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【ウメ種】勇者を辞めた勇者の物語  作者: ウメ種【N-Star】
第一章
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第十二話「カルティナ3」

「おはようございます、ユウヤさん」


 前夜に深酒をしていなかったからか、珍しく朝から目を覚ましていた俺は洗濯物を干す手を止めて声がしたほうへ顔を向ける。

 見ると、家を囲む柵の向こう側で金色の髪を風に揺らしながら、ここ最近で見慣れた青い制服姿のジェシカが、笑顔で俺に挨拶をしていた。


「おはよう、ジェシカ。早いな」


 依頼を受けてから数日。

 懐かれたというか気に入られたというか、あれから毎日学校へ行く前に決まって挨拶をしてくれる美少女の明るい声に、こちらも気持ちを軽くしながら挨拶をする。


 けれど、今日はいつもよりも家の前を通る時間よりも少し早い。その事を聞くとジェシカは元気な声で「はいっ」と返事をした。

 もしかしたら俺に聞いてほしかったのだろうか……と思ってしまうくらいの元気さだ。


「今日は学校の授業で、王都の外へ出るんです」

「外に?」


 その言葉に、首を傾げる。

 王都の外――王都を囲む外壁は最初に召喚された『勇者』の魔法で魔物が侵入しないように造られているが、それは王都の中の話だ。

 外へ出れば魔物に襲われる。

 それは常識であり、だからこそ隣村へ行くにも傭兵を雇ったりするのだが……。


「外って事は、魔物退治か?」

「いえ、野営の訓練をするそうです。二泊。それで今から、北門に集合なんです」

「それはまた、随分と……」


 二泊っていうと、結構な長丁場だなあ、と。

 危なそうだと思ったが、流石に生徒だけでという事はないだろうから教師も同伴だろう。


「夜営の経験なんてあるのか?」

「いいえ。昨日お父さんに聞いたんですけど、周りに合わせて迷惑を掛けないように、って言われました」

「ま、そうだな。外で寝るとなると慣れない状況にイライラする人も居るだろうし、喧嘩しないように気を付けることも大切だぞ」


 シャツを木製のハンガーに吊るしながら言うと、ジェシカが手で口元を隠しながらクスクスと笑った。


「ユウヤさん、なんだかそういう事をするの似合いますね」

「話、聞いてたか? まあ……微妙に嬉しくないけど、ありがとう」

「え、褒めたつもりだったんですけど……嫌でした?」

「嫌じゃないけど、洗濯物を干す姿が似合うっていうのもなんとなく複雑というか――ありがと」


 もう一度ありがとうと言って、咳払いをする。


「それにしても、入学したばかりだっていうのに騎士学校の授業ってそんな事までするのか?」

「そうみたいです。驚きました」


 騎士学校に通う子供には、貴族出身が多い。

 ジェシカのように兵士の子供が王城の伝手で入学する事もあるが、多くが貴族の子供が大金を出して入学する。


 なんでも、騎士の肩書きは見栄えが良いらしい。

 昔、仕事を受けた依頼人の貴族の一人がそんな事を言っていた。まあ、そういう連中からすると『騎士』というのは人を守る職ではなく、ただの『肩書き』でしかないのだろう。


 そんな事があったので、騎士学校の授業というともっと安全なものだと思っていたのだけど。


「ふうん……怪我、しないように気をつけろよ」

「はい、ありがとうございますっ」


 俺が言える事なんてそれくらいだけど。

 その元気な「ありがとう」に苦笑して、新しい洗濯物を干していく。


「それじゃあ、そろそろ行きますね」

「おー。気を付けてなー」


 見慣れた白い外套と蒼のスカートを翻して走っていく後ろ姿を見送り、溜息を一つ。

 若いなあと思って、その考えに自分でダメージを受けてしまったのだ。


「はあ」


 そんなこんなで洗濯物を干し終えて家の中に戻ると、カルティナが朝食を用意して待っていた。

 今日は近所のパン屋で売っているバターロールに目玉焼きとジャガイモの味噌汁。それと、彩り豊かなサラダ。


 味噌汁の具には日本人には馴染みの深い豆腐やわかめもあるけれど、豆腐は製造法がまだ異世界では普及していないので高価だし、わかめは海が近くに無いのでそもそも王都の市場には出回っていない。

