つを外して渡してくれた。
そのまま、渡された髪飾りを眺めていると、甘い果物の薫りがした。
薫りがするほうへ視線を向けると、ジェシカが美味しそうにジュースを飲んでいる。
「わ、甘い……おいしい……」
「そう、よかったわ」
コイツ、料理はアレだけど、それ以外は何でも器用にこなすんだよな。
何で料理だけは、栄養を第一に考えてアレンジするのだろう。そこだけがワカラナイ。
「カルティナって、お料理が上手よね」
「ありがとう、サティア」
「……マジか」
そのサティアさんの言葉に、心の底から信じられないといった感情を隠せていない声で呟いてしまう。
店では猫を被っているのか。それともレシピ通りに作るだけなのか。
家でもそうしてほしいと思いながら、渡された十字架を模した髪飾りを指で弾いたり店内にあるランタンの明かりを反射させたりして確認する。
「普通の髪飾りだな」
「ああ」
髪飾りを眺めていると、ロシュワも気になるようでこっちを見ながら聞いてくる。
次いで匂いを嗅いでみるが、特に魔物が好きそうな臭いもしない。
……サティアさんから、軽くだが頭を叩かれた。
視線を向けると、サティアさんは少し怒ったような顔を、カルティナはいつもより三割増しの冷たい視線をしていた。ジェシカは、顔を赤くして俯いている。
「こら。女の子の匂いを嗅いじゃ駄目よ」
「ああ、それは失礼」
そういうのを気にする年頃なのね。
そういうのを気にしない俺とロシュワは、親父臭くなったんだろうなあと思いながら十字架をテーブルの上に置く。
「取り敢えず、まずは色々と試してみるか」
「試す、ですか?」
「魔物の前にこの髪飾りを置いて、俺と髪飾り、どっちに向かうかとか」
「……危なくないですか?」
アレだな。心配されるってのは嬉しいなあ。
その感情が顔に出たのか、カルティナが冷たい視線で俺を睨んできた。
コホン、と咳払い。
「心配するな、ジェシカ嬢ちゃん。前にも言ったが、コイツは馬鹿だが腕は立つ」
「ええ。腕だけは立つから安心して、ジェシカ」
「なあ……絶対お前達って俺の事が嫌いだろ?」
溜息を吐きながら……そう言えば、俺には何の飲み物も出ていない事に気付く。
「カルティナ、俺にも何か飲み物をくれ」
ジェシカが持っている美味しそうな飲み物を見ながら言うと、彼女はそのまま厨房へ。
そして、すぐに戻ってきた。
「はい」
「……水かよ」
俺が言うと、カルティナが首を傾げた。
「いつも飲んでいるから、水が好きだと」
「金がないからな」
そんなにカルティナの前では水ばかり飲んでいただろうか?
……思い返したが、なんだかいつも水ばかり飲んでいるような気がした。
「まあいいや。それじゃあ、カルティナ。お前はジェシカと一緒に居てくれ。また魔物が来たら危ないしな」
それに、女同士の方が何かと気が楽だろうし。
そう言うと、ジェシカはゆっくりと息を吐いた。これでも一応、女の子の相手が難しい事くらい理解しているのだ。カルティナで。
「ユウヤは?」
「調べもの。取り敢えず、魔物を寄せ付ける効果がこの十字架なのかジェシカの体質なのか、調べてくるよ」
今のところ、他に出来る事も無いし。
コップに注がれた水を一気に飲んで、息を吐く。
そして、甘い飲み物を飲んで少し落ち着いたようだけど、まだ暗い表情をしているジェシカへ視線を向ける。
「大丈夫。すぐ、普通の生活に戻れるさ」
「は、はい……」
「それと。一応だけど、今日はウチに泊まってくれ。その方が、何かあった時に動き易い」
「あ……え?」
その言葉に、またジェシカは顔を赤くした。
「親父さんと一緒に暮らしているんだろう? 今日の事を隠してもすぐばれるから、本当の事を言って許可を取ってこいよ」
「わ、かりました」
そう言って立ち上がる。
少し腹が減ったなあ、と腹を摩るとカルティナが俺を見ていた。
「ん?」
「夕食。何か食べたいものはある?」
言われて、溜息。
「お前は相変わらずだなあ」
「どうせ、三日もしないで解決するでしょう?」
その言葉に首を傾げ、そういえば騎士団相手にそんな啖呵を切った事を思い出す。
勢いからの言葉だから、何の根拠もないんだけどな、アレ。
「出来ると良いな」
「出来るわ」
ため息混じりに言うと、俺の言葉があっさりと肯定された。
「それとも、一緒に焦った方が良い?」
「いいや。お前はそのままでいいよ」
「……お熱いねえ」
そんな微妙な空気も、ロシュワの声で台無しだ。
別に何かを意識していたわけでもないけれど、咳払いをして首を回す。コキ、と小気味よい音が鳴った。
「走って疲れたし、キマイラに噛まれた傷も完治してないし……肉が食いたいな」
「分かったわ。ジェシカと一緒に用意してる」
「そりゃあ、安全そうだ……あと、多分遅くなるだろうから風呂も済ませてろ。男が居ると気になるだろうしな」
主に、お前じゃなくてジェシカが。
そう言って、店を出た。
……ロシュワとサティアさんがニヤニヤ笑っていたけど気にしない。
こういうのは気にすると恥ずかしくなるのだ。気にしなければ、ただのお節介である。




