「龍が襲ってくるんですか!?」
大空に舞い上がったリリルアとラケル。バランス良し、エンジン良し。気分上々。
まずはリリルアの留まっていた町を下に見る。まるでゴーストタウンのようだ、人はいないし活気もない。空から見ると、よくそのことが分かった。
空の風は冷たかったけれど、しばらくして白夜を抜けると夏らしい暖かい風にさらされる。
雲を突き抜けてみると太陽は遥かに、地上にいた時より近い。雲の上だって泳げてもおかしくない。そんな気分にさせられた。
地上からは想像もできない空の世界…
「アリル!すごいすごい!本当にあなたって救世主なんだわ!」
ラケルが子供らしくはしゃいでいる。
空の世界なんて、今のご時世において夢のまた夢だったろう。ラケルがリリルアのことを救世主と夢見るのも無理はない。
人々は地上で争い、のたうちまわり、死に行く。醜いことばかりの世界にも、美しい空はある。
リリルアはそう信じ感動させられた。
けれど、アリル…?
「リリルア」をもじって「アリル」か。「ララルア」は「アルラ」になったりするのだろうか。ただ愛称としては悪くない、名前なぞとうの昔に失っているのだから「リリルア・ララルア」に愛着はない。
名前は自由に生きるのに必要な数だけ。
そうしていつか、自分の本当の名前を忘れてしまったわけだが…
うーん…アリル・アルラ。悪くないな。いっそのことラケルと姉妹という名目で、アリル・フォン・シュトロハイムにしてもらっても構わない。
今はアリルでいい。ラケルが喜んで呼んでいるのだから。(ただ、文面における表記はリリルアでいい。)
「アリル!降りてみて、雲の下へ!私は世界が見たいんだ!」
リリルアはOKサインを見せる。
急降下する、すぐに雲の層を潜り抜けた。
雲を突き抜けるのが好きになった、俗世に汚された心が洗われるのでいい。できれば定期的に空を飛ぶことを所望する。
世界が広がった。
ずんと降りて、町や人が模型大に見える高さで飛ぶ。今まではずっと、暖かな風を求めて北から南へとやってきた。
「ラケル!あなたの国ってどこなの?ここから右へ舵を取ればいいわけ!?」
会話はエンジンや風の音で難儀だ。
「ええと…太陽の方の南へ来たから…西へは左へ舵をとって!」
よく方角の感覚がつかめない。
リリルアはすぐに自分たちから見て左方向へ機体を向かわす。速度を下げるとエンジンの音もやや静かになり、周りの音は会話に苦労しないほどになった。
そこで、リリルアが会話を切り出す。
「私はこんなに世界があるなんて知らなかった。ずっと歩いて旅してたから…」
「そうかい。けれど、これだけ世界があるんだよ。
あそこは戦争、山の側だからきっとドワーフ絡みだ。働かなくなった労働者のドワーフに制裁を加えてる。
あっちでは龍が飛んでる。空へ昇っていく姿は、輝く鱗が雲間の日差しに照らされて虹色…あそこは龍神の聖域。
ここから夜は見えない。それくらい、太陽に比べたら低い場所だけれどこれだけの問題が世界には溢れているんだよ。今の時代は特にな。綺麗事は言っていられない、けれど世界はこんなにも美しい。」
「あの…龍、が…?空へ昇る?ではなくこっちへ!?」
「何かのギャグかいアリル?」
世界の美しさにしみじみしていたラケルにはわからなかったが、確かに先ほどまで遠くに見えた龍が大きく、大きく見えてくる。
その目と頭をこちらに向けて。
「目を開けろって!婆さん出てるよ、紅茶とチョコレートで落ち着くテンションじゃいられない!」
時々、鬼気迫った状況だと男口調になるリリルアと。感動したり上の空だと老婆だった時の名残が滲むラケル。
悠々とこの世界の解説を、目をつむったまましていたラケルにリリルアが呼びかける。
二人は空を飛び、美しい世界に見入っていたはずなのだが。
龍が。飛んでくる。
「あぁはいはい。なんだい、も…へ…?」
ラケルも目を開けると、大きく目を見開いた。
猛スピードで青い龍がこちらへと向かってくる。
すぐに龍と反対方向、つまり西の国とは反対の方向へ旋回する。最大の速度で飛行していたはずなのだが、龍に追いつかれ前をその巨体で覆われてしまう。
『貴様ら!空は龍神族のみに許される領域、それを犯すとは!死を持って裁く、覚悟!』
龍の口に青白い光が溜まっていく。リリルアはうまく舵を取り、それが発射される寸前に腕と胴体の間をすり抜けた。
龍の後ろを取る。
轟音を立って、後ろを振り返ると時空が歪むほどのエネルギー。その一線が空を揺るがしていた。
