エピローグ2:残された一行
40代、人生の折り返し地点で私たちは何を守り、何を捨てるべきなのでしょうか。 本作は、SNSの片隅で育まれた10年の純愛が、冷徹な国際謀略に巻き込まれていく物語です。 愛する人を守るために「社会的な死」を選んだ男と、強欲なまでに日常を謳歌する女。 日常の裏側に潜む孤独と、すれ違う大人の生存戦略を、切なく、そして冷徹に描き出します。
たくまは、自分でも理由がわからないまま、mixiのアプリを開いた。 ユキと繋がっていた、唯一の場所。
現在。 柏木たくまは、都心から離れた古い雑居ビルの設備管理員として働いている。 元・エンジニアの肩書きも、商社のコネクションもすべて捨てた。今の彼は、汚れた作業服に身を包み、配管の錆を落とし、電球を替えるだけの、名もなき男だ。
深夜の管理室。100均の老眼鏡をかけ、彼は静かにスマホを開く。 そこには、mixiのアカウントが今も削除されずに残っている。
ユキの最新のログイン履歴は「三ヶ月以上前」になっている。 ユキは他のSNSをすべて消したが、あの「あきら」と繋がっていた場所だけは、消さずに置いていた。
彼が投稿した、大学の先輩たちとの他愛ない近況報告。あの日、彼を励まそうとして書き込んだユキのコメント。
『無理しないで。ちゃんと休んで』
その一行を眺めていると、なぜか涙が溢れそうになった。 あんなに酷いことをしてしまったのに。あんなに軽蔑されているはずなのに。 どうして、あのアカウントを消すことができないのだろう。
立ち上がっているwebメール、すでに内容は書かれていた。宛先は、ユキではない。
件名:「元気にしてた?」
たくまは、友人みぽりんに宛てたメールの送信ボタンを押す。そこには、深根会のことは伏せつつも、一人の女性を救うために自分を泥に沈めた男の、最後の一文字の真実が記されていた。
窓の外では、朝日を浴びた街が呼吸している。 どこかのビルで、あのバンドの曲が流れているかもしれない。 彼はもう二度と、十三時の光の中に立つことはできない。 だが、彼が削り出した「狂気」という名の防壁の中で、智子は今日も、平穏な日常を生きている。
イヤホンから流れてきたのは、あのバンドの、新しいバラードだった。 激しいドラムの音の裏で、繊細に刻まれるベースライン。
(ユキ。……君は今、娘さんと幸せに暮らしているかい?)
空はどこまでも高く、澄み渡っている。 たくまは、込み上げてくる感情を飲み込むように、深い、深い呼吸をした。彼はユキの本心を一生知ることはない。 ただ、冬の陽光の中で、彼は静かに、日常へと歩き出す。 その足取りは、あの日彼女と聴いたリズムを、微かに刻んでいた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。 自己犠牲を「究極の愛」と信じる男のロマンと、それを「コストパフォーマンス」で切り捨てる女のリアリズム。 40代という世代が直面する、キャリアの終焉や家庭の変容、そして拭えない孤独をテーマに綴りました。 誰にも言えない秘密を抱えながら、今日を懸命に生きるすべての女性に、この物語を捧げます。
もしよろしければ、今回の物語で最も印象に残ったシーンや、登場人物の豹変についてのご感想を詳しくお聞かせいただけますか?




