第一章:十三時の聖域
40代、人生の折り返し地点で私たちは何を守り、何を捨てるべきなのでしょうか。 本作は、SNSの片隅で育まれた10年の純愛が、冷徹な国際謀略に巻き込まれていく物語です。 愛する人を守るために「社会的な死」を選んだ男と、強欲なまでに日常を謳歌する女。 日常の裏側に潜む孤独と、すれ違う大人の生存戦略を、切なく、そして冷徹に描き出します。
二〇一四年。それは、まだ世界が今より少しだけ静かで、mixiという場所が誰かの孤独な呟きの集積地だった頃の話だ。
「あきら、今日のセトリ、最高!www」
スマートフォンの画面越しに届いたユキのメッセージに、柏木たくまは、深夜のシステムセンターの無機質なデスクで独り、口角を上げた。当時、彼は大手キャリアのシステムエンジニアとして、神経を削るような保守運用に追われていた。家に帰れば、会話の途絶えた妻と、まだ幼い子供たちの寝顔がある。守るべきものはあるが、自分自身を救ってくれる場所はどこにもなかった。
そんな時、一時にスタジオに集まるというあのロックバンドのコミュニティで出会ったのが、ユキだった。
「ユキも、あの曲のベースライン、好きだって言ってたもんね」
彼は咄嗟に、当時目をかけていた後輩の名を借りて「あきら」と名乗った。深根会としての任務、家族への責任、エンジニアとしての顔。そのすべてを切り離し、ただの「一人の男」として彼女と向き合うための、それは切実な嘘だった。
二〇二四年。出会いから十年が経っても、二人の間には変わらぬ「十三時の儀式」があった。
調剤薬局近く、アスファルトに落ちる短い影。ユキがパートを終える十三時、たくまは車を停め、彼女を待つ。白衣を脱ぎ、髪を整え、家庭人でも薬剤師でもない「一人の女性」に戻る瞬間のユキの表情。それを世界で一番近くで見つめることだけが、たくまの生きる理由になっていた。
「お疲れ様。今日も暑かったね」
自宅で淹れてきたコーヒーを差し出した。その水筒をユキは愛おしそうに両手で包む。 「ありがとう、あきら。……あのバンド、新曲出したの知ってる?」 「もちろん。さっき車で聴いてたよ」
二人は、密閉された車内で音の海に沈む。十年前、mixiで繋がったあの日から、この空間だけは二人の時間が止まっていた。家庭の不和も、深根会の重圧も、ここでは一切の力を失う。
だが、運命はあまりに唐突に、その聖域を侵食し始めた。
二〇二五年六月。 ユキが原因不明の「咽頭浮腫」で倒れた。緊急手術、そして入院。喉に管を通され、声を発することすらできないユキを見舞ったとき、たくまは彼女の瞳に宿った、かつてないほど強い「拒絶」の光を見た。
死を身近に感じた恐怖。そして、声が出ない沈黙の中で彼女が向き合ったのは、十年という歳月を積み重ねた「不倫」という名の砂上の楼閣だった。
(このままじゃいけない。私は、母として、現実を生きなきゃいけない)
退院したユキから告げられたのは、別れの言葉だった。 「さよなら、あきら。もう、あのバンドは聴かないことにしたの」
同じ時期、たくまの家庭も完全に崩壊した。 長年、空気を繋ぎ止めるだけだった妻が、大学受験を控えた娘と息子を連れて、家を出て行った。 気がつけば、たくまの周りには何も残っていなかった。
「……孤独って、アルコールよりも市販薬よりも、ずっとやばいんだな」
誰もいない、広すぎるリビング。 静まり返った部屋で、彼は一人、スマートフォンを開く。 そこには、かつて幸せだった頃の残骸であるmixiの画面。そして、仕事で接点のあった、ある役所の「広報の女」からの、執拗なまでの着信通知が光っていた。
孤独という麻酔が、彼の「臨床的直観」を、ゆっくりと、確実に殺そうとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。 自己犠牲を「究極の愛」と信じる男のロマンと、それを「コストパフォーマンス」で切り捨てる女のリアリズム。 40代という世代が直面する、キャリアの終焉や家庭の変容、そして拭えない孤独をテーマに綴りました。 誰にも言えない秘密を抱えながら、今日を懸命に生きるすべての女性に、この物語を捧げます。
もしよろしければ、今回の物語で最も印象に残ったシーンや、登場人物の豹変についてのご感想を詳しくお聞かせいただけますか?




