004 既視感?
「ひゃーかっけえなー! あの鎧!」
「おいどけよ、よく見えないだろ!」
「姫様は!? ああ、もうちょっとこっちに来て!」
「お~あれがシャルロッテ様か、噂どおり偉い別嬪さんだな」
「近衛兵になれば、いつでも王女様の傍に……」
王女様と護衛の騎士を見かけた途端、
周囲の人溜まりからとんでもない歓声が沸きあがった。
すごい人気だな、王女様。
噂程度しか聞いたことはなかったが、
実は素晴らしい人格者だったりするのだろうか。
王女様の顔は――まだ見えないな。
角度が悪くて、もう少しこちらに寄ってくれれば、拝見できるのだが。
興味がないと言って足早に帰ろうとしていた男はどこへやら、
今の僕は王女様の顔を見ようと必死に背伸びしていた。
その過程で、護衛の騎士たちの先頭に立っている、
周囲の同業者とは明らかに別種の甲冑を纏った騎士を発見した。
芯のブレない姿勢といい、背負っている身の丈ほどもある太刀といい、
見ただけで相当腕が立つ騎士なのだろう。
顔はバイザーのような防具で見えないが、
口元の僅かに露出した肌からは若々しさを感じた。
甲冑の装飾とその銀髪からは高貴な空気を漂わせている。
兵団の中でもかなり高い地位にいるんだろうな、って。
「……! あれって、将軍のクラスか。
僕とそんなに年齢離れてないように見えるが……」
「フ~?」
「ああ、将軍ってのはな」
将軍。
冒険者が集う冒険者ギルドではなく、
国を守る兵士達が集う兵団ギルドに所属する者のみが就ける上級クラス。
兵団内での階級の称号としても扱われている。
上級クラスに就くには指定の中級クラスのランクを上げる必要があるのは冒険者ギルドも兵団ギルドも同じだが、
中でも将軍は指折りの難易度を誇るクラスとされている。
条件はともかく、王族や上流貴族からの信頼、
軍隊を率いるカリスマ性がなければ勤まらないのだ。
並大抵の努力でなれるものでは決してない。
ちなみに、将軍のクラススキルは集団を相手取る場合にアドバンテージを得ることが出来るという。
「フ~、フーワッフ!」
「ん? どんなクラスかは分かったが、
何で一目でそいつが将軍だって分かったのかって?
ほら、バイザーに赤い羽根が刺さってるだろ?
あれが将軍の証だよ。
あれで敵の注目を集めることで、
王や民たちを敵の目から逸らすことが目的なんだとさ」
「フ~」
分かってくれたようだ。流石は僕の相棒、理解が早い。
しかし、本当に若いな。僕と二つくらいしか違わないんじゃないか?
あの若さで既に将軍とは……末恐ろしい奴だ。
しかし、成る程。
王女様がお目見えなさるだけで大層な集まりだと思っていたが、
この集団には護衛の騎士の方が目当ての人間も含まれていたという訳か。
周囲をよく見ると、明らかに王女様の方に目がいっていない男子や、
まだ十歳にも満たない子供がそこそこいることに気が付いた。
思春期の少年たちにとって、
あの銀の甲冑はどこか魅了されるものがあるのだろう。
正直、僕自身もあれはかっこいいと思っている。
王女様を乗せた馬車は集団を裂きながら進んでいく。
そして、とうとう僕からも王女様の顔が見える位置まで近づいてきた。
では早速、王女様がどれほどの人物なのか、ご拝見と行きますか。
そんな軽い気持ちは、その姿を見た後ですぐさま更正された。
その美しさに、その眩しさに、思わず見蕩れてしまった。
「……おお」
「ワッフ」
一言で感想を言ってしまえば、想像以上だった。
日の光を具現化したような、光を放っているようにも見える金色の髪。
陶器の如き真っ白な肌。
宝石のような翠眼。
民衆の声に応え微笑みながら手を振る様は、もはや一種の美術品のようだ。
時に人は、美しい人を花に例える事があるが、
その例えの発端は彼女であると言われれば信じてしまうかも知れない。
あれが、第二王女シャルロッテ。絶世の美女と謳われるのも納得だ。
