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時は短し花は咲く

作者: 糖分過多。

またもや文研部で提出したものです。

此の話は、

まだ残暑が此の地を去らずに、少しだけ暖かな風が吹くある秋の日に、ふと立ち寄った野原の、少し色のついた萩の大家族に聞いた。

 そこの長男は、阿呆であまり信用ならないし、そこの三女は精神が芳しくないから、あまり話がよくわからないところがあるかと思いますが、

 


わたしもまた、それらを理解していないのです。




登場人物は子狸と(おいの)、山猫 。


「・・・こんにちは。」

そこに居たのはちいさな狸だった。

少し怯えが見えるが、どちらかというと好奇心の方が大きいと見える。

いつの間にか山には獲物が減っていく。いつもはこんなところまで来なくても群れの分は足りたのに。

俺以下、四匹でここまで降りてきたはいいが、やっと見つけた狸をのがしてしまった。

流石にもう残っていなかろうと、ここは、別の群れの縄張りだから、と言って仲間を家に帰し巣穴をのぞいてみると。


「あなたは優しいんですね。」

「は」

「だって、ぼくを食べないから。」

こいつは馬鹿だ。

こんな子狸一匹じゃ腹が満たされるわけでは無いが、今の食糧難では、喰わないよりは喰った方が良いに決まっている。

だけど、

なんだかこいつが可愛かったから。

「あのー、」

「あ?」

「あなたの事教えてくださいー」

子狸はなおも笹を抱きかかえながら聞いてくる。

ああ、いちいち煩い。

「人にものを尋ねるときはまず己から名乗れ。」

「あ、それもそうですねー。」

そう答えたものの、狸は上を見たり下を見たりきょろきょろ辺りを見回している。

「わたしはこいぬ です。」

「お前は狸だろうが。」

「でも、こいぬなんです。そういう名前なんです。」

「しかも、お前今わたし、って。」

「だって、お父ちゃんが男の子の振りをしろと。」

「そうか。」

なんだか拍子抜けだ。こいつと話しているとだんだん気が緩む。

「おれの名前なんて無えよ。(おいの)だ。覚えとけ。」

「おいのー、さん。」

「まあいいや、また来る。」

「はい。」

こいぬは餞別の笑顔とばかりに優しい笑顔を向けた。流石に、いつまでもこんな小さな狸の巣穴に首を突っ込んでいるのも、疲れてきたし、もし仲間の(おいの)に見られたら事なのでそそくさと首を引っこ抜き、薄明るい月夜の中を縄張りに向かった。



「また来る。」と言われたものの、(おいの)はお天道様が一回やってきても、三回やってきても、ひと月経ってもやって来なかった。あの後、とと様とかか様とあに様が帰って来て、泣きながらぼくに謝った。みんながぼくを置いて行ってしまったのはかなしかったけれど、そのおかげで(おいの)と会えたし、誰もがぼくを心配してくれていたのがわかって、却っていい結果になったのかとも思う。

暑かった夏が過ぎ、天高い秋晴れと日が陰る時とが交互にやって来る季節となった。畑にはさつま芋や南瓜が豊作で、ぼくたちの家族も少しだけ頂いていた。それに、それまで騒々しく蝉が鳴いていた栗の木にはまだ青い毬栗が沢山生っていた。

青い毬栗はまだ棘が柔らかく、素手で触ってもなんら問題は無かった。

季節は秋になった。すすきが群れを成し、その大きな穂を揺らしている。稲もまたその金色の頭をもたげている。

 日が翳り、雨は止まない。近くの小川がごおごおと音を立てて茶色く染まる。

その様子を狼は心配そうに見ていた。

あの日からずっと頭の隅には必ずあの狸が居たのだ。ただ、仲間にはこのことを決して悟られてはいけない。おれがやっていることは、少なからずも仲間を裏切っている。

 台風の所為でここ三日ほどは日が顔を出さない。雷も遠くのほうで大きな音を立てていて、光るのが見える。

「狸、大丈夫だろうか。」

そう思ったとき、仲間の狼が険しい形相で巣穴に入ってきた。

「おい、隣の山が崩れたぞ!」

その爪の指す先には、こいぬたちが住んでいる山だった。

そのあと、おれの背中に向けてあいつが何かを言ったかもしれないが、そんなこと関係なかった。


おれが山のふもとに立ち、山のほうを見上げると、それまで深い緑をしていた山はもう息も絶え絶えな状態だった。小さな山だったが崩れたところは広く、まるで何か大きな物の怪が爪で山肌を引っかいたようだった。そして、溢れる血のように一面に茶色い土が覆っていた。

