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【ウメ種】勇者を辞めた勇者の物語  作者: ウメ種【N-Star】
第一章
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第二十二話「ジェシカの噂4」


 俺がジェシカ連れて民家から出ると、同じように魔物騒ぎが一段落したと判断したらしい人達も他の家屋からゆっくりと出てきた。


 その表情は一様に暗く、突然の魔物襲撃で心身共に疲れてしまったのだろう。

 普段なら賑やかな夕食時だというのに、なんとも後味が悪いというかなんというか。

 まあ、怪我人らしい怪我人が出なかっただけマシと思っておく。


「おーい、怪我した人は居ないか?」


 一応声を上げてみるが、応じる人は居ない。

 確かに驚いたけれど魔物の脅威がすぐ傍にある異世界だ。これくらいの事をいつまでも引き摺っているような弱さなどありはしない。


 すぐに買い物を再開したり自分の家へ帰ったりと、それぞれがやろうとしていた事をやろうと次の行動に移ろうとした時、一人の男性が俺の前に出た。


 なんだか、緊張した面持ちだ。


「なんだ?」

「な、なあ。アンタの後ろにいる女の子……魔物が狙っていたのは、そいつじゃないのか?」

「あん?」

「見たんだよ!? 倒れた俺達には目もくれずに、あの魔物はその子を追っていたんだっ」


 面倒くせえと息を吐きながら頭を掻く。


「んなわけあるか。魔物は人を襲う……そこに男女の区別すらありゃしない。そんな事、誰だって知っているだろう?」

「お、俺も見た……」

「私も……」


 あー、もう。

 一人が言い始めると、まるで堰を切ったように他の人の口からも同じような言葉が漏れ始める。

 こうなると、俺一人が否定してもどうにもならない。


 ジェシカが追われている現場を見たらしい人は二十人ほど。それらが、民家の前に立つ俺達を囲む。

 そんな俺達を遠巻きに眺めるよう、大通りへ戻ろうとしていた人達まで足を止めてしまっていた。


 こうなると、どうしても目立ってしまう。

 別にそれほど失うものが多くない俺は気にしないけれど、まだ十五歳の女の子でしかないジェシカは怯えてしまっているのが顔を向けなくとも気配で分かる。


 ……服の袖が引かれた。

 視線を向けると、魔物に追われた衝撃も相まって、今にも泣きだしそうな顔をしたジェシカの姿。


 ――まったく、と息を吐く。


「それで、なんだ?」

「……え?」

「魔物に追われていたからなんだ? そのおかげでアンタ達は助かったんだろうが。この子が狙われたおかげで、アンタ達は狙われなかったんだ。……まだ学生の女の子を囲んで、礼でも言ってくれるのか?」


