アカイメザメ
「秋穂―!」
倒れる秋穂に向かい走る。その俺の前で秋穂は、カミラに右手を向ける。その手の中には、小さな銃、ダブルデリンジャーが握られていた。
完全に油断していたカミラはそれを避けらず、腹部に命中する。アルセクトがすかさずカミラに銀のメスを投擲する。だが、今の俺にはそんなことはどうでもよかった。秋穂めがけて走りより彼女の身体を抱き止める。
「秋穂!」
秋穂の傷口を手で抑えながら叫ぶ、傷口を抑えた手が紅い液体で濡れる。
「秋穂!」
もう一度叫ぶ、秋穂と目が合うと秋穂の口元に笑みがかすかに浮かんだ。
駄目だよ…… 服が汚れちゃうよ。
声は出なかったが秋穂の唇が動いた。あふれ出た血液が口元を紅く染める。
「馬鹿言ってないで、喋るな」
だが、俺にはどうすることもできない、ただ傷口をおさえるだけだ。俺には医学的知識も無ければ、一瞬で傷口を塞ぐような魔法も知らない。
ごめんね。
「喋るな」
声に焦りが混じる。周りを見回したが、カミラの姿もアルセクトの姿も見えない。屋上には、秋穂と2人だけだ。
どうしたいい? ふと、脳裏に吸血鬼化という単語が浮かんだ。
駄目だ! 即座に打ち消す。
秋穂を化物に変えてしまうのか?
日の光が似合う秋穂を闇の住人にしてしまうのか?
親しい人を失う悲しみを秋穂にさせるのか?
当たり前の人間としての生活を捨てる事を俺のエゴだけでそれを秋穂に押し付けるのか?
できるわけが無い。
だが、俺は、秋穂を失いたくない。俺は…… 俺は。
……って。
秋穂の唇の動きを見落とした。もう一度、秋穂の唇がゆっくりと動いた。
私の…血を……吸って…
俺は、反射的に頭を振っていた。
美月の事件の後、人から直接血液を摂取したのはアルセクトを吸血鬼にしたときだけだ。ずっと輸血用の血液パックと、相手の気を吸い取る事しかしていない。美月のことが完全にトラウマになっていた。
アルセクトのときも、後から全て吐き出してしまった。
生き血の吸えないヴァンパイア、小説のネタにもなりはしない。
私の…血を…吸い…なさい…レイ……ブラッド……あなたが…止め…る…の…もう…こんな事…二度と……お…お願い……レイ…
秋穂が紡ぐ想い。これ以上美月や秋穂のような犠牲者を出さないように、カミラを倒す。それは、理解している。だが、そのために君の血を吸えというのか。
戸惑う俺の頬に、秋穂の手が添えられた。その手が後頭部にまわされる。
次の瞬間、秋穂が俺の頭を引き寄せた。俺の唇と秋穂の唇が重なる。
口の中に血の味が広がった。身体中の細胞がざわめき立ち、腹の奥から絶えがたいほどの熱が湧き上がり体中を駆け巡る。
身体を、精神を、焦がしてしまいそうな焦熱と共に湧き上がる感情…… 歓喜…… 数百年ぶりの生き血に吸血鬼としての本能が叫ぶ。もっと吸え、もっと血をよこせ、と。
「クックックッ、アハハハ」
歓喜の笑いと共に、秋穂の喉に牙を立て、血を啜る。
血を啜りながら、両目からこぼれ落ちた暖かい透明な液体が、頬を伝うのを感じた。
レイ君がとうとう秋穂の血を飲みました。
カミラに対抗することが出来ます。
でも、問題は秋穂のほうなんですが(笑