第13話 殺人騎士ゼルダ
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都市の北区には、騎士団の簡易治療所がある。
剣を振るう者が多い地区だから、怪我人は日常だ。骨折も切り傷も、慣れている。
——でも、今朝の空気は違った。
担架が三つ、ほぼ同時に運び込まれた。
どれも、見慣れた顔だった。
優秀な騎士。最近、昇格したばかりの若手。副長候補の護衛任務をよく任される隊の者。
どの体にも、大きな外傷がない。
なのに、全員が息をしていないように見えた。
呼吸が浅すぎて、目で追えない。
回復魔術師が駆け寄って、治癒を流し込んで、胸に手を当てて、眉を寄せた。
「……生きている。だが——」
言葉が続かなかった。
まるで、何かを抜き取られたような顔をしていた。
――――――――
アリシア・シルヴァレストは、治療所の入口で足を止めた。
中の空気の重さを、扉の外で感じた。
匂いが混ざっている。血の匂いは薄い。代わりに、薬草の苦い匂いと、汗と、焦りが濃い。
扉を開けた。
騎士が何人か、壁際に立っていた。顔色が悪い。誰も声を出していない。
担架の近くに、ヴィクトリア副長がいた。
普段なら、目の奥に余裕がある人だ。
今日は、その余裕が一段削れていた。
「アリシア」
「副長。状況は」
「三件目だ」ヴィクトリアは短く言った。「北区の路地で二人。今朝は市場区の裏口で一人」
「……痕跡は」
「ない」
アリシアは担架の一つに目を向けた。
胸が上下している。呼吸はある。だが目が開かない。
剣も鞘に納まったまま。抵抗した形がない。
(正面からではない。背後から? 毒? ……いや)
回復魔術師の手が、しきりに相手の胸と首を触っている。
「心臓は動いている。でも、魂が薄い」
言い方に、アリシアは眉を動かした。
「魂が薄い?」
「比喩です」回復魔術師はすぐ言った。「意識が深い。深すぎる。通常の眠りではない。魔力の流れが……不自然に静かです」
不自然。
それは、ミレイユの領域だ。
アリシアが口を開こうとした時、背後から足音が来た。
「アリシアさん!」
声でわかった。
リアン・フォルテだった。
治療所の入口で、息を切らしている。走って来たらしい。
(なぜここに)
疑問が先に来たが、次の瞬間、ヴィクトリアが答えた。
「呼んだ」
「……副長?」
「お前の“直感”が必要になる可能性がある」
リアンが一瞬、目を泳がせた。
(直感って何だろ。俺に直感なんてあったっけ)
そういう顔だった。
アリシアは、リアンの表情を見て少しだけ息を整えた。
この人の顔を見ると、状況が怖くても、怖さの種類が変わる。
現実の怖さに、まだ足が地面に付く。
「今すぐ、騎士団詰所に来てくれ」ヴィクトリアが言った。「この件は治療所で話す内容ではない」
――――――――
詰所の会議室には、封書が置かれていた。
金の封蝋。王都ではない。騎士団の印でもない。
黒い蝋だった。
「届いたのは昨夜だ」ヴィクトリアが言った。「内容は短い。読む」
アリシアが頷いた。
ヴィクトリアは封を切らずに、封書の外側に書かれた文字を指でなぞった。
「アリシア・シルヴァレスト。次は、あなたの番です」
声が会議室に落ちた。
リアンが、「うわ……」と小さく言った。
アリシアは、その一言に救われた気がしてしまって、自分に少し腹が立った。
騎士が、脅迫状一枚で揺れてはいけない。
でも——
(これは、脅迫じゃない)
宣告だ。
実際に、騎士が三人倒れている。
「犯人は、都市にいる」ヴィクトリアが言った。「騎士団は警戒を強めているが、痕跡がない。魔術師協会にも照会したが、該当する術式は不明とのことだ」
「不明……」
アリシアの視線が、テーブルの木目に落ちた。
不明という言葉は、怖い。
戦う相手が見えない。
リアンが手を挙げた。
「えっと……俺、こういうの、無理だと思うんですが」
ヴィクトリアが即答した。
「無理なのは知っている」
「知ってるんですか」
「お前は強くない。だが——巻き込まれた時に“結果”が出る」
リアンが目を細めた。
(それ、ほめてるのか……?)
