表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無職だけど異世界で旅がしたい  作者: 橘麒麟
預言者たち:滅びた王国
6/51

「ラケル王女、希望を捨てないで」

廃墟の城下町へ辿り着く。辺り一面、瓦礫の山。

草木がそれを覆っていないことから、滅亡から時間はそう経っていないことが分かる。


ラケルは走り。

歩き。

そして立ち止まる。


現実から目を背けるかのように、空を見上げた。髪の毛が垂れ下がって見えるのに哀愁が漂う。


荒野の空っ風まで吹くのでますます寂しい情景だ。崩れた瓦礫や焦げ付いた木の匂いがする。


リリルアがやっとの思いで走り、ラケルに追いつく。

その時、ラケルは地に膝をつきうずくまって怯えていた。


精一杯力を込めて、自分の心を守ろうと必死に腕で体を抱きしめる。震え。

それは自分の行き場所を、探しても探しても見つけられない。そういう力の動きだ。


ふと、ラケルが旅を始める時に言っていた言葉を思い出す。老婆から幼女へと姿を変えた時…


ーーそれで、記憶も戻ったのだ…私の名前はラケル・フォン・シュトロハイム。遥か西にある王国の王女。とはいえこの不景気、戦争も多く起きたのだろう。私の王国が健在かは分からん。もはや旅の身ゆえ、なんなりと使ってくれればいい。この恩情は計り知れないし、お前の旅は面白そうだ。


その言葉は強がりだったんだ。


そして、甘え…


長く、離れてしまった故郷の変貌を目にしたくない。

不登校児が学校に戻るような不安。そして、幼いながらも王女であるということの責任感。


多くの罪悪感がラケルの心でたぐり合わされ、重くのしかかる。


リリルアには分からない。一つの場所に留まることの苦しみが。移動を続けていれば責任なんてものはない。

だから、リリルアだって定住性ということから逃げていたのだ。


自分が自由であるということを大義名分に。格好をつけていただけだと今言われれば、返す言葉がない。


ラケルは突然、瓦礫に自分の拳を思い切り打ち付けた。

なんとか恐怖の落ち着ける場所を見つけようとしていた。そして、見つけた。それが自傷行為だった。


心の震えは、狂乱のマゾヒズムとなって顕現する。


サディズムもマゾヒズムも、「サドマゾヒズム」という言葉に集約されるので。これは人が憎いということと、自分が憎いということの、


人を傷つければ自分も傷つく。


不完全で、誰かいなければ完成しない心の形。


ラケルは幼すぎた。

何かを失えば何かが生まれる。逆も然り、という世界の流れを心の中に抱いている。本当に美しい魂の持ち主だ。それが滅びた自国の景色に重なる。


誰かが生きるためのしわ寄せである戦争、必然だ。けれど自分の責任で滅びた国がある、その事実。


ラケルは叫んでいた。


「誰か!誰かあるか!私はこの国の主、ラケル・フォン・シュトロハイム!誰でもいい、生きているのなら!」


そんなふうなことを何度も言い、声がかすれていく。やがて奇声のようになっていた。


腐りかけの木造建築の瓦礫。

拳の当てられたところは棘を帯び、痛々しく血が流れる。それでもラケルはやめなかった。

ひたすらに、自分の責任感を責めていたいんだ。


リリルアは見ていられない。


「やめてってば!あなたが今腕を怪我してどうするの!」


ラケルの腕を抑えると、睨まれる。自分の親兄弟、友人、市民。全て金の事情で滅ぼされた。もしかするともっと多くの誰かが、生きるために必要な戦いだったかもしれないけれど。

