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【ウメ種】勇者を辞めた勇者の物語  作者: ウメ種【N-Star】
第一章
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第十六話「異変4」


「動くなよ」

「ユウヤさんっ、あ、あのっ、でもっ。カルティナさんが居ませんけどっ」


 その言葉に俺は、ああそう言えば、この前戦った時は前衛をカルティナに任せたのだと思い出した。


 馬から落ちて尻餅をついたままのジェシカへ、視線を向ける。


 あまり得意ではないが、安心させるように笑みを向けると、ジェシカはこんな状況だというのに不思議そうな顔をして俺を見上げた。


「あの時は面倒臭かったからな」

「え?」


 まず、飛び掛かってきたのは二体のコボルト。


 その動きは普通の人間では反応することも難しいくらい機敏だが直線的――馬鹿正直に正面から向かってきたその首に狙いを定めて剣を横に一閃。揃って頭を飛ばす。


 続けて、頭の無くなった身体を蹴りつけ、その勢いで後ろから向かってきていた数体に死体をぶつけて足を止める。


 その隙に俺は水の剣を無造作に振る。

 それは形を変え、剣から鞭へ。

 転がっていたもう一つの『頭の無い死体』に巻き付けると鞭を撓らせ、立っているコボルトへぶつける。


 そのままぶつけたコボルトも巻き込んで転ばせると、その合間に距離を詰めてきた一体のコボルトの頭部、コメカミを綺麗に蹴り抜き、そのまま足で地面へ蹴り倒すと頭部を踏み潰す。


