第20話 それでも、まあ、なんとかなるっしょ
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リュミエルの北門に、朝が来ていた。
馬車が一台、城門の脇に並んでいた。
幌付きの、頑丈な作りの馬車だった。
幌の色は焦げ茶で、金具が一箇所、昨夜の雨で光っていた。
御者台には騎士団の標章が小さく刻んである。
リアンは馬車のそばで、少しの間それを眺めた。
(乗るのか、あれに)
横から声がかかった。
「リアン様、荷物の確認が取れていません」
ノエルだった。
そろばんと羊皮紙を両手に持ちながら、荷台の脇で立っていた。
「リアン様の荷袋・一、ミレイユ様の荷箱・二、セリア様の荷箱・三、書類類・四、医薬品・五——」
「乗れる量ですか、それ」
「計算上は乗ります。許容積載の九十三・四パーセントです」
「六・六パーセントは何のために残してるんですか」
「突発的事態の発生余白です」
「ノエルさんは、突発的事態が起きることを前提にされてますね」
「実績です」
ノエルは表情を変えずに言った。
頰が少し赤かったが、本人は気にしている様子はなかった。
――――――――
門の近くに、ギルドの制服を着た面々が立っていた。
ユルゲン・マスターが腕を組んで待っていた。
横にトムが並んでいる。
「行くか」
マスターはリアンに向かって短く言った。
「……はい、行ってきます」
「帰ってこい。ここはまだお前に貸しがある」
「また依頼を押し付けるつもりですか」
「押し付けじゃない。適材適所だ」
ユルゲンは少しだけ目を細めた。
「お前は逃げ足が速い。王都でも、それは武器になる」
「逃げ足を武器と言い切る人は初めてです」
「そういうものだ」
トムが横から手を振った。
「リアンさん! みやげ話、聞かせてくださいよ! 俺、一回も王都行ったことないんで!」
「俺も今回が初めてなんですけど」
「それが羨ましいって話ですよ!」
トムはけらけら笑っていた。
その笑顔が、いつもの金獅子亭のそれと同じだった。
変わらないな、と思った。
変わらなくていい場所もある、と思った。
――――――――
ヴィクトリア副長が、馬に乗って現れた。
鎧姿で、騎士三名を連れていた。
「出発する。荷物の確認は済んでいるか」
「九十三・四パーセント積載済みです」
ノエルが即答した。
「……六・六は」
「余白です」
「分かった」
副長はリアンに目を向けた。
「昨夜の晩餐は食べたか」
「食べました、はい」
「眠れたか」
「……それなりには」
「それなりは九割方眠れていない」
「七割くらいは眠れました」
「答えを調整するな。まあ、乗れ」
副長が馬を一歩進めた。
リアンは馬車の踏み台に足をかけた。
――――――――
城門の外に出たのは、朝の鐘が鳴り終わった少し後だった。
リアンは幌の隙間から、北門が遠ざかっていくのを見た。
石造りの門が、朝の霞の中に消えていく。
都市が、後ろになった。
(……出た)
その感覚は、夜中に荷物を持って出ようとした夜のものとは違った。
あのときは逃げていた。
今日は、向かっている。
向かっている先が恐ろしくないかというと、恐ろしかった。
でも——
「リアン、荷物の中に問答集は入れましたか」
ミレイユが手帳を開きながら聞いた。
「荷物の中に、はい」
「今ここにも一部持っているので、道中で復習できます」
「九十七項目を?」
「九十八になりました」
「……いつ増えたんですか」
「今朝、追加しました。王都の宿泊施設でのマナーについて」
「今朝!?」
セリアが窓の外を覗きながら言った。
「道が広いですね。王都になるほど道が広くなるって本に書いてありました」
「冒険者の旅行記ですか」
「えっと、英雄譚の叙事詩です。でも地理的描写が細かいので参考にしています」
「参考の精度が不安ですね」
「当たってることも多いんですよ! 英雄が馬車に乗るとき、たいてい出発の朝は霞がかかっているとか」
「……今朝も霞がかかってましたね」
「そうでしょう! 物語の法則です!」
セリアが満足そうに言った。
ノエルがそろばんを弾いた。
「王都まで馬車で二日半。初日は日暮れ前に宿場に着きます。明後日の昼に王都入り。謁見は翌日の午前」
「謁見まで三日あるんですか」
「二日と十三時間です」
「大まかに三日でいいですよ」
「大まかは計算に向きません」
馬車が石畳の上を揺れた。
窓の外に、街道の木立が続いている。
朝の光が、葉の間から差し込んでいた。
――――――――
午前が過ぎた。
アリシアは基本的に外を騎馬で進んでいた。
護衛の三名も、二名が両脇を走り、一名が御者台に乗っている。
ときおき馬車に近づいて、幌越しに話しかけてきた。
「休憩をとる。五分だ」
木立の間の広場に馬車が停まった。
リアンは外に出た。
足が、少し痺れていた。
空が広かった。
都市の石造りの建物に囲まれていると見えない空が、こんなに遠くまであった。
