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召喚士が行く縁結びの冒険  作者: フクロウ
第一章 縁は異なもの、味なもの
9/19

009 王女様と愉快な兵隊

「しかし、その傷を放置するわけには――」

「姫の手を煩わせることはありません。

もうすぐ民を保護した我が配下の兵が」


 カイネがそこまで言ったところで、

急に何の前振りもなく、馬車の周囲に大勢の人間が現れた。


「え!?」

「……思ったよりは早かったな」


 突然現れた多くの人々は、程度の違いはあれど全員負傷していた。

彼らが、カイネが先程言いかけていた保護した一般市民だろう。

だとすると、保護した近衛兵が近くに――いた。

一般市民の中に紛れて、甲冑を身に着けた兵士が一人。


その兵士は何故か兜を外し、

栗色の髪と零れ落ちそうなほどに大きな瞳を露わにしていた。

少し小柄な、女性の兵士だ。

彼女は何かを探しているのか、辺りをキョロキョロと見回している。

……何だか小動物を観察しているようで、妙に緊張感が削がれてしまう。


「こっちだ、セシリア」


 痺れを切らしたカイネが、その小動物のような女性兵士の名前を呼ぶ。


「ひいぃ!? ごめんなさい団長! ……団長? 団長!?」

「怯えるか驚くかハッキリ……いや、まずは落ち着け」


 名を呼ばれた女性兵士は一息に三度も団長と口にする。見るからに慌しい。

ちなみに、一度目の団長は上官に対する畏怖の念を込めて、

二度目の団長は満身創痍の上官を見て困惑して、

三度目の団長は目の前の現実を正しく認識した驚愕である。


 セシリア――彼女はシャルロッテも良く知る人物だった。

近衛兵団の中でも一際臆病で自分に自信が持てない引っ込み思案な性格だが、

彼女の支援系統の魔術は極めて強力で、他の追随を許さない。

保護した一般市民が突然現れたのも、彼女の転移魔術によるものだろう。


 転移魔術とは、自分の現在地点と指定した座標を結び、

二点間の距離を過程を省略して移動する、有体に言えば瞬間移動の魔術である。

ただ詠唱を唱えるだけでなく下準備が必要だったりと術式が複雑で、

魔術の難度はBランクと相当なものだ。


 そんな大技を行使した凄腕とも呼べる魔術師は今、

自身の上官である将軍(ジェネラル)の前であたふたしていた。


「ひ、酷い怪我じゃないですか!

もしかしなくても、あの爆発を抑えたせいですよね!?」

「いいから、報告」

「団長が血も涙もない鬼みたいな人だと言うのは知っていますが、

あんなの直撃したら普通死にますよ!?」

「帰ったら少し話し合おうか」

「ごめんなさい! じゃなくてすみません!

えっと、負傷した一般市民はここで保護している者が全てです。

無傷の市民はその場で居合わせた冒険者に協力を仰ぎ、

避難誘導を頼んでいます」

「死者は?」

「今のところ、確認されていません」

「そうか……良かった」

「全然良くないですよ!? 死にかけてるじゃないですか!

すぐ治療しますから」

「構うな、後でいい。それよりも結界の拡張を……早く」

「あ、はい!」


 今すぐにでも治療を行わなければ命の危機だというのに、

カイネは防御の強化を優先した。

将軍(ジェネラル)であり近衛兵を束ねる団長としての責任感から下せる判断だろうが、

王女であるシャルロッテとしては、

もう少し自分を大事にして欲しいものである。


 命を受けたセシリアが馬車に近づき、

搭乗しているシャルロッテに目を合わせる。


「ひ、姫様! ごご、ご無事で何よりです!」

「ありがとうございます、セシリア。結界の拡張は大丈夫ですか?」

「はい!