微塵も情はないように、今のラケルには見えてしまう。


自分の故郷全て、壊されてしまった。


「まだ…あなたが希望を捨てる時ではありません。二人で探してみよう、生存者がいるかもしれない。」


自分をどこまで責めてみても、何も生まれない。リリルアはそう呼びかけていた。


「そう…だな…」


リリルアは自分の服を噛みちぎり、ラケルの拳に巻いてやった。

先ほどまでいた町の酒場と同じ光景だ。またしてもリリルアはラケルの純粋無垢な怒りに優しさで答える。


それで落ち着いてくれたようだ。


なんとか立ち上がり歩き出す。二人一緒に廃墟の町を探し回ることにした。


「死体が一つもない…きっと普通の戦争じゃないよ、皆殺されたかも分からない。」


「あ、うん…」


「まだ落ち着かないの?」


ラケルは傷ついた自分の拳を気にしている。


「ありがとう、アリル。でも、落ち着くと拳が温かくて、痛いんだ。とっても痛いよ。」


「痛いの痛いの、飛んでけー!」


…ダメ元だ。


少し間が空いたのでこれは効果がなかったか、とリリルアは不安になった。

けれど、ラケルは笑顔になって打ち付けた腕を振って見せた。


なかなか、子供騙しのおまじないもバカにできないな。「御呪い」と書くくらいだから。


しかし、やはり笑顔のラケルは天使のようだ…焼けるほどの憎しみや情熱を心に秘めていながら、飽くまで可憐。

これが、美の定義…


やめよう。あまりくだらないことばかり考えていられない。リリルアは邪念を振り切る。


二人は町を徘徊し続けると、明らかに不自然な地下への階段を見つける。それは家の瓦礫に囲まれた真ん中の空間にあった。

簡単には見つけられないものだ。希望が見える。


ただの家の地下の残骸…もしくは生存者の隠れ家。


階段を少し下ってみると、光が見えた。やはり人が住んでいる。

実は敵陣である可能性も否めないのだが…


こちらの気配に気づいたのか、声がする。


「誰だ!」


シンプルかつ冷静でいい。

急に階段の狭い通路に火球を撃ってきたりしない。


「ラケル・フォン・シュトロハイム!」


声は地下空間の中、木霊する。

特に攻撃される気配はない、王女が名を名乗ってもだ。

敵陣である可能性は薄い。


「まさ…か…!貴様、今度は王女殿下に変化でもして来たか!声も似ている…」


「お前はヴィンセントだな!我が王家の者を代々側で守り続けている一族の者!」


「名前など誰が知っていてもおかしくはない!」


「私が子供の頃愛用したのは、平民の友人ソフィーが作ってくれたホッキョククジラの縫いぐるみジェファーソン!」


地下で剣の落ちる音が聞こえた。どうやら、本当にラケルの王国の生存者がいたらしい。

うまく説得した。


クジラのジェファーソン…リリルアもいつか見てみたい、さぞかし可愛い縫いぐるみなのだろう。


ラケルは階段を駆け下りていく。またリリルアは走るラケルを追った。


地下へ辿り着くと、そこには真っ赤なコートをまとった若者とラケルの抱き合う姿があった。ほのかなランプの明かりが満ちている。


「王女様!生きておられるとは…あぁ、この喜び!しかし、私は守れなかった。この国を…」


「ヴィンセント…説明してくれるか。この国に何が起こったのか。」


涙目でラケルはヴィンセントという男を見つめている。それほどまでに再会が嬉しいのだろう。男は王族の近衛騎士、とでもいったところだろうか。

それとも狙撃手?長い弓矢を背負っている。


リリルアは地下室の入り口のところで、見守る。


「はい…市民もろとも、王族の方々は突然襲ってきた…あ…」


「襲ってきた…?なんだ?」


「一人の少女によって捕らえられ、国もまたそいつに瓦礫の山とされました…!

我々は、王の恩恵で異種族の者たちを匿っていたのです、そして共存しようとしていた!しかしその者たちも、もはや囚われの身…!恐らく、襲ってきたのは闇社会の者でしょう…

我々は情けないながら、なすすべもなく滅ぼされました。一夜のうちにです…大陸最強の魔法軍と謳われた、エルフの臣下たちまで囚われの身に…」


ヴィンセントという男は震え始めていた。

しかし、予想通り。戦争には裏の者が絡んでいるらしい、しかし戦力「一人」とは闇社会の底が知れない。


「うむ…しかし、よく私にそのことを伝える勤め果たしてくれた。お前が生きてくれていること、ここにいること、嬉しく思う。

それほど強大な者…しかし、私も手土産があるぞ。我が主、この世の救世主アリルだ!

本名はない。あと、口が悪い。が、空を飛んであの龍神まで落として見せた女だ。商売の知識もある、力になろうよ。」


いや、ちょっとは一人に一王国が滅ぼされたことに驚きませんか?


なんだか期待の眼差しでリリルアは二人に見つめられている。そして、いつからラケルの主人に自分はなったのだろう。


たった三人で、国を滅ぼすまでの力を持つ一人。それにどう立ち向かっていくというのだろう…確かに龍は運良く落とせたけれど。

あれはブラック企業で、弱点丸見えだったからだ。世の中全てあんなふうに甘くない。


「ええと…こんにちは?」


リリルアは不器用に笑って見せた。


商人が龍を落とすのに飽き足らず、滅びた王国の再建まで図っていいのか…?身の程知らずにも限界がないかな…?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