(……広いな)
ただそれだけ思った。
アリシアが馬から降りて、水筒を渡してきた。
「具合は悪くないか」
「大丈夫です。あ、馬車って思ったより揺れるんですね」
「そうだ。慣れない人間は二時間で体が痛くなる」
「三時間でした」
「思ったより持った」
「それ、褒めてますか」
「事実だ」
アリシアは少し空を見た。
騎士服が、朝の野外の光の中で違う色に見えた。
「……王都が近くなると、空気が変わる」
ぽつりと言った。
「そういうものですか」
「私にとっては。子供のころ、何度か連れていかれた」
水筒を受け取り直して、アリシアは続けた。
「父の公式訪問に、同行する形で。令嬢騎士としての振る舞いを学ぶために、という名目で」
「……それは、楽しくなかったですか」
「楽しかったかどうか、という感覚があまりなかった」
アリシアは短く言った。
「できているかどうか、を確認する場所だったので」
リアンは何も言えなかった。
「今回は——少し違う気がしている」
アリシアが、手の水筒を見た。
「理由は上手く言えないが」
そこで言葉が止まった。
リアンは「そうですか」とだけ返した。
アリシアが、少し横を向いた。
その横顔が、やや柔らかかった。
――――――――
昼になった。
馬車の中で、乾いたパンと干し肉を食べた。
ノエルが水筒の管理をしながら、今日の進捗を計算していた。
「現在、予定より十四分遅延しています」
「少しですね」
「休憩が四分延長されました」
「アリシアさんと話してたせいですか」
「計算上そうなります」
「申し訳なかったです」
「延長分は夕方の行程で取り返せます。問題ありません」
セリアが食べながら手帳に何かを書いていた。
「歌詞を書いてるんですか」
「道中の詩を。旅の記録として」
「今から書くんですか」
「旅の空気は今しかないので」
セリアは手帳から顔を上げた。
「リアンさんは書かないんですか。日記とか、記録とか」
「書かないです」
「なんで?」
「書いても読み返さないから」
「ふうん」
セリアは少し考えた。
「でも今日のことは覚えてると思いますよ」
「そうですかね」
「出発の朝は残るものなんです。物語の法則で」
「さっきから物語の法則で色々決まってますね」
「法則は強いんですよ」
セリアはまた手帳を見た。
「書かなくても残るって、それが一番すごいかもしれませんけど」
独り言のような声だった。
ミレイユが向かいのページをめくる音がした。
「リアン。第二十三問を聞かせてください」
「二十三問」
「はい。『なぜ毎回生き延びているのか』です」
「なんでそんな問題が二十三問目に」
「出現頻度が高いと想定される問いです。王都の関係者は確率を提示して揺さぶってくる可能性があります」
「……なんと答えるんですか」
「今のリアンの自然な答えを聞いています」
「なんとなく生き延びてます、だと」
「通用しません」
「ですよね……」
ミレイユは手帳を見た。
「参考答案を言います。『逃げる判断と、止まる判断を、その都度するからだと思います』」
リアンは少し黙った。
「……綺麗すぎませんか」
「事実を整理した言葉です。嘘ではないと思います」
「正確かもしれないけど、しっくりこない」
「どうしっくりきませんか」
「判断してる感じがないんです。ほとんどその場の流れで」
「流れの判断も判断です」
「そういう言い方をすると、何でも判断になりますよね」
「なります」
ミレイユは淡々と言った。
「なので答えるとしたら——流れで生き延びてきたけれど、流れに乗っていい場所と乗ってはいけない場所は、なんとなく分かってきた。そういう積み重ねだと思います」
リアンは馬車の揺れの中で、それを頭の中で繰り返した。
「……それ、使っていいですか」
「もとはリアンの言葉から整理したものです」
ミレイユは手帳に何か追記した。
「二十三問目、更新します」
干し肉を噛んでいたセリアが、感心したように「ほうほう」と言った。
――――――――
夕方、宿場に入った。
街道沿いの小さな町だった。
王都へ向かう旅人の往来が多いのか、宿の数が多かった。
騎士団が事前に手配していた宿に着いた。
小綺麗な宿で、部屋が五つ並んでいた。
リアンが廊下の一番端の部屋に荷物を下ろしていると、護衛の一人が顔を見せた。
「外の見回りを交代で行います。夜間の外出は控えていただければ」
「はい、了解です」
護衛の騎士は若く、二十代に見えた。
少し緊張した顔をしていた。
「あの……」
「はい」
「リアン・フォルテ様ですよね」
「……一応そうですが」
「噂は聞いています。貴族の陰謀を暴いた、あの——」
「踏んだだけです」
「え?」
「証拠を、足で、踏んだだけです。たまたまつまずいて」
騎士は少し固まった。
「……はっ」
何か言おうとして、止まった。
「その——謙遜でしょうか」
「謙遜じゃないです」
「しかし——」
「本当に踏んだだけなんです。でも、気を使ってくれてありがとうございます」