たぶん、ほめている。
でも、リアンにとっては最悪のほめ言葉だった。
「リアン」アリシアが言った。
「はい」
「これは、私の問題だ。あなたを危険に巻き込みたくない」
言いながら、嘘をついた気がした。
巻き込みたくないのは本当だ。
でも、もう巻き込まれている。
こういう事件は、リアンの周りに寄ってくる。
そして。
(私が……一人で受け止められるのか)
その自信が、今朝の担架を見て少し削れてしまった。
「……じゃあ、俺、詰所の外で待ってます」
リアンが立ち上がりかけた。
ヴィクトリアが止めた。
「待て。お前はアリシアの護衛に入れ」
「え?」
「え、じゃない」
リアンの顔が、目に見えて青くなった。
「副長、それは——」
アリシアが口を開きかけたが、ヴィクトリアが先に言った。
「アリシアの護衛は通常通り付ける。だが、犯人は『護衛込みで壊す』ことを楽しむ類だ。こちらの常識で守っても、穴を突かれる」
ヴィクトリアがリアンを見た。
「常識がない目線が必要だ」
「俺のことを常識がないって言ってます?」
「言っている」
リアンが反論を飲み込んだ。
(否定できない気がする……)
アリシアは、そんなリアンの横顔を見て、少しだけ唇を噛んだ。
守りたい。
でも、守るために側に置く。
矛盾している。
そして、その矛盾は——自分の中に、もっと前からあった。
「……わかった」アリシアは言った。「リアン。危険になったら、必ず逃げろ」
「それ、いつもの俺です」
リアンは苦笑いに近い顔をした。
――――――――
その日の昼。
冒険者ギルドの前で、ミレイユがリアンに小さな袋を渡した。
「これ」
「何ですか」
「警戒用の粉です。床に撒くと、魔力の流れが乱される。簡易的な術式なら崩せます」
「粉……」
リアンは袋を見て、すぐに首を振った。
「俺、粉を撒く役は向いてないです。風で顔に戻ってきそうだし」
「撒く必要はありません」ミレイユが言った。「落とすだけでいい」
「落とすだけ?」
「あなたは、落とすのが得意です」
リアンが、「それもほめ言葉なのか……?」という顔をした。
ミレイユは眼鏡を押し上げた。
「統計的に」
「統計いらないです」
セリアが後ろから顔を出した。
「リアン! 護衛任務、頑張ってください!」
「頑張りたくないです」
「物語的には、頑張らない人が頑張るのが見せ場です!」
「物語じゃないです」
セリアは笑いながら、アリシアの方を見た。
アリシアは平服で、いつもの鎧ではない。だが背筋は変わらず、剣は腰にある。
「アリシアさん」セリアが言った。「完璧にしようとしないでくださいね。……壊されます」
言った後で、セリアは自分の言葉の重さに気づいたらしく、少し口を閉じた。
アリシアは頷いた。
「気をつける」
完璧にしない、という言葉が自分に馴染まない。
でも今は、馴染まない言葉を持って歩く必要がある。
――――――――
北区の巡回は、いつもより静かだった。
住民の目が、騎士の剣に集まっている。
不安が、街の空気に溶けている。
アリシアの後ろに、通常の護衛が二人。
その少し後ろに、リアンがいた。
リアンは、剣を持っていない。持っていても役に立たない。
両手が空いているのに、妙に肩が硬い。
(怖いんだろうな)
アリシアは、そう思った。
そして——
(私もだ)
同じだ。
同じ怖さを、リアンは隠さない。
自分は隠そうとする。
そこに、違いがある。
路地を曲がった時、足元に紙が落ちているのが見えた。
白い紙。
リアンが、反射でそれを拾った。
「……あ」
声が小さく止まった。
アリシアが振り返る。
「どうした」
「これ……」
リアンの指が、紙の端をつまんでいる。
表には、短い文字。
『北区・旧礼拝堂。今夜、あなたを“完成”させる』
アリシアの喉が、わずかに鳴った。
護衛の騎士が一歩前に出た。
「罠です」
「罠だ」
リアンが言った。
誰に言ったのか分からない。
たぶん、自分に言った。
(罠だ。罠だよな。行かなきゃいいんじゃないか。行かなきゃ——)
思考が、逃げ道を探す。
でも、紙の文字は挑発ではなく、場所の指定だった。
つまり、犯人はそこに“仕掛け”を用意している。
行かなければ、次は別の場所で、別の騎士が倒れる。
そういう意味にも見える。
アリシアは紙を受け取った。
指が、ほんの少し震えた。