その一線の中には、夜が広がっている。まるでブラックホール…この世に存在するか知らんほどの光を集め、輝く夜の輝き。
しかしその中でもリリルアは啖呵を切って見せた。
「人類の英知は無限なんだよ!ざまあみろへぼ龍神!あはは!」
「おぉー…すごいアリル!神をも恐れぬその勇…気…?」
この世界において龍というのは絶対的で、神聖なものだ。多くの人間にとって信仰の対象となっている。
それを、飛行機一つと魔石一つで落とそうというのだ。しかも、搭乗者は没落した王族一人に商人一人。
「あいつの動力源とかないのか!?そこを魔石の余力で氷の弾でも飛ばして落とすとか…!」
しきりにアリルは感心していたが、リリルアの龍を落とすという考えに驚き、ハッとさせられたようだ。
「ええとじゃな…龍の動力源は無数の小さな風の妖精。ほれ、パタパタと羽を広げ踏ん張っている妖精の姿が龍の身体中に見えるじゃろ。
この世界には格言がある。”龍と一つになれ”そのキャッチコピーに惹かれれば、行き着く先はブラック企業。と。」
確かに、目を凝らして見ると…
七色の羽衣をまとった小人たちが、龍の身体中にまとわりついてパタパタと羽をしきりに動かせているのが見える。
つまり、龍の「空を飛ぶ」という力は小さき風の妖精の一族。その重労働によってなされているというわけだ。
腐ってる…
後ろを取られ、しばらく困惑していた龍が身を翻しリリルアたちの方を向く。
『なかなかやるようだが…我が神の力の前では無力よ!』
リリルアはなんだかムカっときた。
「お前の母ちゃんでーべーそー!!自分では空も飛べないくせしやがって、バーカバーカ!」
おっと、ここで龍が若干高度を落としたのは妖精たちが笑ったせいだと。特筆するべきだろう。
リリルアは操縦を続けながら大きく舌を出し、ケラケラと笑っている。全く、天真爛漫で愛くるしい少女だ。
『貴様らぁぁぁ!生かしちゃおかん!!!世界のチっ…
…
塵と、と、なるがいい!』
「あやつ今噛みおったぞ。神だけにな。」
ラケルが揚げ足を取り、笑ったと同時に龍が大きな咆哮を上げる。
本当の戦闘態勢。
リリルアも茶番の引き時を知って、真面目な顔をする。
「ラケル!上げて、スピード!もう飛べなくなってもいいから!」
元より当てのない旅路だ。どこへ墜落したとしても構わない、リリルアは自由だ。生きてさえいればいいんだ。
「ほいほーい、ご主人様。じゃよ!」
ラケルも雰囲気に乗ってくれる。一気に飛行機は速度を上げた、もしかするとこのまま龍から逃げ切ることもできたかもしれない。
しかし、リリルアは真正面から龍と対峙することを選ぶ。
龍のブレス攻撃がまた来る。今度は龍が狂ったようにそのまま回ると、空は全て闇に包まれた。
うまく空を縫って、リリルアはかわして見せた。
リリルアたちの頭上に星空が広がる。綺麗だ、まるで銀河鉄道にでも乗ったように。龍の力は原始的な星空を投影するまでのものだった。鮮明にまばゆい星の光が見え隠れする。
もう一度くる、リリルアたちにきっちり狙いを定めて。
ブレス攻撃が。その予備動作をリリルアは見る。
「突っ込む!機体に備えられた機関銃で妖精たちを脅かす!」
「ああ、もういいよ。お前の思うままに…」
ぎこちないラケルの同意を得たリリルアは、雄叫びをあげながら龍の攻撃すれすれのところを飛行する。
途中、機体に備えられた機関銃を乱射した。
見知らぬ「銃撃」という攻撃に驚いた、龍の周りにいる妖精たちは離れ去っていく。
『お、おいお前らぁぁ!儂は龍だぞ!どうなっても知らんぞぉぉ!』
龍は地に落ちていった。
しかし、リリルアたちも飛行機の片翼を失ってしまう。攻撃の際、完全な回避行動をとるわけにはいなかった。
「お、あやつ今本音が出おったぞ。これ、使えるかお前?」
ラケルが差し出したのは録音機。リリルアはすぐにそれを起動し、龍の本音を録音して見せた。
(『妖精ども俺を見捨ててどうなるか知らんからな!!おい、誰かあるか!俺本当は飛べないんだぁぁ!?』)
きちんと、録音された。
歯を見せて笑うリリルアだったが…
飛行機は落ちて行く。リリルアがとある荒野の上に、うまく不時着させた。
衝撃は走るが、リリルアとラケルに特に怪我はなかった。
墜落の後、二人は高らかに笑って見せた。ひょんなことから龍を落とし、その実態まで捉えて見せたのである。
ただ、二人が笑う横には看板が立っていた。
「最果て。西。」
荒野のしばらく先には、大きなお城の廃墟が見える。