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【ウメ種】勇者を辞めた勇者の物語  作者: ウメ種【N-Star】
第一章
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第十七話「騒動の後に1」


 全身血塗れで王都へ戻ると、ガチで引かれた。


 まあ、そりゃあそうだろう。何せ血塗れだ。


 ……魔物の死体は無くなるのに服や人体に付着した血液は残るっていうのはどういう理屈なんだろうとかは、そんな事はもうずっと昔から疑問に思っている事だ。


 それで答えが見付けられたわけでもないので、きっとこれから先も見つからないだろう。


 北門には突然の魔物出現に驚き、けれど興味本位で集まった人達が輪を成していた。

 好奇心は猫を殺すとか何とか。

 巨大なキマイラが俺とジェシカを狙わずに王都の方へ向かっていたらどうなっていたか……まあ、無事だったから良しとしよう。


 北門で事の成り行きを見守っていたらしい教師の一人に背負っていたジェシカを預けて、俺は家に帰る事にする。


 ちなみに、ジェシカは気絶したままだ。

 夜営の準備をした所を魔物に襲われて、最後には初めて見ただろうキマイラに襲われて。精神的に疲れたとか、そんな感じかもしれない。

 最後は血まみれの人間だし。

 変なトラウマにならないといいけど。


 他の教師や生徒達も、北門に集まっていた。

 見ると、まだ騎士団や他の『勇者』も集まってきていない。

 あれから結構な時間が経っているのだけど、俺が動いたから大丈夫と判断されたのだろうか。


 こっちはもう『勇者』をやめたと公言している人間なのだ。

 あまり働かせないでほしいと思いながら、溜息を吐く。


「ああ、そういえば」


 家に帰ろうと人の輪を抜けようとすると、全員が俺から離れる。気分的にはモーゼの十戒とか、そんな感じ。誰だって、血塗れの人間には近寄りたくないのだろう。


 あと、臭い。物凄く臭い。

 キマイラの返り血だけでなく、その口に腕を突っ込んだから唾液の匂いもあるのだろう。臭いの原因である俺にもわかるくらいだから、きっと他の人達も感じているはずだ。


 俺が一歩動くと、同じだけ周囲を囲んでいる人たちが離れた。……ちょっと悲しい。

 そんな事を考えながら、ジェシカを預けた教師に顔を向けた。


「あの、怪我をしていた教師は無事か?」

「あ、はい。怪我は酷かったですけど」

「そうかい。そりゃあ良かった」


 死人が出なかったのは良かったと思う。名前も知らない相手だけど、やっぱり人の死ぬところなんて見たくないし。

 それだけを確認してから家へ戻る。

 ……大通りを歩いている間、ずっと人の注目を集めてしまった。


「はあ」


 家の裏庭に行くと、溜息を吐いて上着を脱ぐ。

 それほど高いモノじゃないけど、服だって買うには金がかかる。

 後日騎士学校へ行って今日の報酬っぽい物を貰う予定だけど、どれくらい貰えるかは分からない。


 まあ、生徒を助けたんだからそれなりの額はもらえる……といいなあ。

 流石に無報酬という訳ではないはずだ。

 そんな事を考えながら裏庭にある井戸から水を汲んで、頭から被る。


「あーっ、もう家に帰ってるしっ」


 そのまま身体を洗っていると、甲高い声が耳に届いた。

 水が滴る前髪を掻き上げながら視線を向けると、家を囲っている柵の向こう側にパムとベリドが立っていた。


 そういえば、大通りで買い物をした後、置いてきてしまっていたのを思い出す。


「おう。お帰り、二人とも」

「お帰りじゃないよ!? 置いていかないでよ、ユウヤお兄ちゃんっ!」


 パムとベリドは怒ったように言いながら裏庭の柵まで近寄って、俺が上半身裸だということに気付いて足を止めた。


「悪い悪い。ちょっと汚れてな」


 そう言って地面に置いた血塗れの服を指さすと、パムは驚きながら柵を跳び越えた。

 ベリドは――顔を赤くして視線をそらしている。


 まあ、女の子だし。上半身とはいえ男の裸を見るのは初めてなのかもしれない。


「すっげー筋肉!? 何食えばこんな体になるの?」

「あん?」


 言われて、自分の身体を見下ろす。

 割れた腹筋に、浮いた胸筋。自分でも自堕落な生活を送っていると思っていても、引き締まった肉体。

 『勇者』として召喚され、肉体が戦いに特化した存在へと変わっていく。


 そして、歳を重ねても肉体はその状態を維持しようとする――異世界召喚、『星の意思』に触れた恩恵ともいえるのかもしれない。


 まあ、『勇者』というのは戦うのが仕事なのだから、召喚した側からすると少しでも長く戦ってほしいという考えなのかもしれない。あのふわふわした光に、そんな思考があるのかは怪しいが。