騎士は表情が複雑だったが、「失礼します」と下がった。
リアンはため息をついて、荷物を棚に置いた。
(王都でも、たぶん同じだ)
誰もが「あの英雄」を見に来る。
リアンは「ただの人」なのに。
(まあ……それはもう、仕方ない)
仕方ない、と思ったことが、少し前とは違う温度だった。
諦めではなかった。
ただ——そういうものとして、受け入れている、という感じ。
――――――――
夕食は宿の食堂だった。
厚切りのパンと野菜のスープ。
都市とほぼ変わらない食事だった。
「おいしい」
セリアが最初に言った。
「旅の食事っておいしいんですね。同じものじゃないのに」
「空気が違うからだと思います」
「ミレイユさんも感じますか?」
「腹が減ったのと、揺れから解放された分だと思います」
「科学的でいいですが、詩的ではないですね」
「詩的さは感情の余裕から来るので、腹が満たされてから待ってください」
「それも科学的だ」
アリシアがスープを食べながら静かに言った。
「この宿は、以前一度寄ったことがある」
「father の訪問のときですか」
「七年前だ。宿の入り口の梁に傷があった。今日入るとき、まだあった」
「……それは、何の傷ですか」
「父が荷物を搬入するときに立会人が打ち付けたものだ。誰も直さなかったらしい」
アリシアは少し目を伏せた。
「七年前の傷が、まだそのままなのが、少し——」
言葉が止まった。
「少し?」
「……懐かしかった。それだけだ」
アリシアはスープを一口飲んだ。
それ以上は言わなかった。
リアンもそれ以上は聞かなかった。
ノエルがそろばんを静かに仕舞った。
「明日の起床は夜明けと同時です。早めの就寝をお勧めします」
「ノエルさん、大丈夫ですか」
「何がですか」
「ずっと計算してて、疲れてないですか」
「計算は休息です」
「……そうなんですか」
「頭が整理されます。数字は答えが出るので」
ノエルは少し目を伏せた。
「答えが出ないことは——疲れます」
そう言って、また手元を見た。
リアンはその横顔を一秒だけ見た。
何かを言おうとして、やめた。
その代わり、残っていたパンを半分、ノエルの皿に置いた。
「食べてください」
「……脱力しています。脂質を補充します」
「なんか大げさ」
「事実です」
ノエルはパンをかじった。
少しだけ、顔が緩んだ。
――――――――
夜。
リアンは部屋の窓を開けた。
田舎の宿場の夜だった。
都市より虫の声が多く、灯りが少ない。
星が、見えた。
都市では見えない数の星が、黒い空にあった。
(明日の夕方には、王都に入る)
腹の奥が少し縮んだ。
縮んだが、以前ほど外に逃げていく感じがなかった。
縮んだまま、ここにいる。
それがなんとなくできるようになっているのかもしれない。
廊下をきしむ足音がした。
アリシアの足音だった。
見回りに出る前の立ち方をしている音だと、最近分かるようになった。
扉の向こうで止まった。
リアンは振り返らなかった。
「眠れないなら、外に出るな」
扉越しに、アリシアの声がした。
「……聞こえましたか」
「窓を開けた音が聞こえた。見回りに出るついでに確認した」
「大丈夫です、部屋から出てないですよ」
「分かっている」
少し間があった。
「……一応、聞く」
アリシアの声が、少し低くなった。
「怖いか」
「怖い」
「即答だな」
「聞いてくれた人には、全員そう答えてます」
「そうか」
廊下でアリシアが息をついた。
「……それで良い」
「怖くて良いんですか」
「怖いものを怖いと言える間は、平気だ。怖いのに平気なふりをするのが一番まずい」
「経験談ですか」
「……少し」
短い返事だった。
「では、おやすみ」
「おやすみなさい」
足音が、廊下を遠ざかった。
リアンは窓を閉めた。
ベッドに入った。
星の数を、数えようとして眠った。
――――――――
翌朝。
宿を出た馬車は、午前のうちに都市らしい街並みが増えてくる道に入った。
石畳がずっと続くようになった。
荷馬車とすれ違う回数が増えた。
「賑やかですね」
セリアが幌の外を覗いて言った。
「王都に向かう道には商人が多い。物資の集積地になっているので」
アリシアが幌越しに説明した。
今日は外の騎馬ではなく、馬車の中に乗り込んでいた。
護衛の一人が御者台を引き受けている。
「商人が多いということは……ノエルさんの知り合いもいそうですね」
「父の取引先が二件、この街道沿いに拠点を持っています」
「会いに行かないんですか」
「今日の予定に組み込まれていません」
「でも、寄りたくないですか」
ノエルは少し間を置いた。
「……機会があれば、と思います。帰りに」
そう言って、そろばんに目を落とした。
「帰りならあるといいですね」
「はい」
ノエルは短く答えた。
帰り、という言葉が、確かに「あるもの」として会話に入っていた。
以前は、帰りのことをあまり考えていなかったな、とリアンは思った。