「こいぬ・・・。」

まだ雨は降っていた。

まだ雨は止まない。

こいぬの巣穴があったであろう場所には、狸が横に三匹並んでもまだ余るような太い幹が倒れていた。

こんな大きな木でさえこんな有様である。

この状態で誰が生命の灯火を守り抜けると言うのであろうか。

ここに長く居たらふもとまで崩れ落ちてくるかもしれないし、仲間の狼には大体居場所の見当は付けられているだろうからと半ば諦めて、帰路に着いた。

来る時は全速力だったので余り長く感じられなかった道も、今では遥か遠くまで続いているように思えた。

自分たちの縄張りがある山の中腹まで来た時、

「おいのー、さーん。」

一瞬耳を疑った。しかしその声は豪雨の中でもはっきりと聞こえた。

そこには、蕗の葉を傘代わりにちょこんと立っている狸が見えた。

「たぬき・・・。」

「はいー。でもぼくー、こいぬですー。」

「分かってるよ。」

考えも無しに駆け寄って抱きしめようとした。しかし、こいぬに先手を打たれてしまった。こいぬは傘を投げ出し、おれの丁度腹のところにしがみついた。

「とと様も、かか様も、みんな、みんな見えなくなってしまいました。残ったのはぼくひとりなのです。」

こいぬの声は震えていた。

おれは何も言わずにこいぬの頭を撫でて、とりあえず雨の当たらないところへ連れていった。

「お前、一人で大丈夫か。」

なんならおれの所へ来い、そう言いそうだった。そんなこと出来はしない。

おれは狼で、こいぬは狸なのだから。

「あに様が、もしもの時に、と家とは違う場所にもうひとつの家を作ってくれていたので大丈夫です。そこには食べ物もありますから大丈夫です。」

「でも・・・」

お前一人で大丈夫なのか、鷹とか犬とかに襲われないか、だとか思ったがおれ達狼もまた、捕食者側であることに気付く。それに、今は何を言おうが力になどならない。

「いや、でも辛いよな。」

それが、その時の最後の会話だった。

その後、こいぬは新しい家の場所を描いた葉っぱを何も言わずにおれに渡して去っていった。

さっきまであんなに激しく降っていた雨は、もう霧雨になって、薄暗い森の中を一層不気味にしていた。

狸が見えなくなるまで、狼はそこに居た。



自分の巣穴に帰ってくると、こいぬの危険を知らせてくれた仲間の狼がきっちりと正座して座っていた。

なぜ?と不審に思ったが、すぐにこいぬを匿っていた事がばれたのではないかと心配になった。しかし、そいつは口を開かない。ただ、じっと、俯いたまま座っている。

これはいよいよその可能性が高まってきたかとひしひしと感じる。

どうせ最後には言わなければいけない。どうせ最後はこいぬを食べなければいけなくなるだろう。なんてことは無い、ただ時期が少し早まってしまっただけだ。

「おい・・・。」

そうおれが覚悟を決めたとき、

「よくぞご無事で!!!」

と、そいつは立ち上がり、こちらに走って向かってきた。

唖然としてその様子を見ていたが、そいつはもう感無量で泣きながらおれの手を握ってくる。あまりにも強いので伸びた爪が肉球に刺さる。

「なんなんだよいきなり、」

「いや、だってあんなに早く行かれるもんですから到底追いつけなかったんですけどね、わざわざ崩れた山のほうに行かれたので心配で心配で・・・。よくぞご無事で。お帰りなさい。」

おれの言葉を遮って、一言でそう言った。

心配してくれたのは嬉しいが、眼前にあるのは涙と鼻水だらけの毛むくじゃらの顔だ。

あまり感動的な絵面ではない。

その後、なかなか話をやめないそいつを巣穴に戻して、沈みゆく赤々とした夕日を見ながら考えていた。

実際、あのままあそこに居たら倒れていた木の様に自分も死んでいたかもしれない。

それに、こいぬのことを悟られずに済んだ。


雨は嘘のように晴れていた。


一度寝た後、群れで狩りに出かけた。

こいぬの家の近くへ行かないように考えながら誘導した。今日は兎がたくさん取れて、久しぶりに腹を満たすことが出来た。


あれから何日か経って、この前は走っているせいか暑く感じられた外の空気が、一気に秋らしい夜寒になって、涼しい風が木々を揺らしている音が聞こえた。今日も月は綺麗で、わおーん、と遠吠えをした。さっきの狩りでもまだ腹が満たされないのか、また狩りに行ったらしい仲間の狼が、同じようにわおーんと遠吠えを返してくれた。