魔導具の〝核〟である魔石は損傷してませんし、問題なくいけます。

少し揺れますので、驚かないで下さいね?」


 よろしくお願いします、と頷くシャルロッテ。

セシリアのふわふわした雰囲気はどうも戦場には不釣合いだが、

ほど良く緊張を解してくれる。一種の芳香剤のように思える。

これで魔術の腕も申し分ないのだから、

傍に置く者としては彼女ほどの適任はいないだろう。

性格に目を瞑ることが出来ればの話だが。


 セシリアは馬車の前に立ち、目を閉じて両手で空中に文字を書き連ねていく。

それはただの文字ではなく、ヒエログリフと呼ばれる神秘の文字だ。

魔術の行使や魔方陣の作成には欠かせないモノであり、

その文字一つ一つに明確な意味が込められている。

セシリアは集中力が一番高まる呼吸のタイミングを見計らい、ゆっくりと、

かつ確実に結界拡張の詠唱を始める。


「シーラ・スリサ・イッサ――」


 セシリアはそこまで詠唱すると、閉じていた目を開き、続きを詠唱する。


「ジェイラ・ソフィエル」


 詠唱を唱え終えると、シャルロッテの周囲の空気が震え、

搭乗者しか囲むことが出来ないほど小さな半透明の結界が、

周囲の一般市民をすっぽり覆うまでに巨大化した。


「……ふぅ。無事成功しました」


 一息つき、これで一安心と言った感じで笑顔を浮かべるセシリア。

額にはうっすらと汗が滲んでいる。

相当の魔力を消費したのだろう。無理もない。


 再構築(リビルド)――既に魔術で構築されている物を、

材質をそのままに構造だけを作り変える魔術。

結界拡張に使用した魔術であり、作り変える対象によって難度が変化する、

初歩の魔術の中でも特異な部類に位置する。

今回の対象は王族が用意した結界であるため、難度はかなり高いはずだ。


少なくとも、突然の事態で混乱しているシャルロッテには出来そうにない。

とても胆力がありそうには見えないが、

セシリアも正規の訓練を受けた一人の兵だということを実感した。


「ボサッとするな! さっさと治療にかかれ!」

「ヒイィ!? すみませんすみません! だ、団長、すぐ治療しますね」

「市民優先!」

「ええぇ!? でも、一番重症なの団ちょ――ああごめんなさい睨まないで!」


 カイネの一喝により、セシリアの浮ついた表情が落ち着きのないそれに戻る。

彼女は慌しい足取りで負傷した市民に駆け寄り、回復系統の魔術をかけて回る。

本人には失礼だが、シャルロッテはその様が猛犬に追い回される羊によく似ていると感じていた。


カイネの凛とした声はそのまま聞けば心地よいモノだが、

大声だと迫力があってやたらと怖い。

しかし、瀕死の重傷の傷を負いながら良くもまあそんな大声が出せるものだ。

年齢は自分とそんなに変わらないはずなのに。

それにカイネは――


「――あっ!」

「ふぇ?」

「姫?」


 突然発せられたシャルロッテの声に、

負傷した市民を治療していたセシリアと、

馬車に背を預けていたカイネが揃ってこちらに目を向ける。

周囲の市民も少数が反応するが、

それらに構わず周囲の負傷者に目を通していく。


 ――シオンは?

あの、爆発が起きる前に忠告してくれた召喚士(サマナー)の姿は、どこにも見えない。

彼はどんな手を使ったのか、将軍(ジェネラル)であり近衛兵団団長であるカイネと同じかそれよりも早く、爆発に気付くことが出来た。

彼は腕がたつ。それは決闘を直接見たものなら誰でも知っている。

彼なら無事だ、そうに違いない。


……本当に?


「――セシリア」

「は、はい! どこか痛むんですか!?」

「いえ、答えてもらいたいことがあるのですが……

治療を続けながらで構いません」

「ナ、なな、何でしょう??」


 声を掛けられたセシリアは、相変わらずとても怯えた様子で返事をする。

聞いて安心することではないが、それでも確かめずにはいられなかった。

見かけたなら保護したか避難誘導されただろうし、

見かけなかったら自力で逃げ遂せたと考えられる。

でも、もし、遺体で発見されでもしたら――


「アナタが見かけた市民の中で、肩に白い犬のようなものを乗せた、

黒髪の私と同い年の男の子はいませんでしたか?」

「え……えっと、そうですね。

う~ん、そんな特徴がある人なら覚えてると思うんですけど……」

「…………」

「う~~……」

「……さっさと答えろ」

「見てないですハイすみません!」

「い、いえ。謝らなくて良いです……そうですか」


 カイネがまたしても痺れを切らしたのか、セシリアの解答を急く。

おかげで答えは得られたが、やはり、あまり安心できそうになかった。

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