――――――――
昼前に、街道沿いの小さな食堂で休憩した。
外の席に腰を下ろして、スープを頼んだ。
同じ席に旅人が数人いた。
荷馬車を引いてきた商人ふうの男が、ちらりとリアンを見た。
「……あんた、薬草の採取師? 装備がそれっぽい」
「冒険者です」
「ああ、そうか。王都に行くのか」
「はい」
「謁見か?」
リアンは固まった。
「……何故分かるんですか」
「騎士団の護衛がついてるし、若いな、と思って。最近、リュミエルの英雄とかいう話を聞いたから」
「俺は……」
「違うのか」
「英雄ではないです」
「でも、そっちに向かってる」
「一応」
男は少し笑った。
「王都の謁見、大変らしいな。偉い人が揃ってて、言葉一つで印象が決まる、とか」
「そう聞いてます」
「大変だな。まあ、でも——」
男は遠くを見た。
「俺も昔、一回だけ関所の吟味で役人に呼ばれたことがある。言葉が出なかったけど、なんとかなった。あんたくらいならもっとなんとかなる」
「どうしてそう思うんですか」
「逃げなそうだから」
リアンは、少し止まった。
「……逃げ足は速いんですけど」
「はは、でも今ここにいるだろ」
男はスープを持って席を立った。
「まあ、頑張れ」
それだけ言って、荷馬車の方に戻っていった。
リアンはスープを一口飲んだ。
(今ここにいる、か)
それが、なんとか、という感じだった。
――――――――
午後が深まると、道が変わった。
幅が広くなった。
石畳の質が変わった。
すれ違う馬車の装飾が増えた。
「近いですね」
ミレイユが窓の外に顔を向けた。
「建物の密度と道の状態から、王都の外縁まであと一刻ほどです」
「見えてきましたよ!」
セリアが声を上げた。
リアンも窓から外を見た。
地平線の少し上に、壁が見えた。
白く、高く、日の光を受けていた。
壁の向こうに、いくつもの尖塔が立っている。
その奥の、一番高いところに——
「……城だ」
リアンはそれを他に言いようがなかった。
白とも灰色ともつかない石造りの城が、空の下に立っていた。
遠かった。
でも大きかった。
ずっと背景にしていた「王都」が、急に具体的な姿になった。
(俺が、あそこに行くのか)
腹の奥が、またひゅっと縮んだ。
縮んだまま前を見た。
ミレイユが静かに手帳を開いた。
「最終確認です。第一問から三問、繰り返します」
「……はい」
「では、第一問。あなたはリュミエルで何をしていましたか」
「Fランク冒険者として、依頼をこなしていました」
「次。依頼の中で最も印象に残った出来事は何ですか」
「……」
リアンは少し考えた。
「盗賊事件です。最初に大きなことに巻き込まれたので」
「なぜそれが印象に残っていると思いますか」
「逃げ続けたのに、逃げ場所が正解だった。それが、自分でも信じられなかったから」
ミレイユが手帳に何か書き込んだ。
「良い答えです。素直な方が、官吏には印象が良い場合が多い」
「本当ですか」
「計算上はそうです。作った答えは、上位官吏に見抜かれる可能性が上がります」
「では正直にいきます」
「それが最善です」
セリアが小さく手を叩いた。
「リアンさんと一問一答、聞いていて良かったです」
「聞いてたんですか」
「ずっと!」
「……まあ、秘密でもないですけど」
アリシアが腕を組んで目を閉じていたが、少しだけ頷いた気がした。
――――――――
王都の外門に到着したのは、日が少し傾いた頃だった。
門は大きかった。
都市の北門の倍はあった。
石の壁が続いて、その一点だけが開いている。
門番が複数いて、馬車を確認していた。
護衛の騎士が先に降りて、文書を差し出した。
門番が読む。
別の一人が、馬車の中を覗いた。
「リアン・フォルテ殿はいらっしゃいますか」
「……はい」
「確認しました。通行証の署名を」
一枚の紙と羽ペンが差し出された。
リアンがサインをしている間、門番の一人が小声で別の一人に何かを言った。
聞こえなかったが、「フォルテ」という名前は聞こえた。
サインを返すと、門番が少し改まった顔になった。
「王都へようこそ、フォルテ殿。謁見につき、所定の手順でご案内いたします」
「ありがとうございます」
「王宮騎士団の迎えの者が、内門にて——」
「あの、普通の宿とかじゃなくて、王宮関係の宿泊なんですか」
門番が少し目を丸くした。
「は、そうですが……ご存知でなかったですか」
「それほどのものとは思っていなくて」
「フォルテ殿は国家的貢献者として謁見をいただきますので、その水準に合わせた宿泊施設を」
「はあ」
「相当に格式のある建物ですが……よろしいですか」
「……大丈夫です、たぶん」
「たぶん」という部分が漏れてしまったが、門番は気にしていないようだった。
ノエルが後ろで静かにそろばんを弾いた。
「格式ある建物……積載余白、使います」
「何に使うんですか」
「緊急追加備品です。礼装に必要な一式を追加購入します」
「そんなもの積んでないんですか」
