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イーヴィル・ブレイク  作者: 諸葛 康明
1/1

電車内

「今日ニュース見だが? 変死体見つかったって。あぇも絶対キメラでねぇの? 」


「もうネットで無修正の死体の画像出回ってる。これだろ? これ、これ」


「朝から気色悪いモン見せんなよ」


「最初はアメリカで川か湖でワニと熊が合体したようなバケモノが出てきて……」


「更に背中に人間の上半身が生えてたんだべ。しかも何故か南北戦争の南軍の軍服着て、その時に使われたライフルを持ってたとか」


 秋田県の朝の通勤・通学電車……

 電車内では方言まじりで噂話をする高校生や仕事や世間話をする社会人で埋め尽くされている。


 その中で話の輪に入る事もなく音楽プレイヤーでお気に入りの曲を聴いている高校生が一人。

 彼はだべっている高校生たちと比べると髪の毛は耳が隠れる程の長さで、大きな目に綺麗に整った眉。手足も細い。

 学ランを着ていなければ女性と間違いそうなくらい華奢だ。


「おい、豪、豪」


 肩にスポーツバックを掛けた背の高いもう一人の高校生が呼びかけるものの耳にイヤホンをしているせいか気づかない。

 たまらず相手の肩をポンポンと叩いた。


「んっ、何? 靖? 」


 その華奢な高校生は思わずイヤホンを外した。


「まだが? おめぇまだ、あれを……」


 他の高校生のように秋田弁のなまりの入った言葉で問う。


「うん、EMPRESS(エンプレス)の曲聴いてた。相変わらず古いヤツ聴いてるなって言いたいんでしょ。昔のヴィジュアル系バンドの曲くらい別に……」


「そぇでねぇ! 昨日も女装して市内フラついてだべ! しかもゴスロリ着て」


「それまずい事なの?」


「隣の組じゃ『A組にオカマがいる』だの『変態がいる』だの言われ放題だ。おめぇ、高校生活ずっとそれ貫き通すのが?」


白瀬 豪(しらせ ごう)は親友の石井 靖(いしい やすし)の顔をじっと見ながら


「言いたきゃ言わせればいいのに。同じクラスに可愛いって言ってくれる女子が結構いるよ。でもホモじゃないからそこは勘違いすんなよ!」


 この返答に靖は思わずしかめっ面を作りながらため息をついた。

 が、仕方ない事なのかもしれないとも思った。


小学生の頃だったろうか。

"EMPRESS"というヴォーカルが女装をしているヴィジュアル系バンドが現れたのは……。

 最初はバンドより彼らが歌っている当時大好きなアニメの主題歌が大好きだった。

 豪はそのヴォーカル"LEONA(レオナ)"の真似をして母親の化粧品を勝手に使いだし影で女装を始めたのが全ての始まりである。

 中学二年になるとそれがエスカレートしてLEONAは勿論、若いヴィジュアル系バンドの女形のコスプレやゴシックロリィタを着て外へ堂々と出かけるようになった。


 それがばれると学校中に知れ渡り、当然同級生からオカマ呼ばわりされてはいたが豪は一切耳を貸さない。

 靖はそんな豪を馬鹿にすることもなく学校や部活の練習がない日はしょっちゅう二人で遊んでいた。

 学校で豪が喧嘩をふっかっけられた時は靖が仲裁に入り、靖が授業でわからないところがあれば豪が丁寧に教える。そうやってお互い助け合ってきた。 


「いい個性だと思うけどなぁ。靖だってバスケ上手いだろ」


「だって俺バスケ部だもの。他にも"男と女のキメラ"とも呼ばれてたっけ」


「そのキメラってさぁ、今世界中で話題になってる怪物でしょ。頭は鳥なのに体は熊だったり、コウモリの翼が生えてたりとか……。 まぁ兎に角気持ち悪いヤツ? 人襲って食うんでしょ? 」

 

「豪は音楽聴いてたから気づいてねぇと思うけど、今朝秋田でじいさんがキメラに食われたって噂なってるや。今まで外国でしか出現しなかったのに日本にくるとは思わねがった。しかも秋田で。どこの野次馬かわがらねども、そのじいさんの死体をネットにアップした馬鹿がいるみでぇだ」


「あぁ、そーなのぉ」


 無関心そうな豪が再び耳イヤホンをいれようとすると、大樹がすかさず持っているスマホの画面を豪に見せてきた。


「豪は見だっけが? 日本の捕鯨船の乗組員が撮影した奴だ。世界で初めてキメラが映し出された奴らしいども……」


「それ、昔に見たと思う。半分馬で後ろ足が魚のキメラが海に落ちた"マリンガード"の人を食ったって奴ね。ざまぁねぇな」


「おっ、おめぇサラっとひでぇ事言ったな」


「クジラだのイルカを殺すなって言ってるけどさぁ、他の生き物はいいわけ? あの団体ってほとんどベジタリアンらしいけど、そいつらだって植物の命貰って生きてるわけじゃんか? なんなんだよアイツら」


「んでも、クジラやイルカはめちゃくちゃ頭いいらしいや」

 

「牛と鶏は馬鹿だから殺して食っていいったが? 野菜は反撃しないからサラダにして食っていいったが? 絶滅するまで殺したら駄目だども」

 