震えを見せるな。
見せるなと思うほど、震えは強くなる。
「副長に報告する」
アリシアが言うと、護衛の一人が詰所へ走った。
リアンはその背中を見て、呟いた。
「……俺、拾わない方がよかったやつですか」
「違う」アリシアは即答した。「拾ってよかった」
それは本心だった。
拾わなければ、夜に自分が何も知らずに向かっていたかもしれない。
——いや。
向かう。
行かざるを得ない。
そのことが、紙に書かれていた。
――――――――
夜。
旧礼拝堂は、北区の外れにあった。
五年前、火事で屋根の一部が落ちてから使われなくなった建物だ。
石造りの壁に、焦げた跡が残っている。
月の光が、割れた窓から差し込む。
騎士団は周囲に配置を置いた。
だが、建物の中に入るのは、少人数だった。
——アリシアと、リアン。
そして、離れた場所に、ミレイユがいる。
セリアは吟遊詩人ギルドに残った。情報の拡散が逆効果になると判断された。
リアンは、礼拝堂の入口で足を止めた。
(帰りたい)
いつもの言葉が頭に浮かぶ。
でも、アリシアが前にいる。
背中が真っ直ぐだ。
(あの背中を、壊すって言ってる)
紙の言葉が、脳裏に残っている。
壊す。
完成。
意味が気持ち悪い。
「リアン」
「はい」
「入ったら、私の後ろから離れるな」
「俺、離れない方が危険じゃないですか」
「離れた方が危険だ」
アリシアの声は、いつもより少し低かった。
強く見せようとしている。
リアンは、それが分かった。
分かった上で、何も言えなかった。
「……わかりました」
礼拝堂の中へ入った。
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内部は、静かだった。
椅子は半分が倒れている。
祭壇の布は黒く焼け焦げて、蝋燭だけが残っている。
足音が、石床に響く。
その響きが、やけに大きい。
(ここ、嫌だ)
リアンは思った。
強い魔物がいる森の方が、まだ嫌じゃない。
ここは、人間の匂いがする。
人間が、何かをした匂い。
アリシアが手を上げて止まった。
祭壇の前。
そこに、女が立っていた。
黒髪。
赤い瞳。
夜なのに、よく見える。
女は笑っていた。
「こんばんは。完璧な騎士さん」
声が甘い。
甘いのに、背筋が冷える。
アリシアが剣に手をかけた。
「……ゼルダ・クロウ」
名を口にした瞬間、女は嬉しそうに目を細めた。
「知ってるのね」
「魔術師協会の指名手配書にあった」
「そう。私、有名なの」
ゼルダは一歩、前に出た。
その瞬間、空気が変わった。
礼拝堂の床の上に、薄い線が浮かぶ。
円。
幾重にも重なった紋。
リアンが、「うわ」と言った。
足が、勝手に後ろへ下がった。
でも、後ろへ下がれない。
入口が——いつの間にか、暗い膜のようなものに塞がれていた。
「出入口は閉じたわ」ゼルダが言った。「邪魔が入ると、作品が汚れるから」
アリシアが歯を噛みしめた。
「作品?」
「死に顔よ」
ゼルダはさらりと言った。
リアンの胃が、きゅっと縮んだ。
(この人、笑ってる……)
ヴィクターの目と同じ種類だ。
人間なのに、人間じゃない。
アリシアが前に出た。
「リアン。下がれ」
「下がりたいです」
リアンは正直に言った。
正直に言いながら、足が震えている。
ゼルダが首を傾げた。
「あなたが噂のリアン・フォルテ? 運命に愛されてる男」
「違います」
「違わないわ」
ゼルダは笑いながら、指先を軽く弾いた。
空気が、刃になった。
見えない何かが、アリシアの頬を掠める。
赤い線が走った。
アリシアは一歩も下がらず、剣を抜いた。
「来い」
声が短い。
いつもの「完璧な騎士」の声だった。
それが、リアンには怖かった。
完璧な声で、怖いことを言っている。
(やめてくれ……)
思った。
戦ってほしくない。
戦ってほしくないのに、代わりに何もできない。
ゼルダは楽しそうに笑って、手を広げた。
「壊してあげる。あなたが大事にしてる“完璧”を」
床の紋が、淡く光った。
アリシアが踏み込む。
剣が閃く。
ゼルダは、その剣先を紙一枚の距離で避けた。
避けながら、アリシアの鎧のない肩に触れようとする。
アリシアが払う。
ゼルダの指先が、空を掠めた。
その一瞬。
リアンの足元の石床が、少し沈んだ。
(え?)