「想定外上方修正です」
「計画の範囲というものは」
「突発的事態の余白でカバーします」
「最初からそのつもりだった?」
「実績です」
ノエルはそろばんを仕舞った。
少し口元が動いていた気がした。
――――――――
内門を通ると、王宮騎士団の制服を着た一人が待っていた。
年配の、礼儀正しそうな男だった。
「リアン・フォルテ殿一行、お待ちしていました。案内役を承ります、レイ・オルターと申します」
「よろしくお願いします、リアン・フォルテです」
レイ・オルターは少し目を眇めた。
「ご噂はかねがね。想像より——」
「若いですよね」
「……若いとは思いませんでした。想像よりずっと、穏やかな印象とお見受けしました」
「穏やかですか」
「はい。謁見前に来られる方は、たいてい緊張で顔が張っているので」
「張ってますよ、内側では」
「そう見えません」
「見えないだけです」
レイ・オルターは微笑んだ。
「それがまた——印象深い」
また誤解が始まった気配がしたが、今更どうにもならなかった。
アリシアが後ろで微かに息をついた音がした。
ミレイユが手帳に何かを書いていた。
セリアが「わあ……」と内門の先の石畳を見ていた。
ノエルがそろばんを弾いていた。
――――――――
案内された宿泊施設は、王宮の外郭に近い場所にあった。
見た目は宿というより邸宅だった。
石造りで、入り口に衛兵が立っていた。
入ると、大きな応接間があった。
「本日は各自お部屋でお休みください。明後日の謁見に備え、明日の午前に礼装の最終確認と事前指導があります」
「事前指導」
「謁見の流れについての簡単な説明です。作法の実地練習を一時間ほど」
「一時間で」
「普通はそれで足ります。もし追加が必要なら午後も取れますが——」
ミレイユが手帳を出した。
「一時間で足りない項目のリストを事前に送ることは可能ですか」
「は……はい、できますが」
「何項目まで受け付けていただけますか」
レイ・オルターは少し止まった。
「……何項目くらいございますか」
「九十八です」
沈黙が落ちた。
「……夕方まで時間をください」
「急がせて申し訳ありません」
「いえ、あの——」
レイ・オルターは表情を保ったまま、やや目が泳いでいた。
「……確認してまいります」
下がっていった。
セリアがこっそりリアンに耳打ちした。
「あの人、引いてましたよ」
「気のせいじゃないと思います」
「でも、九十八問必死で準備したミレイユさんのためには必要でしょう」
「……そうですね、本当に」
ミレイユが手帳を閉じた。
「二人、聞こえています」
「聞こえてますよね」
「聞こえていますが——九十八項目は必要なんです」
「分かっています」
「リアンのために、必要なんです」
少し声が低くなった。
低くなった分だけ、本気が乗っていた。
「……九十八問、全部覚えます」
「覚えなくていいです。当日、自然に答えるのが最善です。でも、想定外のことに動揺しないためのリストです」
「ミレイユさんが、動揺しないために作ったんですか。俺のために」
ミレイユが少し目を逸らした。
「……当然のことをしているだけです」
「当然じゃないです」
「リアンの謁見が上手くいく確率を上げるのに合理的な判断です」
「ありがとうございます、本当に」
「……お礼を言われると照れます」
「知ってます。でも言います」
ミレイユは眼鏡のフレームをぐっと押し上げた。
顔が、少し赤かった。
――――――――
各自の部屋に案内された。
リアンの部屋は二階にあった。
広かった。
宿の部屋とは比べものにならない広さだった。
ベッドが大きく、窓が二枚あった。
窓の一つが、バルコニーに続いていた。
リアンはそのバルコニーに出た。
王都の夕方の空気が、頬に当たった。
下に、石畳の通りが見えた。
人が行き交っている。
荷馬車、歩行者、騎乗した人々。
全員が、何か目的を持って動いていた。
その奥の少し高いところに、王宮の尖塔が見えた。
白い石が、夕日を受けてオレンジに染まっていた。
(……きれいだ)
素直にそう思った。
こんなところに来たのか、と思った。
来るつもりはなかったのに。
逃げ続けたのに。
逃げ続けたけれど、逃げなかった夜があって、ここにいる。
(まあ……)
いつもの言葉が口まで来た。
来たところで止まった。
なんとかなるっしょ、と続けようとして——少し、間があった。
そうではなかった。
そうではないような気がした。
まだ「なんとかなるっしょ」が正しいかどうか分からなかった。
でも——この夕焼けの王都を見て、立っていられる。
それは、なんとかなっているのかもしれない。
そういう気がした。
まだ、たぶん、が抜けなかった。
――――――――
夕食は邸内の食堂で出た。
白い布のかかったテーブル。
銀のカトラリー。
「……多いな」
食器の数をリアンは数えた。
「フォークが三本あります」
「用途が違います」
アリシアが淡々と告げた。