 豪が秋田弁でこう返した。靖はさっきの無関心な態度とは違い、想像以上に豪が食いついてきたのでとても驚いている。


 靖はクスッと笑いながら 


「ムキになると訛るんだな! 」


「うるせぇ、いちいち突っ込むなよ」


「へば、天使出たの知ってるが? ほれ! ニュースになってる。しかも秋田の太平山(たいへいざん)だ 」


 靖は画面にネットのニュースが映し出されたスマホを豪に見せつけた。これも予想以上の食いついてきた。

「えっ、知らない。今度は人と鳥のキメラか? 」


「さぁ? ニュースに対するコメントにあれはキメラだの、天使だの、天狗だのってコメントが沢山書いてある」


「もう一回よく見せて」


 スマホの画面には確かに背中に翼のついた人間が飛んでいる姿があった。

 とても遠い所から撮影したせいで、全体像はぼやけてはいるものの腰の左側に細い棒のようなものがついていた。まるで武士が帯刀しているようだ。

 

「刀っぽいモンついてんぞ。全国のテレビ局がこれをネタに特番作るんじゃない? 」


「"パンパカ一番星"で天使をみつける為に太平山登ってロケをするみてぇだな」


"パンパカ一番星"とは金曜深夜に放送される秋田のローカルタレントが出演する人気ローカル番組だ。この番組が大好きな靖はリアルタイムだと寝不足のせいで部活の練習や試合に支障が出るので毎週録画して視聴している。


「天使だか天狗だか知らないけど、どうやってみつけんの?」


「さぁ、山さ登って所々にカメラを置いて次の日に映ってるかどうか調べたりするんでねぇの?」


「よくある方法だな」


「または、木に甘い果物をくくりつけておびき寄せたり……」


「昆虫採集かよ! 」


 靖のちょっとした冗談を豪は笑顔でそう言って返した。


 「靖、確かアメリカだと人間の上半身が生えたキメラ出たんでしょ。日本にもさぁ、似たような奴出てこねぇかなぁ。例えば侍のケンタウロスとか」


「そぇ、おもしれーなぁ! あとケンタウロスじゃなくて馬の背中から鎧着た侍のキメラなんかも出てきたらいいな」


「それ、ある意味騎馬武者みたいなモンじゃねぇか! こうして笑いながらキメラの話してるけども、そのキメラに殺された人がいて、困ってる人がいる。今日ニュース見たらアメリカがキメラ退治の為に軍の力を借りようか検討してるってのにさ」


「何急にしんみりしてんのや。さっきまで笑ってたクセに。テレビで芸人が時事ネタでウケとるのと同じ同じ! そうそう簡単に現れねぇだろ」


「それと一つ気になってる事があるんだけどさ」


「えっ、何、何? 」


 豪の顔にはさっきまでの笑顔が消え、急に悲しそうな顔になっていた。靖はその理由に心当たりがある。


「昨日の体育の授業の事? 浅利が他の野球部の奴と一緒になって栄華にバスケットボールぶつけたのだろ? あそこで豪が行ったらおめぇもやばかったや。」


「卑怯だよな。授業が終わって先生が帰ったのを見計らって笑いながらボールぶつけちゃってさ。顔に当たって眼鏡吹っ飛んだぞ! 」


「でも浅利は結構いい奴だよ。面白い事も沢山しゃべるし、女子にモテるし、スポーツ全般何でもできるし……」


 すると、間髪入れずに豪が


 「でも、栄華君みたいに大人しい人はあんな感じで虐めてるぞ。小声でキモいだのクサいだの言ったり、暴力やカツアゲ。裏ではこんな事をしている。学校に苦手な人は少しはいるとは思うけどさぁ、嫌なら近づかなきゃいいだろうが。スポーツができたら何をやってもいいの? 」


 先程とは違い豪の表情や態度、口調に怒りがにじみ出ている。自分自身も学校内でくだらない嫌がらせや理不尽な事を沢山受けてきたせいだろう。

 豪は人一倍このような噂には敏感だ。


「でも、みんながみんな豪みたいに図太くないべ。おめぇみでぇにハキハキしてればいいけどもさぁ。声が小さかったり、仲のいい奴にしか心を開かなかったりしてさぁ、扱いづらいんだよ。そんなのと授業でペアや同じチームで勉強や運動しなきゃいけないとなると、どうしても『コイツ、大丈夫か? 』って思うもん。まともなコミュニケーション取れればいいけど、そぇができないとイラつくんだよ」


「そう言われると––まぁ、そんな人もいるな。でも、ボールをぶつけるのは、ちょっとねぇ。どうすればこんな事がなくなんのかな? 」


「そこは同じだ。あれはよくないけど先生でも教育評論家でもない豪が悩む事でねぇ! 豪があいつらを一から鍛えなおせるのか? 学校生活は器用に生活するしかないんだよ。そんなのと深く関わり合ってたら"同類"だと思われるや。幸い可愛いって言ってくれる女子はいるけど、おめぇも十分"イロモノ"だからな」


「もしかして、靖って俺の事心配してくれてる? 」


 靖は恥ずかしそうに


「幼稚園の頃からずっと一緒に遊んでたからなぁ。見捨てられねぇよ」


「あ、あぁ––、ありがとう」


「おぉい、何顔真っ赤にしてんのや! "あっち"には目覚めんなよ! 」


 こんな事を言われてしまったが、豪はとても嬉しかった。

 自分でも学校で"イロモノ"として見られているのは重々承知している。

 それでも、友達としてずっとそばにいてくれる靖の存在は大きかった。


 でも、これからあんな事が、あんな残酷で、悲しくて、苦しくて、惨めで、激昂して発狂しそうになった事件が起きてしまうなんて豪は勿論知るわけがない。


 今日も何事もなく平常運転で電車は秋田駅へと向かって行く。

生まれて初めての投稿です。

読んでいて違和感や誤字があったら教えてください。

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