人狼
目の前に現れた犬のゾンビ達が、一斉掃射を浴びて崩れ落ちる。不思議な事に人間のゾンビは鈍いくせに犬のゾンビはなかなか素早い。
「佐藤さん、慣れてきたじゃない。田坂さん、もっと引き付けてから撃って」
私は銃撃をすり抜けて、懐に飛び込んできた犬に日本刀を突き立てた。ギャンと鳴いて動かなくなる。それを見て不利と見たか犬達が逃げ出す。
「ふう、この銃は年寄りには辛いぜ」
「またまた50代じゃ現役でしょう」
愚痴を言う田坂さんに佐藤さんが軽口を叩いている。一体何が現役なんだか?
「西口まであと300メートル。さあ、元気出して行きましょうか」
私は2人に言った。通信機は相変わらず通信不能だ。携帯も同様…… このまま本部に行っても情報は得られないかもしれない。
頭の中には最悪な事態が浮かんでいたが、その状態でも短い休息と弾薬の補給は出来るだろう。
パーン。
かすかに銃声が聞こえた。
誰かが戦っている? 私は迷うことなく助けに走る事にした。
「田坂さん、佐藤さん、西口まで走って!」
言い放って、私は反対方向、銃声のした方角に走る。全力疾走で200メートル弱、廃屋と化したビルの角を曲がるとグレーのスーツを着た男性が2人走ってくるのが見えた。
「撃たないで! 味方です!」
私の姿を見た2人の足が止まりそうになったが、私の言葉を聞いて再び走り出す。
彼らの後ろから追いかけてくるのは人狼。人狼を通常弾で倒すのは至難の業だ。弾丸を換装する時間は無い。私は構えていたP90を地面 に置き日本刀を抜く。右手拳を耳のあたりまで上げ、左手を添え、 左肱は胸の当たりにつけ 刃を体の後ろに向け構える。トンボと呼ばれる示現流の構え。ただし私の示現流は、師事して身につけたのではなく亡くなった父の見様見まねだ。
あと必要なのは恐れない勇気とタイミング。少しでもタイミングがずれれば。
「大ピンチね……」
深呼吸をして目を閉じて集中する。前から逃げてくる2人、それを追いかけてくる人狼の気配、私を追いかけて、後ろから走ってくる田坂さんと佐藤さんの気配。苦笑いがこぼれた、逃げなさいって言っているのに……
「あと20メートル……」
私の横を前から逃げてきた2人の捜査員が駆け抜ける。人狼は追いかける速度を緩めない。私のことは視界に入っているはずだ。そして私も構えを崩さない。
「あと10メートル……」
私の横に走ってきた田坂さんと佐藤さんが距離を取って並んだ。P90を構え一斉射。
「5メートル……」
人狼は止まらない。だが、わずかに速度が落ちた。
ワーウルフの鋭い爪が私を襲う、私は半歩下がってさらに半歩左に動く。私の目の前を、殺気を含んだ風が薙いだ。目を開くと攻撃を空振りしたワーウルフの無防備な姿が映る。
「チェストー」
裂帛の気合と供に人狼の腕をくぐり向けた刃が、人狼のぶ厚い胸に届いた。その強靭な筋肉に刃が入り込んでいく。
胸から上下に真っ二つになった人狼は、慣性で10メートル程進んで倒れた。痛みの為、のた打ち回る人狼。私はゆっくりと近づく。
「ごめんなさい。今、楽にしてあげる」
私は銀の弾丸を装填してあるシグP239を引き抜き、その眉間にポイントした。その瞬間人狼と目が合った。人狼は動きを止め、何かを訴えるように私を見る。
私は引鉄を引いた。
今年最後の更新が終わりました。お付き合いありがとうございました。来年もよろしくお願いします。
秋穂の剣術は『薩摩示現流』をモデルにしました。
小説や漫画で『チェスト!』とやっているやつです。実際はそうでないと言う話も聞きますがイメージ的にわかりやすいので採用してます。
あと秋穂に『後の先』を取らせたことも、初太刀から勝負の全てを掛ける一撃必殺の示現流からするとちょっと違うかもしれません。
薩摩示現流については、私が表面的なことしかわかっていないので、間違っていたらごめんなさい。
ちなみに、徹底して『後の先』を取るのが特徴となっている流派は『柳生新陰流』です。
「後の先」……相手の出方を見て、これを捌いた後に技を繰り出すこと。
年明けからも毎週水曜日更新でやってまいります。
皆さん良いお年を。
(他の小説は、年内もいくつか更新する予定です)