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【ウメ種】勇者を辞めた勇者の物語  作者: ウメ種【N-Star】
第一章
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第十一話「カルティナ2」

 ああ、これは夢なんだな、と。

 まず最初に、そう確信した。

 髪を濡らして頬を伝う雨の冷たさも、濡れて肌に張り付く服の感触も。夢とは思えないくらい鮮明なのは、俺がそれだけこの夢を、この時を強く覚えているからだろう。

 十三年前。

 まだ俺が『勇者』だった頃。『勇者』を名乗っていた頃――。


「いったい、何なんだってんだよ、お前はっ!?」

「アンタ達こそ、なにやってんだ!?」


 肩口を狙って振り下ろされた長剣を左手に持った鞘で弾き、返す刃でその胴を狙って横に薙ぐ。

 当てるつもりは無かった。怯ませる目的で振るった刀の切っ先が相手の服に引っ掛かって布を裂き、その下に隠されていた男の腹部を露出させる。


 そう、男だ。

 俺が刀の切っ先を、刃を向けているのは男。

 魔物や魔族ではなく、人間。


 俺は人間に刃を向けて、声を荒げ、そして同時に怖くて今にも逃げ出してしまいそうになっていた。

 人間に刀を向けたのは初めてだったから。

 今日この時、この瞬間まで俺の敵は『魔』だけだったから。


 男たちの服装も、村人が普通に来ているようなチュニックに厚手のズボンだけ。鎧兜で身を守っているわけじゃない。

 手に持っている両刃の剣だって、よく見ると刃毀れしていて簡単に折れてしまいそう。

 騎士や兵士ですらない、ただの村人。

 その村人が俺に剣を向けて、怒りを向けている。


 雨が、降っていた。

 曇天の空、深い森の中。周囲に俺達以外の人の気配は無く、あるのは雨音を弾く木々の緑葉ばかり。

 濡れた髪が視界を僅かに塞ぎ、頬に張り付く。濡れた服は重くなって動きの邪魔になり、体温を奪う。ブーツの中に溜まった水が踏み込むたびにグジュと音を鳴らして気持ち悪い。