 港町だとすぐに手に入るそうだが、みそ汁のために港町まで遠出するというのも面倒でしかない。

 なので王都で味噌汁の具と言ったら、ジャガイモやダイコンに似た野菜が普通だった。


 ここ最近、ようやく市場に安価で出回るようになった味噌も、結構前に召喚されてきた勇者が製造方法を伝えていた。ちなみに、名前は勇者印の味噌。


 ……戦うことしか考えていなかった自分とは違って、他の連中は色々と考えている事というか思考が柔軟だよなあとか思いながら席につく。


 ちなみに、俺の席には箸が。カルティナの席にはナイフとフォーク、それにスプーンが置かれている。

 何度か訓練したけれど、どうしてもカルティナは箸を使う事が出来なかった。


「ジェシカと話していたみたいね」

「なんだ。聞こえたか?」

「いいえ。窓から見えたの」


 ああ、キッチンの窓は庭に面しているからな。調理をしながら見えたのだろう。


 焼かれてまだ時間が経っていないのか、まだ僅かに暖かなバターロールを齧り、サラダと一緒に皿に盛られていた目玉焼きへ箸を伸ばす。

 白身の端はわずかに焦げ目がつくまで焼かれているが、中央にある黄身は箸を入れれば簡単に割れてしまうくらい柔らかく揺れている。

 黄身は半熟が好みの俺からすると、最高の焼き加減である。

 柔らかな黄身に箸を入れて白身に乗せると、その部分を切り取ってからまずは卵だけの味を楽しむ。

 その白身も、周囲はわずかに焦げているのに中央付近はプルプルと震えるほど柔らかい。使った卵が新鮮な証拠だ。


 余計な手を入れず、水で洗って盛りつけただけのサラダで口内に残る目玉焼きの味をなくすと、今度は目玉焼きと一緒にまだ微かに暖かいパンも一緒に楽しむ。


 パンだけ、目玉焼きだけ、そしてパンと一緒に食べる目玉焼き。

 その味に気を良くしながら、半分ほどを食べ終えて水で喉を潤すとそこで一息ついた。


「そういえば、さっき話していたジェシカ。今日から王都の外で二泊するんだとさ」

「そう」


 何とも素っ気ない言葉だが、いつも通りのカルティナだ。

 特に気にする事も無く、いただきますと手を合わせて用意してもらった朝食を食べる事にする。カルティナもそれに倣って食事を開始した。


「随分と、仲が良くなったのね」

「そうか?」


 パンを齧りながらカルティナの顔を見る。

 そんな事を言われたのは初めてだったのだ。今までは、俺が誰と話そうが気にしないようやヤツだったのに、と。


「まあ、近所だしな。挨拶くらいはするだろ」

「今まで会話もした事が無かったのに?」


 言われると、まあ確かに、会話どころか挨拶もしたこと無かったけどと思ってしまった。


「人は不思議ね。たった一度の邂逅で、こんなにも関係が変わってしまうのだから」

「本当にな」


 今まで勇者だ何だと持て囃したのに、たった一度人間を傷付けただけで手のひらを返された経験があるので、それには深く同意する。


「それにしても、お前がそんな事を気にするなんてどうかしたのか?」

「何か変かしら?」

「いいや。今まで俺が誰と話してもあまり気にしなかったから、驚いただけさ」


 そう言って味噌汁を啜ると、その手が止まった。


 今日はこっちか……。


 味噌独特の味は悪くないのだが、それに混じってなんか少し硬い……なんだこれは。

 その元凶であろう、ジャガイモに混じっていた謎の具だけを口に含むと椀から口を離してソレが何なのかを確かめる。


「美味しい?」

「あー、まあ」


 普通。本当に、普通。謎の物体も、舌で確かめるとジャガイモの皮だった。


「ジャガイモ、皮がちゃんと剥けてないぞ」

「ユウヤ。ジャガイモは皮と身の間に一番栄養があるらしいわ」

「……なんか微妙に間違っているような、そうじゃないような。どっかで聞いた事があるような話だな」


 まあ、最近の料理では一番美味いだろう。普通に食べられるし、泥はちゃんと落としてあるみたいだし。

 食事を再開すると、カルティナが食事の手を止めないまま、じっとこっちを見ていた。


「どうした?」

「美味しい?」


 ああ、そういえば言ってなかったな。


「ああ、今日のは美味いよ」

「そう」


 そう口にしても、カルティナの口からは素っ気ない言葉しか聞けないのだけれど。

 それでも、いつもより早く動く手に持ったナイフとフォークが、彼女の機嫌が良い事を窺わせる。


 そうして、今日もまたいつも通りの一日が始まるのだ。

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