そのころ狸は新しい家に居た。

ざっと考えても、この食料では一週間持つか持たないかだ。しかし、たくさん実をつける大きな栗の木の場所は知っているし、たまにお芋をくれるやさしいお百姓さんの所も知っている。どうにかそれでやっていくしかない。これからは全て自分でやっていかなければいけない。

ぼくはもう一人なのだから。


狼はまた来なかった。

前もそうだったので、仕方がないと諦めていたが、一人でこの部屋を使うには広すぎる。

外に出て、月を眺めていた。虫の鳴く音がやけにうるさかった。

かか様、とと様、あに様・・・。みんなはどこへ行ったのだろう。ぼくはどこへ行けばいいのだろう。



突然、狼がやってきた。

手にはあざみの花束らしきものを持っている。

「よお、」

「こんにちはー。どうされたんですかー?いきなり。」

「いや、別に何でも無えよ。ほら、こんなんでもちょっとはましかと思ってよ。」

そういって、隠れてもいない花束を渡す。そういえばあざみの花は食べれれるんだった。

「だいじょぶですよー狼さん。ぼくこう見えても結構しっかり者なんですからねー。」

でも正直ありがたかったし嬉しかった。実を言うと最近は頼みの綱だったお百姓さんが、先の山崩れに巻き込まれて死んでいたことや、大きな栗の木は思ったより生っていなくて、どうにか頑張っている状態だった。

しかし、狼にはそれを悟られているようだった。

「じゃあ、一緒に散歩に行きませんか?」

ついでに、どこかの畑から何かを盗らなければ。狼さんが居れば人間も怯えて近寄らないだろう。狼さんごめんなさい。あなたを利用する形になってしまって。ごめんなさい。

「ああ。」


死んだ優しいお百姓さんは一人身で、そこの畑は他の人が使うようになっていた。

しかしその新しいお百姓さんは意地悪で恐くて、外からも家の中で喧嘩をしているのが聞こえた。

そろり、そろりと畝に近づく。

狼さんにはあちらの茂みに隠れているように行っておいた。

さつまいもを掘って、二つだけ貰った。嬉しくなって狼さんの方へ走っていくと、

パーン、

と大きな音が鳴って、ぼくの目はもう狼さんを捉えていなかった。

視界が赤く滲んで、ゆがんでいく。ぼくは泣いているんだな。

狼さんがほえる声が聞こえる。

そしてまた、鳴った。

狼さんが土へ落ちるどさり、という音もはっきりと聞こえた。

ぼくはもう訳が分からなくなった。いたいいたいいたいいたい。

それに、お百姓さんが何か喚いているのも聞こえた。

うるさいうるさいうるさい。


かか様、とと様、みんな、ぼくもやっとそっちに行けそうです。ただ、ぼくが最後に思うのはあなたたちではないのです。

ごめんなさい狼さん、ぼくの所為で。

きっと狼さんはぼくに出会わなければ良かったのかもしれない。

だけどぼくはあなたと出会えてよかった。ほんの少しだけの会話が楽しかった。隠せていないあざみの花束が嬉しかった。ぼくを慰めてくれて暖かかった。

たぶん、ぼくはあなたの事が好きだったんです。でもただ単にぼくがそう思っているだけだから、愛していたとは言いません。ごめんなさい。次はふたりで幸せに暮らせることを願うばかりです。




「こんの性悪狸め!いつもおらどこの畑さ来て!!」

違えよ、それはこいぬじゃねえ!必死に弁解するけれど声にならない。

ごめんなこいぬ。お前を守ることなど、最初から出来なかったのに。

狼と狸、群れの頭と一匹の子狸、色々正反対だったが、最後だけは一緒だな。

お前は気付いていなかっただろうが、たまに見に来てたんだ。

だから今日散歩といって食べ物を盗りに来たことも知っている。おれがいれば恐がられるから大丈夫とでも思ったのだろう。ごめんな、力になれなくて。悪ぃな、こいぬ。

せめておれが死んだら、一緒にしてくれよ。なぁ神様、それ位いいだろ?



狸と狼がいつの間にか儚い恋をしていたのも、狼の群れはそれに気付いていたことも、ここの百姓がこの狸と別の狸を勘違いして銃を構えていたことも、山猫は知っていた。

「願わくは、ふたりに幸せな次の生を。」

山猫はその短い尻尾を揺らしながら森の奥へと消えていった。







それから時が経ち、

狼も狸も姿を消し、畑だったところは荒れ果て雑草だらけになっていた。

その茂みの中に、大きなりんどうの花が力強く凛として立っていた。

その横には本当にちいさな、しかしちゃんと花を咲かせている秋桜。

ふたつは風にゆすられながらも、寄り添って、高い空の下、より美しく見えるのでした。




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