死と覚醒
この2人が死ぬまでの間、逃げる時間をあげるわ」
私のほうを見てカミラは嬉しそうに笑う。
「俺たちに構わず、逃げぐぅぅぅ」
カミラがレイ君の肩に刺さったままのナイフの柄を踏みつけた。
「少し黙ってね。ほら、逃げるなら早くしなさい」
言い終ると同時に、カミラの脚がレイ君の胸を踏みつける、ピンヒールが少しずつめり込む、必死に堪えるレイ君の顔が苦痛に顔が歪む。
「……なして」
「なにかしら?」
「レイ君を放して!」
私は正面からカミラを睨み付けた。
「あなたの目的は私なのでしょう。2人は放して」
「そう、あなた怖くないの? 自己犠牲なんて流行らないわよ」
私はカミラから目をそらさずに真っ直ぐ見据える。絶望的な状況に腹が据わった。それなら最悪の事態だけは避けなければならない。
「私が逃げたら、レイ君やお父さんだけじゃなくて、私を追う間に出会った人を殺すつもりでしょう? 貴女のせいで死んだのよとか言って」
私はカミラの性格を理解していた。カミラはただ殺すだけでなく、精神的に追い詰めて嬲るのが好きなようだ。私にも同じことをするだろう。
カミラが一瞬、きょとんとした表情をした。
「当たらずも、遠からずかしらね。貴女の友人をヴァンパイアにしてあげようと考えていたのだけど、友人達に追いかけられるのも楽しいわよ。きっと」
「貴女の喜ぶ事なんかしてあげない。ここで貴女に殺されても、魂は、私のもの。貴女にはあげない」
私ではカミラから逃げることは出来ない。それが分かっているからカミラも余裕を見せているのだ。でも、私はカミラに屈するつもりはない。
「あははっ、何年ぶりかしらね。ここまではっきり言う娘なんて。命乞いならたくさん聞いたけどね。いいわ、貴女の勇敢さに免じてこの二人は助けてあげる」
「ごめんなさい。お父さん、レイ君…… 二人は生きて」
私は2人に対して微笑を浮かべる。
そんな私にカミラが近づき、そして首筋に牙を突き立てた。
「ちくしょう! やめろ!」
俺はいう事を聞かない四肢を懸命に動かし、美月の元に少しでも近づこうともがく、いつもは何でもない数歩の距離が果てしなく遠い。
そんな俺の目の前で、美月の首からカクンと力が抜けた。両腕も真っ直ぐに地面に向かい垂れていた。アルセクトさんが何か叫んだが、俺の耳には届いてなかった。カミラの姿さえも目に入らない。
「美月、美月ぃぃ」
ただ美月の名前を呟きながら、懸命に四肢を動かす。その俺にカミラが何事か告げ姿を消す。だがそんな事など、どうでもいい。
いつの間にか美月の顔が目の前にあった、とてつもなく時間がかかったような気がするが、実際は1分もかかっていない。右手が美月の頬に触れるまだ温かい。だが、急速に下がっていく体温が美月の死を俺に認識させた。
「カミラァァァァァ!」
悲しみが急激に引いていき、代わりに怒りが俺の意識を乗っ取る。これまで遅々として回復しなかった傷口が塞がり、両肩に刺さったままのナイフを筋肉が押し出す。
急激に伸びた髪が俺の視界を塞ぐ。いつものような黒い色ではなく、カミラと同じ金糸のような髪が。
金色に光る双眸で、カミラの消えた方角を見据えた俺はもう一度、吼えた。
「カミラァァァァァ!」
いつの間にか、季節外れの春の雪が降り出していた。屋上で美月の身体を抱えた俺の上に落ちては消える。俺は何もできずにカミラ叩きのめされたのだ。カミラの去り際のセリフ……
「その娘の血を吸いなさいな。まだ間に合うわよ。只のヴァンパイアでは私には敵わない。私を倒したかったら、真の不死の一族、ノーライフキングになることね。私を追ってきなさい、いつでも相手になってあげる」
カミラに対する怒りに任せて、美月の血を吸おうとした。だが、美月との思い出が脳裏に浮かび、牙を突きたてることはできなかった。
たった1ヶ月、こんな短じかい間に、美月の存在がとても大きくなっていた。俺は、美月の事が好きだったのだと、愛していたと思い知らされた。
そして、美月の身体を抱えたまま、俺はもうひとつのことに気がついた。
ヴァンパイアという化物になった今でも、まだ涙が流せるという事に……
今回で美月編が終了です。物語も2話終了に向けて一直線といきたいところです。
今回でレイとアルセクトの行動の動機が明かされました。『復讐』です。
まあ、本編内で何度か仇がどうとか話してましたけど(笑
その復讐が達成されるのか乞うご期待(笑
次回は来週水曜日更新です。