 次に二体が腕を大きく振り上げながら向かってくる。

 陽光を弾いて輝く爪はその鋭利さを際立たせ、引き裂かれれば相当痛いだろうとか考えながら右手に持つ鞭を引いて二体の足に絡ませた。


「よっと」


 そのまま転ばせると、また鞭を引いて一体だけを引き寄せてからその頭を踏み潰す。


「ゆっくりと、身体を起こせ。刺激しないようにな」

「は、はい……」


 俺の言葉に従って、尻餅をついていたジェシカが身体を起こした。

 それを横目で確認して、視線を前へ。

 コボルトの半数はまだ転んだまま。残ったコボルトも……。


「あん?」


 そこで、ふと思う。

 おかしい。

 コボルトが一体も減っていない。


 逃げた馬を追ったコボルトが居ない。こういう時は残った俺達だけを相手にするのではなく、逃げた連中も追うのが魔物だ。

 本能的に、『恐怖を抱いている人間を襲う』ように行動する――それが、俺が知っている魔物の常識。

 だというのに、馬を追った魔物は一匹もおらず、全部が残っている。


「メンドくせえ」


 馬の方を追ってくれれば、城壁からの射撃や門を守っている兵士達で数を減らせたのに。


 再度、鞭を剣に変えてから溜息を吐く。


「た、立ちました……」

「偉いぞ。怪我は?」

「お尻が痛いです」

「そりゃ大変だ」


 コボルトの様子を確認して、その軽口を笑いながら横目を向けてジェシカの状態を確認する。


 ……足が震えている。痛みからじゃない――強がりで、俺の邪魔にならないようにしているようだった。


 芯の強い子だ……そう思った。


 コボルトが向かってくる。倒れていた者まで立ち上がり、横一列に並んで向かってくる様子は、確かに恐怖を感じてしまう。


 ただ、慣れた恐怖だ。慌てるようなことじゃない。


 冷静に残りの数を数えると、残りは十七匹。

 多いが、俺には問題無い。問題なのは俺の後ろ。芯は強いけど、怯えてしまっている少女。

 身を守る術がない。

 守ってやらなければならない。……そうやって戦うには、少しばかり数が多い。


「よおし。次はそのまま、後ろに――」


 下がっていろ。

 言うよりも早く、向かってきていたコボルトが不自然にその足を止めた。


「ユ、ユウヤさん……」


 ジェシカがゆっくりと、俺の名前を呼んだ。

 そして同時に、背後の森が動いた。

 いや、森の木々に止まって羽を休めていた鳥達が一斉に飛び立ったのだ。


 まるで森全体が揺れたかのような勢いで木々が動き、その大きな音に混じってガサ、と。遠くで草むらが揺れる音。


 異臭が強くなる。

 臭い――何日も風呂に入っていない、身体を洗っていない獣の体臭。


 嫌な予感にジェシカの腕を握って引き寄せると、胸に抱きながら即座にその場から飛び退いた。

 地面を蹴り、少しでも遠くに離れようとする。


 直後、森の木々が轟音とともに薙ぎ倒され、森から飛び出してきた巨大な影が先ほどまでジェシカが居た場所――その地面を抉った。

 その勢いを殺せぬまま、影は俺達を囲んでいたコボルトを踏み潰しながらようやくその勢いを止める。


 土煙が舞う。地面が割れ、抉られた。コボルト程度の爪ではどうしようもない――巨大な爪痕が残っている。


「……は?」


 あまりの衝撃に地面へ膝をつきながら、胸にジェシカを抱いたまま気の抜けた声を出してしまう。


 いや、だって――。


「何でこんな王都の近くにキマイラなんて湧くんだよ!?」


 いや、魔物はどこにでも湧く。不思議ではないのだろうけど。

 それでも、この世界に召喚されて十五年――いや、それ以前からずっと、この王都周辺にはそれほど協力な魔物は湧いていない。


 それも、『最初の勇者』が王都をこの場所に作った理由なのだろうと偉い学者さん達は言っていたけど――目の前の異形は大き過ぎる。


 体長は五メートルを優に超え、獅子と山羊の頭を持ち、蛇の尻尾を持つ魔物。身体は濃い体毛に覆われており、四本の足で地面を踏みしめている。


 右の前足にある鋭利な爪が、血で濡れている。勢い余って踏み潰したコボルトの血だろう。


 キマイラ。

 地球でも、どこかの神話で語られる魔獣。ずっと昔に召喚された勇者が命名した、確かに神話で語られる存在と遜色ない――魔物の中でも厄介とされる存在。


 その魔獣が、こちらの姿を視認して咆哮を上げた。獲物を見付けた歓喜の声ではなく、逃がさないという絶対の意思が籠った声。


 腕の中のジェシカが身体を震わせながら小さく悲鳴を上げた。


「そのまま伏せていろ。動くなよ……」


 ジェシカから手を離し、ゆっくりと……刺激しないように身体を起こす。


 その瞬間、キマイラの咆哮に触発されたのか、周囲のコボルトが負けじと大きな咆哮を上げる。


 直後、キマイラの尻尾が反応して最初に咆哮を上げたコボルトの頭に噛み付いた。

 蛇とは言っても本体が五メートルを優に超す巨体の尻尾だ。コボルトの頭部を簡単に飲み込み、あっさりと首を噛み砕いてしまう。

 ゴキリという鈍い音と共に骨が砕け、身体を捻ってコボルトの頭をねじ切るとそのまま飲み込んでしまった。

 残った身体が膝から崩れ落ち、倒れるよりも早くまた蛇の尻尾が噛みついた。そのまま今度はコボルトの全身を飲み込んでしまう。


 魔物に、仲間という概念はない。

 同じ種族であれば身内とか思っているのかもしれないが、キマイラのように巨大な魔物となるとコボルトやゴブリンも、野を駆ける獣と同じくただの餌でしかないと言われている。