僕と同い年という話だが、果たしてどこまで本当なのか。
同じ世界の人物とは思えない異質な雰囲気が、
王女を実年齢よりも年上に感じさせる。
ほんの少しだが、
王女様を見てみたいという人間の気持ちが分かった気がする。
あれだけ綺麗で素晴らしいなものを見逃したとあっては、
一生の禍根になるだろう。
いや、ほんと、誰だよ。さっさと帰ろうとか言い出した奴は。
「フ~」
「分かってるよ。冗談だって」
そんな風に王女様を拝見できた幸運を噛み締めつつクーと談笑していると、
ふいに、何のきっかけもなしに、王女様と目が合った。
「……ッ」
柄にもなく緊張してしまった。目が合っただけだというのに情けない。
何やら恐れ多かったり気まずかったりと良く分からない感情が胸の内に湧き上がるが、
目を逸らす気にもなれずそのまま王女様を見続けていた。
……おや? 気のせいだろうか、王女様の方も僕を見ているような。
いや、流石にそれはない、自意識過剰というものだ。
大方、王女様の気になるものが偶々僕がいる方向と一緒だっただけだろう。
とりあえず、何の気もなしに王女様に向かって控えめに手を振ってみる。
別にかまってほしい、
とか大それたことは期待していなかったのだけれども、結果はなんと想定外。
王女様が、僕に向かって、微笑みながら手を振ってくれたのだ。
「……ぁ」
「フー!」
何やら興奮気味のクー。ちょっと頭の整理がつかなくなった僕。
歓声が沸きあがる周囲の人々。
今、僕は王女様から手を振ってもらえたのか?
いやいやいやまさかそんな馬鹿な。偶然だ偶然。
ちょうど僕の周りの人たちが手を振ってたから、
まとめて返事をしてやっただけだろう。
「……ある意味心臓に悪いな」
「ワッフ」
「お前もかよ」
今でも心臓が激しく脈を打ち、
鏡を見ずとも顔が赤くなっているのが分かる。
王女様はすでに別の方向を向いているようだ。
やっぱり、僕の勘違いだったのだろう。
それにしても本当に綺麗な人だった。
あんな人が同じ学園の生徒だとは未だに思えない。
やはり、ただの噂だったのではないだろか。
あのレベルの美少女なんて学園でも――あれ? わりと最近見かけなかったか?
それも結構頻繁に――そう言えば、僕と同じクラスにも金髪の子がいたような。
何故だろう。
いつも見かけている光景の筈だが、
その人物を思い出そうとすると記憶に靄が掛かったようにはっきりしない。
まるで何かに阻害されているような――
「――フッ!」
「うおぅ!? 何だよ急に、脅かすなよクー」
突然、耳をピンッと立てて小さく吼えるクー。
喧騒の中とはいえ周囲の人に気を配って声を抑えたようだが、
僕の肩の上にいるのを忘れないで欲しい。
声を抑えたのは良いが、結果として僕の耳に息を吹きかけるような形になり、
全く身構えていなかった僕は思わず体をビクつかせてしまった。
「……ワッフ、ワッフ!」
「……え?」
怪しげな格好をした人物が路地裏に複数人潜んでいると言うクー。
クーは小さいがこれでも狼だ。
感覚器官は、特に嗅覚は人間よりも遥かに鋭い。
不審人物を見つけるなど造作もないだろう。
しかし、見つけたからといってそこまで驚く程のことではないと思うのだが。
「ただの物乞いか、集団から溢れた気の毒な奴らじゃないのか?」
「ワッフ、フー!」
「嫌な臭いがするって……こっちはそれを聞いて嫌な予感がするんだが」
少々興奮気味なのか、クーは威嚇するように低く唸る。
知性を得ても獣の本性は健在のようだ。
クーの予感は嫌なことほど良く当たるのだが、
まさか本当に何かが起こるとでも?
起こってもあの騎士たちなら何とかしてくれそうなものだが……
それでも悪い予感は拭えない。
どうか碌なことが起こっても巻き込まれませんように、
と大した信仰心を持ち合わせていない癖に神様に祈りを捧げておく。
が、その祈りは敢え無く徒労に終わることになる。