 あと、俺の立場からすると食生活的な意味でも贅肉は付きにくい。主に、肉を食えるほど豊かな生活をしていないという意味で。


「沢山食って、沢山運動しろ」

「へー……俺、今日から一杯飯を食うよ」


 やっぱり男っていうのは、筋肉に憧れるよなあ、と。

 会話に入ってこないベリドのほうを見ると、彼女は柵から離れた場所に立っていた。


「お兄ちゃん、何か臭くない?」

「臭い言うな」


 そういうのが気になる年頃なんだぞ、俺は。


「うん、臭いよ」

「言うなと言っているだろうが」


 パムの頭に軽く拳骨を落とすと、おかしそうにからからと笑う。

 ――多分、俺を揶揄ったのが面白いんだろう。こういうところはやっぱり子供だなあ、と。

 そう思いながら、井戸から新しく水を汲んで頭から被る。


「魔物の返り血を浴びたからな」


 そう言って右腕を上げて見せると、二人はようやく俺が怪我していることに気が付いたようだった。


 右腕の傷を見てパムは顔を顰め、ベリドは顔を青くする。


「それより、お前たちの方は大丈夫だったか?」

「うん。騎士学校のキャンプが魔物に襲われたってみんなが騒いでいたけど、すぐにユウヤ兄ちゃんが助けに行ったって噂になってたよ」

「ふうん」


「でもさ。どうして他の『勇者』は助けに行かないんだ、って叫んでた人も居た」

「そうそう。酷いよね。お兄ちゃんは人助けをしたのに、そこに居ない人を頼るなんて」

「ま、色々あるんだよ、大人には」


 やっぱり『勇者』というのはこの世界の人達にとって特別で、神聖視されていて、そんな『勇者』の肩書きを捨てた俺は嫌われているのだろう。


 どうやらそれ以外には特に何もなかったようで、そこで会話が途切れてしまう。

 多分、俺以外の『勇者』はいないのかと叫んだ人は、子供に聞かせられないような暴言でも吐いたのかもしれない。


 パムとベリドの表情は、いつもより少し暗く感じる。


「それよりベリド、なんでこっちに来ないの?」


 静かな時間に耐えられなくなったのか、パムが声を上げた。


「お兄ちゃん、臭いから」

「…………」


 水を被ったけどまだ匂うかな、と。右腕に鼻を寄せるとそれほど臭わない。

 そこでふと思い出して地面へ視線を向けると、血まみれの服。ああ、臭いの元凶はこれだ。

 それを手に取って、どこに捨てようかと思案する。


「とりあえず。今から手当てするから、今日はもう帰れ」


 疲れたし、寝たい。

 そんなことを考えていると、見知った顔が視界を過ぎった。


「無事に帰ってきたみたいね、ユウヤ」

「ああ。なんとかな」


 怪我をしたので無事と言っていいのかは分からないが、生きて帰ってきたのだからそれで良しとしてもらおう。


「パム、ベリド。家に帰りなさい。ご両親が心配していたわよ」

「え、なんで?」

「騒動が騒動だし、親が子を心配するのは当然なのでは?」

「そっか。ありがと、カルティナ姉ちゃん」

「ええ」


 二人はそのまま、家に帰っていった。

 なんとも……嵐のような二人だ。それとも、子供っていうのは皆あんなに騒がしいのかね。

 自分の子供時代など、もっと大人しかったと思うけど。


「仕事は?」


 まだロシュワのところの店が終わるには早い時間だ。

 聞くと、カルティナはじっと俺の目を見てくる。

 何か変な事をしただろうかと視線を逸らすと、溜息を吐かれた。


「怪我の手当てに。それが終わったら、また仕事に戻るわ」

「あ、そう」


 ……ん?


「何で怪我をしたって知ってるんだ?」

「お店の方に、ユウヤを知っている人が来たの。ユウヤが血塗れで帰ってきたって」

「ああ、返り血な」

「……返り血なの?」


 手に持っていた血まみれの服を見せる。


「服が駄目になったけど、俺は元気だよ」

「腕を怪我しているようだけど?」


 う、と言葉に詰まる。


「治療するから、傷口を洗ったら家の中に来て」

「いや、大丈夫だから……」

「見たところ、噛み傷かしら? 大きな相手に噛まれたみたいね」


 俺の話なんか聞いてくれない。

 カルティナは傷を見ただけで怪我の具合を判断しながら、家の中へ入っていく。


 いや、治療されるのが嫌なわけじゃない。


 あと、カルティナは料理だけは下手だけど手先は器用だ。治療の技術も人並み以上にあると思っている。

 ……あれだ。俺が注射とか針とか、そういうのが苦手なのだ。


「おーい。カルティナー? 掠り傷だから……」


 家の中に声を掛けるけど、返事はない。

 アイツは耳が良いので聞こえていないわけもなく、俺が『治療』を嫌がっているのを察して無視しているのだろう。


 カルティナから治療してもらうのは初めてではないし、アイツも俺が苦手なものを知っている。


 腕の傷を見ると、結構深い。

 素人目にも、縫う必要があるとわかる傷。

 縫うには針が必要で、俺はあの尖った先端が……どうにも好きになれない。

 剣や槍の切っ先なら大丈夫なのに、小さな針の先端はダメというのはカルティナだけでなくロシュワやサティアさんも不思議に思うところらしい。


 もっぱら、揶揄うネタにされるけど。

 しょうがないではないか、苦手なものは苦手なのだ。


 肩を落として、家の中へ。

 ……数歩進んで、手に持っていた汚れた服をどこに捨てようかと考えるために足を止めた。僅かな時間稼ぎである。


 往生際が悪いとか思わないでほしい。

 人間、誰だって苦手なものの一つや二つや十や二十はあるものだ。


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