「外側から使えばいい」
「外側から使う理由は」
「外側のものが最初に出てくる料理に合う。内側になるほど後の料理に対応する」
「……勉強になります」
「基本だ。令嬢教育で覚えた」
アリシアは静かにスープスプーンを手に取った。
「私は、この手のことが嫌いではなかった。できていれば正解が分かるので」
「なるほど」
「……でも、できていれば正解という感覚に、慣れすぎていたと思う。最近」
スープを一口飲んだ。
「できていないのに正解だったことが、何度かあった」
「俺のことですか」
「否定はしない」
アリシアはリアンを見た。
「あなたは、フォークを外側から使わなくても——誰も怒らない気がする」
「怒らないかな、官吏の人は」
「私が怒らない」
短く言った。
また前を向いた。
リアンは外側のフォークを手に取りながら、その言葉を頭の中で繰り返した。
怒らない。
アリシアが怒らない、といったことが——なぜかリアンには少し重かった。
重くていいもの、という意味で。
――――――――
食事が終わって、セリアが「少しだけ外の空気を」と言い出した。
邸の庭に出られるらしく、アリシアが確認を取った。
五人で庭の端のベンチに出た。
王都の夜の空気は、宿場とも、リュミエルとも少し違った。
人の多さと、石の多さで、熱がなかなか逃げないのかもしれない。
でも、夜は夜で静かだった。
空に、星が少なかった。
都市の灯りで、空が白んでいた。
「星が見えにくいですね」
セリアが上を向いて言った。
「都市が明るいほど、星は薄くなります」
ミレイユが言った。
「リュミエルでも都市の中では見にくかったですが、こちらはさらに」
「でも、そんなにさびしくないですね」
「何がさびしくないんですか」
「都市の灯りがきれいだから。人の光があれば、空の光がなくてもいいかな、という気分になります」
セリアは自分の手帳に何かを書いた。
「…詩にしていいですか、今の」
「私の発言を?」
「素敵だったので」
「……好きにしてください」
ミレイユが少し顔をそらした。
ノエルがバッグからそろばんを出した。
「明日の行程を確認します。午前、礼装の最終確認。午後、事前指導——」
「ノエルさん」
リアンが言った。
「はい」
「今夜は、そろばんしまってもいいですよ」
ノエルが少し手を止めた。
「……計算が終わっていません」
「終わらなくてもいいです」
「終わらないと 就寝できません」
「なんでですか」
「不確定残余が気になって眠れません」
「……ノエルさんていつもそうやって生きてるんですか」
「はい」
「大変ですね」
「お礼です。リアン様の恩義計算が完了すれば楽になれます」
「計算を終わらせなくていいから、楽になってください」
ノエルは少し固まった。
「……うまく言葉を返せません」
「そろばん仕舞ってください。それだけです」
ノエルは、ゆっくりそろばんをバッグに入れた。
何かを言おうとして、止まった。
「……帰ります」
「帰部屋ですか?」
「いいえ」
ノエルは少し空を見た。
「リュミエルに、帰ります。王都謁見が終わったら」
「帰れますよ」
「……帰れると思いますか」
「帰れます」
「根拠は」
「逃げなかった人間が、帰れないわけないので」
ノエルは少し目を伏せた。
そろばんのない手が、少し動いた。
「……計算していいですか」
「しないでください」
「でも、確率が——」
「帰れます」
リアンは少し笑った。
「ノエルさんの予算計算なしには、俺、たぶん王都に来られなかったんで」
「それは——」
「恩義を、俺も感じてるんです。だから帰りましょう、一緒に」
ノエルがすごく長い間、何も言わなかった。
「……計算、してもいいですか」
「何の計算」
「帰路の予算です」
「……しても良いです」
「ありがとうございます」
そろばんが、バッグから出てきた。
リアンは苦笑した。
アリシアが少し遠くを向いて、笑ったか笑わなかったか、判断できないような顔をしていた。
――――――――
しばらく庭に置かれていたが、そのうち静かになってきた。
ノエルが「計算が終わりました」と言って先に中に入った。
セリアが「もう少し書きたいことがある」と残ったが、しくとアリシアに「冷える前に入るように」と言われた。
「寒くないです!」
「入れ」
「……はい」
結局、セリアも中に入った。
ミレイユが最後に立ち上がった。
「リアン、明日の午前は手続きが多いので、早めに起きてください」
「はい」
「あと——」
ミレイユが少し止まった。
「……今夜、眠れそうですか」
「どうでしょう」
「眠れない場合は、問答集の百二十ページあたりを読んでください。逆説的に眠くなるように書きました」
「それ、眠くなるように書いたんですか」
「読みながら整理できるように書いたのですが、実地で確認したところ九割眠くなりました」
「効果を確認してたんですか、誰で」
「自分で」
「自分で!?」
「失敗しないために」
