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【ウメ種】勇者を辞めた勇者の物語  作者: ウメ種【N-Star】
第一章
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第十五話「異変3」

 北門を出てしばらく馬を走らせると、まずは外壁の上へ居る見張りのほうへ視線を向ける。高い位置から俯瞰的に周囲を見渡せる見張りの視線を頼りに逃げ遅れた生徒たちがいるであろう方向へ向かうと、すぐに目的のものを見付ける事が出来た。


 魔物の一団が出没した事は旅人達にも伝わっているのだろう、人影のない何処までも続く緑色の草原に黒い影。

 魔物に追われている子供達だ。


 まだ遠い。


 こちらの声は届かない距離だが、向こうもこちらに気付いたのだろう。少し、逃げる足が速くなったように見える。


「はっ!!」


 手綱を引いて馬の頭をそちらへ向けると、腹を蹴って走らせる。

 今までよりもいくらか速い速度で景色が流れ、馬の足が地面を蹴る衝撃が身体を揺らす。

 先程借りた剣を抜く頃には距離は半分まで縮まり、その表情が見えてくる。


 俺を見付けて安堵したのかその表情は今にも泣きそうになっていて、けれどそのすぐ後ろにには彼らを追う魔物の姿。


 馬の走る勢いを緩めるどころか、再度その腹を蹴って加速させる。振り落とされないように左手に手綱を巻き付けて、右手に握った剣の調子を確かめるように強く握る。


「そのまま走れっ! 北門まで逃げろっ!!」


 擦れ違いざまにそう言って、馬上で剣を地面へ向ける。

 馬上での戦いで、剣は不向きだ。足元まで切っ先が届かないし、揺れる馬の上では狙いが定まらない。

 だから単純に、下段に構えた剣をそのまま――子供達を追っていた魔物の顔面へ叩き付けた。


「っと。いい子だから暴れるなよっ」


 刃で皮膚を裂くどころか、その頭蓋を叩き割る。

 頭の『中身』が宙を舞うとその衝撃に馬が驚き、走る足を止めた。

 周囲を魔物に囲まれる――その数は、七。それなりに多い。


「どうどう。よし、いいぞ」


 いきなり仲間を殺された事に警戒したのか、魔物達は攻撃してくること無くこちらを囲む。

 その間に視線を逃げる子供達に向ける。


 朝に見たジェシカと同じ制服姿と、ローブ姿の人。ローブを着ているのは教師だろう。

 生徒が三人に、教師が一人。聞いていた数より少ないことを確認して、次は魔物のほうへ視線を向ける。


 その全身は濃い体毛で身体が覆われていた。

 二本の足で立ち、二本の腕がある。けれどその頭部が人とは異なる。


 犬……に似ていると思う。高い鼻に、長い口。覗く牙は尖っていて、耳は頭頂部付近にある。

 口から涎を溢れさせながら『餌』に向かってくる様は、犬と言うよりも飢えた狼に近い。

 身長は成人男性より低く、体毛に覆われて分かり辛いが体格はがっしりとしていて常に腰を落として構える姿からは俊敏性の高さが窺える。

 尖った牙と鋭利な爪を見せてこちらの恐怖を煽る様子は、野生の獣を連想させた。


 ――コボルトだ。ゴブリンと並ぶ、どこにでも『湧く』存在。


「やるぞっ」


 剣を構えるのと、馬が体勢を整えるのは同時。

 俺の死角、背後から迫っていたコボルトの頭部を馬が後ろ脚で蹴り砕き、俺は剣を振ってコボルトが近寄らないように牽制。


 そうしている間に、馬が嘶きながら前足を大きく上げてもう一体のコボルトの頭を踏み砕く。


「偉いな、お前っ」


 剣を投げつけて、コボルトの胸を穿つ。これで残り四体。

 コボルトは逃げない。目の前に存在する新藤裕也という『餌』を食うことしか頭にないのだ。


 三体を殺した事で包囲に穴が開き、そこへ向かって馬を走らせながら鞍に積まれていた水袋を手に取って口を開く。


 ひっくり返して水を全部出すと合掌するように手の平を合わせて、成形。


「よおし、いいぞ。あと少しだ」


 俺が手を合わせていたのは、ほんの数秒。

 そして合わせていた手を離すと、水袋から零れ落ちた水が集まって槍の形を成す。


 創り出した水の槍を右手に握る。柄は二メートル近く、刃先は三十センチほど。槍と言うよりも薙刀と言った方が近い形状。


「さあ、行くぞっ」


 俺は馬の頭をコボルトへ向けると、腹を蹴って加速。


 コボルトが馬の直線状から退いたのを確認してから槍を一閃。馬の右側に退いた二体のうち、まず一体の首を刎ね、続けてもう一体の胸を貫く。


 残り二体。


 馬の後ろから駆けよってきたコボルトに向かって、槍で貫いていたコボルトの死体を投げつけて足止めをしてから、馬を振り返らせる勢いを乗せて大きく槍を横に薙ぐ。

 丁度、もう一匹が駆け寄ってきていた所だったのか。槍の先端から堅いモノを斬る感触が伝わってきた。そこには、頭部を失くしたコボルトの死体。


 最後に、仲間の死体に押し潰されて動けないコボルトへ向かって槍を投げて死体ごと貫く。


 水の槍は俺の手から離れて数秒後に、元の水へと戻って地面に広がった。


「偉いぞ――いい馬だな、お前は」


 俺はその首筋を撫でてやってから、手綱を握りなおす。


 聞いていた話だと、あと三人。


 何も無い草原を見回すが、それらしい人影はない。北門の方を見ると、先程助けた子供達はもうすぐ王都の方へ逃げ込もうとしている所。


 そのまま視線を上へ。

 目を細めて外壁の見張りをしている兵士を見ると、その視線が東の方を見ている事に気付く。


「向こうか、行くぞっ」


 手綱を操って駆け出す。


 北門を抜けて少し進んた東側には小さな森がある。小さなと言っても、森だ。まっすぐ歩けば半日もかからずに抜ける事は出来るが、木々の緑葉は多く、森の中には太陽の光があまり届かない。