 睨みつけると、最初に声を上げた男が呻きながら数歩下がった。


「どけ。ったく……」

「あ、アンタの言い分も正しいけど――また魔物が結界を破ったらどうするんだ!?」

「知るか。そんなの……ほら、来たぞ。次はあいつらが守ってくれるさ」



 ガチャガチャと、甲高い金属音。

 その音がした方を見ると、厚い金属鎧に身を包んだ一団がこちらに向かって歩いてくる姿があった。


 この王都を守護する騎士団。

 ジェシカが通う騎士学校の生徒が卒業後に就職するかもしれない場所。

 その一団は囲んでいる民衆の輪を掻き分けると、真っ直ぐに俺の前に立った。


「遅かったな」

「これでも、最低限の人員だけを急いで集めてきたのだがな」


 先頭に立つ、一際目立つ狼の頭部を模した兜を被った男が言う。兜越しのくぐもった声には聞き覚えがあった。

 騎士団の副団長。

 昔馴染みの友人だが、この場では副団長としがない『何でも屋』の店長。その立場を明確にするためか、声は僅かに硬い。


「まずは礼を。お前のお陰で怪我人が出ずに済んだようだ……おって、僅かだが報酬を出そう」

「そりゃあ助かる。勇者を辞めてから、どうにも懐が寂しくてな」

「ふ……だったらすぐに勇者を名乗ればいい」

「遠慮しとくよ」


 最後の方は小声で話すと、兜の奥にあるその視線が俺の後ろ……ジェシカに向いた。


「そちらの少女を渡してもらえるか?」

「どうするつもりだ?」

「城の方で保護する。……噂によると、魔物を引き寄せてしまう体質だとか」


 服の裾を引く手に力が籠ったのが分かった。

 それと、俺たちを囲んでいる人の輪も同時に騒がしくなる。


「保護してどうする?」

「そこから先は学者たちの管轄だ。私は、保護するようにと上から命令されただけだ」

「そうかい」


 息を吐く。周囲を見回すと、王都の住民達の顔には不安の色がありありと浮かんでいる。

 噂の真偽はともかく、現実に魔物に追われるジェシカを見てしまったのだから当然か。


 魔物に狙われる。

 それが本当なら、この少女が居ればまた魔物が王都に侵入してくるという事。

 魔物に襲われるのが当然ともいえるこの異世界でも、だからといって危険かもしれない少女が傍に居るというのは恐ろしいのだろう。


 というか、その噂は何処から漏れたのだろう。校長の話だと、つい先日、騎士学校内で広まったと聞いたけど。

 校長か、それとも学校の生徒が親――騎士にでも伝えて広まったのか。それとも、ほかに何者かが居るのか。


 本当に、人の口に戸は立てられないとはよく言ったものだ。


「昔のよしみで見逃してくれたりは……」

「無茶を言わないでくれ、ユウヤ」


 副団長の後ろに居る騎士達が、俺の言葉に反応して腰の剣へ手を添えた。こちらは副団長のように華美な装飾がなされていない、質素な全身鎧姿。

 それが十人ほど――殺気立ってはいないが、断れば無理やりにでも連れて行くという意思が感じられる。


 体質を調べるために人体実験とか……は考え過ぎだろうか。


「そうだな――無理やり連れて行ってもお前が困るだろうし、三日くれ」

「ん?」

「この子の体質は俺が調べる」

「ふむ」


 兜越しに、副団長は顎へ手甲を嵌めたままの指を添えた。


「俺がなんで勇者を辞めたか、知っているだろう?」


 その副団長にだけ聞こえるように、小声で言う。


「……そうだな」

「大の為に小を切り捨てるのは正しいんだろう。だからお前は『大』を守ってくれ。俺は――」


 不安そうに見上げているジェシカの頭に手を置く。

 軽く叩くようにしてその髪を撫でると、十字架を模した髪飾りが指に当たった。


「心配しなくていい――俺は『小』を守るために生きている」


 そう言って帰ろうとすると、他の騎士達が道を塞いだ。


「いい、行かせてやれ」


 その一声で、道を塞いでいた騎士達が……渋々といった様子で道を空けた。

 というか、剣の柄から手くらい離せ。後ろからバッサリやられそうで怖いんだけど。


「すまんね。我が儘ばかり言って」


 とまあ、そんな敵意丸出しの目で見られながら、ひらひらと手を振って礼を言う。

 そんな俺の行動に、わがままを聞いてくれた副団長は兜越しにも分かるくらい大きなため息を吐いた。


「先日、騎士学校の子供達を助けてくれたみたいだしな……その代わり、ハーピー退治の報酬は無しだ」

「了解。今度、酒でも奢るよ」

「会う暇があればな」


 そのままジェシカの手を引いてこの場を離れる。


 その間にも周囲に人は増え、好奇の視線が俺とジェシカに向けられる。

 ジェシカの顔を見られた。

 ……王都ではすぐにこの子の噂が広まるだろう。


 そうなったら、この王都に住めなくなるかもしれない。追い出されるかもしれない。

 そうなる前に、さっさと問題を片付けないとなあ、と思いながら歩いていると、ジェシカが俺の手を握り返してきた。


 震えている……魔物に追われた事よりも、周囲から向けられる害意に怯えたのだろう。

 少しでも安心できるようにと握る手に力を込めた。


「行くぞ、カルティナ」

「ええ」


 民衆に混じって事の成り行きを見ていたカルティナと合流して、家へ戻る。

 さて、あれだけの啖呵を口にして……考えなしに言い切ってしまったが、後悔はなかった。


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