 まあ、つまり。


「先に謝っとくっ」

「え!?」


 倒れたままのジェシカを腕の力だけで起こすと、そのまま肩に担ぐようにして駆け出す。

 キマイラの意識がコボルトへ向いている間に逃げる。


 なにせ、相手はキマイラ。

 残っている水は右手にある剣一本分と地面に落としたままの水袋一つしかなく、たったこれだけで正面から相手をするには少しばかり面倒すぎる。


 ジェシカの柔らかい感触を左半身で感じながら右腕を振って剣を鞭へ変えると、先程馬の鞍から降ろしていた水袋を回収。


 空中で袋を切り裂いて中身を取り出すと、鞭を伝って吸収する。


「目を閉じて、耳を塞いでろっ」


 距離は少し開いた。

 その間に残っていたコボルトは一体残らずキマイラに引き裂かれ、喰われていた。


 栗色の体毛の一部が鮮血に染まり、その獣欲に染まった瞳が俺を――ジェシカを捉える。


「ちっ。俺は眼中になしかい。いい度胸だ、犬っころ」


 キマイラがイヌ科かどうかは知らないが、気合いを入れるために悪口を言ってみる。

 その言葉が通じたわけでもないだろうが、先ほどよりも憤怒を感じさせる咆哮を上げてキマイラが俺を見た。


 水の鞭を右腕に纏わせ、そのまま包み込む。気分的には、腕甲とか、そんな感じ。水なのでそれほど強度は無いけど、無いよりはマシと言った程度。


 右肩までを水で覆って、その感触を確かめるように拳を握ったり開いたりする。


「コイツを食いたいなら、まずは俺を食ってみろっ」


 その声が引き金となって、キマイラが突進してくる。


 すさまじい加速。獣の狩りなんて生易しいものではない、特大のトラックが正面からブレーキ無しに突っ込んでくるような威圧感に身が竦みそうになる。


 魔物相手の戦いに慣れたとかでどうこうなるレベルじゃない。人間の本能が悲鳴を上げる。


 ――その悲鳴を押し殺して、水を纏った右腕を突き出した。


 獅子の頭が口を開ける。巨大な牙。糸を引く唾液。鼻が曲がりそうな口臭。

 突き出した腕を、獅子が噛んだ。けど、その牙を水の膜が防ぐ。

 それも一瞬――けど、その一瞬で良かった。

 噛まれた先の水を拳に集め、『キマイラの内側で爆発させる』。


 直後、獅子の頭部だけを残してキマイラの身体が吹き飛んだ。先ほどの咆哮に負けないくらい大きな音と、霧状になって周囲に浮かぶ血液混じりの赤い水。


 キマイラの肉片だけでなく、喰われたばかりのコボルト達の『破片』が周囲へ飛び散って辺り一面を血で汚した。


「……あー、いて」


 まだ腕を噛んでいる獅子の頭を地面へ捨てる。


 水の膜で覆っていたけど、牙は皮膚にまで到達していた。血が出ている。

 結構痛いけど、まあ痛みには慣れている。悲鳴を上げたり涙を流すほどじゃない。


 そのキマイラの頭部はしばらくして、黒い泥のようなモノに溶けて、地面に消えていく。


 ――久しぶりにやったけど、やっぱり痛い。


 使える水が残り少なかったり、外皮がアホみたいに固い相手へよく使っていた方法。自爆技。

 身体の一部を魔物の体内へ突っ込んで、内側から水を使って爆発させる。

 威力はこの通り。


 火の魔法ほど威力はないが、内部からの攻撃に普通の生物は耐えられない。……まあ、普通じゃない生物も居るけど。


 その肉体がどれだけ強靭でも内臓を鍛えることができるはずもなく、殆どの魔物の身体は内側からの衝撃で四散。

 外皮が固い相手でも、内臓に致命的なダメージを与えることができる。


 まあ、欠点もある。

 自分で自爆技と分かっているだけあって、こうやって獣に噛まれたのも一度や二度じゃない。


 あと、至近距離で爆発させるので、返り血をモロに浴びてしまう。


「ジェシカ、終わったぞ」


 返り血で汚れた顔を服の袖で拭いながら声をかける。

 その肩を叩くと、律儀に目を閉じて、手で耳を塞いでいたジェシカが目を開けた。


「――――」


 そして、一瞬驚いた顔をした後、そのまま気絶してしまった。

 何故、と思って自分の身体を見下ろす。

 着ていた服は血まみれで、キマイラの口に突っ込んだ右腕には大きな傷。


 ああ、血を見て気絶したのか。他人事のように思いながら、溜息を吐いた。


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