ミレイユは眼鏡のフレームを直した。
「……早く治って、問答集が全部いらなくなるといいな、と思います」
「治るとは」
「謁見後の話ですが——英雄認定が解かれて、ただの人として暮らせるようになることです」
リアンは少し固まった。
「解かれますかね」
「解かれないかもしれません」
「……そうですよね」
「でも——ただの人が謁見に行って、何かを変えて帰ってくることは、あります。少しだけ」
ミレイユは静かに言った。
「そのために、来たと思っています」
リアンは返事ができなかった。
ミレイユが先に中に入った。
庭に、リアンとアリシアが残った。
――――――――
アリシアは腕を組んで、夜の庭を見ていた。
灯りを受けた石畳が、静かに光っている。
「……眠れるか」
「あなたもそれ聞くんですか」
「副長から聞けと言われていた」
「副長に報告が行くんですか」
「いや。ただそういう気分だった」
アリシアは少し口を閉じた。
「副長は昨日、伝言をくれた」
「どんな内容を」
「『フォルテが逞しくなったら、Eランクへの昇格を検討する』と」
「……Eランクになれるんですか」
「そういう枠がある。貢献実績による特例昇格だ」
「踏んで証拠出したやつで昇格できますか」
「実績は実績だ」
アリシアは空を見た。
「お前が昇格するかどうかより——副長がそう言ったことが、私には多少意味があった」
「どういう意味で」
「……副長は、実力を正確に見る人だ。お世辞は言わない。その副長が"逞しくなったら"と言った。今のリアンを見た上で言った言葉だ」
アリシアは腕を組み直した。
「つまり、今の時点ではまだ昇格ではない、ということでもある」
「厳しいですね」
「でも、可能性がある、ということでもある」
少し間があった。
「俺が変わったと、アリシアさんも思いますか」
リアンは聞いた。
聞いてから、少し後悔した。
でも聞いてしまった。
アリシアは少し考えた。
「……顔が変わったと思う。最初に会った時と比べて」
「デインにも言われました」
「どんな顔に変わったかを言えるか、というと——」
アリシアが少し止まった。
「逃げる準備をしていない顔、だと思う。今は」
「逃げる準備をしていない」
「以前は、常に出口を探しているような目をしていた。今は——前を見ている、とまでは言えないかもしれないが。少なくとも出口だけを見ていない」
リアンは、その表現を頭の中で転がした。
「……それは、成長ですか。怠慢ですか」
「どちらでもない。変化だ」
アリシアは静かに言った。
「変化は善悪ではない。ただ変わる。それで良い」
「変わったことを、怖くないですか」
「怖い」
即答だった。
「変わると、昨日の自分が分からなくなる。昨日の判断が正しかったかも、分からなくなる」
「それでも変わった方がいいですか」
「……私は、変わりたくなかった」
アリシアは静かに言った。
「完璧な状態を保つことが、変化しないことだと思っていた。変わるということは、どこかに欠けが出ることだと」
「今は?」
アリシアが少し空を見た。
「今は——変化した部分に、何か入ってきた、という感じがしている」
「何が」
「……言えない」
短く言って、アリシアは立ち上がった。
「そろそろ中に入る。明日は早い」
「はい」
「眠れ」
「努力します」
「努力でなんとかするものでもないが」
アリシアが中に向かった。
扉の前で止まって、振り返った。
「フォルテ」
「はい」
「よく——ここまで来た」
それだけ言って、中に入った。
リアンは庭に一人残った。
夜の石畳が冷えていた。
空にはやはり星が少なかった。
でも王都の灯りが白く、遠くまで広がっていた。
――――――――
リアンはバルコニーに戻った。
外套を羽織った。
夜の王都の景色が、灯りの中にあった。
城の尖塔が、暗い中に輪郭だけ見えていた。
明後日、あの城に入る。
(怖い)
怖かった。
でも、怖いものは怖いと言える間は平気だ、とアリシアは言った。
(まあ)
いつもの言葉が来た。
来て——今度は、続きが出てきた。
「まあ……それでも、なんとかなるっしょ」
誰もいないバルコニーで、口から出た。
前と少し違う言葉だった。
なんとかなる、ではなく。
それでも、なんとかなる。
それでも、という三文字が、前にある。
怖くても。
弱くても。
逃げたくなっても。
それでも——なんとかなる。
なんとかする、でもなく。
諦める、でもなく。
ただ——まあ、なんとかなるっしょ。
そういう言葉だった。
変わったことに、やっと気づいた。
――――――――
翌朝。
バルコニーを見ると、夜露で少し濡れていた。
リアンは問答集の百二十ページあたりを開いて、気づいたら眠っていた。
ミレイユの言った通りだった。
朝食の前に、五人が廊下で顔を合わせた。
「眠れましたか」
セリアが最初に聞いた。
「眠れました、はい」
「良かった! 私も眠れました! 旅の疲れが出たみたいで、けっこうぐっすり」