リアンは踏んだ。
踏んだ場所が、わずかに凹む。
罠。
そう思った瞬間、床の紋が強く光った。
「——あら?」
ゼルダの声が変わった。
甘さが消えた。
アリシアも気づいた。
床の紋が、波のように揺れる。
揺れが、中心へ向かって集まる。
中心は——リアンの足元だ。
「リアン!」
アリシアが叫んだ。
叫ばれたリアンは、もう頭が真っ白だった。
(逃げる!)
体が先に動いた。
逃げた。
逃げようとして、足を上げた。
その時、ミレイユにもらった小袋が、ポケットから落ちた。
落ちて、床に当たって、破けた。
白い粉が、ふわっと舞った。
床の紋の上に、粉が落ちた。
落ちた瞬間——紋が、一拍遅れて、ひきつった。
ゼルダの顔が歪んだ。
「……何をしたの?」
「俺、何もしてません!」
リアンは叫んだ。
叫びながら、さらに逃げた。
逃げた先で、床の縁に足を引っかけた。
転んだ。
転んで、手を床についた。
その手が、ちょうど紋の一部——細い刻み目の上を擦った。
カリ、と音がした。
石の欠片が、剥がれた。
剥がれた瞬間。
礼拝堂の中の魔力が、一気に逆流した。
耳鳴り。
空気が、きしむ。
「っ!」
ゼルダが、初めて苦しそうな声を出した。
床の紋が、内側から割れる。
割れた光が、ゼルダの体に戻っていく。
ゼルダが膝をついた。
口元から、赤いものが落ちた。
アリシアが、即座に距離を詰めた。
「終わりだ」
剣先が、ゼルダの喉元で止まった。
ゼルダは、まだ笑おうとした。
でも笑いが続かない。
「……壊れたのは、私の方ね」
言った瞬間、外の膜が破れた。
入口の暗い壁が消える。
同時に、外から足音がなだれ込んだ。
騎士団。
そして、ミレイユ。
ミレイユは床の紋を一瞥して、顔色を変えた。
「強制拘束の儀式……こんな規模を、個人で?」
ゼルダが笑った。
「個人じゃないわ。……でも、言わない」
ヴィクトリアの声が響いた。
「ゼルダ・クロウ! 王国法により拘束する!」
拘束具が嵌められる。
ゼルダは最後まで、赤い瞳でアリシアを見ていた。
「完璧は、いずれ壊れる」
そう言って、運ばれていった。
残ったのは、割れた床の紋と、白い粉の跡と、リアンの仰向けの姿だった。
リアンは天井を見ていた。
(生きてる……)
生きている。
でも心臓がうるさい。
アリシアがリアンの横にしゃがみ込んだ。
「……怪我は」
「ないです。たぶん」
リアンは自分の手を見た。
少し擦りむいただけだ。
アリシアの頬の切り傷の方が、よほど痛そうだった。
リアンは、思わず言った。
「すみません。俺、邪魔ばっかりして」
アリシアが、首を振った。
「邪魔じゃない」
声が少し震えていた。
震えを隠そうとして、息を一つ整えた。
「……助かった」
リアンは、返事ができなかった。
自分が助けた実感が、ない。
逃げて転んで、粉を落として、床を削っただけだ。
それを「助かった」と言われると、何かがおかしい。
でも。
アリシアの目が、今はちゃんと人間の目だった。
怖いのに、ちゃんとここにいる目だった。
それが、少しだけ嬉しかった。
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詰所に戻った後、リアンは水を飲まされた。
椅子に座らされて、毛布をかけられて、落ち着けと言われた。
落ち着けるわけがない。
でも、毛布が暖かい。
暖かいだけで、人間は少し落ち着く。
アリシアは報告書を書いていた。
