第十四話「異変2」
北門付近には、人が集まっていた。
その人波を掻き分けて前に進む途中、誰かの話し声が耳に届く。
「酷い怪我だ」
「あれ、騎士学校の教師らしいぞ」
その声を聞きながら人波を抜けると、北門を守る兵士の傍で倒れている二人が目に入る。
血を流している――その臭いが、風に運ばれて離れている俺の場所まで届く。
離れていても二人の教師が重症である事が分かった。そんな教師たちの他にも、数十人からなる無事な教師や生徒の姿。
その生徒達――制服姿には、見覚えがある。
ジェシカが着ていた服と同じなのだ……騎士学校の生徒という事である。
不安な表情をしている生徒たちを見回すが、ジェシカの顔は無い。
その生徒達は恐怖と焦りで混乱し、教師達はそんな生徒達を宥めている。
足早に駆けよると、その二人を手当てしようとしていた兵士が揃って顔を上げた。
兵士の数は四人。鉄の鎧兜に身を包み、石畳の上へ持っていた槍を落としている。
「どうした」
「いきなり駆け込んできたんだ――って、アンタは」
何かを言おうとした兵士よりも早く、倒れている二人を見る。傷は……深い。二人とも、腕や身体に大きな傷を負っている。
特に酷い方は、傷口から白いモノ……骨が覗いてしまうほどの大怪我。
それも、剣で斬られたり槍で突かれた傷ではない。裂傷――爪痕。魔物に負わされた傷であることが一目でわかる。
馬に乗ってきたのだろう。
体毛が血で汚れた馬が一頭、外壁の傍に居た。
「何があったんだ?」
「魔物が……突然、大量に」
言葉はしっかりしている。説明もできる事から、意識はちゃんとしているのだろう。
それとも、痛みが気絶させてくれないだけか。
「どこでだ?」
「北、門の先……森の入り口に、野営用のテント……生徒が、まだ……」
「わかった」
言葉がはっきりしているのを確認してから、兵士達に手当てをさせる。
他に、何か詳しいことを知っていそうな人はいないかと周囲を見回し、生徒達を宥めている教師を見付けて歩み寄った。
「逃げ遅れたのは?」
「あ、あなたは……シンドウ、ユウヤ」
「いいから答えろ。逃げ遅れた教師と生徒は居るのか?」
「だ、大丈夫です――問題には、学校の教師が、対応しますから」
「いいのか? アンタのその服、騎士学校の教師だろう? 生徒には貴族のガキも多いって聞くぞ。そんな子供に何かあったら、アンタ達の首だけで問題が解決すればいいけどな」
まあ、『騎士』学校というだけあって、こういう荒事も授業で起きる可能性だって親も了承しているだろうけど。
それでも納得できないのが、『親』というものだ。
多額の慰謝料――下手をすれば、学校の存続が危うくなるほどの額を請求されるかもしれない。
いや、金で解決できるかも怪しい所だ。
それを混乱している頭でも理解できたのだろう、教師は顔を青くしながら途端にオロオロとしはじめた。
「それより、逃げ遅れた生徒が居るんだな。場所は?」
「わ、私の一存で貴方を使う訳には……」
「貴族の親に学校が潰れるほど金を払うのと、格安で俺に依頼を出すの。どっちがいい?」
「う……」
「好きなだけ悩め。ああ、でも。もしかしたら、急がないとガキは殺されるかもしれないけどな」
そう言い捨てて自分の服装を見る。
今日はパムとベリドの買い物に付き合うだけの予定だったので、着ているのはチュニックにベスト、それに厚手のズボンというラフな格好。
剣の一本も持っていないのはさすがに心細いので周囲を見回すと、怪我をした教師が乗ってきたであろう馬の鞍にいくつかの荷物が吊られているのが見えた。
夜営で使う荷物――毛布や日常品が詰まっている膨らんだカバン。邪魔なソレを地面へ投げ落とすと朝、ジェシカが野営の訓練だと言っていたのを思い出す。
他にも鞍に積まれていた邪魔な荷物を下ろしていくと、やっぱりあった。飲み水が詰まっている大きな水袋だ。それが三つ。
何か不測の事態が起きた時のために保存食や水は別途に用意してあったようだ。
これがあれば俺は戦える。鉄の剣よりも、よっぽど心強い。
「おい、応援は頼んだのか?」
教師を手当てしている兵士に尋ねると、早馬で王城の方へ伝えたらしい。
外壁の上には見張りの兵士が居るはずだが、それは『見張り』だ。救出や探索に回せる戦力ではない。
怪我をした教師が森の近くだと言っていた事を思い出し、頭の中に王都周辺の地図を広げる。
北門側で一番近い森なら、見張りの視力なら目が届く。
そこから救援を要請したと考えて、さっきの悲鳴が聞こえてからの時間を考えると、応援が来るまではまだ時間が掛かるだろう。
まだ狼狽えている教師へ視線を向ける。
「魔物の数は?」
「わ、分かりませんっ」
「分からないはずがないだろ。思い出せるだけでいい何匹以上か――おい、見張りは魔物の数が見えていたか?」
成り行きを見ていた兵士へ聞くと、その兵士は外壁の上に居る見張りへ声を張り上げた。二十匹近いという答えが返ってくる。
森の中で襲われたらしく、正確な数は分からないとも言われた。あと、魔物の種類も。
ただ、小柄だったという事だ。
魔物の種類は分からないが、それだけの数が相手となると騎士団員が五十人程度は必要になる数だ。魔物一匹に二人掛かり、数を多く見積もって二十五匹と考えれば、だ。
城にも勇者は居るのだが、まだ来ない所を見ると今回は動くつもりは無いのだろう。それとも、何か別の理由があるのか。
王族とか貴族とか勇者とか、変なしがらみが多いのだ、城の中では。やれ名誉だ、やれ名声だ。
そういうのが苦手なので勇者を辞めたというのもあったから、躊躇いは無かった。
まだ『勇者を辞めた男』に任せるのを躊躇っている教師の胸倉を乱暴に掴む。周りの生徒達が悲鳴を上げたが、気にしない。
というか、これから人助けをしようとしているのに、これでは俺が悪者ではないか。
まあ、いいけど。
「生徒の数を数えて、何人足りないか教えろ。あと、あの馬と水を貰うぞ」
言って、手を離す。教師は、慌てて残っていた他の教師を集めて生徒の数を数えだした。
俺はそれを横目で見ながら、馬の鞍の調子を確かめる。
三つの水袋全部に水が残っている。一つが半分くらいしか入っていないけど、二十匹程度ならもつだろう――多分。
「おい。余っている剣があったら一本くれ」
「あ、はいっ」
兵士の一人が、腰に吊っていた剣を差し出してくれた。
それを……。
「……ついでにベルトもくれ」
「はい」
ベルトも借りて、剣を腰に吊る。さっきまで怪我人を乗せて走っていたであろう馬は、今はもう呼吸を整えている。もう少し走ってくれるだろう。
首筋を撫でると、こっちに顔を寄せてきた。可愛い奴だ。
「せ、生徒が七人。教師が三人……居ません」
「わかった」
焦っているので数え間違いもあるだろうが、その数を目安に動くとしよう。
騎座へ飛び乗ると、鐙に足を乗せて手綱を握る。
「よし、行くぞっ」
馬の腹を蹴ると、一気に北門から飛び出した。