「私は三時間です」
ミレイユが言った。
「少ないです」
「項目を見直すことがあって」
「何項目になりましたか」
「九十九です」
「増えてる!」
「百に届かせたくなかったのですが」
「届かせなくていいです、増やさなくていいです」
「ではこれで最終とします」
「お願いします」
アリシアが廊下の奥から来た。
「問答集は九十九項目だ。リアン、全部は頭に入れなくていい。当日に自然に答えろ」
「ミレイユさんが言った通りのことを言う」
「正しいから言っている」
ノエルが荷物を持って現れた。
「今朝の行程を確認します」
「……少し待ってください」
全員が待った。
「今朝は、行程の確認はいいです」
ノエルが少し止まった。
「……よいですか」
「よいです」
「でも——」
「確認なしで食事を食べたことはありますよね」
「……あります」
「今日もそれです。まず食べましょう、みんなで」
ノエルはそろばんを出しかけた手を止めた。
止めたまま、バッグに戻した。
「……分かりました」
声が、いつもよりわずかに柔らかかった。
小さな一インチの変化だったが——それでよかった気がした。
――――――――
朝食は白いテーブルの部屋で食べた。
昨夜より少し慣れてきた。
フォークは外側から使うことも、なんとなく分かってきた。
セリアが「このスープの香草、知らない種類です。南方のものかな」と言った。
ミレイユが「確認します」と言って手帳を出した。
アリシアが「食事中は手帳をしまえ」と言った。
ミレイユが手帳を閉じた。
「……食後に確認します」
「それが適切だ」
「今、いくつか抜けると感じるのですが」
「食後だ」
「はい」
ノエルがスープを飲んでいた。
そろばんがなかった。
ただ、食べていた。
リアンはそれを見て、少しだけ安心した。
「……おいしいですね」
ノエルが静かに言った。
「おいしいですか」
「はい。昨日のスープも、今日のも——おいしい」
「旅の空気がありますよね」
「…そうかもしれません」
セリアが「ほら、物語の法則!」と言った。
アリシアが「食べろ」と言った。
ミレイユが「十一分後に手帳を出す許可を申請します」と言った。
五人の声が、食堂に重なった。
窓の外に、王都の朝が来ていた。
謁見は、明日だった。
まだ今日ではなかった。
今日は——ただ、ここにいる。
それでよかった。
リアンはスープを一口飲んだ。
熱かった。
いつもの温度だった。
まあ、なんとかなるっしょ。
それでも。
――――――――
(第20話・終)
――――――――
その夜、レイ・オルターが廊下でリアンとすれ違った。
「明日、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
オルターは少し止まった。
「……着いたばかりですが、印象があります」
「何ですか」
「この五人は、あなたのために来たのではない気がします」
リアンは少し考えた。
「どういう意味ですか」
「一緒に来ている、という感じがします。一緒に、向かっている」
オルターは静かに続けた。
「そういう人たちが、王都にはなかなか来ない」
「……そうですか」
「えてして英雄と言われる方は、一人か、または大勢を引き連れてこられる。でも——五人が、一緒に歩いている」
オルターは会釈した。
「明日も、そのままでいてください」
そう言って廊下を去った。
リアンは少しの間、廊下の先を見ていた。
(一緒に歩いている)
そういうことだったのかもしれない。
英雄でも何でもなく。
ただ——一緒に、ここまで来た。
それが、リアン・フォルテという人間の、今の話だった。
第21話「王都謁見」
謁見室に、朝の光が差し込んでいた。
第20話、お読みいただきありがとうございます。
第20話「それでも、まあ、なんとかなるっしょ」でした。
リュミエルを出て、王都まで。道中の馬車の中から、夜の庭、バルコニーの夜景まで——移動と、その間の小さな会話を積み上げました。
この話の테ーマは「それでもいる」ということでした。
怖くてもいる。弱くてもいる。逃げたくなってもいる。「なんとかなる」ではなく「それでも、なんとかなる」——この「それでも」の三文字に、リアンの変化を全部込めました。
アリシアの「逃げる準備をしていない顔」、ミレイユの「九十九項目の問答集」、セリアの「旅の詩」、ノエルのそろばんをしまう瞬間——四人それぞれが、それぞれのやり方でここまで来ています。英雄を運ぶためではなく、一緒に向かう人たちとして。
最後のレイ・オルターの「一緒に歩いている」という言葉は、物語全体を通じて言いたかったことかもしれません。英雄とその一行ではなく、ただ同じ方向に歩いている五人。
次回は第21話「王都謁見」。いよいよ謁見室に入ります。誤解はまだ解けない。でも、リアンはここにいる。そういう着地にしたいと思っています。
引き続きお付き合いいただければ幸いです。




