閑話。腹黒護衛side。
俺は下級貴族の愛人の子として産まれた。
最初はちょっとヒステリーのある俺を産んだ女と街で暮らしていたが、
6歳になったある日、家に帰ると、この辺りでは見ない馬車が止まっており、家の中には使用人の服を着た男が机に金貨を乗せているところだった。
その金貨を見た女は目の色を替え、今まで見せたことのない優しい顔をして俺に声を掛けてきた。
「レオン。この人に付いていきなさい。
お父様が貴方を必要としているそうなの。
わかるでしょう?」
わかっていた。
別に嫌だとごねる気もなかったし、
この女にとって俺が邪魔なだけだと気付いていた。
ただこんなにもあっさりと売られるとは思わなかったし、以外にショックを受けていない自分にもびっくりした。
その日のうちに男に連れられ、立派な屋敷に着いた。
父といっても顔も見たこともない人だ。
今さら期待などなかった。
案の定、屋敷の部屋に通され対面した時も、特に謝罪や言い訳もなく、
ただ後継ぎがいないから引き取らねばならなくなった。
とだけ伝えられた。
当然本妻も良い顔をする訳もなく、俺はいないものとされた。
でも俺には充分だった。後継ぎという名目のためか、きちんとご飯は出るし、勉強や剣も習うことができた。
後はただ力を付け、この屋敷を出るだけだった。
屋敷に来て6年経ち12歳になった俺は、騎士見習いとして城の騎士団に入ることができた。
城の騎士団は寄宿舎があり、見習いといえど部屋が与えられる。
とうとう屋敷を出ることができたのだ。
寄宿舎の部屋は6人部屋だったが、俺の同室たちは平民出の者もいたため、陥れられることもなかった。
俺は下級貴族しかも愛人の子ということで見下してくるヤツもいたが、大抵は剣の腕で黙らせることができた。
それからはまたひたすら剣の腕を磨き、今まで知られたら面倒だと隠していた魔法も練習した。
俺は風の属性があり、実は引き取られてすぐに魔力があることがわかったのだが、屋敷の者に知られるとややこしくなると思い黙っていた。
幸い屋敷の庭は広く、使用人たちも俺が何処に居ようと気にしなかったので、一人で魔力のコントロールを練習することができた。
でも所詮自己流の練習。
きちんと教えてもらった訳もないので、あまり実践では使えなかったのだが、
騎士団には魔法と剣を合わせて戦う者も多いため、実践での使い方も教えてもらえた。
剣と魔法の腕を磨き、その実力も認められる様になり、俺は無事に騎士になることができた。
そんな時、俺は国王様に呼び出され、王女殿下の護衛を拝命した。
王子殿下は剣の稽古のため見掛けたことはあるが、
王女殿下の方は噂に聞くだけだった。
噂といっても、現王妃との確執や容姿の端麗さ、国王の溺愛度などだが。
実際に拝謁した時も、年齢の割には落ち着いていると思ったが、
子どもの頃から冷めていた俺と比べると、前妻の子ということもあって、こうならざるを得なかったのだろうと思った。
ただ襲撃されたと聞いていたので、見掛けによらずなかなか肝が座っている方だと思った。
その後も、一人では不安だろうと部屋の前で護衛をしていれば、
中に入れと話掛けられ、
俺の剣の腕の話になれば、是非王子殿下の剣の稽古を見て欲しいと言われた。
一応俺は王女殿下付き護衛なので、側を離れるわけにはいかないと言うと、
自分は今部屋から動けないから、いてもらっても仕方ない。
みたいなことを言われた。
護衛に気軽に声を掛け、自分が襲われて負傷しているのに弟の心配ばかり。
生い立ちもあり、自分でも荒んでいる自覚がある俺は、
なんてお人好しで世間知らずのお姫様なんだと、少しこの姫の護衛が面倒になっていた。
そんな見方が変わったのは、王子殿下の剣の稽古をしはじめてしばらく経ってからだった。
その日は王子殿下の剣の稽古が終わったので、王女殿下の部屋の前で護衛をしていた時、
「……っ!」
かすかに部屋の中から殿下の声が聞こえ、何事かと声を掛けながら中に入ると、
ベッドに起き上がった殿下の前に水の入ったグラスを捧げる黒い手。
そう。あれは手だ。
床から生えているが、何かうねうねしているが、あれは手だ。
俄に視ているモノが信じられなくて、思わず殿下に尋ねるが、殿下も驚いている様子だった。
その手は殿下がグラスを受け取ると、しゅるしゅるといった感じで床に消えていった。
襲撃の時の事を聞かされていたので、どんなモノか想像していたが、あれは予想以上の衝撃だ。
だが同時に少し恐ろしくなった。
水の入ったグラスを持っていたということは、
殿下がベッドから動いた形跡がない以上、あの手が水差しからグラスに水を入れ殿下の元まで持ってきたということになる。
信じられないが、そんなことまで操作できる魔法など見たことも聞いたこともない。
グラスを持てるなら物理攻撃も可能だし、床から生えていたので、大抵の場所なら出し入れ自由ということなのでは?
俺が殿下に使い方を尋ねると、殿下が提示したのはご自分では届かない高い場所の本を取ることだった。
しかも司書に遠慮してご自分が梯子を使われていた様子に驚いた。
貴族の子でさえ当たり前に他人に命令する。
しかも司書など図書館の管理が仕事なのだから使って当然のはず…。
その当たり前を良しとしない殿下に俺は好感を抱いた。
こんな方の護衛なら楽しいかもしれない。
もっと殿下の考えを教えて欲しい。
生まれて初めて他人に期待した。
今まで友人と言える者はいたが、心の奥では所詮他人だと何も期待などしなかった。
何もして欲しいとは思わなかった。
だがこの方の側で、これからどうなっていかれるのか見てみたい。
考えるだけで楽しくて、不敬にも殿下の御前で爆笑してしまった。
なんとか笑顔で誤魔化したが。
どうか末永くよろしくお願い致します。姫殿下。