いつものように背筋が伸びている。
でも、ペン先が時々止まる。
リアンはそれを見て、口を開きかけて、やめた。
何を言えばいいかわからない。
「怖かったですね」と言ったら、弱いと言ってしまう気がする。
でも、弱いのは事実だ。
事実を言っていいのかどうかが、わからない。
ミレイユがリアンの前に来た。
「粉、使いましたね」
「勝手に……落ちました」
「あなたらしい」
「それ、悪口ですよね」
「褒めています」
ミレイユは真顔で言った。
リアンは反論を諦めた。
「床の刻み目を削ったのも」
「転んだだけです」
「転ぶ位置が、いつも適切です」
統計の続きみたいなことを言われて、リアンは少しだけ笑ってしまった。
笑った瞬間、自分が笑っていい状況じゃないことに気づいて、慌てて口を閉じた。
アリシアが顔を上げた。
笑っていない。
でも、怒ってもいない。
そのことに、リアンはほっとした。
ヴィクトリアが入ってきた。
「ゼルダは拘束した。被害者三名も、意識が戻る可能性がある。術式の解除は協会に引き継ぐ」
報告は淡々としている。
でも、部屋の空気が一段軽くなった。
「ただし」
その言葉で、また空気が重くなる。
「ゼルダの持ち物から、これが出た」
ヴィクトリアが、布に包んだものをテーブルに置いた。
封蝋の欠片。
黒ではない。
赤い蝋。
そして、刻印。
——貴族の紋章。
アリシアの眉が動いた。
「……王都の家系ですか」
「まだ特定できない」ヴィクトリアが言った。「だが、偶然ではない。ゼルダは“作品”のために動いているように見えるが、資金と道具が必要だ。背後がいる」
リアンは、毛布の下で肩をすくめた。
(また大きくなるやつだ……)
大きくなる。
王都の依頼。
貴族。
自分の嫌いな単語が、全部集まってきている。
アリシアが、静かに言った。
「明日、正式な依頼票が来る。……準備しよう」
リアンは「はい」と言ってしまった。
言ってから、(断る流れはどこにあったんだろう)と思った。
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(第13話・終)
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ゼルダ・クロウは、拘束具の中で笑っていた。
笑えるはずがない。
肋が折れている。魔力の逆流で、体の奥が焼けるように痛む。
それでも笑っていた。
「……面白い」
護送の騎士が眉をひそめた。
「何がだ」
「完璧を壊すはずだったのに」
ゼルダは目を細めた。
「運命が、私を壊した」
そして、囁いた。
「次は、貴族の舞台よ」
封蝋の欠片が、ゼルダの指先で転がった。
第14話「貴族の陰謀」
英雄の噂は、都市を越えていく。
第13話、お読みいただきありがとうございます。
第3部の開幕「殺人騎士ゼルダ」です。
これまでの敵とは違う、“救済の余地のない悪意”が街の空気そのものを冷やす回になりました。
アリシアは「完璧であろうとする強さ」を武器にしてきた分、それを狙われた時の恐怖も鋭く刺さります。
そしてリアンは今回も、戦うのではなく逃げて転んで落として削って——それでも結果だけは出てしまう。
本人の罪悪感と、周囲の評価のズレが、ここからじわじわ効いてきます。
次回からは貴族が絡み、噂と事件のスケールがさらに上がっていきます。
引き続きお付き合いいただければ幸いです。




