表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

井戸の中の短編集

通り過ぎたタクシー

※一部地域では意味が通じないかも知れませぬ。

「この前の話なんだけどさ」


 向かいに座っていた友人が、手酌で冷酒を注ぎ足しながら切り出したのを聞いて、僕は黙って頷いた。

 彼が突然話題を変えるのはいつものことで、話のついていけなくても怒らないのも知っている。とりあえず話の続きを聞いてからでも良いのだ。


「夜中の三時より少し前くらいかな。車を運転して帰ってたんだよ。隣に嫁乗せて」


 前提として補足しておくと、友人は夫婦で飲み屋をやっていて、一時に閉店してから片づけをするので、大体帰りはそれくらいの時間になるらしい。


「でさ、交差点に差し掛かって、俺は左折レーンに入ったわけ。んで、左の方で信号待ちしているタクシーがいたんだよ。それが一目見て、思わず吹き出しちまうようなのでさ」


 友人側も交差する車線側も両方赤信号というタイミングだったらしい。


「疲れた感じの爺様がドライバーなんだけど、ムスッとした顔してハンドル握っているのに、全然似合ってない七色に輝く上着を着ていてさ、タクシーの車体も七色。派手すぎだよな」


 想像してみたが、うまくイメージできない。

 車体カラーはタクシー会社のカラーでもあるだろうに、そんなにカラフルにしておく必要があるんだろうか。インパクトはあるだろうけれど。

 そう考えている間にも、友人は話を進めている。


「変なのが、屋根の上にある行灯な。あれは普通に地味な深緑色でさ。どうせ七色で攻めるならそこもやれよ、と思う」


 行灯という言葉に引っかかった僕が聞き返すと、タクシーの屋根についている会社名が書かれた表示灯のことらしい。

 知らなかった、と僕は酔いで熱くなった頬におしぼりを当てる。


「そう思っている間にこっちの信号が青になったから、そのタクシーの横を通り過ぎるようにして左折したんだけどなぁ……客がさ、乗ってたんだ」


 目を細め、友人は急に言葉のトーンを落とした。

 僕の手元辺りを見ていた視線は、少しだけ逸れている。


「通りすがりに見ただけなんだけど、派手なタクシーに似つかわしくない、暗ーい雰囲気の女でさ。白いトレーナーみたいな、飾り気なんて全然ない服着てたんだよ」


 真夜中だから、女性が一人でタクシーに乗っているのは不思議じゃないだろうに、友人はそれがとても重要なことのようにゆっくりと語る。

 信号待ちのタクシーと、その横を通り過ぎた友人。

 ちらりと見えた乗客の女性。その表情までは見えなかったらしい。


「……わかってないな?」


 何の話かわからず、僕は首を傾げた。


「さっき言っただろう? タクシーの行灯は点いていたんだよ」


 それに気づいた友人は、バックミラーにもサイドミラーにも目を向けることなく、無言で車を飛ばして帰宅したそうだ。


「帰り道を変更したけどな。飲み屋街で仕事していると、タクシーなんて大量に見る。またアレを見てしまうかと思うとな、正直、怖い」


 そのルートだけは避けるべく、僕はタクシーに遭遇したという交差点の場所をもう一度聞き返した。

お読みいただきましてありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 実際の経験談ですよね、三途の川を渡してくれるのかな… [気になる点] ムカデとかヤスデとか、天井からベッドの頭の上に落ちてくるのも、地味ですけど、恐ろしいですよ…2~3年に1度ですけど………
[一言] 意味深な終わり方ですねぇ。 「僕」は何で聞き返したのか・・・
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