私に相応しいのは、誰ですか
臭い、生臭い鉄臭い血生臭い――腐臭死臭、兎に角顔を歪めてしまう臭い。
お気に入りのパステルカラーだったはずのカーテンには、赤黒い液体が飛んでいる。
毛の長いカーペットにも、同じ液体。
白い壁のは塗り替えなきゃどうしようもない。
「お帰り」
「……何してんの」
人の家で、そんな言葉は飲み込む。
いつの間に合鍵を作ったのか、とか、私の部屋で何をしているのか、とか。
聞きたいことは大量にあるが、吐き出せそうにない。
部屋の真ん中で立っている男は、にっこりと人懐っこい笑みを私に向けた。
薄暗い部屋に溶け込む黒髪が揺れている。
首だけで振り向いている男の頬には、部屋中に飛び散った赤黒い液体。
男はニコニコと笑顔を見せながら、その足元にある何かを蹴り上げた。
反応はなく、ゴロリ、重そうな音。
あーあ、心の中で吐き出されたのは、大きく深い溜息だった。
「ゴミ処理」
笑顔で言ってのけた男は、ゴロゴロ、足元のそれを転がして遊んでいた。
悪趣味悪趣味、気色が悪い。
換気をするために、台所の換気扇を回す。
それからベランダへ出るための窓も全開にした。
薄暗い部屋の中に新たな明かり。
ぼんやりとした月が部屋の中を見せ付けるように照らして、その惨状を露わにした。
飛び散る鮮血が部屋を彩っている――不快な色だ。
男は醜く歪めた口元で、綺麗になったよ、なんてサイコパスな発言をした。
頭のネジが全て吹っ飛んでいるらしい。
ここまで来ると、恐怖らしい恐怖もなく、呆れ返るばかりだ。
数ヶ月前から付き合っていた男性がいた。
その男性は今、私と男の間で横たわっていて、確認こそしていないが、その息は既に止まっているだろう。
男は相変わらず、それを足の裏で撫でるように転がしながら笑っている。
――ほんの数分前まで生きていると思い、愛していたはずの私の恋人。
これで何度目だ。
もう数え切れない。
その度に部屋の壁を塗り直し、鮮血に塗れた全ての家具雑貨を買い直した。
何度繰り返したのだろうか、何度繰り返していくのだろうか。
「こんなゴミ、君には相応しくないよ」
「……そうね」
「だから言っただろう?僕が一番だって」
私の肯定に、ぱあっと表情を明るくして無邪気に笑う男。
僕が一番君を愛してるよ。
僕が一番君に相応しいよ。
僕が僕が僕が僕が。
うっとりと頬を染めながら、私へと歪みに歪んだ愛情を吐き出すのは勝手だが、その手に持っている血塗れの刃物を下ろしてからにしてくれ。