 その森の入り口、草むらに身を隠していたのだろう。

 数人の子供達が複数のコボルトに囲まれていた。数は、十体以上は居る。


 自然に沸いたというには不自然な数に、野営地がコボルトの巣の近くだったのかとも思ったが、さすがに野営前にはこの近辺を学校の教師が下見しているはずだ。

 コボルトの巣に気付かないという事もないだろうし――まあ、考え事は後にしよう。


 幸い、生徒たちもコボルトも、俺にはまだ気付いていない。どちらも目の前のことで精いっぱいのようだ。


 コボルトの数を数えようとして、途中で数えるのも面倒になりながら、残り二つになった水袋の一つを手に取って中身を取り出す。


 作り出すのは、今度は剣だ。


 コボルトに囲まれている子供の数は三人。そして、そんな子供達を庇うように立っている教師が一人。予想していたけど、やはり人数が合わない。それでも、一人多いだけなら誤差だ、誤差。


 それを確認してから、コボルトの包囲が手薄な場所から囲みを突破した。


「大丈夫か!?」


 途中、一体のコボルトを馬が踏みつけて数を減らす。


「た、たすけか!?」

「ああっ」


 俺は馬から下りて、剣を構えた。


 コボルト達は突然の乱入者に驚く素振りも見せず、警戒したまま包囲を狭めてくる。


 乱入者を警戒するよりも、獲物が増えたと喜んでいるのかもしれない。その表情に変化はないけれど。


「馬には乗れるな? 生徒と一緒に逃げろ」

「あな――」


 俺の身を案じようとしたのか。教師が口を開こうとして、けれど言葉を噤んだ。

 俺が何者なのか、気付いたのだろう。

 新藤裕也。『元』勇者――元だなんて言っているが、それでも『勇者』の能力を失くしたわけじゃない。


「この場をお願いしますっ」

「おう。ちゃんと無事に戻ってくれよ――怪我でもされたら報酬が減るからな」


 教師と思われる胸当てや手甲と言った軽装備を纏っていた男が生徒達を馬へ乗せようとする。


 その隙を狙って駆け寄ってきたコボルト、その先頭に立つ一体を上段に構えた水で作り出した剣を振り下ろして『叩き潰した』。


 脳天から振り下ろした剣は、その勢いのまま肉体を潰し、地面へと叩き付けられる。

 綺麗な緑色の草原、その一部が剣を叩きつけた衝撃で地震でも起きたかのように揺れる。

 その中心にあるコボルトの死体は、文字通り『肉塊』へと変わり果てていた。


 何と言ったか――言葉は覚えていないが、その意味は覚えている。

 一対多の場合、大切なのは最初。初手。一発目。

 どれだけ他の敵を『ビビらせられるか』が肝心なのだ。

 斬るでも突かれるでもなく、目の前で仲間が潰れた『肉塊』に変わると、さすがに人を殺すことしか考えていないコボルト達であっても俺を警戒するようにその足を止めた。


「ユウヤさん!?」


 少し高い場所から、名前を呼ばれた。

 つい最近、聞いた覚えのある声だ。


「あん?」


 一歩下がって横目を向けると、馬に乗ろうとしている生徒……ジェシカが驚いた顔で俺を見ていた。

 北門でも、先ほどすれ違った四人の中にもその顔を見なかったから少しだけ心配していたが、ようやくその顔を見付けることができた。

 それほど親しいわけではないが、やはり知っている顔の無事を確認すると安心してしまう。


「無事だったか。逃げてきた生徒たちと制服が同じだったから――っと」


 あまり長話をする余裕もないので、まだ俺が居る事に驚いている彼女のお尻を左手で押すようにして馬の鞍へ押し上げると、先に乗っていた教師が彼女の手を引いて引っ張り上げた。


 その間に向かってきたコボルトの二匹を、ジェシカを押し上げているのとは逆の手に持った水の剣を無造作に振って威嚇する。


 先ほど『潰れた』仲間の姿が頭にあるのか、踏み込んでこない。


「さっさと行け。振り返るなよ」


 その隙に、馬がすぐに走り出す。

 ……が、焦っていたからだろうか。それとも、やはり馬一頭に人間四人は限界があったのか。

 ジェシカが勢いよく地面へ落ちた。釣られて落ちようとした別の生徒を、教師が必死に手で支えながら……馬が走り去っていく。


「……いたいです」

「今がどういう状況か、分かってるか?」


 あの状態では手綱を操る余裕も無いだろう。馬は北門の方へ向かっているが、止まる様子はない。


 ジェシカが完全に置いていかれる形になってしまった。水の剣を握っていない方の手で、頭を掻く。


 同時に、仲間を殺された衝撃から立ち直ったのか、コボルトが俺達を囲んだ。


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