 荒い息は、自分のものか、目の前に立つ男達のものか。

 数は三人。

 男達は殺気立った視線を向けてきた。


「ふざけんなよ、『勇者様』!! アンタ、自分がなにやってるか分かってんのか!?」

「アンタ達こそ、こんな――」


 その剣幕に圧されて、後ろへ数歩下がる。抜き身の刀を右手に、いつでも動けるように腰を落としたまま視線を男達から逸らす。

 俺の後ろ。身体を隠すはずの服を引き裂かれた――女性の姿を。

 けど、普通じゃない。

 美しい女性だ。人形のように整った容姿、雪のように白い肌。十人が十人「美人」と答えるであろう女性だが……その背には翼と尻尾があり、明らかに人間ではない。


「俺はっ、こんな事をさせるためにアンタ達を守ってるんじゃない!!」

「うるせえ! そいつは魔族なんだよ。魔族なんだから、何やったっていいんだよ!!」

「そんなわけ――」


 言い切るよりも早く、二人の男が剣を手に向かってくる。

 遅い。まるでスロー再生のようにゆっくりと――落ちる雨粒すら見えてしまうほどの動体視力を以て行動を視認し、余裕をもってその手から剣を弾き飛ばす。


「ぐっ」

「ぎゃっ」


 二人の男が悲鳴を上げながら手を押さえて後退した。

 痛みで冷静になるかと思ったけど、むしろ痛みを感じた事で怒りが増したのか、瞳はしっかりと俺を見据えて逸らされない。

 今度は、剣ではなく護身用だろう刀身が短いナイフを抜いてしまうほどだ。


「どけよ、勇者様。そいつは魔族だ――魔族の女なんて、なにしたっていいだろ!!」

「いいわけあるか!!」


 今度はこちらから踏み出し、手のナイフを弾くと抵抗できないように腕を浅く切りつける。

 雨に濡れた刀身に血の紅が乗り、雨と一緒に流れ落ちていく。


「なんでだよ!? 魔族だ、魔族なんだ!! 何人も仲間を殺された、人間を殺された! 殺されたんだ!」

「だからって、こんな――」


 その勢いに押され、言葉が詰まる。

 魔族。人間の敵。人類の敵。

 倒すべき敵だ。倒さなければならない敵だ。『勇者』に用意された、世界の敵だ。


 倒せば賞賛され、認められ、『元の世界ではただの人間』でしかなかった俺達が、胸を張って他人から認めてもらえる『敵』だ。


 そう教わったし、俺だって今までそうやって生きてきた。


 けど。でも――だからって、乱暴していい理由になるものか。魔族だからって、何をしてもいい理由になるものか。


 俺の後ろで、魔族の女性が剥き出しの肌を隠すように身体を丸めている。人形のように硬い表情のままでも、分かってしまう。

 怯えているのだ。

 人間に。男に。


「憎むのはしょうがない! 分かるよっ、アンタ達がどれだけ魔を憎んでいるかなんて――でも、こんな……怯えてる女性に乱暴するなんて、そんなの見過ごせないっ!」

「うるせえよ! ちょっとばかり特別だからって、講釈垂れてんじゃねえぞ!」


 三人が目配せをした。そして、抵抗できないようにと腕を浅く切った二人が再度向かってくる。

 手に武器は無い。ただの体当たりだ。

 そう判断して横へ避けようとして……後ろに怯えている女性が居る事を思い出す。

 それが失敗だった。

 一瞬足が止まり、成人男性二人の体当たりを正面から受ける。それだけで体勢を崩すほどヤワな鍛え方はしていないが、それでも動きを制限されてしまう。


「このっ」

「ぎゃあっ」


 咄嗟に、刀の柄で強かにその背を打ち据える。ゴキ、と嫌な感触。背骨ではないが、男のどこかの骨が悲鳴を上げた感触に自分の身体が硬直し、残ったもう一人の男がしっかりと俺の腰に抱き付いた。

 服を引っ張られるが、人間の力程度で破けるような素材じゃない。この国の王様が魔族と戦うために用意してくれた特注品。

 怪力が自慢のオーガの腕力にだって一瞬耐えられる、鎧よりも軽くて頑丈な服なのだ。


 とっさに柄で打ち据えた男は地面へ沈み、痙攣している。死ぬようなケガじゃない――と思う。

 けど、今日まで二年間、ずっと魔物や魔族と戦ってきたのだ。

 人間相手の力加減なんか知らないから、怖くなってくる。大丈夫かと確かめようと男に組み付かれたまま倒れ伏した男のほうへ意識を向けると、そんな俺の横をまだ怪我をしていない三人目の男がすり抜けて後ろで怯えている女性の元へ向かう。


「へへ。俺達の仲間を殺しまくったんだ。これくらいの役得が――」


 それから先の事は覚えていない。

 いや、『忘れた』。


◆◆◆◆◆


 嫌な夢を見たな、と……それが、最初の思考だった。

 目を開けると、カーテンの隙間から差し込む茜色の眩しい光。

 どうやらいつの間にか眠っていたらしい。横になっていたソファから身体を起こすと、頭を掻く。


「おはよう、ユウヤ」

「もう夕方だけどな」


 どうやら、夕食の用意をしていたらしい。

 窓から差し込む夕焼け色の中、カルティナの姿が影になって視界に映る。

 キッチンで文字通り格闘している女性――真っ黒な一つの影となった彼女が、料理をしている。


「今日の晩御飯はなんだ?」

「魚よ。今日、安かったの」

「そうか」

「うなされている様だったけど、疲れているの?」

「そうじゃないけど……なんで?」

「疲れているなら糖分を摂るといいってサティアが言っていたの。砂糖で焼いたら、疲れがとれるかしら?」

「……普通に、塩で頼む」

「わかったわ」


 相変わらずの物凄い発想に、言葉に詰まりながら塩焼きを注文する。


 カルティナは、料理が出来ない。

 苦手ではなく、出来ないのだ。

 彼女は人とは味覚が違う。だから料理を教わったら、レシピ通りに作るしかない。けれどどうしてか、身体に良いとか聞くとそれを試してしまう。


 悪い癖、というよりも……良くも悪くも人の――俺の健康を考えてくれているというべきなのか。

 内容はともかくとして。

 苦笑して、またソファへ身体を横にする。


――あの判断を、間違っているとは思わない。

  後悔はしていないし、現状に不満はない。


 ……昔、勇者と呼ばれていた。

 世界を救うために戦い、人を守るために戦った。

 もう、十年以上も昔の話だ。

 今は、俺が守りたいと思った人だけを守る。

 そういう生き方をすると決めた。

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